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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
12.その発想は無かったわ
しおりを挟む昨日は色々あって疲れてしまったが、それでも今日はやってくるワケで。
久しぶりに色々と絞られた俺は目覚めが最悪だったのだが、いくらスケベなことを強制されて疲れても練習だけは休むわけにはいかない。
この国の王様に「お願いね!」と言われている以上、どんな事情が有っても完璧にやり遂げなければならないのだ。やらないとギロチンされそうで怖いし。
というか、そもそもこの演劇は「没落したモルドール家を名乗る贋金づくりの重要容疑者【デジレ・モルドール】と繋がりが在る貴族」を探すための催しなので、そういう意味でもしっかり演劇をやって「該当者を探していると気付かれないように演技する」のが重要なのである。
そしてソレを完璧にやり遂げるためには、あの【絶望の水底】と呼ばれた採掘場で唯一働いている人達を見ていた俺の眼力が必要なわけで。
だから、芝居がヘタな俺の出番は多いんだけど……こんな体たらくで大丈夫なんだろうかと我ながら心配になってしまう。
腹筋背筋も頑張ってるし、遅いなりに体を鍛えるための運動はサボらずに真面目にやってるんだけど、それでも筋肉痛が先にやって来て少しも上達した気がしない。
まあそれは俺が運動音痴だからかもしれんが、それにしたって……台本の通し読みすら一ミリも上達しないのは我ながらヤバいと思う。
もうずっと棒読みだぞ。これもう下手ってレベルじゃねえ。
他の人と読み合わせしてるから、余計に自分の棒読み具合が分かってしまう。
これでも頑張って声を出して感情を乗せているつもりなのだが、どう気合を入れて喋っても俺の声は棒読みでしかなくて、物凄く恥ずかしかった。
ぐ、ぐうう……ブラック達だってそんなに演技した声じゃないが、元の声質が良いから感情を乗せてなくても格好良く思えてしまう。
声ですら格の違いがあるのかと軽く絶望してしまったが、そんな事を嘆いていても仕方が無い。……というか、俺が練習できなかったのは半分くらいこのオッサンどもが原因なんだから、俺は怒って良いよな。
昨日ヘンな事をされなかったら、俺の棒読み演技だってもう少しマシになっていたはず……いや、変わらなかったかも知れないけど今の問題はソコではなく。
あのオッサン達と三人っきりでベッドの前で練習したからいけなかったのだ。
だから俺は練習が出来なかったワケで、時間が有ればきっとマシだったはず!
俺もアイツらの性欲を見誤っていた。そこは反省すべきだな。うん。
ゴホン。ともかく!
腹式呼吸も大事だけど……ホントに演技力も大事なんだな、劇って……。
ブラックやクロウ、アドニスの他に、脇役でサポートしてくれる従者さん達も劇の練習に参加してるんだけど……この人達がまた普通に演技が上手いんだよなぁ。
多分、お城の中でそこそこ演劇をやっているから、基礎も立ち振る舞いも完璧なんだろうけど……実力の差を見せつけられているかのようで、少々自尊心がジクジクと痛んでしまう。相手は絶対にそんなつもりなんて無いんだが、ついそう思っちゃうんだよな。ひがみってのは厄介な感情だ……。
でも、こればっかりは俺の程度が低いんだからひがんでも仕方が無い。
そらお遊戯会で脇役やっただけの素人未満な俺なんて、演技をやり続けている人の足元にも及ばないってのは解っているんだけど、男のプライドと言うのはそう簡単に納得できない時も有るのだ。
でも、残り少ない時間で習得しなければと思えばプライド云々言っている場合ではない。現状、俺が一番ヘタクソなんだから……やっぱ人の倍以上は練習しないとダメなんだよなぁ……。でも、ブラック達とやると何か危ないし……ううむ、ここはローレンスさんに頼んで、お手すきの従者さんに師事を乞う事が出来るようにしてもらうべきか。
俺の状態を見ていれば、ローレンスさんもイヤとは言わないだろう。
教えて貰う人には申し訳ないけど、マジの演劇なんて初めてだし右も左も判らない俺では、もう経験者に頼るしかないのだ。
――そんな今後を考えつつ、何度目かの棒読みを終えて台本を閉じると……様子を見ていたらしいローレンスさんが、パンパンと手を叩いて注目を集めた。
「みんな、そろそろ劇場の方に移って動きも入れて行こう。まだ台詞や動きを覚えていない子もいるだろうけど、時間はあるから焦らずに失敗しながら頑張ろう」
「覚えてない子って、ツカサ君名指しみたいなモンだけど大丈夫なのか?」
「ブラック、言い過ぎだぞ」
「まったく思いやりの欠片もありませんねえ」
いや、クロウもアドニスも俺の傷抉ってるんですけども。
物凄ーくグサッと来たんですけど。
速攻で俺だと認定しないでほしい……まあ事実だけども……。
人知れずデリカシーの無い言葉にダメージを受けていると、ローレンスさんは少々困ったような感じの微笑を浮かべつつ、アハハと笑った。
「まあまあ……素人なんだから“いきなり”は難しいよ。やっぱり。そこは私も充分に理解しているつもりだし、だから侍従の中でも精鋭を脇につかせたんだ。仮に演技がかなりお粗末だったとしても、なんとかして周りが手助けしてやればいいと」
「それって赤子の補助みたいなものだろ。何でも甘やかせば良いってモンでも無いと思うけどねえ」
やけに厳しい事をブラックが言うが、まあ確かに介護されるのは申し訳ない。
でも現状を考えると、ローレンスさんがそうやって用意してくれた気持ちも解る。
素人が主役って……やっぱ心配だもんなぁ。
本当は俺が上手けりゃいいんだけど、今は確信が持てないから、ブラックみたいに「いりません」とハッキリ言う事も出来ない。
プライドも大事だけど、劇って一人でやるもんじゃないし……、そうなると、俺がもし役を演じきれなかった時にフォローして貰うのも必要な事だと思うんだよ。
だから、ある程度の介護は自分の未熟さを認めて受け入れるべきだと思っていたのだが……ブラックは、そういう「他人の補助」があんまり好きじゃないみたいだ。
どうしてそんなに食って掛かるんだろうと思ったが、ローレンスさんは不機嫌そうなブラックの様子を見ても笑みを崩さず、まあまあと手を軽く動かした。
「別に私達も補助が当然と思っている訳じゃないよ。残り時間は少ないけれど、その中でツカサ君が最低限演技を出来るようになる練習を考えているから安心して。この劇は動きが少ないぶん、感情を籠めた声を出せれば、ほぼ大丈夫だから……」
「その声を出すのが苦労してるんじゃないか」
「あの……ブラックの言う通りで……」
情けないが、ぐうの音も出ない。
そんな俺達に「心配ご無用」と言わんばかりにローレンスさんは指を立てた。
「そこで! 感情の理解者……と言っても良い師匠を、今日からツカサ君に付けようというのだよ。この台本は原典よりも少し恋愛の方向に偏っている娯楽劇だからね、感情を大げさに出せれば問題は無い。そういう方面の“書きもの”が得意な人に、君の演技指導を頼もうと言うわけだ」
「そ、そんな人がここに居るんですか?」
思わず問いかけると、ローレンスさんはニッコリ笑った。
「ああそうだよ。この台本だって、その理解者が書いたんだ。なにせ、貴族は建国の神話なんて聞き飽きてウンザリしているからね。それに今年は恋愛ものの演劇が貴族達の間で流行している。その一部に造詣が深い作者なんだ。そんな人物に指導して貰えるんだから、これ以上ない練習だろう?」
「たしかに……」
でも、台本の作者って誰だろう。従者の人の誰かだろうか。
恋愛方面に脚色した……そう言われて見れば、昨日聞いたアコールの建国神話も、この台本とはちょっと違ったものだったな。俺達がやる劇では、黒髪の乙女が主体の脚色過多な恋愛メインっぽくなってるし。
この台本の作者がお城に居るというのなら、確かにこの上ない協力者だ。
内容はともかく、女子に受けそうな内容なのは確かだし、悪徳の令嬢にざまぁする展開は女子向けの転生チート物小説っぽい感じもするから……ちゃんと役を演じられたら、いい娯楽にはなるだろう。
しかし、侍従もしながら台本も書くなんて凄いな。
一体誰なんだろう……と思っていたら、ローレンスさんは指を鳴らした。
そうして、再び俺達の目を集めた後、すっと手を有る方向へ差し出す。
釣られるようにその方向を見やった俺達の耳に、楽しそうな声が届いた。
「台本を書いてくれた君なら、ツカサ君の演技指導もお手の物だろう?」
ローレンスさんが親しげに言う、相手。
その相手を見た俺達は、思わず目を剥いてギョッとしてしまった。
何故なら。
「……まあ、構いませんよ。ツカサ君には協力して貰いたい事も有りましたし」
すんなりそう言ってのける、すました態度の相手。
そんな事を言えるのは、もうここには一人しかいない。
「くっ……クソ眼鏡……お前がこの台本を書いたのか……?!」
絞り出すようなブラックの声に、クソ眼鏡と言われた相手……アドニスは、眼鏡を指でクイッと直しながら目を細める。
「そうですよ。創作者に対して少しは敬意を持って接して下さい」
…………この、恋愛娯楽劇が、アドニスの作品?
ああ、まあ、コイツ確かエロ絵小説本みたいなモン出してたもんな。理系ではあるが、そういう意味では文系と言うか創作者……いや、でも恋愛ものって!!
「アンタがコレかいたの!?」
「その質問二度目ですよツカサ君。運動しすぎて記憶が飛んだんですか。バカな事を言ってないで、君は私と演技の練習です。居残りなんですから早く習得してこちらに合流しましょうね」
「えぇえ…………」
今漏れた声が、俺のだかブラックのだか判らない。
そのくらい、衝撃的すぎて俺達は暫く今の状況が理解出来なかった。
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