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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
血の通う歴程2
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それは、とある一人の男の手記。
全てを知った後、自分がやってしまった恐ろしい行動を悔やみ、その生涯を懺悔と共に書き綴った――――歴程と言う名は少し仰々し過ぎる本だった。
だが、手記はあまりにも膨大であり、それそのものが一冊の本のようだ。あまりにも悔みすぎて自分に酔ったようにも思えるその文章は、悲劇の結末を迎えるまで彼の末期までの人生を劇的に残していた。
そう、劇的。まさに演劇のようだ。
ローレンスさんからの話を聞いて、俺はその【緑国歴程】という本の内容を「確かに劇のような話だな」と思ったのである。
ほんの少し知っただけだけど、昔の人はこんな風に詩的な文章を書いたんだろうかと思うくらい、綺麗な文章だった。
悔やんで書き綴ったとは言ったけど、やっぱりそれでも自分の身分から抜け出した言葉は書けなかったのかも知れない。
それを思うと可哀想に思ったけど……今は、そんな感傷も邪魔でしかない。
だけど俺には、冷静にそう切り捨てる事も出来そうになかった。
何故なら……ローレンスさんが話してくれた【緑国歴程】の話は、彼の……アコール卿国初代国主卿ズーゼン・レイ・アコールの苦しみを思い知らされる話だったから。
――――――彼は最初、こんな事になるとは思っていなかった。
感情など取るに足らない、互いの家の繁栄を願った悪女・アマイアとの婚約。彼女は実に貴族としては低級な女性で、感情をすぐ表に出し面と向かって怒り、使用人にも親にすらも同等に怒鳴り散らかした。
途轍もない癇癪の持ち主で、礼儀作法は知っているが、それだけ。
それなのに、自分は人より優れている。一枚上手で勝手に行動しても良い。聡明であるから、勝手に出歩いて好き勝手に何かを作れと命令しても良い……というような悪い意味での奔放さが、彼女にはあった。
とてもじゃないが、淑女とは言い難い。婚約の事を想えば頭痛がする女性だ。
だが、そんな女でもズーゼンにとっては些細な問題だった。
頭が痛いが、そんな妻を教育し直すのも家長の役目だ。豊かな領地を守るためにも、恥知らずな奔放女でも受け入れ改善してやるのが正義だと考えていたのだ。
だからこそ、ズーゼンは彼女を厭いはしなかった。
そんなズーゼンに、アマイアはいつしか好意を寄せ始めた。
己を理解してくれたと思っていたのだろう。そのお蔭か、彼女は奔放さを改めて、ズーゼンのためと勉強を少しずつ進め始めた。
貴族の礼儀以外にも、統治学や学術……とにかく、色々と。
やがて彼女は外に出る事も少なくなり、自然と振る舞いも大人しくなっていった。
アマイアは、本当の淑女としてズーゼンのために――――
いや、この領地のために、聡明な女として成長し始めていた。
…………今となっては、もう遅い気付きではあるが。
――そんなある日、現アコール卿国の首都・ゾリオンヘリア……つまりは、かつての【バッサザウン領】で、何度目かの宴が行われた夜。
そこに、見知らぬ一行が招待されているのをズーゼンは見止めた。
はるか東方の島国に住まうという、黒髪の女。
もう彼女は十九にもなると言うのに姿は幼く、まるで妖精のように小さく、顔立ちもズーゼン達とは違い、絹にナイフを入れて形作ったような控えめで薄い顔だった。
あまりにも、自分達とは違う。
同じなのは、肌が白すぎるせいで頬に浮かんだそばかすくらいだ。
自分達の肌の白さとはまた違うその色と容姿に、ズーゼンは興味を引かれた。
そうして話を聞いている内に、彼らが『故郷に帰るために旅をしている』という話を聞いたのである。大陸の東には神の加護で栄える荒野の国が在り、そこから遠くの島国に船が出ているというので、ズーゼンはその話を信用した。
それから、まだ見ぬ東方の国を語り合ううちに、彼は黒髪の乙女一行の事をいたく気に入り、城に住まわせるようになったと言う。
当然、事情を知らないはアマイアも最初は反発していたが、しかしあの黒髪の乙女は不思議と彼女を嫌悪せず接し、アマイアも次第に乙女を友と思うようになった。
その頃には、ズーゼンも当時一般的だった多数の妻を娶ることを考えるようになり、アマイアと黒髪の乙女の仲を喜んで三人で手を取り合おうと考えていたらしい。
婚約者であったアマイアと、黒髪の乙女は嫌い合っていたのではなかったのだ。
だが、その幸せは長くは続かなかった。
…………ある時、アマイアの力が暴走しズーゼンの城を焼き、彼女はその炎の柱と共に、城に閉じ込められてしまった。
それだけに留まらず、彼女の暴走した炎は【バッサザウン領】一帯を凄まじい炎で覆い尽くし、呪いの劫火は領地の草花を飲み込み全てを焦土と化した。
隣国の行ける伝説となった【炎帝】が齎す炎かと思うほどの異質な炎に、国の民は土地を追われ、その炎は隣にあったアマイアの故郷すらも飲み込んだ。
何が起こったのかズーゼン達は分からなかったが、黒髪の乙女はアマイアを炎の城から救い出すのだと言い、彼女の仲間達もそれを次々に言い出した。
聞けば、乙女たちは特殊な力を持っているのだと言う。
特に、黒髪の乙女は「草木を自在に芽生えさせる能力」を持っており、同時に人々に力を分け与える事の出来る……まさしく【聖女】なのだと。
占い師の女は聖女を守り回避させ、もう一人の美しい黒髪の少女は水で【聖女】の力を増幅させ、供の男達は剣と曜術で敵を圧倒した。
彼らの力は比類なきもので、徐々に炎は押し戻されていったという。
当然、ズーゼンもそのつもりだったが……彼女の炎に呼ばれてか、炎帝の支配下にあったはずの国境の山のモンスターが押し寄せており、逃げ遅れた民達が犠牲になっていたため、その対応を処理するのに必死でついて行けなかった。
いや、そうではない。
黒髪の乙女の「みんなを守ってあげて」と言った言葉を良いように受け取って、彼は恐怖に勝てず前線を退いたのだ。
だから――――黒髪の乙女が殉死する前に、彼女の元に辿り着けなかった。
七日七晩の彼女達の戦いの最後の時にやっと駆けつけ、そこで――――ズーゼンは、炎の悪魔と化したアマイアに討たれる乙女を目撃してしまったのだ。
崩れ落ちる乙女を支えたズーゼンは、その時の言葉を強く記憶し書き記した。
そうして、命尽きる前に彼女は自分の全身全霊をもってアマイアを己の力の渦に巻き込み、その炎の力を抑え込み封印したのである。
代償に、最早影のように黒焦げになった体を残して。
…………だが、話はそこでは終わらない。現実は続いて行く。
彼女の力の片鱗によって無限の豊穣の力が宿ったその一帯は、彼らに【狂い咲きの園】と呼ばれ、やがて首都・ゾリオンヘリアと名を変えた。
特殊な土地を収める領主から国主卿になったズーゼンは、その民を思う彼女の力を守らんとして力の根源の上に城を作って守り――――その愛しい力が、未来永劫続く事を願って、彼女の体ごと…………悪魔となったアマイアを封印した。
「それが……君達がこの前見た“秘密の部屋”なんだ」
一通り話し終えたローレンスさんは、口ひげを動かして微笑む。
だけど、俺は何と言っていいのか解らず、ただ目をゆっくり瞬かせていた。
「…………あの、部屋が……二人の……」
いや、そうではない。言いたい事が、問いたい事が沢山ある。
だけど、台本や「以前聞いた話」とは違う【ズーゼンという男の手記】を聞いて、何を最初に言えば良いのか分からなくなってしまったのだ。
そんな俺に、ローレンスさんは優しげに目を細めて眉を上げる。
「……この本には、ズーゼンが生涯忘れなかった乙女の最期の言葉と、二人の妻を同時に失った彼の激しい後悔が綴られている。彼女はこう言った。 『ズーゼン、彼女を……アマイアを許してあげて。彼女は支配されていた。私達は貴方を愛していた。それだけは、本当。今も、これからもずっと、愛している。だから……どうか……自分を、憎まないで……』――――そう言ったんだって」
言い伝えられていた事とは随分違う、最期の言葉。
民を思うでもなく、ただ黒髪の乙女はズーゼンを心配していた。炎の悪魔と化してしまったアマイアへの許しを乞うていた。ただひたすら、二人を愛している。
ただそれだけの、誰かを愛した普通の女の人の言葉だった。
「…………あの、建国の話は……どうしてあんなことに」
少し身じろぐと、ガタンと椅子が動く。
その音に、ローレンスさんは笑うような息を小さく吐いて肩を揺らした。
「人が伝え紡ぐ話はね、長く続けば続くほど必ずどこかで綻んでいくんだ。その綻びを修復しようとして、人はその話に相応しい“空想”を繋ぎにしようと練り込む。それらは悪意でも善意でも、やがては本質を見失わせただの【壮大な話】になっていくんだ」
「この、ズーゼンさんの手記……みたいに、ですか」
顔を伏せ上目でテーブルの向こうを見ると、そこに座っていた相手は頷いた。
「ああ。少なくとも、全てを知らない国の民達は、ズーゼンと【聖女】が悪しきアマイアを討伐し国を興したのだと思っている。ズーゼンも、国主卿である手前、悪女にされてしまったアマイアの事をおおっぴらに擁護できなかったんだろう。その結果、彼に近しい者達が辛うじて見ていた“真実の一片”だけが民に伝わり、本当の出来事とは異なる物語を作ってしまった」
確かに、この手記が本当だとしたら、あの建国神話は大きな間違いだ。
アマイアと黒髪の乙女は仲が良くて、三人は結婚することまで考えていた。
それなのに突然の災難でアマイアは悪魔にされてしまい、彼女と仲良くなっていた黒髪の乙女は命を懸けて討伐しなければならなくなったんだ。
そんな悲しい三人の話を、あんな風に捻じ曲げるなんて……とても、つらい。
思わず膝に置いた両手を握り締めた俺に、ローレンスさんは手を伸ばしてきた。
そうして、頭を撫でて来る。
「申し訳ない、君には少し刺激の強い話だったかも知れないね。……だけど、君には――――ズーゼンの役を行う君には、アマイアの真実を話しておきたかった。彼女と黒髪の乙女は、本来なら善なる存在だったのだと」
「…………」
その、手記が……本当だとすると……。
……考えて、俺は自分の記憶の中にある奇妙な夢を思い出し、眉根を寄せた。
「そして、あの場所は今でもアマイアを悪魔にした炎の呪いが掛かっている。だから乙女達を哀れと思うなら……どうか、君は近付かないでほしいんだ。何が起こるかも分からないし……なにより、君は【聖女】たる黒髪の乙女と同じ存在だ。できるだけ、君を危険なことに近付けたくない」
ローレンスさんの言う事は分かる。俺を心配してくれている。
だから素直に頷いたのだが、しかし俺は自分の記憶を掘り返して見つけた「あの夢」のことを考え始めてしまい、つい空返事をしてしまっていた。
だって、そうだろう。
もし俺が見たあの謎の夢が、あの場所に居た金の色の髪を持つ美しい王子様が“秘密の部屋”に居た夢が、誰も知らない「手記の続き」だったとしたら。
そうしたら、あの場所で恨み言を言っていたのは。
誰かを憎んで、憎んで、自分を封印する相手を呪っていたのは……――――
「……分かってくれたようで良かった。じゃあ、今日はもう終わろうか。丁度、夕食が出来ている頃だよ。君の仲間も戻って来ると思うから、一緒に食堂へ行こうか」
「は、はい……」
席を立ち、ローレンスさんに続いて部屋を出る。
でも、もう自分がどう歩いているのかもあまり定かではない。
俺は答えの出ない考えをぐるぐると巡らせて、ただひたすら脳内で問うていた。
――――あの夢が本当なら、彼女達があれほど憎む理由は何だ。
――――どうしてアマイアは悪魔になり、聖女は命を落としたんだ。
――――聖女は何故瀕死だった。彼女の力は何故残った。いや、そもそも……
彼女“たち”を封印した「女性」は、一体誰なんだ?
「陛下、貴族の方々がご到着になりました」
「おやおや、もう着いたのかい。……これは困ったねえ。……まあでも、仕方ないか。一度謁見して、彼らも夕食に招くことにしよう。ツカサ君、夕食の時に面倒臭い人が増えるけどいいかな?」
「えっ!?」
あっ、やべっ、話聞いてなかった。
つーか今ここどこ。廊下? 廊下なのか?
あまりに考え過ぎて、自分がどこにいるのかも判らなくなっていたようだ。
慌てて周囲を見てローレンスさんと一緒に廊下を歩いていた事を確認すると、俺は先程の言葉を必死に反芻してコクコクと頷いた。
なんだかよく解らないけど、とにかく俺の一存では決められ無さそうな事だし、ここは素直に頷いておくほかない。
そんな俺の態度を知ってか知らずか、ローレンスさんはニコニコと笑い再び俺の頭を何度か撫でると、何やら王様らしく使用人さんに指示をし出した。
…………なんだかよく解らないけど、貴族が来たって……アレかな、なんかの祝宴に招待されてるっていう貴族達の一部なのかな。
だとしたらヘタな事は出来ないな……。
色々考えたいけど、今は貴族に目を付けられないようにしたほうが良さそうだ。
俺はひとまず答えの出ない問いを引き上げると、改めて気合を入れたのだった。
→
※またもや遅れてしまい申し訳ない…!!_| ̄|○
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