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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
きっかけは些細な事で2
しおりを挟むずんずんとそのまま歩かれ、一直線の廊下を過ぎ人気のない廊下の角を曲がる。そこでようやくブラックは止まり、俺を不機嫌そうに睨んできた。
「ねえツカサ君。どうしてあの化粧落としてるのかな」
「う……ぁ……え、えっと……」
「あんなバカな化粧なんだから、ツカサ君も『姿を隠すため』だって理解出来てたはずだよね? なのにどうして部屋に帰って来る前に落としちゃうの?」
「う……うぅ……ごめんなさいぃ……」
背後にゴゴゴゴ……だなんて効果音が付いてきそうなほど、ブラックは怒っている。そのあまりの剣幕に、俺は反抗するどころかついつい謝ってしまった。
でもしょうがないじゃないか。怖いんだもん。今のブラック怖いんだもん!
それに、自分のミスだってのは分かってるし……でも、つい謝っちゃったのは他にも理由がある。今のブラックは変装した別人みたいな姿なので、なんだか余計に萎縮してしまうのだ。そのせいで、つい素直に謝ってしまったのである。
「謝って済むならお仕置きはいらないよねぇ~。自分で悪いと思ってるなら、なおさらタチが悪いんだけどなぁ」
「お、仰る通り、で……」
ああもうマズい事しか言えない。
変装したブラックは、なんだかいつも以上に怖いような気がして、つい小市民な俺の事なかれ主義が発動してしまう。やっぱこの容姿はヤバいよなぁ……。
「そんな顔で見上げたって許さないんだからね! まったく、ホントに君って子は僕が何度オスに気を付けろって言ってもバカなことして煽るんだから……!」
「ぐう……」
真面目に怒った顔で説教をかまされるが、俺はその姿が気になって仕方ない。
見上げる相手は、ブラックのはずなのに……なんかやっぱり、違うみたいに見えてしまう。それが凄く変な感じで、つい緊張してしまって。
……それにしても、本当にあの鮮やかな赤髪からのギャップがすごい。
黒髪のカツラを被り、眉も念入りに黒い粉で染めたブラックは、その菫色をした瞳の色を隠すための丸眼鏡も相まって、一瞬別人にも思える。
赤い髪のブラックを見慣れている俺としては、どうしても違和感を拭えなかった。
それにしても、これだけで他人っぽく見えて来るなんて不思議だ。
例え輪郭と顔立ちが一致していても、いつもの特徴である無精髭も無く全ての色が変わってしまうだけでこんなに別人のように思えて来るなんて、本当に凄い。
だけど、今はその……ちょっと……怖い気といいますか……。
いや、悪いのは俺なんですけども……。
「そんな迂闊な事をしてるから、僕らも化粧させたんだよ。それでなくても、普段からツカサ君は危なっかしいったらありゃしないのに……化粧をとったツカサ君が悪いんだからね!」
「ごめんなさい……」
ブラックの言う通り、あのままおかめみたいな化粧をしてさえいれば、あの変な貴族にも絡まれなかったかも知れないし、さっさと部屋に戻れていたかも知れない。
少なくとも、ブラックの怒りを買う事は無かったはずだ。
それに……たぶん、さっきのって……。
「……ハァ……ツカサ君ってホント面倒事を引き寄せるのが得意だよなあ」
「反省してます……。なんか、その……術を使わせて、ごめん……」
たぶん、そうだよな。
さっきの紫色の霧のような物は、恐らくブラックが使う【幻術】のようなものだろう。
ブラックはグリモアの中でも“紫月のグリモア”という他の属性を合わせたグリモアで、そのせいかシアンさんやアドニスのように五属性のどれかが突出した術を出すワケではなく、特殊な術を使う事が出来る。
その特殊な術が【幻術】なのだ。
確か、ブラックが言うには「攻撃は出来ないが、実体のある幻を造り出せる」とか「幻惑術などの人を惑わす術のグレードアップ版だ」との話だったが、恐らくさっきのは、その【幻術】が出来る事の一つなのだろう。
何か……とにかく、二人を眠らせたんだろうな。どうにかして。
……しかしまあ、今の曖昧な言葉が示すように、実を言うと俺はブラックの【幻術】の詳しい事は何も知らない。ブラックが俺の前で【幻術】を使った回数なんて片手で数えるほどしかないし、しかもその術をブラックはあまり良く思っていない。
出来れば使いたくないとハッキリ言うほど、ブラックは【幻術】を嫌っていた。
そんな術を使わせたんだから、そりゃ……その……いっぱい怒ってるよなって鈍い俺でも分かるわけで……。
「…………さっきの、僕の術だって解ってたんだ」
「だって、紫色だし……ブラックが助けに来てくれたわけだし……」
「ン゛ン゛ッ、ま、またそんな僕のこと好……ゴホン。いや、だからね、ツカサ君は危機感が足りないんだよ。そんなんだからまた変な奴に絡まれちゃうんだよ?」
「……だって、すげえ変な顔だったし……それに、あの夕食会じゃ話題はアンタらばっかりで、俺の事を話してる人なんて一人もいなかったから……」
そう言うと、ブラックは再び溜息を吐いた。
さもありなん。アンタらからすりゃ、スネたちゃっちい悲しさだろう。
でも、すっげー頑張ってるのにすっげー無視されるのって辛いんだからな!
しかもあんな化粧してるってなったら、すんげーみじめになるんだからな!?
そりゃ、心配だからって色々してくれるのはありがたいけど……でも、あんな風に、自分一人が蚊帳の外になるみたいな場所なんて……そんなの、理解してたって俺には耐えられないよ。人に無視されるのは、もうこりごりだ。
「初めからいない人」扱いなんて、何度受けたって……。
「あ……ご、ごめん……ごめん、ツカサ君……。そうか、そうだよね、あんな風に誰も自分を見ない場なんて……っ」
「わぷっ!?」
抱き締められたまま思わず落ちこんでいたら、急にブラックが俺を抱え上げて肩に顔を突っ込んできた。更に足が浮いてしまったが、それ以上に相手の行動にビックリしてしまって、俺は慌ててブラックの顔を見ようと目を動かした。
「ぶっ、ブラック!? なに……っ」
「ごめん、ツカサ君……っ。ごめんね……」
さっきまで怒っていたのに、急に謝られてもワケがわからない。
俺、まさかまた顔に情けない感情が出てたんだろうか。うわ恥ずかし過ぎる。
いやでも、それでブラックが謝るなんてどういうことだ。
まさか、俺の情けない顔がブラックの良くない記憶を思い出させてしまったのだろうか。なにせ、コイツも結構、暗い過去がありそうだからな……。
……貴族にも臆さずマナーだって完璧なブラックだし、前に聞いた話によると、貴族みたいな人達とも色々しなきゃいけなかったみたいだし……もしかすると……さっきの俺みたいに、同じような事をされた事が在ったのかもしれない。
それで、自分がされて嫌だったことをしちゃったって、悲しくなった……とか……?
…………だとしたら、なんか……。
「……大丈夫だから、謝るなってば。アンタは俺を心配してあの化粧でも黙ってたんだし、それに今も助けに来てくれたじゃん。俺が大人げなくスネたのが悪いだけで、アンタは何も悪くないって」
「でも……僕、ツカサ君にイヤな気持ちいっぱいさせて、傷付けたのに……」
「俺が勝手に落ちこんだだけなんだって」
「でも、僕……」
……なんだか重傷だ。
いつもなら俺が「大丈夫」って言えば、すぐに顔を明るくしてふざけてたのに、今回はブラックとしては予想外の事だったのか、意外なくらいに落ちこんでいる。
ううむ……ここまで謝られてしまうと、逆に、俺が今落ちこんでいたことの何がそれほどショックを受けさせたんだろうと拍子抜けしてしまうな。
そりゃ俺だって、あの場所で落ち込んだのは大人げないって解ってるし、あの変な化粧は俺の正体を隠したり注目させないためにローレンスさんがしてくれたんだって分かっている。別に俺をわざと孤立させたくてやったわけじゃないんだ。
だから、自分勝手に落ち込んでる自分が情けなかったワケで、ブラック達に怒ったりしているなんて事はまったくない。
むしろ、その厚意を無にして変な貴族にバレちゃったことに反省してるワケで……。
でも、ブラックが謝っているのはそう言う事じゃないように思える。
なんというか……自分のせいで、俺が嫌な気持ちをしたのが許せないみたいだ。
正直、謝ってくれるのは嬉しい。
でもそんな風に自分を責めて欲しくは無い。だってアレは、俺の為だったんだし。
…………だから……は……恥ずかしいけど……。
「ブラック、こっちむいて」
「うぅ……」
肩口から離れようとしないブラックのデカい頭を何とか引き剥がして、自分の前に持って来る。目と鼻の先の顔は、変装して別人の色味になっているのに……確かに自分がよく見知っている相手の情けない顔で。
「なんでアンタが泣きそうなんだよ」
「ツカサくん……」
ついツッコミを入れてしまうが、ブラックは弱々しい声音で眉根を寄せるだけだ。
その表情と言ったら、本当に大人げない。
今にも泣き出しそうに潤んでいるブラックの子供っぽい顔に苦笑して、俺は両頬を掴んだままの親指でソコを撫でた。
大人の分厚くて少しカサついた肌。でも、髭が無くてつるつるしてる。
いつもとは違う、でもいつもと同じ顔をした相手を宥めながら、俺は片方の手で額から頭に掛けて何度も優しく頭を撫でてやった。
「俺が悪いんだから、アンタが謝らなくていいんだよ」
「でも、ぼく……」
「助けに来てくれたから、それでいいじゃん。使いたくない術まで使って、俺を助けてくれただろ? アンタの気持ちはそれで充分わかってるから……」
なぜそこまで動揺するのか、今の俺には分からない。
ブラックが話したがらない過去の話に原因が有るのは分かっていても、聞けない。だって、ふとした時にこうやって苦しんでいる姿を何度も見てるから。
そんな苦しい思いをさせてまで、無理に聞き出したくなんてない。
俺は、アンタには笑ってて欲しいんだよ。
まあ俺がダメなことしてこうやって怒らせたせいでもあるし、それを考えると不甲斐ないとしか言えないけど……でも、俺に対して罪悪感を抱かせるなんて事させたくはないんだ。少なくとも俺は、ブラックがいるから助けて貰える。
きっとこの世界では一人じゃ生きていけないだろう俺を、アンタが助けてくれてるんだよ。どんなに面倒臭いガキでも、アンタは見放さずに。
だから、俺にだけは、罪悪感なんて抱かないでほしい。
何かをいっぱい背負っていて苦しんでるアンタに、これ以上、苦しいことを背負って欲しくないから。
「ツカサ君……」
ああ、やっぱ……こう言う顔をすると、やっぱりブラックだなと思ってしまう。
別人みたいに色味が変わってしまっても、俺にはやっぱりブラックはブラックにしか見えないんだ。目が青くても、髪が黒くても、無精髭が無くても……俺が好きな奴の表情は、どうしようもなく解ってしまうらしい。
「……ごめん、ブラック。…………これから部屋の外に出る時は、ちゃんとするから」
そう言って、俺は――――ブラックの、ほっぺに……キス、した。
「――――ッ!! つ、つかしゃくっ……!」
「う……な、何も言うな……っ! とにかく、お、俺は大丈夫だから!!」
ええいこっちを見るな、嬉しそうな顔で見るな。頬が熱くなるから見るな!
はいこの話終わり、離れて離れて……と、俺はお終いにしようとしたのだが、しかし厳つい腕は俺の事を離してくれない。それどころか再度強く抱きしめて来て、今度はブラックの方が俺の口や頬に何度もキスを落としてきた。
「ひぁっ、や、ちょっばか、こ、ここ廊下……っ!」
ちゅっちゅっと物凄くあからさまな音を立てられて狼狽するが、どうしてもブラックの腕の中から逃れる事が出来ない。
持ち上げられて足が再び浮いている事も相まって、脱出はもう不可能だった。
そんな俺を、チャンスとばかりにブラックはキスをし続ける。
「あぁっ……ツカサ君好きっ、好きぃ……っ! やっぱりツカサ君のこと、誰にも見せたくないっ、あんなクソ貴族連中に見せたくないぃいい!」
「な、何をいまさら!?」
いきおいに任せて変な事を言い出しやがったぞコイツ!
どういう了見だとタコのように口を窄めているブラックの顔を何とか引き剥がすと、相手は不満げに口をもにもにと動かしながら眉をハの字に寄せた。
「んもぉツカサ君のいじわるぅ」
「じゃなくてっ、劇はもうすぐなんだから、今更ダメだろそういうのは!」
「だって、あの変な貴族に目を付けられた以上、もう僕のツカサ君が貴族連中に注目されるのは絶対じゃないか。そんなの僕我慢できないよ! 絶対あいつら視姦するよ視姦!! バカみたいなカツラをつけてるとはいえ、ツカサ君の可愛いお尻やえっちな太腿を見てあああああ」
「んなワケあるかあああああ!」
いい加減にしろ、と額をぺちんと叩くが、その程度の軽い痛みでブラックの暴走が止まるワケもなく。……ど、どうしよう……。
このままだと人がやって来るかも知れないと青ざめていると、ブラックは急に喚くのをやめて、真剣な顔で数秒静止した。
…………えっ、な、なに。どうしたの。
急に止まられるとそれはそれで怖いんだけど……。
少しドキドキしながら相手の顔を見ていると……急にブラックは顔を挙げて、俺の方をしっかりと真面目な顔で見てきやがった。
「っ……!」
ばっ、バカ、そんな格好い……い、いや、真面目な顔でこっち見んな!!
そんな顔で見られたら、か、顔が勝手に熱く……っ。
「…………うん。決めた。やっぱもう使うしかない。【幻術】よりも、ツカサ君があいつみたいな貴族に視姦される方がイヤだもんね」
「……んん?」
「ツカサ君を舐め回して良いのは僕だけなんだから……ねっ、ツカサ君!」
「いや何言ってんのアンタ……」
同意を求めるなと困惑するが、ブラックは勝手に何かを決めてスッキリしてしまったのか、晴れ晴れとした顔をするばかりで俺のツッコミなどどこ吹く風だ。
いま【幻術】と言ったが、さっきの事と何か関係が有るんだろうか。
「なあ、ブラック。幻術って……」
「あ、そうだね。まず説明しなくっちゃ……ってなわけで早く部屋に帰ろうね! やっぱツカサ君は黒髪じゃなくちゃっ」
さっきから怒ったり泣いたり笑ったり忙しい奴だ。
でも、さっきの変に怯えたようなブラックよりは……マシか。
そう思ってホッとしてしまう自分が、何だかブラックに対してベタボレしてる奴みたいで凄く恥ずかしかった。
→
※思った以上に遅れてしまいました_| ̄|○モウシワケナイ…
修正は依然としてちまちまと……終わったらこの一文は消えます
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