異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

7.今までに無いことなので

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「はー……もう限界……」

 そう呟いて倒れ込むベッドは、王城の客室だけあってフッカフカのもっふもふだ。体が適度に沈み込むマットレスなんて俺の世界みたいでつい力が抜けてしまう。
 なんてったって、この世界じゃこんなベッドは珍しいもんな。

 それに、数日前までは野宿だったり硬いベッドで寝ていたりしたから、こうやってやわらかいベッドにもれると家に帰って来たみたいでこうなるんだ。
 ホント俺の世界はベッドだけはどこ行っても一級品だよ……うん……。

 そう思えば、俺は一体何日帰ってないんだろうとぼんやり考えてしまったが、今はそんな簡単な事の答えすら出せず、俺はベッドに沈んでしまった。

「んもー、ツカサ君たら……まだ寝るには早いよぉ」

 俺に続いて入って来た声が不満げな声を投げかけて来るが、ふかふかなマットレスの魔力に捕らわれてしまって動けない。というか動きたくない。
 顔をシーツにくっつけて深呼吸をしていると、両脇りょうわきにズボッと何かが入って来た。

「んがっ」
「ツカサ、まだ寝る時間ではないぞ」

 そう言いながら俺を持ち上げて来るのはクロウだ。
 こっちはもう頭がパンパンなので今日は何も考えずに寝てしまいたかったのだが、どうやらオッサンどもは俺を寝かせるつもりが無いらしい。勘弁かんべんしてくれ。

 しかしそうは言ってもクタクタの俺がクロウの腕力にかなうはずも無く、ぬいぐるみのように簡単に持ち上げられたまま、ベッドから少し離れた所にあるテーブルの椅子いすにストンと落とされてしまった。ぐう無念。

「色々おどろく事が有って疲れてるのは分かるけど、もうちょっとお話しようよ」

 ねっ、とカワイコぶって言われたと思ったら、いま座ったばかりなのに再び軽々と持ち上げられて、今度はかたくてゴツゴツした椅子に座らされてしまった。
 いやこれはブラックのひざだ。チクショウ相変わらず筋肉で固まりやがって。

「うぅんツカサくぅん……すはすは」
「嗅ぐな嗅ぐな! 風呂に入ってねえんだから!」

 頭のてっぺんに鼻息が吹き付けられているのを感じたので必死に離れようとするが、俺を捕えている背後のオッサンは腕の力を強めて逃すまいとしやがる。
 やめろと言うのに、今度は鼻まで突っ込んできやがった。
 ギャーッやめろ! やめんかぞわぞわするーっ!!

「ブラックだけズルいぞ」

 クロウが横に椅子を並べて来るが、ブラックは俺を離すまいとさらかこむ。
 あの、あごやめて。頭頂部の頭皮がちくちくする。

「黙れ駄熊、肩車なんかしてツカサ君のむちむちの太腿ふともも堪能たんのうしやがって……。もう今日はツカサ君は僕のものなんだからな!!」
「何言ってんのアンタ!?」
「やだツカサ君……アンタなんて夫婦みたい……」
今更いまさらなツッコミすんなー!!」

 怒る最中にからかうなとにらむと、ようやくブラックはだらしない笑みを浮かべて、まあまあ本題に入るからと姿勢を正した。
 いや話をする事があるんなら最初からそうしてくれ。
 余計に疲れてしまったが、ブラックは俺の頭にほおをくっつけつつ続けた。

「で……今後の事なんだけど……ツカサ君、本当に劇とか出来る? こういうのって慣れてないと舞台の向こう側を見る事も難しいっていうけど……」

 そうか、ブラックは俺が上手く演技をできるか心配してるんだな。
 まあ、そう言われると不安でないこともない。一応、過去にで踊りを披露ひろうした事はあるが、その時だって「客席を確認する」なんてことはしてなかったし正直いっぱいいっぱいだったしなぁ。まあアレは女装してたからってのもあるが。

 しかし、今回はそれ以上に大変そうだ。
 なんせ台本を覚えないといけないし、動きも気を付けないといけない。多少は他の協力者――脇役をやってくれるローレンスさんの部下達がフォローしてくれるだろうけど、それでも今日聞かされたことだけで大変そうだったしなぁ……。

 思わず顔を歪めてしまう俺に、クロウはアドニスに出会ったとの事を振り返る。

「一応、劇がどんなものかと言う説明はされたが……ほぼ“語り手”による語りと演奏だけの特殊演劇なんて、逆に難しい気もするな」
「台詞が有れば動きに規則性が出るからな。だけど、他人の語りに合わせて動くのは玄人だって難しいことだ。そんな大変なモンを、数日の練習で素人にやらせようってんだから、あのクソヒゲ国主も良い根性してるよ」
「こらブラック! ……でも、そう言われると不安になってきた……俺、お芝居だと適当な役しかやったことないからなぁ……」

 そう言うと、ブラックとクロウは変な顔をして俺を覗き込んでくる。

「ツカサ君、お芝居したことあるの?」
「ムゥ……あちらの世界では演劇も一般教養の一つなのか?」
「えっ? あ、いや、そういうんじゃなくて……こっちで言う学術院みたいな、言葉とか計算とかを勉強をする学校ってトコで、なんか……えーと……レクリェ……学校での……なんていうか、身内向けの発表会みたいなのがあるんだよ。頑張った成果を、親に披露ひろうする、みたいなの。そんな発表会があって、そこで見せたりするんだ」

 こ、困ったな。そんな所で食いつかれると思ってなくて説明出来ないぞ。
 大層なモンじゃなくて、両親を喜ばす程度ていどつたないモンなんだが、説明するたび二人ふたりに誤解を与えているようで、ブラックとクロウは凄い顔をしていた。
 やめて、そんな深刻そうな驚き顔でゴクリとつばを飲み込まないで。

「じゃあ……ツカサ君はそんな環境で演劇を……?!」
「ヌゥ……えらく緊張感がある行事なのだな……それで、何をやっていたんだ?」

 不意に問いかけられ、思わず考え込んでしまう。
 そういえば幼稚園からずっと何か色々お芝居させられた気がするけど、どんな役をやったかなんて一々振り返りもしなかったなぁ。俺はクラスの中心のキラキラメンツとはかけ離れた場所にいたので、配役なんてソイツらが決めるだろうって思って全然興味なかったし……。でもどんな役やったんだっけな。えーと……。

「俺が今までやった役ねえ……えーと……幼稚園の頃は、確か主役のどんぐり役の子をはげます脇役のナマズかな? あと、シンデレラ……可愛いお姫様を舞踏会に運ぶ、魔法ネズミの御者ぎょしゃ……を見送るネズミの一匹とか、あと悪役の腰ぎんちゃく……」
「ううっ、もういい! もう良いよツカサ君!!」
「ぎゃっ」

 ぐ、ぐるぢい。なんでこんな強く絞められてんの俺。なんかダメだったの。
 うめきながら必死にやめろと手で叩くが、ブラックは何に涙ぐんでいるのかうるうるとした声で俺になつきつつ、無精髭をジョリジョリすりつけてくる。
 なにっ、なんなのこれはっ。

「うう……今まで不憫ふびんな脇役ばっかりだったんだね……。僕今日はちょっとイライラしてたけど、ツカサ君が主役で頑張れるようにこれからいっぱい手助けするよぉ」
「ツカサ……オレ達がついてるからな……」
「えっ、なに。なんでそんな涙ぐんでるのアンタら。いやそのあわれんだ顔やめろ!」

 協力してくれること自体はありがたいけど、なんか見下されてる気がする!!
 別に主役やりたかった事とかないし、俺は演劇をやるようなタイプじゃないから、脇役がどうとか考えた事もなかったんですけど!? むしろ台詞少なくてラクだし!
 あと尾井川に「お前は脇役が一番楽だと思う」って言われてたし!

「ツカサ君……はぁあ……でも、脇役ばっかりってなるとちょっと心配だなぁ」
「ムゥ……表舞台に立った経験がなければ、委縮いしゅくしてしまうとも言うしな」
「それは……言われてみればそうだな……アドニスの次に出番が多い準主役だよってローレンスさんが言ってたし、な、なんか不安になって来た……」
「特殊劇とは言っても、どの役にも必ずいくつかの台詞はあるからな。……ツカサ、ちゃんと声を張って演技が出来るか?」
「う゛……そ、そういえば台詞あったかどうかも怪しかったかも……」

 あれっ、じゃあ俺ってばそんなに演劇してなかったってことか?
 そうなるとますます不安だ……数日だけの練習で本当にいいのかな。ってか、俺が主役の相手役とか本当に出来るんだろうか。
 いくらブラック達のサポートがあっても、俺自身がちゃんと出来てなけりゃ流石さすがに意味ないよな……うう、演劇って何やるんだっけ。なにが大事なんだ?

 考えれば考えるほど不安になってしまい、俺はブラックを見上げた。
 こ、こうなったら博識のオッサンに頼るしかない。

「ブラック、演劇で大事なのってナニ? 何すれば良いの? 声を張るって、やっぱそういう練習しなきゃダメってこと?」

 学校で適当な役しかやって来なかった俺には、主役なんて荷が重い。
 しかし、そんな俺の不安をしっかり受け取ってくれたのか、ブラックはニッコリと微笑みながら、俺を抱えて立ち上がった。

「そうだねぇ。演劇ってのは、まずいちにもにも声だからね。演技も大事だけど、客にしっかりと伝えられるものがないと……」
「声の練習って、どうやればいいのか分かる?」

 何かを知ってるなら教えて欲しい。
 そんな俺を抱えたまま、ブラックは……何故か、ベッドに俺を放り投げた。
 …………ん? んん~?

「ちょ……なんでベッドに……」

 嫌な予感がしてブラックを見やるが、相手はニヤニヤと笑いながら俺の上に乗ってくる。明らかに練習する雰囲気では無くて顔が引きつるが、ブラックは俺を逃さないとでも言うように手足でまたって俺の逃げ場をなくし、下卑げびた笑みを見せた。

「声を出す練習なら、いい方法があるよぉ……ふ、ふへ……ふへへ……」
「………………く、クロウ、助け……」
「オレは風呂にでも入って来るかな」
「クロウ~~~~~~!!」

 裏切り者ぉっ、と叫んだが、そもそもクロウはいつもこうだった。
 この冒険者パーティーの「二番目のオス」だから、オスのリーダーであるブラックには逆らわないんだ。俺はそんな事を望んだ覚えなど無いのだが、いつの間にかこうなってしまっていたのである。何で「一緒にいたい」という望みがこんなスケベ協定みたいな事になってしまうのか。

 ちくしょう、何にせよ俺の味方はゼロなのだ。
 俺は眠りたかっただけなのに、どうしてこうなっちまうんだ。
 そうなげきたかったが、もう逃げる事も出来なかった。











※今日で五周年になりました!
 これからも面白くなるよう楽しく続けて行きますので
 のんびり付き合って頂けると嬉しいです(*´ω`*)

 
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