異世界日帰り漫遊記!

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

33.唐突な幕開け1

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「――――ッ!?」

 急に地面が傾いたような感覚が有って、抵抗も出来ずに体が傾ぐ。
 刹那、俺の頭上を鋭い音が通過した。

 え、なに。
 なにこれ。何が起こったんだ。なんで俺座り込んでんの。
 
「何しやがる!!」

 普段は柔らかい口調のブラックの罵声が聞こえたが、その声に振り向く前に、俺の体は足につられて勝手に反対方向を向く。
 瞬間、俺が今まで居た場所に重い音が圧し掛かった。咄嗟にそこを向くと、舞台の床板をバラバラにしたような穴が開いている。

 何が起こっているのか、まったく分からない。
 だけど一つだけ分かる事が有って、俺は舞台の向こう側を見た。
 薄暗く、目を凝らさなければ人の顔などわからないホール。これから観客で溢れるだろうその閑散としたホールの奥の方にいる人影。

 こちらを見て何事か耳打ちする誰かと……俺を凝視しているのだと視線の強さで分かる、誰か。その「誰か」が誰なのか解ってしまった俺は、今何が起こっているのかようやく気が付き、ハッとしてその場から離れようとした。

 ともかく舞台に居ては危険だ。
 それだけで頭がいっぱいになって足を動かそうとするが、それより先に俺が履いた王子様らしい金糸の刺繍が在るブーツは俺を強引に立たせ、舞台袖に押しやろうと動き出す。これは、アドニスが蔓をそれらしく編んで作ってくれた即席ブーツだが……もしかして、アドニスが曜術で操って俺を誘導してくれているのか。

 そう思った瞬間、また俺の横に何かが飛んできた。
 う、ううう、ぐだぐだ考えてる場合じゃないっ。

「ツカサ君こっちです!」

 アドニスの声にブーツが動き、舞台袖に強引に誘導される。
 その合間に怒号が聞こえて、俺は再び薄暗いホールの方を見た。ブラックとクロウが、いつのまにかホールに出て“あいつら”の方へ走っている。だがドレスやヒラヒラした服が思った以上にうまく動けないようで、いつもの素早さではなかった。

 あんな状態で大丈夫なんだろうか。と、思った瞬間、ブラックの周囲にいきなり炎の渦が幾つも巻き起こり、ホール全体を強く照らした。

「テメェ逃がさねえぞ!!」

 俺に向けた事も無い乱暴な言葉でそう叫び、無数に浮かび上がっていた炎の渦が鞭のように撓る直線になって一気にある方向へと向かっていく。
 息をのむほど赤く燃え上がる炎の先に立っているのは、光の元に曝された……俺が、思っても見なかった相手。

 髪色は、くすんだ栗色の短髪。
 ふとすれば二人とも見分けのつかない、平凡でどこにでもいそうな……相手。

「逃がすなよ熊公!!」
「ヌゥ……ッ、ここでは土の曜術が使えん!」

 ブラックの声に、クロウは自分の衣装が煩わしさを感じたのか四つん這いになる。
 途端、人間としては無理な体勢にも関わらず、クロウは走る速度を増してホールの扉の方へと走っていく。そ、そうか、あの二人を逃がさないために先回りするんだな。
 だけど、当の二人は逃げる様子も無く、舞台の方をじっと見つめていて。

「やはり覚えていたか……クソガキめ……!!」

 そう言って俺を睨むのは、茶色の瞳。
 いや、違う。あれは「偽装」だ。俺の眼には、さっきから二つの色が重なって見えていた。だから、彼を見た時に「え?」と思わず声に出してしまったんだ。

 だって、彼の――――ジョアン・シルヴァの隣にいる彼の眼は、他の誰とも似てはいない……あの“暗く濃い金の瞳”を浮かべ、白の曜気を迸らせていたのだから。

「やっぱりアンタ……うわあっ!!」

 答えを言おうとしたと同時に、ぱん、と何かに強く打たれたような衝撃が来て、俺はその場に倒れ込む。何が起こったのかと咄嗟に起き上がると、ブーツの下部が弾丸にでも打たれたかのように張り裂け、ボロボロになってしまっていた。

 う、うわ……っ。シークレットブーツじゃなかったら俺の足がこんな風に……?
 思わずゾッと青ざめてしまうが、そんな場合では無かった。

「てめぇええ! ツカサ君に何しやがるクソがああ!!」

 綺麗なドレス姿とは似ても似つかない怒声を浴びせかけるブラックが、更に勢いを増した炎を二人に浴びせかける。

「――――ッ!!」

 あまりにも苛烈な熱波と轟音に思わず腕で顔を隠す。
 いくら相手に攻撃されたとはいえ、これはやりすぎではないのか。そう思うくらいにブラックの炎は凄まじかったのだが。

「…………この程度で私が倒せると思うなよ」

 轟音を立てる炎に巻かれ、姿も見えなくなったはずの相手。
 その相手の声が何故か耳に届いた気がして、何が起こったのかと俺を襲った相手――――マリオ・ロッシ“だったもの”の方を見やると。

「なっ……!」
「下賤なグリモアどもに私の術が破れるはずがないだろう」

 苛立ったような声。
 刹那、慄いた俺とブラックの前で、炎の壁がドロドロとした銀の液体のようなものに飲み込まれた。あれだけ激しかった炎の壁が、一瞬で消える。
 何が起こったのかと目を見張る俺達の前で……先程まで栗色の髪をしていた相手が、その色を徐々に金に染め変えて暗く濃い金色の瞳で俺を睨みつけた。

「もしかしたらと思って見に来たら、やはりお前だったとはな……まさか【黒曜の使者】が、本当にこんな子供とは思わなかったが」

 俺の事を、知ってる。
 限られた人しか知らないはずの事を知っているなんて、どういうことだ。
 こいつはマリオ・ロッシ……の皮を被った、デジレ・モルドールで間違いない。俺が、相手の顔や特徴を覚えているから殺そうとしたのも理解出来る。

 だけど、俺が【黒曜の使者】だなんて、デジレ・モルドールは知らないはずだ。
 なのにどうして知ってるんだ……!?

「お前……まさか……」

 一筋縄では無いかない事を悟ったのか、ブラックは距離を取って拳を握る。
 いつでも反撃できるようにするためか体の周りには炎の曜気が揺らめいているが、そんな風にブラックが警戒する事なんて滅多にない。

 それだけで、相手がどれほど危険な相手なのかが分かる。
 銀の液体の中心で塗れもせずにただ立つ男は、金の髪を靡かせて忌々しげな顔で俺を睨んでいる。だが、その相手にブラックが次の句を告げた。

「……まさか、こんな所で【アルスノートリア】に遭うとはね……」

 ――――そう。
 ブラックの炎を苦も無く跳ねのけるほどの能力者であり、簡単に顔を変えてしまえるデタラメな能力の持ち主。
 そんなヤツ、普通の曜術師じゃない。だったらもう、そうでしかないじゃないか。
 【アルスノートリア】の……恐らくは、金の属性をつかさどる存在。

「皓珠のアルスノートリア……デジレ・モルドール……!」

 誰ともなく発されたその「正体」に、デジレは不機嫌そうな顔を崩さずに眉間の皺をただ深めた。

「ただの目撃者なら苦しまないように殺してやったものの……我々と敵対する悪魔の書物のしもべというのなら、憂いを残さぬようにここで全員殺しておかないとな」
「ッ……!」

 何がどうなっているのか、未だに全部を把握出来ない。
 だけど、危険なことだけは分かる。このままだと、この場で激しい戦闘が起きるかも知れない。そうなったらローレンスさんや侍従さん達が危険だ。

 何よりも先にまずそう思って、ホールに居たローレンスさんと変な貴族の兄ちゃん達に退避を促そうと視線を外した。が。

「えっ……あれ……!?」

 みんなその場に倒れている。
 まさか何か毒でも盛られたのかと思って息を呑んだが、しかし彼らは安らかな顔で眠りについているかのようだった。これは……睡眠薬でも盛られたのか?

 だけど、どうやって。
 かなり距離があったのに、ローレンスさん達にどう薬を摂取させたんだ。
 金の属性を持つ【アルスノートリア】なら可能なのか。いや、それとも、デジレは他の属性を持ってるんじゃ……。

「ツカサ君、私の後ろへ」
「あ、アドニス」

 目の前に手を出されて、背中がデジレの鋭い視線を遮る。
 さっき俺を助けようとしてくれたアドニスが、俺を守ろうとしてくれていた。
 だけど、そんなアドニスにデジレは不機嫌そうな声を放る。

「緑樹ごときが私の力に勝てるとでも?」
「物事には、なにごとも『例外』というものがありますからね」

 余裕ぶった、いつものアドニスの声。
 だけど、僅かに見えるアドニスの頬に汗が流れたのを見て、俺は今の状況がそれほど危険な物なのだと思い知って息を呑んだ。

 あまり動揺しないアドニスが緊張している。ブラックも、自分の炎を簡単に制されてデジレの事を警戒しているんだ。相手が巨大な力で何をするか解らない以上、迂闊に手を出す事は出来ないと思って、相手の次の手を注視しているんだろう。

 それほど、目の前の相手はすさまじい存在なのだ。
 ……だけど、どうしてこんなことに。

 デジレ・モルドールは贋金事件の最も重要な人物だと思われていた。だから、俺は【ゾリオン城】に呼ばれて、あの【絶望の水底】の関係者を見つけ出すことになった。
 証拠はない。だけど「失われた貴族の家名」を使用する相手は、何かしらの意図が有って貴族として振る舞っている。だから、この場に現れるんじゃないか。

 そうローレンスさんも思ったから、俺達も協力しようと劇に出る事になったんだ。
 だけど、なにか変だ。何かがおかしい。

 どうして相手は「マリオ・ロッシ」という人物に変装していたんだ。
 どうして今、よりにもよってこの状態の時に攻撃を仕掛けて来たんだ。
 俺を始末しようとしていたのだとしても、今じゃなくても良かったはず。こんな状況で戦闘になるなんて、相手にとっても面倒臭い事態だろう。

 なのに、どうしてよりにもよって全員が揃っているこの場所で俺を襲ったんだ。

 変装しているのだって、どうして。どういう意図で。
 解らない。何もかもが唐突過ぎて、頭が働かなかった。

「四対二では、貴方のほうが不利なのでは?」

 冷静さを失わずに言い返すアドニスに、デジレは皮肉めいた薄笑いを浮かべる。
 その表情は、追い詰められた人間が浮かべる笑みでは無かった。

「お前達こそ、何か勘違いしてないか。神に封じられたグリモアごときが、神の祝福を受けた我々に対して何か敵うことがあるとでも?」

 アドニスの体の向こう側を覗き見て、体が一気に緊張する。
 どこか俺達を見下すような貴族らしい笑みは、少しも恐れを含んではいない。
 まるで、自分の勝利を確信しているかのようで……デジレの周囲に広がった銀の水たまりが、その笑みに反応して生き物のように蠢いていた。

 何の呪文も唱えておらず、あまりにも広範囲の金属を自在に操っている。
 俺は金の曜術師の攻撃を見たことは無いけど、でも……あんな金属の動き、誰が見ても「普通じゃない」ってわかるだろう。

 そう、普通じゃない。だから、ブラックもクロウもアドニスも、警戒している。
 眠った人達の謎も解けないまま、相手が何をするかわからずその場から動けずにいるのだ。こんな硬直状態、どうすりゃいいんだよ。

 だけど、このままだと戦闘になるのは明らかだ。
 相手は【アルスノートリア】で、俺達を消そうとしている。そのためなら、眠っているローレンスさん達を人質にとるかもしれない。
 そうでなくても巻き込まれる可能性しかないのだ。

 相手が何をするか分からない。
 けれど、ローレンスさん達をこのままにはしておけない。
 何とかして彼らを安全な場所に移動させないと。だけど、どうすりゃいいんだ。
 ここには俺の鞄が無い。頼みの綱の召喚珠も置いて来てしまった。【黒曜の使者】の力も、ブラック達の邪魔になるかも知れないと考えると先手を打って使う事は出来なかった。相手の行動が読めなさすぎて、どうすることも出来ないのだ。

 せめて、相手が何故今俺を殺そうとしたのかくらい解れば……どう対処するかも、判断できるかもしれないのに。
 思わず唇を噛んでしまったが、そんな俺に気が付いたのか、デジレは見下すような笑みを更に深めてみせた。

「お前のその顔、良いな。下賤の民が苦しんでいると胸が透く」

 先程の忌々しげな顔が嘘のように機嫌が良さそうな声を出して、デジレは笑みを顔に張り付けたまま、両手を広げて見せた。
 それを合図のようにして、ボコボコと銀の水たまりが沸騰しはじめる。

 ……いや、あれは沸騰しているのではない。
 浮き上がった不透明な銀の泡が、そのまま浮かび上がって来て形を変える。
 その形は――――人。

 人間の形を模した、無数の銀の兵隊だ。

「さて……お前達には、ここで死んでもらおうか」

 デジレのその声は、この上なく楽しそうな嘲り声だった。












※ツイッターで言っていた通り遅れちゃいました(;´Д`)
 体調が優れなかったのですが、なんとか回復……!
 あと数話で次の章です。
 
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