異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

  唐突な幕開け2

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「……解せませんね。何故こんな浅慮極まる方法をとったんですか?」

 白と藍色の布を使い、素朴な装飾を施された飾り気のない服。
 いつもの装備品も眼鏡ぐらいしかつけてない、一瞬肩幅を誤認して女だか男だかと混乱するほどに化けたアドニスが、俺に背を向けて冷静にそう問う。

 今の「純朴な黒髪の乙女」の姿からは想像できない大人の男の冷静な声だけど、その声が少し緊張しているのをすぐ傍にいる俺は感じ取っていた。

 アドニスはブラックと似たり寄ったりの皮肉屋で、どうかしたらブラックよりも動揺や混乱を人に悟らせまいと曖昧な笑みで表情を隠してしまう。
 そんな相手なのに、今は俺にだって分かるくらいあからさまに声が固くなっているだなんて。今の状況は、それほどまでにヤバいんだ。

 目の前の広い背中から立ち上る綺麗な緑色の光が、俺の確信を肯定していた。

 ……改めて、相手が――――【アルスノートリア】という存在が、俺達にとってどれほどの脅威なのかを思い知る。
 俺は【菫望】しか知らないけど、でもアイツも別の意味で怖かった。
 デタラメな術を使って、本当ならあんな事にならなくても良かっただろう人達を、悉く自己満足の為にグチャグチャにしたんだ。怒りも有るけど、でもどうしてそんな酷い事をするのかが俺には理解出来なかった。

 もしあの【菫望】の男のような、デタラメな力を持った“異常者”が【アルスノートリア】を手に入れているのなら……間違いなく、悪い方向にしか話は進まない。
 それを知っているからこそ、アドニスもブラック達も警戒しているんだ。

 相手がいつ仕掛けて来ても良いように、術を発動させる前の状態を保って、まずは力量を見定めようとしている。……でも、普段ならこんな事なんてしないんだよな。
 ブラックは、自分の強さを知っている。だから何をされたって簡単に躱すし、相手の力を簡単にねじ伏せてしまうんだ。それはアドニスだって、クロウだって一緒だろう。

 少なくとも、ほとんどの場合ブラックがここまであからさまに“様子見”をする光景は、見た事が無かった。多分……ブラック達も、相手をまだ理解出来てないんだ。
 だって……本来なら戦う術など持たない金の曜術師が、金属の沼から無数の人形を作り出すなんて……きっと、本来なら考えられないことなのだろうから。

「浅慮、なるほど浅慮か。私の感情を逆撫でして隙を作ろうと言う腹か? ハハ……まあ良い、お前達が私に慄いているのは心地が良いからな。答えてやろう」

 白い光の粒子を湧きあがらせたまま、苦も無くデジレ・モルドールは貴族らしく背筋を伸ばす。薄暗い中、円状に広がった銀の沼の中心に立っている姿は、その容姿も相まって何かの絵画のようにも思える。
 さっきまでの平凡なマリオ・ロッシなんて、そっちの方が夢の存在みたいだった。

「お前は本当にマリオ・ロッシなのか」

 ホールの出口である扉を塞いだクロウが、後方から静かに問いかける。
 その言葉に振り返る事も無く、空気を追いやるように軽く手を挙げたデジレは、機嫌が良さそうに答えを返した。

「ああ、私がマリオ・ロッシだ。有能で、才覚に満ち溢れ、知略の粋を極めた私にしか“あの研究”は出来なかったからな」

 かなり自惚れた発言。
 だけど、その言葉に絶対の自信を持っているのか、デジレはいっそ清々しいくらいで、俺は思わずその強い言葉に気圧されてしまった。

 だがブラックはそうではなく、静かな言葉を返す。
 デジレの強い言葉など意にも介していない、確信めいた言葉で。

「……なるほどな。何故お前が【絶望の水底】で金に限らずあらゆる鉱物を採取し、今まで【贋金事件】を引き起こしてきたのかなんとなく読めて来たよ」

 冷静さを取り戻したブラックが、ドレスの猥雑な広がりも気にせず男そのままの立ち方でデジレを睨む。その菫色の視線に、デジレは目だけを動かして応じた。
 だけど、相手は怯んですらいなくて。

「ほう? 下民のメスもどきが賢しらぶった事を言う。だが、答えに辿り着く前に私の【銀栄の騎士団】に勝てるかな」
「ハッ……余裕ぶって兵士をすぐ差し向けて来るくせに良く言う」
「なに……?」

 微妙に、デジレの言葉が歪む。
 立ち並ぶ銀の兵士の群れの向こう側で、ブラックは赤々とした曜気の光をちらつかせながら、悪役のようなしたり顔でニヤリと口を弧に引いて見せた。

「お前は怖いんだろう? 自分の策略が、説明されてバカにも分かるどうしようもない“愚策”になるのが。全部上手く行くはずだった事を覆されて嘲笑われるのが」
「――――ッ!! バカなことを言うなぁアアア!!」

 一瞬、物凄い顔をして目を見開く。
 デジレのその表情に驚いた俺達の前で、銀の兵士達が合図も無く一斉にブラックの方へと駆け出した。

「ブラック!」

 人形にしてはあまりにも滑らかな走り方で、本当に人が入っているかのようだ。
 だが、それならばブラック一人では危険かもしれない。
 相手は人ではない。何度切られても恐らく平気なはずの「金属の人形」だ。そんな物に集団で襲い掛かられたら、ブラックだって隙を突かれて不利になりかねない。
 そんな事をさせてなるものか、と、思わず立ち上がった刹那。

「――――――我が力に従う炎よ、魂無き愚物を焼き尽くせ……」

 そう、詠唱が聞こえた瞬間。
 ブラックを中心にして炎の円が展開し、向かって来ていた銀の兵士達まで飲み込むと――――その場で、一気に天井まで噴き上がって兵士達を蒸発させた。

「なっ……!!」

 デジレの言葉にならない声が聞こえる。
 だが、もしかしたらそれは俺の声だったのかも知れない。それくらい、唐突で、何の前触れも無い恐ろしい反撃だった。

 これは恐らく、ブラックが使う炎の曜術の一つ【ディノ・フレイム】だ。
 ……だけど、あの術は基本の【フレイム】の強化版みたいな話だったはず。それが、こんな風に一瞬で金属を溶かしてしまうほどの術になるなんて……。

「バカな……お前……ッ、お前は【紫月】のはずだろう!? なのになぜそんな炎の力をぉお!! そんなっ、違うっ、こんなはずがないいぃいッ!!」

 引き攣ったような叫び声をあげて、デジレは体を戦慄かせている。
 あいつはブラックが【紫月】だと知ってたのか。だとしたら……あんなに余裕ぶっていたのは、もしやこの場に自分を圧倒できる【炎属性】がいないと踏んだから、あの銀の兵士をこれみよがしに出して見せたってのか。

 確かに、複数の属性を持つ日の曜術師や月の曜術師は、一つの属性を極める他の曜術師からすれば術の威力が弱いことがある。
 修行したり力量差でそれは覆る事も有るけど、でも……ブラックやアドニスのように【グリモア】という特殊な能力を備えているのなら……話は別だ。

 ブラックは以前、炎属性のグリモアについて「僕でもあいつの火力には勝てない」と言っていた。そして、金の属性についてもそこまで巧みには出来ないとも。
 だから、グリモアの場合はある意味曜術師の基本に沿っている事になるのだ。

 どこから情報を得ていたか分からないが、デジレもその事は知っているんだろう。
 だから余裕を見せてブラックを先に始末しようとした。
 でも、今のブラックの【ディノ・フレイム】は……――――

「あんなの、上級術の火力じゃないですか……頼むから、誰かに誤射しないで下さいよ……ッ!!」

 アドニスの体が緑色の綺麗な光に包まれて、その光の粒子が周囲に舞う。
 刹那、アドニスの足元から植物が這い出て、物凄いスピードで舞台を下り、眠っているローレンスさん達の方へと走って行った。
 俺が何も出来ない間にアドニスが助けてくれてしまった。うう、俺って役立たず……いや、まだ何か起こるかも知れない。術を使っている間、俺がアドニスを守らねば。

 そう思い、少しアドニスの背中からズレて再びホールを見やると、同時。

「策略も愚策、能力も愚鈍、お前が誇っている才覚とやらはどこだ?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいいいいい!!」

 ブラックの声に、目を見開き鬼のような形相になったデジレが叫ぶ。
 その叫びに応えるようにして、銀の沼の中から今度は無数の触手が這い出て来てブラックに飛び掛かるが、ブラックは軽く指を刺した右手を前方に伸ばすと、その指で円形を描いて――――また、何事か呟いた。

 刹那、炎の中から無数の炎の鎖が飛び出し、銀の触手を溶かして赤々とした残骸をその場にまき散らして見せる。
 相手の触手が無数の手なら、ブラックの炎の鎖は……恐ろしい光線だ。
 金属は炎によって形を変える。恐らく金属ならその場から形を変えて復帰する事も出来るのかも知れない。だが、デジレはそうする事が出来ないようだった。

 それは、圧倒的な力量差からなのか。それとも……動揺して、曜術を扱う冷静さと感情を欠いているからなのか。
 どちらにせよ、まるで炎の令嬢のようなブラックに、デジレはまるで歯が立ってないようだった。でも油断は禁物だ。気を緩めちゃいけない。

 いつブラックが怪我をするか分からない。相手が標的を変えるかも分からない。
 だから俺は、俺は……大地の気を、いつでも使えるように溜めておかないと……!

「っ……――――」

 緑の光と、赤の光。
 対する白い光に対しては怖さしか感じないけど、でも、ブラックが緊張を解いて相手を挑発しているのを見ると、不思議と怖くなくなってくる。
 いつものブラックなんだと感じると、もう何も心配が無いような気がした。

 そんな俺を余所に、ブラックは冷静な顔でじっとデジレを見やる。

「無駄だよ。【紫月】の僕程度の炎で制圧される金属しか使えないんじゃ、僕も、他の奴らも倒せない。お前は【アルスノートリア】でもんだよ」
「~~~~~――ッ!!」
「……どこかに行ってるお前の“仲間”と、さっさと逃げたらどうだ?」
「なっ……」
「気付いてないのかお前。僕達を引き付けるエサになってるんだよ、お、ま、え、は」

 エサ?
 そう言えば確かに……助手である“ジョアン・シルヴァ”がいない。どこを見渡してもそれらしい姿は無かった。アイツも仲間だとはブラックが言ってたけど、だったら確かに今のこの状況は俺達を引き付けるための策略になるのかも知れない。

 だけど、だとしたらジョアン・シルヴァはどこに……。

「えさ、だと……私が……このモルドールがエサ……餌だと……エサだと!?」

 半ばひっくり返ったような声に驚いてしまい、思わずデジレを見る。
 そこには、ぼこぼこと湧き立つ銀の沼の中心に立ち、紛った指で顔を覆って何かの衝動にガクガクと震えている……どこか怖気を覚えるような相手がいた。

「違う……違う違う違う違う違う私はエサじゃないエサじゃない下郎のモンスター如き汚らわしぎぎぎぎぎぐがあ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁあああああああ!!」

 美形、だったはずの、相手。
 だがその顔は目を見開き歪み切って、叫ぶ口は閉じる事を忘れたのか唾液を流しながら必死に声を吐き出している。そこに、貴族然としたデジレ・モルドールの姿は、もう見当たらなかった。

 どうして、そんな。

 思わずそんな言葉が思い浮かび、一瞬手を伸ばしかけた。
 ――――と。

「あーあー、いけませんねえ。これでは勝てる物も勝てなくなる。いやいやモルドール様は、下民の貶し言葉に不慣れで困りますね」

 どこかで聞いたような声が聞こえたと思って、再びデジレの方を見ると。
 そこには――――ジョアン・シルヴァの姿が在った。

「え……」
「お前……どこから来た……!」

 睨むブラックに、ジョアン・シルヴァは薄く笑って興奮したデジレと肩を組む。
 親しげな様子だが、デジレは彼に肩を組まれた瞬間硬直し、人形のように動かなくなってしまっていた。

「どこから? いやですね、私は最初からここに居ましたよ……なんて、言って欲しいですか? それとも隠れてましたと言う方が?」
「僕は事実を訊いてるんだが」
「おやおやそれは申し訳ない。だが、事実とは最も重要な要素。次の楽しみを生む為の甘い果実の種なのです。勿体なくて今は教えられません」

 そう言うと、ジョアン・シルヴァはモルドールの耳に何事か囁いた。
 すると……先程まで激昂していたモルドールはいとも簡単にいかり肩を降ろし、何も考えていないかのように脱力してその場に立ち尽くした。

 デジレのそんな姿を面白げに見やって、ジョアン・シルヴァは再びブラックを見る。

「大人しくさせたので、許して貰えませんか?」
「ふざけろクソが。八つ裂きにしてもし足りない」
「おやおや……まあ、価値ある至宝を傷付けられればさもありなん。……まあ、目的は既に達成されましたし……お暇しましょうか。貴族の称号を受ける事が出来ないのは残念ですが……」

 おどけるようにそう言って、ジョアン・シルヴァは呆けているデジレの顔を見やり――何とも意地の悪い微笑みをニタリと浮かべた。

「夢や希望や愛というものは、壊れる瞬間こそが一番興味深い」
「…………」
「お騒がせしました。では、またどこかで」
「なっ……!?」

 さらりと告げられた別れの言葉にブラックが思わず一歩踏み出すが、相手はそんなブラックの動きをあざ笑うかのように肩を揺らすと、何も無い場所に手を伸ばし、その空間の空気をカーテンのように自分の元に手繰り寄せる。

 と、何も掴んでいないはずの手を中心にして空気が歪み――――

 その波紋が完全に二人を包んで消える頃には、もう誰も居なくなっていた。

「なに……いまの…………」

 人が急に消えた。しかも、飛び散った金属や銀の沼も。
 ……まるで今までの攻防は幻だったかのように、ホールは元の薄暗く広い空間に戻ってしまっていた。

「これは……一体、何が起こったんだ……?」

 近付いて来るクロウの驚いた顔を見て、ホールの扉から二人が逃げたのではないと解かる。もしあいつらが何らかの術で突破していたとしても、クロウの嗅覚なら絶対に二人を捉えていただろう。それが無いって事は、本当に消えたって事だ。

 だけど……本当に、一体……なんだったんだ……。

「俺、命狙われた……んだよな……? でも、それもエサで……でじれは何か、凄く怒ってて……えっと…………」
「ツカサ君、落ち着きなさい。……ともかく……確かなことが一つ、あるとすれば……明日の本番は、誰も舞台に上がれなくなってしまったという事でしょうかね」

 そう言いながら曜気の放出をやめたアドニスは、溜息を吐き眼鏡を直す。
 ……ああ、そうだ。マリオ・ロッシは、デジレ・モルドールだった。そして、俺達の敵である【アルスノートリア】だったんだ。だから戦って、逃げられた。

 それは確かな事なのに……何故か、俺は現実感が無い妙な感覚になっていた。











※体調不良の余波で定刻からだいぶ遅れております(申し訳ない)
 徐々に戻して行きますので、ご了承いただけると幸いです(;´Д`)

 
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