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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編
5.似合わぬ似合わぬと言いつつも
しおりを挟む「まあまあ、とにかく着てみて。話はそれから……ねっ」
そんないきなり……とは思ったが、そう言われると仕方が無い。
引き受けた以上はどんなに嫌がっても話を進めなければならないのだ。というか、こういう事なら事前に言っておいてほしかった。
自分が女装するのも嫌なんだが、近しい人間が女装するというのもそこそこ覚悟がいるというか……とにかく心臓に悪い。
別にそういう事に何か思う所がある訳ではないのだが、俺が女装するのはゴメンなタイプなので、強制されている奴を見ると悪い意味でドキドキするというか……。
うーん、あの伏せた茶碗の如くスカートが広がっているヒラヒラなドレスを、体格の良いブラックが着用するんだと思うと頭が思考停止してしまう。
二つの物事が俺の中で処理し切れていないようだ。
なんか頭から煙が出ているような気もしたが、ローレンスさんの侍従とおぼしき人達はそんな俺などお構いなしに控室に掻っ攫うと、俺の服を脱がし始めた。
わっわっ、ひ、一人で脱げますっ。
慌てて自分で脱いだ俺に、彼らは眉一つ動かさずテキパキと衣装を着せる。
十二単のように様々な布を重ねて美しい色を見せている腰布は、案外重い。刺繍が豪華なベストも重いと言えば重いのだが、それより腰から下の負担がハンパなくて、着せられている途中に俺は思わずよろけてしまった。
だが侍従さん達は卒なく俺を立ち直らせると、俺が礼を言う暇もなくさっさと服を着せてしまった。気が付けば、頭にもしっかりと冠が乗っている。
青々とした若葉が眩しい、枝のような細い蔦が綺麗に絡んで円環を作っている冠だが、その所々には宝石をあしらった金細工が取り付けられている。
自然と街が一体化したこの都市に相応しい感じの冠だけど……鏡で見ると、俺には全然似合わないな……。王子様ってツラじゃねえよなぁ……我ながら……。
だけど自分で「コレ似合ってます?」というのはプライドがちょっと疼く。
「よくお似合いですよ」
「えっ、ほ、ほんとですか」
「ええ。触れ初めし王座の君のようでとても」
侍従さん達は満足げだが、その褒め言葉は正直よくわからん。
これ褒められてんのか? 俺完全に衣装に負けてない? 侵食されてない?
そもそも俺にこういうキラキラの宝飾品や服ってどうなんだろう……。
「ささ、稽古場へ戻られませ。お連れ様もきっとお似合いですよ」
似合……いや、この場合は似合った方がいいのか……。
しかし女装して似合ってますなんて、身も心も立派なオスであるブラックに対しての褒め言葉としてはどうなんだろうか。
深く考えてしまいながらも、侍従さん達に連れられて重い衣装を引き摺りつつ稽古場へと戻って来ると……もうそこには既に背が高くてガタイの良い後姿が在った。
片方はエスニックな、俺と似た感じの薄い布を重ねた艶やかでエキゾチックな服。もう片方は……あからさまにスカートの部分が浮き上がっている、ベルサイユ宮殿にでも居そうな豪奢なドレスだ。
……そこだけ見れば、綺麗だ。うん。綺麗なんだけど……背中が厚すぎる。
なんだあの世紀末覇者みたいなガチガチの背中は。
女性物の服を着ると、こんなに筋肉が目立つようになるのか。
その見た事の無い光景に思わず目を剥いてしまったが、ローレンスさんの明るい声に俺の驚きは掻き消されてしまった。
「おおっ! これは予想以上に可愛ら……いやいやお似合いですねツカサ君!」
何か嬉しそうですけど、今可愛いって言ったか。おい。
やっぱりこの服似合ってないんじゃないかとゲンナリした俺に、ローレンスさんが近付いて来る。それに合わせて、世紀末覇者的な背中の主がこちらを向いた。
「お゛っ……」
エスニックでエキゾチックな方……クロウの方は、頭から宵闇色の薄い紫色をしたヴェールやキラキラしている透けた色布をかぶり、シンプルな金属のティアラのような物をつけている。女性的な服装だけど……肩以外には露出が無いので、男の正装だと言われても納得できる。キラキラしていて、こっちのが砂漠の王子様みたいだ。
しかし問題は、もう片方。
ベルサイユなフリルたっぷりのドレスを着させられているブラックの方だった。
「ふえぇ~っ。ツカサくんんんヒゲ剃られちゃったよぉおおっ」
そう言いながら突進してくるのは、波のようにゆるくウェーブした艶やかな赤い髪を靡かせている御婦人……――――には全然見えない、男一貫のオッサン。
アゴもがっしりしているし鼻も男らしく主張しているし、ぶっとい両眉も喉仏も、まるきり隠せていない。男臭さ全開な姿を隠しもしていない衝撃的な姿だった。
そんなドレスのオッサンに、俺は思いっきり抱き着かれる。
ああ、香水の匂いがする。いつも嗅いでいるブラックのオッサンスメルと違う。
視覚触覚と嗅覚の剥離具合に一瞬意識が遠くなってしまいそうだったが、なんとか堪えて俺は自分を拘束するブラックの顔を見上げた。
「あ、あのなあっ、抱き着いてくる奴があるか!!」
「だってぇ~……あいつら僕のヒゲを強引に剃るし、香水をぶっかけてくるし、それにギュウギュウ腰を矯正具で締め付けて来るし……」
そう言いながら、ブラックは俺に対して「ボクいぢめられたの」と言わんばかりに目を潤ませて、同情を引こうとして来る。
確かにソレは男としてはキツいし、泣きたくなる気持ちも分かるが……。
「いや、あの……もうちょっと顔離して……」
「ふぇ…?」
……べ、別にどうでも良い事なんだが、その……ヒゲを剃ったブラックの顔って、本当にあまり見ないから、その、な、なんか変に意識しちゃうというか……。
「ツカサ君なんでぇ? ねえねえね~~~」
「わーっ頬擦りして来るなっ、やめろ! ひ、人前っ、人前ぇえっ!!」
やだっ、なんかやだっツルツルしてるっ、こっ、こんなブラック、顔がツルツルで何故か妙にキラキラしてるブラックなんて、直視できない……!!
「ヌゥ……ツカサ、顔が真っ赤だぞ」
「変ですねえ、お三方とも今日はお化粧をさせて頂いてはいないのですが」
真面目に不思議がらないで下さい侍従さんっ。
頼むから助けてくれとクロウに救難信号を送っていると、ローレンスさんが助け船を出してくれた。
「ははは、まあとりあえず採寸は問題なかったようですね。衣装に付いては一考する余地があるとして……まあ、今日はとりあえずその衣装に付いてお話しましょう」
「話すって、この悪趣味な衣装がどうしたってんだよ」
やっと頬擦りするのをやめたブラックに、ローレンスさんはニコニコとした笑顔のままで、指を一本立ててみせる。
「一つは“異国のうら若き王子”の衣装、一つは“異国の美しい占い師の女”の衣装。そしてもう一つは……この国の哀れな“悪徳の令嬢”の衣装です」
配役を言うたびに、ローレンスさんは指を増やしていく。
だが、その最後の配役に引っ掛かりを覚えて、俺達は眉を歪めた。
「この国の……悪徳の令嬢?」
なんだその悪役令嬢みたいな役名は。
思わず俺の世界でよく見る小説を思い浮かべてしまったが、多分そう言う感じの役ではない。悪徳っていうからには……なんか、凄く悪そうだ。
でも、その配役がブラックってちょっと……。
「……なにそれ。わざとやってんのか」
不機嫌そうに返すブラックに、ローレンスさんは違いますと笑みを消し首を振る。その真剣な表情にやっぱり嘘は見えない。
だからなのか、ブラックもどう攻めたらいいか分からないらしく、珍しく罵倒するでもなく黙って睨んでいた。
そんなこちらの様子に、ローレンスさんは「気を悪くさせたのなら申し訳ない」と頭を下げ、何故この配役なのかを説明しだした。
「悪徳の令嬢は、そちらのお二人がやってしまうと、意味が違って来てしまうんだ。それに……もう一人の“主役”からすれば……同じ種族の方が良いと思うし……ね」
「もう一人の主役?」
俺が思わず聞き返すと、その声に頷いてローレンスさんは後ろを向く。
そこには、彼が入って来た別の扉がある。
もう誰も入って来ないものだと思っていたその扉が、俺達の視線にタイミングよくドアノブを回し、ぎいっと音を立ててこちら側に開いた。
誰かが入って来るのか。
全員が注目したドアの向こう。その視線をものともせずに入って来たのは――
「おや、みなさん愉快な格好をしてますね」
黒に近い暗緑色の長髪を流した、金の瞳を持つ背の高い男。
常冬の国の服を常に着こなす独特な風体で、涼やかな顔つきの相手を見て――――俺とブラックは、一斉に同じ声を発していた。
「おっ、お前!!」
「やあ、お久しぶりですねえツカサ君。……と、お二方」
ローレンスさんの裏表のない笑顔とは違う、腹の内が見えない意地悪な猫のような薄い微笑み。眼鏡の奥で弧に歪むその目は、忘れようったって忘れられない。
しかし、まさかこんな所で再会するとは思っていなかったので、俺はつい大きな声を上げてしまった。
「あっ……アドニス、なんでここに!?」
「いやですねえ。話を聞いてなかったんですか? 私もここに呼ばれてるんですよ」
そう言いながら笑みを深める相手は、唯一無二とも讃えられる最高の薬師。
オーデル皇国の中枢に座する科学者であり、俺達の仲間でもある木の曜術師。
――――木のグリモア【緑樹の書】を有する、真祖の妖精族のアドニス。
俺達がこの街で合流するはずの相手だった。
→
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