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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
21.世界最高の腕と知恵1
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それじゃあ行ってきます、とオッサン二人に手を振って数分。
アドニスが「自室へ移動する」というので、どこに行くのかと思ってたら、この塔の最上階にある【鎮魂の庭】からすぐ下の階に俺は案内されていた。アドニスが滞在している部屋はそこにあるらしい。
なんだ、遠いのかと思っていたら案外近いな。
というか、庭の下にもキチンと客室が在ったのか。
【鎮魂の庭】があるので、こっちの塔はてっきり王族専用の部屋ばかりだと思っていたのだが、アドニスの説明によるとどうやら少々違うようだ。
曰く、この城の左右に一つずつある塔は、俺達のような客人が泊まるための設備が色々と用意されている塔と、俺達が今歩いている「城内の人達が集う憩いの場」などが用意されている塔に分かれているらしい。
だけど、アドニスが言うには遊技場も有るそうで、最上階以外は客人にも解放されているんだとか。
まあ、同じ塔内でドンチャン騒ぎをされて眠れない……ってのよりはマシだけど、なんでこういう構造になってしまったんだろうか。城の中央部は、謁見の間とか色々有るから、客間は別塔を建ててそこに造るしかなかったのかなぁ。一階の半分を占めているだろう劇場関連の部屋が、かなりのスペースを食ってるし。
しかし、そうなると少し不思議だ。
城の客間は普通、本館的な場所か、さもなくば迎賓館みたいな所にあるよな。
和風の城はともかく、西洋の城は基本的に客が来る事が当たり前なので、もてなす場所があること前提で建てられているイメージなんだけど……この【ゾリオン城】は、そうした城の機能を最初から考えていなかったようにも思える。
特に、遊技場が客室から遠く離れていたり、本来後回しで良いはずの劇場が、城の本丸の中に作られていたりして、なんだかちぐはぐなのだ。
これでは、客をもてなすなんて二の次だと思うのも無理はないだろう。それどころか、まるで「他に大事なことがある」とでもいうような造りだった。
そのくせ、物凄く凝った庭園を地上ではなく別塔の最上階につくってるし……。
うーむ……どうしてこんな城になったのかなぁ。
考えれば考えるほど不思議だが、しかし今はそのことを質問しても、的確に答えてくれる人はいない。まあ明日はついに舞台でおけいこだし、暇な時にでもローレンスさんに質問してみよう。今は薬やら何やらで色々忙しいからな。
――――とまあ、そんな事を考えつつ、アドニスの部屋へと案内されたのだが。
「……お前……マジで国賓級の対応されてんだな……」
「それはまあ、私は実際に国賓ですからね。羨ましいのなら、君もそれ相応の仕事をすれば、私が宛がわれている部屋のような場所を提供して貰えますよ。……と言っても、普段の君には難しそうですが」
「イヤミ!!」
テメこの調子こきやがって。これだからアドニスは。
まあでも、コイツは実際「世界最高の薬師」だし、アコール卿国にとっては懇意にしている相手だし、オーデル皇国の重要なポストに就く要人でもあるんだ。
そう考えれば、一介の冒険者な俺達とは対応が違って当然なんだよな。
しかしこの言い方はイヤミオブイヤミなので、それは置いといてムカつくのだ。
チクショウ、余裕ぶりやがって。俺がいつもおちょくられてると思うなよ。いつかその冷静ぶったアルカイックスマイルを歪ませてやるんだからな。
なんか、えーと……なんかこう、ドッキリとか仕掛けたりして!
とにかく一泡吹かせてやる。俺はイケメンには厳しいんだ。
アドニスに気付かれないよう密かに下剋上計画を立てつつ、俺はそそくさと部屋に入って中を見回した。
「まあ、最低限必要な器具は設置して貰っていますから、故国の研究室には劣りますが、調合などで不自由は感じないと思いますよ」
「ほぁぁ……」
思わず変な声で溜息を吐いてしまうが、しかし仕方が無い。
いや、復讐計画を忘れたワケじゃないが、それでも俺は目の前に広がる「設備」を見て感嘆の声を漏らさずにはいられなかったのだ。
だって、部屋を入ってすぐ真正面に見えるガラス張りの温室のような小部屋には、ところせましと瓶詰めの薬草が並んだ大きな棚が見えるし、巨大なガラス管を揃えた濾過装置のような機械や蒸留するためっぽい装置、それに机には細かい作業をする為の器具などが認識し切れないほどに並べられているんだ。
まるで、スチームパンクの世界によく出てくる、歯車と機械でごちゃついた研究室のようだ。特に、大きな装置を形作る金属は、年月が経って淡く銅の色を帯びたのか真鍮のような色味が深まっていて、レトロな感じで胸が躍る。
俺は古い物が趣味と言うワケではないが、やっぱりこういう……仰々しい、古い機械ってロマンだよな……カッコいいよな……!!
思わず駆け寄ってガラス越しに凝視したい興奮を覚えたが、アドニスにそんな所を見られたら間違いなく嘲笑されるのでグッと堪える。
お、俺は大人だからな。こんな事では興奮しないんだ。
「おやツカサ君、本格的な調合用の曜具を見るのは初めてですか?」
「えっ!? あ、う、うんっ。ほら俺、簡易の調合器具しか持ってないから」
「そう言えばそうでしたねえ。……いや、それでよく今まで色々調合してましたね」
「だって俺、回復薬とか湿布とか……あと眠り薬とか、旅で使うための薬みたいなのしか調合しなかったから……」
そう言えば、ちゃんとした薬ってあんまり作った事無かったな。
手が込んだものは蒸留だとかなんだかとか色々器具が要るので、旅をしながらだと簡単な薬や冒険に必要な物ぐらいしか常用しなかったんだよ。
「では、冒険者用の薬以外あまり調合していなかったんですね。それだともう、薬師と言うか、回復薬製造業者みたいですね」
「う、うーん……薬師とは言い難いな、確かに……」
イヤミな言葉だが、しかし考えてみると御尤もだ。
振り返ってみれば、最近の俺は回復薬などの“いつもの”しか作って無かったような気がする。前は結構挑戦していたような気がするんだけど、旅を続ける内にそういうチャレンジも少なくなっちゃったんだよな……。
うーむ……そう考えると、俺ってばマジで回復薬マシーンと化してたのかも。
っていうかそもそも薬を調合する頻度も減ったのでは。
最初は回復薬を薬屋さんに売ったりして日銭を稼いでたけど、旅をするうちに変に金を貰ったりするので、そういう行動も減ってったし……。
……てか、修行やら事件やらで忙しくて、回復薬ばっかになってたしなぁ……。
ううむ、これって実は由々しき事態なのでは。
高レベルになったり旅が長引いたりすると最初のワクワク感が消えて行くと言うが、俺も図らずともそうなっていたのかも知れない……。
修行も大事だけど、調合の腕が鈍るのもいけない気がする。
「その様子だと、本当に普段使用する薬しか作って無かったんですねえ」
「う……うん……」
「まあ、簡易な道具だけでは限界が有りますから仕方ないですが、あれほどの回復薬を作ることができる存在としては、少々残念ですねえ」
「……やっぱ薬師とは言えない?」
ちょっと自信が無くなってしまってアドニスを見上げると、相手は少し眉を上げて、特に深刻でもなさそうな感じで言葉を返してきた。
「まあ一つの薬に特化した薬師もいますから、そこまで厳しくは言いませんよ。ですが、調合できる薬の種類が増えれば、薬師として上級と言うのは間違いありません」
「…………そうだよなぁ……」
だってアドニスは色々作れるし、だからあんな豪華な調合室も用意して貰えてるんだもんな。つまり、この部屋が薬師としての最高到達地点なのだ。
しかしそういう感じで改めて眺めると、アドニスレベルになるのは難しそうだ。
俺だって、ブラックとクロウの役に立つ薬を自在に作れたらとは思ってるし、その為に修行をしようって思ってたワケだから、向上心が無いわけじゃないんだが……。
なんにせよ、俺ってばまだまだだなぁ。
今は修行も中途半端だし、せめて毎日薬を作るぐらいはすべきかな。
でも今は劇の練習でいっぱいいっぱいだしなぁ……。
そう思ってしょんぼりした俺の気持ちを読み取ったのか、アドニスは横で頷いた。
「何にせよ、現状を嘆く心が有るのは良い事ですよ。落ちこむのであれば、今後は薬に関しての見聞を広めて行けばいい。……ああそうだ、君に手伝って貰うことも一応は調合の範疇なので、手始めにソレを学んでみてはどうです?」
「え……俺に手伝って欲しいのって、薬の調合なの?」
顔を上げると、アドニスは落ち着いた猫のように目を細めて微笑んだ。
「そうとも言えるし……まあ難しいところですね。とりあえずこちらへ」
「うん……?」
案内されて、俺はアドニスと一緒に調合室へ入る。
中に入ると更に棚や器具が並んでいるのが見えて圧倒されてしまうが、この部屋を割り当てられているアドニスは慣れたもんで、はしゃぎもせずに薬棚からビンを一つ取り出して冷静に俺に見せて来た。
相手が持って来たガラスのビンの中には、青い宝石のようなものがいくつか入っている。一見すると鉱石のようだけど……これは何なんだろう。
「まず、この石に“水の曜気”を入れて貰いたいんです。あ、他にも色々協力して貰いますので、よろしくお願いしますね」
「わ、わかった。それくらいなら俺にも出来そうだし……」
でも、どういうことなんだろう?
よく解らないながらも、俺はアドニスに従って大人しく手伝う事にした。
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