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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
20.ケモミミは密談より強し
しおりを挟む花びらと若葉が舞い散る【鎮魂の庭】の中央に位置する広場。
普段は庭園として王様や位の高い人の心を癒す場所だが、ここ数日は俺の診察室兼練習場として、なんだか申し訳ない豪華な私室と化していた。
しかも、さっきも何か人に見られたら困ることとかしちゃってたし……ほ、ホントに人が滅多に来ない場所で良かった……。いや、そんな話ではなく。
ともかく、今日も今日とて俺はアドニスに恥ずかしい診察をして貰っていた。
「……ふーむ……やはり気の総量が増加してますね……。本来のメスならばこんな風になるのはありえない事ですが、そこはさすが【黒曜の使者】である……と言うことなのでしょうか」
「そんなもんなのか……やっぱ、俺ってブラックの気を貰っちゃってるのかな」
少々気恥ずかしい診察のあと、さっき心配になった事が気になってアドニスに問うと、相手は少し考えて肩を竦めた。
「オスの“器”はメスよりも大きいですからねぇ。そのうえ曜術師ともなれば、十人を越えるほどの“大地の気”を奪われてもまだ余力が残るほどの“器”があります。君の元からの“器”を考えれば、あの中年には微々たる損傷ですよ」
「オスとメスってそんなに体力的なモンが違うのか……。ちなみに、俺の元々の“器”とか言うのはどうなの?」
そう言うと、アドニスは少し悩んだように顎に手を当てて空を見上げた。
「……そうですねぇ……。まあ、これも不思議な事なんですが……君自身の“器”は、なんというかこう……通常より小さいですね」
「えっ」
「まさに器が小さい。いやまあ、君の場合異世界人でもありますし、未成熟な体格と言うこともあると思いますよ。……ですがまあ、だからこそ君の【黒曜の使者】の力は、不可解で仕方が無いんですけどねえ」
今サラッと流されたけど、器小さいって言った。
このインケン眼鏡、俺のこと器小さいって言った!?
キーッ、誰が器ちっちゃい男だー!
俺がちっちゃいんじゃねえよ、お前らが規格外すぎんだよ!
「ツカサ、今まさに器がちっちゃいぞ」
「うーん名は体を表す的な……」
「好き勝手言いやがってオッサンどもめええええ」
こういう時にすかさず追い打ちをかけて来るあのオッサンどもは何なんだ。
正直なのは良いけど俺に対して酷すぎる。なんでこういう時は甘やかさないんだ。俺がおちょくられてるのに、乗っかって来ようとするんじゃない!
そのうえニヤニヤしやがってぇええ……。
……まあゲスいのはいつものことだけどさあ、もう。
「はいはい、まったくツカサ君はおちょくり甲斐が有りますねえ。おちょくられ屋とかいう店でも開いたらどうですか? 良いお小遣い稼ぎになりますよ」
「どういう店だよそれ! っていうか俺はガキじゃねええええええ」
おこづかいとか言うな。俺に言うな!
本当にコイツは毎度毎度突き回してくるなと思いつつ睨むと、アドニスは俺の顔を見ていつもの薄らとした笑みを見せると、話題を変えるように軽く手を叩いた。
「さて。ツカサ君をからかうのはこれくらいにして、本題に入りましょうか」
「おまえ」
「ここまで、数日間ツカサ君の気を測定しましたが……どうやら、そこの小汚い中年の気を彼が取り込んでいるのは確かなようですね。そうなった原因は判然としませんが、とにかく結果は確かです。……確かな結果が解れば、原因を掴めずともある程度の対処はしやすい」
俺のツッコミを遮って一気に喋ったのにはイラッとしたが、まあいい。
アドニスの言う通り、ここ数日俺の体を巡る“大地の気”は、ブラックと……あの、その……まあ、あれだ。恋人がするみたいな、触れ合うような行為をすると、確かに増大していた。……相手の液体経由で。
ご、ゴホンゴホン。
ともかく、そのおかげで俺の回復する時間が短縮されるので、広い庭を十周してゼェゼェ言いつつ突っ伏す時間も最近は減って来ていた。
……つっても、体力が増えたワケじゃなく、あくまでもスタミナや自己治癒の回復量が増えたってダケなので、疲れるのは疲れるんだが……それでも確かな効果だ。
これは俺も感じたし、ブラックやクロウも確認した。
アドニスにも診察して貰ったので間違いはない。
俺は、ブラックとキスをしたり……え、えっちな行為をすると、相手からの膨大な“大地の気”を受け取って、回復量を増やす事が出来るようになってしまったのだ。
しかし、これは「なった」という確認だけで、その原因は分からない。
今後どうなるのかもハッキリしないのだ。
だから、出来るだけこの症状は抑えておきたい。
ブラックは平気だって言うけど、やっぱ相手から無意識に何かを吸い取っていると思うと心配になるし、この症状が別の人に出ないとも限らない。
アドニスが言うには、俺の気持ちが完全にブラックに向いてるから起こること……らしいのだが、何にだって誤作動はあるし、そうなって他人に迷惑をかける事だけは避けたい。なので、出来るだけこの症状は出さないようにしないと。
そんな俺の気持ちをアドニスも理解してくれていたようで、俺の方を見て穏やかな表情でにっこりと微笑んだ。
「まあ、人体の気に作用する薬は以前にも調合した事が有りますから、それを参考に何とかやってみますよ。……とはいえ、材料などのこともありますし………君には少々協力して貰わなければいけませんが」
「それくらいなら喜んでやるよ。アドニスには手間かけさせてるんだし」
いいよな、とブラックとクロウを見やると、二人は「仕方ないな」と言わんばかりの態度で、肩を竦めて眉を上げる。
欧米みたいなリアクションだなと思いつつもアドニスに視線を戻すと、相手は俺の申し訳なさを汲んでくれたのか軽く頷いた。
「その意気で手伝ってくれると助かります。それと……誰の強引な指導か知りませんが、君も声だけは大きくなってきましたし、そろそろ舞台での練習に合流しても良いかもしれませんね」
「え、ほ、ほんと?」
「あくまでも、及第点ですがね。まあ合流は明日から行うとして……今日は、調合のための材料集めを少し手伝って貰いますよ。それと……以前言っていた“君に手伝って貰いたいこと”をやりましょうか」
一瞬「なんだっけ」と思ってしまったが、最初にそんな話をしてた気もする。
俺を診察してくれただけではなく、俺のために薬を作ってくれるんだから、出来る事が有るなら喜んで協力しますとも。
そう思い気合を入れた俺を、弧に歪めた細目で見ていたアドニスは――――着物のように広がった袖口に手を入れて腕を組んだようにすると、何故かブラックだけに「こっちへ来い」と言うようなジェスチャーをしてその場を離れた。
「ツカサ君は、あそこのもう一人の獣中年と待ってて下さいね」
「う、うん……?」
何か用事があるんだろうけど、仲の悪い二人がコソコソ話とは珍しいな。
素直にクロウの隣に移動し、離れて行く二人を見ながら首を傾げると、クロウが「むぅ」と唸りながら眠そうな目をしぱしぱと動かした。
「なんだか面倒なことになってきたな」
「面倒なこと?」
……って、何だろう。
もしかして二人で何か変なことを企んでいるとか……?
そんな事を考えてクロウを見上げると、相手は「そうじゃない」と首を振る。
なら何が面倒なのだろうと目を丸くしていると、相手は橙色の瞳でじいっと俺の顔を見つめて来た。よ、よせやい、照れるだろ。
「ツカサ、何か起こったらすぐに大声をあげるんだぞ。オレがこの耳で聞きとって、すぐに助けに来てやるからな」
「んっ? う、うん、わかった。ありがと……」
何故急におとうさんみたいなセリフを……と思ったが、俺はクロウの頭にちらほらと舞い落ちて来る花びらが気になってしまい、それを考えるよりも先にクロウの頭に手を伸ばしてしまう。
「取ってくれるのか。ツカサは優しいな」
「べ、別に……気になったから……」
つーか、アンタらが気にしなさすぎてこっちが気になるんだってば。
腰を屈めて嬉しそうに熊の耳を動かすクロウに、ケモミミ大好きな心がきゅうっとしてしまい、不覚にも心奪われてしまった。
何か考えていたような気がするんだが…………ま……まあいいか!
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