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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
世界最高の腕と知恵2
しおりを挟む「他に、炎、金、土の試験品もあります。内部に曜気を送って貰えますか」
「はいはい、えーっと……」
アドニスのお願いに頷いて、俺は相手からモノを受け取る。
相手が次々に出してくるのは、なにかが入った小瓶だ。
中には青い鉱物のカケラのようなものが入っていて、俺はそのカケラに曜気を籠めなければならないのである。それが頼みごとなのだから仕方ないんだが……しっかし、これ何なんだろう?
相手に言われて警戒心ゼロで曜気を送り込んでいるが、よく考えたらこのカケラの説明とか何もされてないんだよなぁ……。透明度が無くて、一見すると作り物のようにも見えるけど……曜気を籠めるとほんのり属性の光を内部から発するので、鉱石であるのは確かなようだし。
ホントこれ何の鉱石なんだ。まるで正体が分からんぞコレ。
まあ別におかしな感覚は無いから良いんだけど……アドニスはこのカケラに曜気を注入させて何をするつもりなんだろう。入室してすぐに頼まれたもんだから、聞きそびれちゃったよ。
うーむ、それにしても、これで何本目だろう。
結構な本数をやらされているんだが、もしかして内職か何か?
もしかしてこのカケラ、オシャレ照明のための小道具とかじゃないよな……いや、貴族向けの商売に、ムダすぎる照明を売ってたりしててもおかしくないぞ。なんせ、アドニスからアレな商品を仕入れているのは、この世界でも指折りの巨大商会を取り仕切る番頭役筆頭の男だからな……。
しかし、そうなるとコレはアドニスの小遣い稼ぎってことなのでは。
だから説明もナシにやらせてるのかな。そういう物品の内職なら、懇切丁寧に説明したって仕方ないもんな。
まあ、このくらいならチート持ちの俺には楽勝案件なので、内職の手伝いって言うのならそれでも良いんだけども。
寧ろ、何か変な……その……えっちな事とかを頼まれなくて良かったし……。
…………いや、違うぞ。俺が勝手にスケベな妄想してるとかじゃないぞ。
アドニスは【蔓屋】っていうこの世界の“えっちなお道具専門店”に、幾つもの凄いグッズを提供している凄腕製作者でもあるんだ。だから、てっきりそういうヤバげなブツのテスターでもやらされるのかと思って……。
……ご、ゴホン。
ともかく、曜気を送るくらいなら簡単だ。
水と木以外の曜術は習ってないのでほぼ使えない状態の俺だが、曜気だけは属性の色や特徴を想像して意識すれば相手に送り込む事が出来る。
考えてみれば、他人に曜気を渡せず見る事しか出来ないこの世界ではかなり異質な能力なのだが、使う場面と言えば戦闘以外はこんなお手伝いくらいなので、俺の力が人類に多大な災厄をもたらす……という感じは全くしない。
まあ俺自身、チートもの小説みたいにド派手な活躍は出来そうにないと思っているので、こうして人の役に立ててるなら良いかって感じなのだが……それはともかく。
アドニスに言われるがままそれぞれに曜気を送り込んでいくと、青い鉱石は一定の曜気を取り込んだ時点で淡く光りはじめ、それぞれの属性の色を灯しだした。
赤、青、橙、白、そして緑。揃えると七色な感じで中々に綺麗だ。
でも……やっぱ「綺麗だな~」とか喜ぶモンじゃないよなぁ、コレ……。
聞かないようにしようとか思っていたのだが、俺はどうしても気になってしまい、我慢し切れずアドニスについ訊いてしまった。
「アドニス、これってなんなの?」
問いかけると、相手はカケラの入った小瓶の幾つかを箱に詰めながら答えた。
「これは、非常に原始的な“曜具”です。あの中年が、左の肩当てからぶら下げているブローチのような宝石があるでしょう。アレの簡易版みたいなものですね」
「あ~……そういえば、アレって曜具だったな」
ブラックは、昔のファンタジーアニメで見るようなゴツい肩当ての付いたマントを着用しているんだが、その左の肩当てのすぐ下には深い青色をしたブローチを下げているんだよな。
半分に切った円形のデカい宝石を嵌め込んでいるので、ホントいかにもな異世界の装飾品だなって感じだけど……アレも一応曜具なんだっけか。
一見すると、マントを纏めるゴツくて大げさな装飾具にしか見えないんだが、あのブローチは炎の曜気と金の曜気を溜めこむ事が出来る“曜具”で、黒籠石っていう曜気だけを延々と吸いこんでしまう謎の鉱石によって作られてるんだよな。
危険な石だけど、ちゃんとした加工をすればそういう風に有用になるのだ。
しかし、黒籠石みたいな貴重且つ危険なモノは、そうそうお目に掛かれないはず。
アドニスに言われて、そう言えばブラックのブローチっぽいなと思ったけど、同じ物なのかどうかは分からないよな。色は似てたけど違うモノかもしんないし。
こんな大量にアドニスが持ってるってのも不思議だしなぁ……。
そう思ってアドニスを見ると、相手は俺の疑念を読み取ったのかフッと微笑んだ。
「君が考えている通り、これは黒籠石を加工したものです」
「エッ、マジ?」
「と言っても、危険性はありませんよ。こういうものは、研究に於いて一定量の曜気を用意する必要があった時のために作られているものです。人が直接触れても危険な事はありません。まあ、持ち続けていると少し疲れるかも知れませんがね」
「へー……研究用の素材みたいなモンかぁ。でも、なんでコレに俺の曜気を?」
何かの研究に使う……とは言っても、アドニスは木の曜術師だ。
木属性以外は視認できないし使えないはずなんだが、どういう研究なのか。
不思議に思ったが、アドニスは詳しい事を言わずに笑みを深めた。
「先々、研究で必要になるかも知れませんから。……まあ、今回は、君の水の曜気と木の曜気が有ればよかったんですが、一応」
「その二つで俺の薬を作ってくれるの?」
「ええ。ですが、君に頼みたい事は他にもあるんですよ」
これだけじゃなかったのか。
所狭しと器具や棚が並べられた部屋なのに、アドニスは器用に動いて鉱石の小瓶を棚へと戻すと、今度は物が積まれた机の下から椅子を持ち出して俺にすすめた。
立っているのも何なので素直に座ると、アドニスも椅子を持って来て座る。
膝がひっつきそうな距離で向かい合っているのは少々気恥ずかしかったが、相手には別にやましい気持ちは無いのだ。俺が意識しているだけに過ぎないので、ここはグッとこらえて俺はアドニスをみやった。
結びもせず流している黒に近い暗緑色の長髪は、相変わらずアドニスの胡散臭さを助長している。腕は確かなんだが、こう向かい合うと妙に不安になって来て、変な事を宣告されるんじゃないかと勝手に冷や汗が湧いた。
しかし、そんな俺の行動など知らず、アドニスは俺の方に手を伸ばしてきて。
な、なんだ。どうしたってんだ。
アドニスの意図が解らず困惑していると――――相手は何を思ったか、指先で俺の片頬に触れて、そのまま軽くこすった。あれっ、診察かな。
「あ、アドニス?」
「……さて、ツカサ君。君は今、体内の気が減っていますね」
「よくわかんないけど……た、たぶん?」
何が言いたいのかよく解らなくて首を傾げると、アドニスは綺麗な金色の瞳でジッと俺を見つめて目を細めた。
「すこし、試したい事が有るんですが……許してくれますか?」
「試したいって、なにを……」
「君と触れ合うことで、緑樹のグリモアたる私の気も君に影響を与えるのか、それを確かめておきたいんです」
「あ……さっきの体調良好の原因の話?」
ようやく相手が何を言いたいのかに思い至って言葉を返すと、アドニスはその通りだと真剣な顔をして頷く。
でも、アレって……俺がブラックの事を、その……す、好きだから、ブラックとえっちをした時に気を取り込みすぎて元気になっちゃったって話だったんだろ。
だとすると、あの変化は俺とブラックの間でしか起こらないんじゃないのか。
それがどうしてアドニスと触れ合うことの理由になるんだろう。
よく解らなくて首を傾げると、相手は俺を見つめながら説明してくれた。
「先程、君には“感情が作用したせいで異常な量の気を取り込んでしまった”と説明しましたが、その感情というモノが作用するにしたとして、本当に好意だけで相手の気を体内に取り込んでしまえるのか……と、正直少々納得いかない所がありましてね」
「……よ、要するに?」
「他の感情を持っていても、相手の気を取り込んでしまうんじゃないかと」
えーと……それってつまり、例えば俺が心底嫌いなヤツだったとしても、ソイツに犯されたりディープキスされたりすると、ブラックの時と同じように相手の気を取り込んじゃうんじゃないか……ってこと?
………………。
ええ……なにそれ……イヤすぎる……。
というか、それ何気にブラックにも悪いような気もするんだけども……。
……でも、そう言われてみると確かにソコは分かんないよな。
俺はブラックとしかえっちしてないから、ブラック以外に同じ事をされて気力充填な感じにならないとも限らないし、今のところブラック限定なのかも謎だ。
もし俺の体調が他の相手であっても回復するのなら、これって大変だよな。
俺はサキュ……いやインキュバスじゃねーんだぞ。更に人外になるのは嫌だ。
嫌いな奴と触れ合っても元気になっちゃうのもイヤだし、もし何かの事故が起きて見知らぬ人と……いや美女などとキスしちゃったりなんかしたら、相手の気力を奪う事にもなりかねないのだ。それはイカン。
何の罪も無い女性を害するのは俺の主義に反する。俺は女子に好かれたいんだ。
……ゴホン。それはともかく。
今回は規格外の曜術師であるブラックだから良かったけど、他の普通の人だと俺の方が加害者になってしまう可能性も有るんだ。
それに……考えてみれば、クロウも危険にさらすかもしれない。
うわ、そうなったら大問題だ。
ど……どうしよう……。ブラックだけだって思ってたから安心してたのに、もしかすると俺は節操なしかも知れないだなんて。
ちょっとショックっていうか……あっ、いやいや違うぞ。この現象が、ブラックとする時にしか起こらないんじゃないならショックだな~なんて変な事を言ってるワケじゃないからな。俺はそんな女々しいこと考えてないぞ。
つまり、ショックにも色々あって、お、俺はだな……。
「ツカサ君、聞いてますか」
「ハッ! す、すまん思考が明後日の方向に飛んでた……」
「でしょうね。顔赤いですよ。またあの腐れ中年の事を考えてたんですか?」
「ちがーっ!!」
ち、違う。そんな事は断じてないぞ。
俺は真面目に考えてたんだからな!?
「はいはい、そういう事にしておきましょう。……で、話を戻しますが、今のところ君と私は恋人同士でもないですし、君の認識からすれば私は仲間ですよね」
「う、うん……」
それは間違いない。
素直に頷くと、アドニスも「さもありなん」と頷いてから俺を再度見つめた。
な、なんか目が怖いぞ。なにをしようってんだ。
ゴクリと喉を鳴らす俺に、相手は続けた。
「だったら、なおさら実験をしておかねばならない」
「その実験の内容って……?」
「この非常に平坦な状態で触れ合った時、その場合、君の中の曜気がどうなるのかを確認しておきたいんです。なので、私の体液を摂取して貰いたいんですが」
「つまり……」
「私の唾液を飲んで下さい」
「やだー!!」
待って待ってなにそれキスしろとかそういうこと!?
ちょっ……いやっ……アドニスが嫌いなワケじゃないんだけど、キスとかそういうのは、こ、恋人じゃないと基本的にダメっていうか、ブラックが許してないならキスとかもしちゃいけないっていいますか……!
と、とにかく俺の一存では決められないのでダメだ。禁止だ!
「ハッキリ嫌と言われるとさすがに傷付くんですがね」
「アッ、いや、そうじゃなくて! アドニスがイヤなんじゃなくて!」
「では実験なので協力してくれますね?」
「いやでもハードル……あの、覚悟がかなりいるっていうか、その、く、口付けとかは、ブラックが良いっていわないと、その……」
ともかく、アドニスに拒否感が有るんじゃないんだ。でも伝わるかなこれ。
なんかもう突然に凄い事を言われて頭が一気にゆだって混乱してしまったが、俺はイヤとかじゃなくて色々問題が有ると言ってるだけなんだからな。
ほんとなんだからな!
「ああ、別に口を吸えとは言ってませんよ。唾液を摂取してくれれば良いので」
「はぇ……。じゃあ、ど、どうすれば……」
「……コップに取って、飲んでくれます?」
アドニスは数秒考えて、俺に「どうだ?」と言わんばかりに、自分でも納得いって無さそうな顔で問う。いや、こっちに回されても俺も困るんですがね。
しかし、コップにアドニスの唾液を流して貰うって……えーと……。
「………………それすげー変態くさくね……?」
恐る恐る返すと、アドニスは軽蔑するように目を細めて俺にツッコミをいれた。
「人前で精液を直飲みする子がよく言いますね」
「わ゛ーッ、忘れろそれはー!!」
「うーん……とにかくソコは考えますから、実験に協力してくれますか?」
そう言いながらアドニスは悩むように腕を組む。
……ぎゃーぎゃー言ってはいるが、アドニスは俺の体を心配して色んな角度から俺の症状を検証しようとしてくれているのだ。
普段はイヤミな事ばっかり言って来るけど、でもアドニスの優しさは嘘じゃないし、人を助けたいと言う意志を持っているのは確かだ。そんな心意気が有るから、俺の体を慮って色々と試そうとしてくれているワケで。
…………だったら、そこまでしてくれる相手にワガママなんて言えない……よな。
「……わ、わかった……でも、その……ヘンなことは、ナシな……」
恥ずかしくて俯いたが、相手の反応が気になって上目で見上げる。
すると、アドニスは何故だか軽く目を丸くしていたが……すぐに元の表情に戻ると、静かに「わかりました」とだけ俺に返したのだった。
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