異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

26.きっかけは些細な事で1

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   ◆



「はぁあ……メシを食った気がしない……」

 俺の世界と比べても何ら見劣りしない、コックを捻れば水が出てくる手洗い場。
 金持ちの家のトイレだけは徹底して清潔で近代的なので、俺がホッとできる場所の一つだ。現に今も、お貴族様を見送ってからはここに籠って頭を抱えていた。

 まあ、いつまでも居るわけにはいかないから、今出てきた所だけど。

「…………別に何かされたワケでもないのに、どーして堅苦しいと疲れるんだろ」

 気の抜けた声を漏らし、じゃばじゃばと手を洗いつつ溜息を吐く。
 ヤケにテカった鏡板に映る俺の姿は、目の縁や頬がヤケに赤くてわざとらしい金髪が似合わない日本人顔のナニカだ。
 輪郭も丸っこい俺には、カッコイイ金髪も無用の長物だった。

「ふっ……ふふ……髪を染めても非モテは非モテか……」

 ……普段の自分の姿が良いとは言わないけども、それでもこの姿はナイ。
 ハッキリ言って似合わないコスプレだ。ああ、自分がこんなにも金髪が似合わないとは思っていなかった。金髪イケメン主人公の真似っこをしていたガキの頃の自分を思い出すと物悲しくなる事実だが、しかしコレはナイ。

 いつもの自分の顔にパッキンが乗っかってても滑稽なだけだった。
 しかも化粧がやたらめったら濃い。明るい場所で見たらおかめかよ。
 こんな顔で出歩いていたと思うと急に恥ずかしくなり、俺は出しっぱなしの水で何度も顔を洗った。この姿を知ってしまっては、最早外を出歩けん。

 何度目かでようやく化粧が落ちたのを感じて、俺は再び溜息を吐いて男子トイレとサヨナラした。清潔なトイレが名残惜しいけど、早く部屋に戻ろう。

 帰ったら帰ったでブラック達にカツラを笑われそうだが、しかし貴族達が滞在してる間は着用して置かないとな……。

 似合わないので早く外したいのは山々なんだが、誰が見てるか分からないし、何が俺の身バレになるかもわからない。

 あの貴族達は俺に対して何にも思っていなかったようだけど、この城にはその貴族達の従者も宿泊しているのだ。そいつらが件の犯人かも知れないので、警戒は必須だろう。まあそれなら化粧を落とさなきゃ良かったかもなんだが、あんな姿で廊下を練り歩く勇気は俺には無かったんだ。許せ。

「うーむ……こうなったら、劇が終わるまで鉄仮面でも被っておいた方が……」

 ちょうどおあつらえ向きに俺の持ち物には鉄仮面があるし、似合わないパッキンで悩むよりもいっそのこと完全防備してしまった方が……。

「おお、ここに居たか」
「へっ?」

 なんだか聞き慣れない声が聞こえて振り向くと、少し離れた所に従者を連れている誰か……あれは多分、夕食に参加していた貴族の誰かかな。
 ちょっと金茶色の長い髪を下の方で緩く括っているが、ガタイからすると男だ。いや声もしっかり男だったけど、あのあからさまな豪華衣装は貴族に間違いないよな。
 その人が、どうやら大きな声を発していたようだ。

 なんかさっき「ここに居たか」なんて言ってた気がするけど、誰か探してたのかね。
 しかし、廊下は一本道で俺しかこの場に居ないんだけど……。

 ……いや、俺を呼びとめたんじゃなかろう。もっと先の方に居る人を探してたのかもしれない、なんて再び正面を向こうと足を動かしたところで――――貴族はズンズンとこちらに向かって来た。

 おっ、おおなんだっ、道を開けた方が良いのか。
 慌てて廊下の端に移動したが、貴族は何を思ったか俺の前で止まると、そのまま手を出して俺の手を強引に引っ張り出して掴みやがった。

「えっ、えっ!?」
「ああやはり、私の眼に狂いは無かったな! バッカラオのが珍しく褒めていたから、まさかとは思ったが……あのふざけた化粧を落としたら愛らしい少年ではないか!」

 ちょっ、な、何この人、めっちゃ圧が強いんですけど。両手を掴まれて動けないんすけども!? どうしてこんな急に……いや、あの、ちょっと離して下さい。壁際に追い詰めたまんま近付いて来ないで下さいぃいい!

「あっ、あのっ、俺」
「おおっ、あまり声も聞けていなかったが、声も良い! この少年は旅芸人だったか。これは確かに将来観客を魅了する喜劇役者になるだろうな……ううむ、惜しいっ! 惜しいなこれは! なあメレンデス!」
「まったくでございます」

 いや、なんの話してんのこのイケメン。
 くそう、この世界は美男美女が珍しくも無いから、会うヤツ会うヤツこんなんばっかでどうしようもなくイラッとするぞ。押しが強くて許されるのもイケメン特権か。
 だが俺は人の話を聞かない奴と話をする優しさなんて持ってないからな!!

 さっさと振りほどいて帰…………いや、待てよ。この人確か貴族だし、乱暴な事をすると色々問題があるのでは。
 ライクネス王国では、貴族の中でも一番の位にいるラスターがフォローしてくれてたけど、ここには俺の味方は居ないもんな……ローレンスさんだって、ただの一般人と言う設定にしてる俺を贔屓する訳にはいかないだろうし……。

 …………や、やばい。これ逃げられないのでは。

 今更ながらに青ざめていると、鼻の高い端正な顔立ちのイケメンは俺にずいっと顔を近付けて来て、その紅紫色の眼で俺をじーっと見つめてきやがた。
 や、やめろイケメン視線で俺を見るな。なんか自尊心が死ぬ!!

「あと二三年すれば、小さな蕾も花開くだろうに……むぅっ、このままにしておくには、あまりにも惜しい……ッ! いっそ私が可憐な薄紅色に染め上げたいっ。お前もそう思うだろうメレンデス!」
「ご主人様の仰るとおりです」

 ひ、ひぃ……ゾワゾワする……なんだこの台詞回し……。こんなキラキラした言葉を使う奴がいるなんて、本当に貴族って貴族なんだな……いや、魔法と剣の世界だし、貴族も西洋ファンタジーっぽいからキザな台詞も似合わなくはないんだけどさあ!

 でもそれを面と向かって言われたらそりゃ誰だって鳥肌立つだろ!
 そもそも蕾ってなんだ、可憐な薄紅色ってなんだ!?

 頼むからそういうサブイボ立つような台詞はやめろおおおおお!

「あっ、あの! す、すみませんがその……手を……」
「むむっ? …………おっと、そうだった! これは済まない……いくら世俗の娘とは言えど、乙女は乙女だ。興奮していきなり手を握ってすまなかったな」
「ご主人様、我々は名乗ってもおりません」
「ああそうだった! 私としたことが……本当に申し訳ない」
「あ、いえ、その……」

 どうも興奮しやすいだけの人だったらしく、イケメン貴族と背後にいる黒髪オールバックなクールっぽい執事の人は俺に対して恭しく礼をして来た。
 お、おお……いやまあ、謝ってくれるならいいんだ。

「謝罪を受け入れてくれるだろうか?」
「め、滅相もございません。ちょっと驚いただけですので……」

 波風を立てたくなくて、ちょっと距離を置き壁に背中をくっつけると、相手は俺の何に興奮したのか、また顔を真っ赤にして目を見開くと一歩近づいてきた。
 だーっ、だから距離が近いんだってば!! 離れた意味ねーだろこれぇ!

「見たかメレンデス! この奥ゆかしさ、まさに花園の乙女ではないかっ」
「仰る通りでございます」

 …………この世界だとメスは女とか娘とか言われたりもするんだっけな……。
 実際、この世界のメス男子は内面がしっかり母性的なので、そらまあ女扱いされるのも仕方ないんだけどさ……俺は異世界のれっきとした男なので、乙女と言われると少々傷付くというかムカつくんだが……いやまあいい。郷に入っては郷に従えだ。

 ともかく、相手が俺から離れてくれるならそれでいい。
 頼むから用事が有るなら早くしてくれ。俺を部屋に帰らせてくれ。

「それにしても金髪とは惜しいなあ。メレンデスのように黒髪なら、君の魅力を最大限に引き出せるだろうに」

 ギクッ。ま、まさかこの人俺が本当は黒い髪だってことを知ってるのでは。
 ということは、この貴族は俺の正体を知っててカマをかけてるのか?

 だとしたら危険だぞコレは。
 このイケメン貴族が敵じゃなくても、受け答えには気を付けないと……。

「あの、それで……俺……私にどのようなご用で……」
「おお乙女よ、それほど畏まらずともいいぞ。君には粗野な言葉の方が似合う。可愛らしさが増すからな!」
「ご主人様」
「おっと……愛らしい物のことになるとつい話が逸れてしまうな。いや、突然呼び止めてしまってすまない。私は君に興味があって、話をしたいと思ってたのだよ」
「は、はあ……」

 それはどんな興味だ、とツッコミを入れたいがグッと堪える。
 相手は貴族だし、別にスキモノってわけでもなさそうだし、ブラックやクロウみたいな特異な好意を向けて来るとは思えないが、なんだか警戒してしまう。

 俺に近付いて来るような変人の男は、大概なんかアレだったからな……。

 色々思い返して鬱々とした気分になってしまったが、そんな俺の様子なんて気にも留めていないのか、イケメン貴族はペラペラ自己紹介し始める。

「私は、この国の南東部にあるエショーラ地方を治めている領主だ。名をアーラットという。アーラット・エショーラだ。気軽にアルと呼んでくれ」
「気安すぎますご主人様」
「おっとそうだったなメレンデス。それでこの後ろのが、私の執事だ」
「メレンデス・ベラリアックと申します」

 なんか、ひょうきんと言うかなんというか……。
 まあでもやっぱり貴族の人で間違いは無かったな。その人達が何の用だろう。

「愛らしい君の名は?」
「えっあ、えっと……つ……」
「ツ?」

 これ本名言っていいのかな。この人が本当にシロとも言えないし、出来るだけ本名は言わない方が良いかも知れない。だって、あの【デジレ・モルドール】は俺の名前を知ってるワケだし……でも、貴族に問われて名乗らないのもヤバい。

 ど、どうする俺。どうする。こ、こうなったら偽名を……っ。

「…………んん? なんだ、この霧は……」
「え?」

 相手が急に変な事を言い出したので、我に返って周囲を見回そうとする。
 が、その前に、自分と相手――アーラットという貴族の間に薄紫色の煙か霧のような物が見えて、俺は思わず目を剥いて硬直した。

 な、なんだこの変な色の霧。何かの曜術か?
 いやこの場合はもしかしたら何かの薬品の毒霧かも……ヤバいぞこれ!

 とにかく今は、この人達を避難させないと。
 俺は大丈夫だけど、貴族だからって毒に耐性が有るとは限らない。それなら、残機無限の俺がなんとかしないと。

 そう思い、咄嗟にアーラット達を見やると――――

「これ、は……まさか――――っ……」
「うっ…………」

 何か気が付いたようだったが、アーラットはそのまま体勢を崩し、膝をついてその場に倒れ込んだ。背後に居たメレンデスという執事さんも、そのまま倒れる。
 何が起こったのか解らず、慌てて二人に手を伸ばそうとする。と。

「……ツカサ君、なにしてるの?」

 低い、とても機嫌の悪い声。
 その声が誰の物であるか一瞬で分かって硬直した俺の腕を、何かが掴んだ。
 瞬間、そのまま強く引っ張られる。

「っ……!」

 体勢を崩して地面に倒れるかと思ったのだが、そのまま硬いのか柔らかいのかよく解らない壁にぶつかって体が止まる。
 だが足は一向に地面に着く事は無く、宙ぶらりんのままで拘束された。
 痛いくらいに強い力がある、筋肉質な太い腕。

 もうそれが誰の物かなんて分かり切っていて、俺は相手の顔を見上げた。

「ぶ、ブラック……」
「遅いから迎えに来たんだよ」

 …………この声は、ヤバい。

 本能的にそう思ったが、この状態になってしまうと、俺にはもう成す術は無い。
 逃げるどころか相手を宥めることすらも出来なかった。










 
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