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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
22.初心者は何かとニブいもので
しおりを挟む「では……とりあえずコップで飲みますか?」
「えっ」
「いえ、なみなみ注ぐつもりはありませんよ。ほんの少しです」
違う違う、そっちに驚いたんじゃなくて、他人の……まあその、ソレを、コップに入れて飲むという明らかにノーマルではないプレイに俺は驚いたんだ。
ちょっとソレは高レベル過ぎるだろ。俺は一般ピーポーだぞ。普通なんだぞ。
いくらスケベなオッサンと色々やってるからと言っても、そのプレイは流石に高度と言わざるを得ない。そんなん正直ブラックにやらされても抵抗あるぞオイ。
なのに、なんでソレを仲間のアドニスとやんなきゃなんねーんだっ!!
アドニスのコトは嫌いじゃないけど、さすがにソレはどんな関係だろうが普通じゃないでしょーが。いや女子ともさすがにコップで唾液飲みはやらないけどね!?
「あ、あの、アドニス……もうちょい普通っぽいやりかたって……ない……?」
さっそくコップを用意し始めるヤバい相手に恐る恐る問いかけると、こちらの質問に「解せない」と言わんばかりの顔をして顔を向けて来た。
いやいやいやなにその顔は。
「試験管に入れるのではなくコップに入れるんですから、普通でしょう?」
「まず人の唾液を他人が飲むってのが普通じゃねーんだよ!! しかもコップ!」
あまりのズレかたにツッコミを入れると、アドニスは意外そうに目を丸くする。
まるで「そうなんですか? 知らなかった!」と言わんばかりだが、ここでそんな反応をするアドニスに対して俺の方がびっくりしたいわ。
なにこの人。妖精と人族のハーフで、ほぼ妖精の世界で生きてきたとはいえ、俺がこの異世界に来る数十年前から人族の世界で暮らしてたんでしょ。そこで大人らしく振舞って、実際そういう冷静クールな理系イケメンだったんでしょうが。
それがどーしてこんな所でボケをかますんだよ!
いや待て、そう言えばアドニスは対人関係が希薄だった。友達らしい友達と言えばとある巨大な商会の番頭を務める“ロサード”という男だけで、その人以外では親しい何某かとの交友関係なんてまったく無さそうだったんだ。
…………てことは、もしかして……アドニスって、対人関係は素人……?
「なんですか、そんな苦甘虫を噛み潰したような顔をして」
「そんな虫いるの!? いや、そうじゃなくて……アンタもしかして、こういう時に普通のヒトはどうするかとか……知らないんじゃ……」
何故か俺の方がしどろもどろになってしまったが、そんな言葉を聞いて数秒黙った後……アドニスは目を瞬かせた。
「普通は、こうではないんですか」
「…………いや、そもそも唾液を人に飲ませるとかやんないからね?」
「ああ、まあ、それはそうでしょうね。考えてみれば、唾液をコップに入れるなんて話は聞いたことがありませんから。しかし、君はあの中年と口付けをして唾液を取り込んでいるのですから、それを考えれば同じことなのでは?」
……こんなヤツがどうして蔓屋のアダルトなオモチャを的確に作れるんだろう。
いや、もしかするとアレは研究の結果とかロサードの情報収集とか、そういう物で作られたのかも知れない……ああ、どうりでアドニスがスケベそうにみえんわけだ。
自分の性癖なんて無いから、人に求められる物を素直に作れるんだろうな。
それが悪いとは言わないけども……さすがに常識は、常識だけは知ってくれ頼む。
俺のそんな切なる願いが後押しをしたのかなんなのか、気が付けばこっぱずかしい事を言い聞かせていた。
「あ、あれは……その、好き同士だからするっていうか……。その過程でいつの間にかって感じで、別に摂取したくてしてるわけじゃないし……」
「なるほど、副産物みたいなものなのですね。てっきり、口付けは伴侶になるオスの唾液を摂取するための特別な行為だとばかり」
「お、おまえ……」
認識がどうも違う気がする。これでよくあの台本作れたな。
あまりにもちぐはぐすぎる相手の知識に思わず頭を抱えてしまったが、何としてもコップで他人の唾液を飲みたくなかった俺は、それが一般的な他人同士がやる行為ではないことを必死に説明して、やっと理解して貰えた。
こ、こういうのって、やっぱ種族のせいで認識が違って来るのかな。
考えてみれば、アドニスがいた妖精の国では「子供」は存在しないし、それぞれが自然の気が満ちた場所からぽんぽん生まれて来ていた。
だから、妖精と人族のハーフであるアドニスは色々苦労して、妖精族に対して何かと思う所があったんだよな。そんな国に居たのなら、愛だの好きだのという認識が俺達とちょっと違うのも仕方が無いのかも知れない。
でも、コイツの場合、常識的な判断とか理性があるからまたややこしいんだよ。
言動がブラックよりまともなせいで、トンチンカンな発言をした時に異様さに拍車が掛かるというか……いや待てよ、そのせいでアドニスって……。
「…………なんですかその憐れんだかのような顔は」
「アドニス、俺はお前の仲間だからな……色んな意味で……」
そう。イケメンだろうと清潔感が溢れる男だろうと、自分と認識が違う世界にいる相手では遠巻きに見られてしまう。悲しいことに女子はそういうのに敏感だ。
だからアドニスもきっと俺の仲間なのだ。きっと童貞なのだ。
非モテ仲間にイケメンは以ての外だが、お前のような奴なら歓迎するよ。女子から遠巻きにされるのは悲しいよな……。
「ちょっと君、なに一人で勝手に涙ぐんでるんですか。あと失礼な事考えてません」
「失礼なものか! 童貞は立派なステータスだぞ!」
「いやだから言ってる意味がわからないんですってば。……ハァ……まあともかく他の方法を考えましょう。唾液は容器に移すものではないとなると……やはりここは、一般的な物語に見られる方法のほうがいいのですかね」
「いっぱんてきなほうほう?」
なんだ、そんな隠しダネをもってたのか。
そんな方法があるんなら早く言ってくれと顔を見やると、アドニスは……唐突に、自分の指をぱくっと口に銜えだした。な、なにしてんのアンタ。
思わず驚いてしまったが、アドニスはその指を己の舌でねぶりはじめる。
「ぅ……」
…………な、なんか……えっちくさい……。
黒髪に近いサラサラの長髪だろうと、相手は男にしか見えない体格と顔つきだ。
でも、ブラックより顎も細くて指もすらりとしている美形が、目の前でこんなことをしているとなると……そ、その……こっちが恥ずかしくなるって言うか……。
だって、舌が口からちろちろと見えて、節もほとんど気にならない綺麗な長い指の間を行ったり来たりしているのは、なんか、えっちなことしてるみたいで。
そ、そういうのを思い出しちゃうって言うか……。
「……ふむ、このくらいですかね。はいツカサくん」
「ぬあわっ?!」
急に呼ばれて跳ねあがった俺に、アドニスは手を伸ばしてくる。
いや、それは……手というか……ぬらぬらと光って艶めいた指だ。
これは――――アドニスが、さっきまで舐めていた……指……。
「倒錯的な性行為を行う物語に、こういう風に指を舐める描写があります。耽美で私には似合いませんが、親しい間でしか交わさないと言うのであればこういうやり方が一番なのでしょう? 口付けは……さすがに、あの不潔な中年が怒りそうですし」
あっ……そうだね、ブラックは確実に怒るよね……。
そういう所の察し良さは凄いのに、どうしてこうなるんだろう。
で、でも、コップもイヤでキスも駄目となると……これ以上の恥ずかしくない方法は思い浮かばない。アドニスが「耽美な行為で私には似合いませんが」なんて言うのは卑下しているのかと勘繰りたくなるくらいだが……俺の方がもっと似合わなくてもやるしかないだろう。
つーかもうこの唾液問答を早く終らせたい。恥ずかし過ぎて、これ以上続けてたらアドニスの顔も見れなくなりそうだし。
それは困るし、お、俺はそもそも劇の練習をしなきゃいけないんだし……だから、その……ええい、男らしくない! や、やるならもうバシッとやんないと!
せっかくアドニスが譲歩してくれてるんだから頑張れ俺!
よ、よしやるぞ。やるからな……!
「あ、アドニス……その……ヒくなよ」
「いまさらですね。……いいから早く。乾きますよ」
…………冷たい言葉でちょっと冷静になった。
俺はグッと腹の中に力を入れると、上半身を軽く傾けて、目の前にある濡れ光る指に近付いた。……距離を詰めるたび、天井の明かりで光る部分が僅かに移動する。
それが生々しくて無意識に足をぎゅっと閉じながら、俺は小さく口を開いた。
細くて長い、俺やブラック達とは違った指。
まるで演奏家のソレみたいに綺麗な指の爪が光るのを見ながら……俺は、その指をぱくっと口に含んだ。
「っ……ふ……」
他人の、というか……信頼している仲間の指を口に入れるなんて、恥ずかしい。
俺の行動にドンビキされてないかと心配になって、体に余計な力が入ってしまう。だけど、その恥ずかしさをぐっと堪えて俺は指に恐る恐る舌をつけた。
「くすぐったいので、舌先ではなく舌の腹でゆっくり舐めとって下さいね」
「ふ……ぅう……」
言われるがまま、縮こまりそうになる舌を伸ばして、細く見えた指の下から触れてなぞる。目に入っていた時は「綺麗な指だ」と思っていたのに、舌で触れた物は――綺麗さよりも、確かに男の指だという事を感じる骨太さを感じた。
女の人の指みたいだったのに、やっぱりこれは男の指なんだ。
そう思うと、自分がなにを口に含んでいるのかを改めて理解してしまって、両頬が痛いくらいに熱くなる。こんなの、普段のアドニスなら冷たい目を向けてるよな。
なのに、俺は今そんなイヤミな相手の指を口に入れて舐めてるわけで……。
「う、うぅう……」
「もう一回唾液を付けますから、もっとしゃぶってください」
「ひゃぐっ、わ、わかったよ、わかったから無理にいれんな!」
指を引き抜かれたと思ったら、目の前であからさまに指を舐め直して、アドニスは再びこちらへ近付けて来る。
あーもーだからやめろっ、恥ずかしいんだってば!
「口に入れるのが嫌なら、舐めてもいいですよ」
「んん……えっと……こ、こう……?」
目の前で差し出される人差し指に、舌を出して軽くつつっと触れる。
これで唾液が摂取できているのかどうか、俺自身が緊張で唾液がダダモレしているので判断がつかないんだけど……でも、やらないわけにはいかない。
しかし恥ずかしくてもうアドニスの顔を見る事は出来ず、俺は指を見て一生懸命に舐める行為だけを考え専念した。
こ、こんだけ舐めればいいはず。たぶん、もう良いですって言われるはずだ。
いつのまにかドキドキしてきた心臓が苦しくなりつつも、指の根元から先っぽまで震える舌を動かすと――――不意に、上から声が落ちて来た。
「……なるほど。これは……案外愉しいものですね」
「……?」
楽しいって、なにが。
この行為が……なんて、馬鹿な事をいうなよ。
そうツッコミをいれてやりたかったが、生憎俺の舌は他の仕事に忙しかった。
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