異世界日帰り漫遊記!

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

31.いつか語られた物語1

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 ――翌朝。

 明日の本番に向けて、みんな最後の練習だと張り切っている。
 本番が終わったら、どういう結果にせよ俺達は旅立つつもりなのだが……せっかく仲良くなった侍従さん達とお別れになるかと思うと、それはそれで少し寂しい。

 そもそも、冒険者だって滅多に……というか、恐らく物凄い強い人ぐらいしかお城に近付けないだろうから、こういう特別な事でもないと、多分俺達はもう【ゾリオン城】に来る事も無いんだよなぁ……。

 お伽話のお城みたいな外観や中身が好きってのもあるけど、一番は長々と練習を一緒にやって来た人達がいるから離れがたいんだ。
 俺は失敗ばっかりして足を引っ張っちゃってたけど、それでもベテランな侍従さん達は俺にチッとか舌打ちせず根気よく付き合ってくれたし、練習以外でも一緒にお菓子を作ったり掃除したり立ち話したりして、結構仲良くなったんだ。

 だから、そういう人達とも、もうお別れなんだなぁと改めて実感すると……。
 ……さ、寂しい。やっぱり寂しい……。
 俺だってせっかく台詞も覚えて、動きもマシになってきたのになあ。

 まあ侍従さんやブラック達と比べると月とスッポン……というか月と平たい丸石ってレベルだろうけど、それでも侍従さん達に「上手くなりましたね」とか「頑張りましたね」とか褒めて貰ったんだ。なんか褒めてくれる時にお菓子も凄くたくさん貰ったので、俺が上手くなったのは間違いないはず。クッキー美味しゅうございました。

 あとおばさまやお姉さまに何故か結構構ってもらえて嬉しかった……いや、これは俺の胸の内にだけ秘めておいた方が良いな。ブラックにバレたらヤバい。
 構って貰ったと言っても、俺は頭を撫でて貰ったり、お菓子貰ったりしただけなんだからなフヘヘ。どうして女の人って良い匂いがするんだろう。ふへ……。

 ゴホンゴホン。いやそれはともかく。
 なんだかんだ、ブラック達とは別に侍従さん達とも仲良くなっていたので、なんとも寂しいのである。決して俺が女の人にチヤホヤされて嬉しかったからではない。
 なんか背後から眼鏡の冷ややかな視線が送られてきている気がするが、俺は何も感じていないからな。うむ。

 閑話休題。
 そんなこんなで最後の練習となったのだが……明日は本番だということで、俺達は本格的な衣装を纏い、ばっちり化粧もして舞台に挑む事になった。

 ローレンスさんが既に舞台設定を終えているので、舞台の向こう側は今回の祝宴を行う大広間に変化していて、座席が恐ろしく並んでいる大劇場よりかは威圧感が少ない。だだっ広い所はやっぱりちょっと気持ちが萎縮してしまうが、しかし俺にとってはこれが最後の劇なので、なんとか爪痕を残しておきたい。

 本番はアレな女装をして潜り込まなきゃいけないんだし……せめて今回は準主役の立派なヒーローとして役目を果たさねばっ。
 演技はちょっと難しいかも知れないけど、ブラックの度重なるセクハラに耐えながら腹式呼吸で声量も増したし、台詞もなんだかんだ覚えた。それに、動きだって……。

「…………このシークレットシューズでの動きだって、なんとか……」
「ツカサ君、まあ……元気だしなよ。可愛い子に背なんて関係ないんだからさ」
「変な方向の慰めすんなーっ!!」

 なんだこの野郎ブラックめ、俺が準備万端で打ちひしがれている時に、上から目線で俺の変な格好を見てきやがって。

 化粧室……いや美粧室でも何かニヤニヤして見られてたけど、舞台袖まで来て俺をおちょくろうとは良い根性をしている。まあ俺だってヘンだと思うけど。このキラキラな王子様の衣装で、微妙に手の長さと足の長さが合わないなって感じになってるのは、なんともこっぱずかしいけど……!!

 でもそんなハッキリ言わなくて良いじゃないかくそー!
 俺だってもうちょっと身長が有ったら、背を高くする上げ底シークレットブーツなんて履かなくて良かったわい。っていうか、俺の世界ならギリセーフだったわい。
 この世界の奴らがみんな背が高いからいけないんだ。

 ここが日本なら、俺だって女の子を抱き留めて……いや……うん、たぶんイケる、ハズ。百五十センチ代の子なら余裕できっと……!
 …………じゃなくて。

 ともかく、コレを履かないと「少し見栄えが悪い」とローレンスさんが言い出したんだから仕方ないじゃないか。俺だってこんな恥ずかしい靴履きたくなかったよ。
 アドニスに頼んで、特別仕様の蔓で編んだ足に馴染む靴なんて。

 ……まあ【緑樹のグリモア】だけあって、確かに足にしっかり馴染んで違和感とかは無いんだけど、でも手の長さだけは誤魔化せないからな……。

 しかしそれを言えば、衣装からしてどうなのって感じなんだが。
 せっかくの王子様っぽいキンキラ衣装も、なんとか慣れた金髪のカツラも、王冠を被った姿はバカ王子にしか見えない。何度鏡を見ても、舞台用の化粧をキメた俺は服に着られている感じでしかなかった。衣装は素晴らしいんだけどな……はぁ。

 …………なので、まあブラックが慰めて来るのも分かるんだけど。
 でも、その格好で俺を慰めたってイヤミにしかならない。

「ムゥ……ツカサ、安心しろ。どんな衣装でもツカサは愛らしいぞ」

 そう慰めてくれるクロウも、今回ばかりは過ぎた嫌味みたいな「本番姿」だった。

 ――――赤い髪を整え綺麗に背に流し、煌びやかな宝飾品を身に着けたブラックは、ガタイが良いにも関わらずその姿は不思議と違和感が無い。金糸の模様が綺麗な真紅のドレスも、ブラックの男らしい骨格を隠すのに一役買っている。
 男らしい眉と顎は流石にどうにも出来なかったが、男だと理解出来るのに、綺麗に髭を剃って全てを整えていると、不思議と性別に関係なく毅然とした女性のようにも思えて来て、素直に綺麗だった。

 クロウだって、お姫様が頭に置くティアラのような冠に色の付いたヴェールを流し、アラビア風の踊り子のような衣装を着こなしている。
 ほんの一部だけ肩を出したりして露出しつつも、巧妙に筋肉質な体を隠しているので、こちらもやっぱりアラビアンな美女っぽい感じだ。特に、鼻の辺りから布で口元を隠しているのがニクい。占い師と言う神秘的な役目が一目でわかると同時に、太い顎を隠すのに一役買ってるんだからうまいよなぁ……。

長い髪のカツラをつけ、かなり飾りが重そうな耳飾り……風の装飾品などをつけて、下も下膨れのズボンで完全防備なので、男のガタイではあるがやっぱり女性的だと思えてしまう。……まあこの世界、ホントにガタイの良い筋肉美女も結構いるので、俺が平気だから綺麗にみえるってだけかもしれないが……。

 …………まあ、身内びいきってあるよな。
 でも、二人は元々美形なので美女という事にはなるのだろう。それは確かだ。
 なので、そこんところを目の当たりにさせられると、俺は自分のしょうもない仮装を思い非常に悲しくなってしまうワケで。

 はあ、やっぱり神様ってのは不公平だ……。
 まあでもここまで来たら王子様をキッチリやんなきゃ仕方ないんだけどな。

「ツカサ君? 話聞いてる?」
「えっ!? あ、はい、ナニナニ?」
「もー、聞いてなかったでしょ……あの胡散臭い眼鏡と引っ付く場面の時は、変な事をされないように気を付けるんだよ?」

 オッサン二人の姿を見てションボリに浸り過ぎていたらしい。いかんいかん。
 慌てて話を聞き返すと、ブラックは変な事を繰り返し俺に言い聞かせて来る。いや、お前それ本番で言うって……まあでもブラックにとってはイヤなんだろうしな。

 キラキラの悪役令嬢な姿でむくれて怒っている美形のオッサン、という何だか変な姿だが、それが笑いものにならないのがムカつく。
 でもまあ俺を思って言ってくれてるんだろうから、目くじらを立てるのも悪いな。

「そんな事は無いと思うけど……何もないように気を付けるよ」
「ホントだよ? 約束だからね?」

 菫色の瞳でじっと俺の目を見てそういうブラック。
 …………ちょっとドキッとしたりとかはしてないからな。最後のリハーサルって事でドキドキしてるだけなんだからな!

「はい、じゃあ……最後に通してやってみようか!」

 舞台袖の向こう側から、ローレンスさんの声が聞こえる。
 ハッとして舞台の方を見やると、もうすでに準備は終わっていて、最初のシーンを表現するお城のカキワリやシャンデリアがぶら下がっていた。

 舞台と客席を隔絶する赤い緞帳は下りていて、舞台の端っこから見ている光景は何だか不思議な空間のようにも思えた。
 人が見ているとは思えない、作り物の空間。
 だけど、あの幕が上がれば劇は始まるのだ。

「……ツカサ君、大丈夫?」

 隣で、ブラックが俺を気遣うように言う。
 キラキラしていて、俺より背が高くて、見つめられるたびに胸がドキドキしてしまう姿の、相手。こんな状況でブラックに対してドキドキするなんて変かも知れない。
 だけど……ブラックが見ていてくれると思うと、不思議と安心する。

 クロウが背中で「がんばれ」と無表情な声音ながら応援してくれているのも、何故か力強い応援のように思えた。

「…………精一杯頑張ってくるよ!」

 そういって元気に笑ってみせると、ブラックは嬉しそうに笑ってくれる。
 いつものブラックじゃないけど、俺にとってはどんな姿でもいつものブラックだ。

 ブラックとクロウが居てくれるなら、例え失敗しても怖くない。
 アドニスだって、きっと俺の事を助けてくれるだろう。
 だから、緊張は無い。とにかく、アドニスが描いた物語を、俺は王子として一生懸命演じよう。心を籠めて、ローレンスさんが話してくれた心優しいズーゼン王のように。

「よし、行ってくる」

 俺とアドニスが舞台の中央に立って、初めて物語は始まる。
 向こう側からやってくる、綺麗な衣装を纏った「黒髪の乙女」を見ながら、俺は王子の心持で舞台へと歩きだした。











 
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