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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
22.寝起きにそれはヘビーが過ぎる1
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目が覚めて、気持ちのいいシーツとふかふかの布団に挟まれていると気付いた時は、すんごく幸せな気分になる。その感覚と言ったら、もう二度寝以外のことを考えられなくなってしまうほどだ。
それは異世界でも同じことで、気持ちのいい朝に極上の寝床とくれば、もはや俺の脳内には二度寝をキメて天国にいく選択肢しか出てこなかった。
……ただしその最高の選択肢は、俺を挟んでぐーすか寝てる、オッサンくさい二つのデカブツがいなければ選べる……って話なんだが。
「………………」
控え目に言っても苦しい。つーか暑苦しい。
なんか……えっと……なんか色々あってすっごくブラックにご無体を働かれたような気がするし、物凄く全身が痛いしケツの感覚がないんだが、それはともかく。
目が覚めた時はブラック一人だったし、そもそもあんなコトしてる時点で二人きりのハズだったんだけども、どうして俺の背中側にクロウがいるのだろうか。
そしてなぜに俺のうなじに鼻の下をくっつけて寝ているんだろうか。
…………そういえばまだ明るいし、もしかしたら俺は丸一日この目の前のオッサンの性欲に付き合わされていたのか。そりゃ全身痛いはずだわ。クロウは、たぶん事が全部終わってから入って来たんだろうな。だから一緒に寝てるのか。ならば納得だ。
いや、納得できるかい!!
丸一日! 無駄にしてんですけど!!
チクショウ、この絶倫クソオヤジめ幸せそうに寝やがって。ヨダレを垂らしながら寝るとかお前はオッサンとしての威厳もクソもねーのかゴルァ!
頬を思いっきり抓ってやりたかったが、しかしここで起床されても困る。
また何か面倒な事になるかもだし、体の痛みがマシになるまでもう少し何もせずに寝転がっていなければ。くそう……いっくら超自己治癒能力があると言っても、別に元の体が強くなったワケじゃないし……そもそもその治癒能力も大ダメージを負うと回復に時間がかかるからなぁ……はぁ……。
とにかく今は養生しようと思い、俺はそのままの態勢で全快を待った。
――――とは言え、じっとしているとヒマにもなってくるもので。
何時間、いや何分経過したか判らないが、もう目を瞑るのにも飽きてしまって、俺はそっと瞼を開き再び目の前のオッサンの顔を直視した。
「………………」
ホントにまあ……この無精髭とだらしないヨダレ顔さえなけりゃ、俺の世界じゃ男むさくて伊達な外国人風俳優に見えるのになぁ。
イマドキのイケメンじゃなくて、なんか昭和のドラマに出てきそうな濃い顔だけども、やっぱ見てるぶんには格好いい。ムカつく。はたきたい。
そもそも、わざわざ朝適当に剃って無精髭を残すくらいなら、いっそ全部を丁寧に剃るか伸ばしてお洒落ヒゲにでもすればいいのに。
………………。
そういえば俺、ブラックが何でヒゲを剃りたがらないのか考えた事も無かったな。
最初の頃はマジで【モブおじさん/だらしないヤバい奴タイプ】みたいに見えてたし、この無精髭のせいか、なんか他人に侮られてるような気もするし……。
「……えい」
「ふがっ。ンゴゴ」
あまりに立派で整った鼻なので、ついイラッとして抓んでしまったが、カッコ悪い声を出すのに特にブサイクになったような気はしない。
呼吸が心配なので離してやるが、間抜けな顔をしてるってのに何でこう、コイツの顔は整い続けてるんだろうか。そのくせ無精髭のまんまなんだから、なんかムカッと来るんだよな……まあ、色々あるんだろうけどさ。
でも、ホント勿体ないしイラつく。
俺より男らしくて格好いい顔をしてやがんのに、このヒゲのせいで……。
いや、俺は見慣れてるし今更だし、普通にかっこ……じゃなく、まあその、なんだ、別に気になんてしてないんだけど、でも初対面の人には印象悪いだろ。いっくら異性にモテてたとしても、最初の俺みたいに変な誤解しかねないし。
いやアレは誤解じゃ無かったが、そこは置いといて。
「……ヒゲなぁ……」
思わず呟いてしまいつつも、ジッとブラックの口の周りを見る。
…………うーん、やっぱり丸一日経過してるんだろうか。いつもより伸びてて、更にモサくなってるな。このまま伸びれば、ちゃんと赤く見えるのかな?
そういえば、赤ヒゲもっさりな姿のブラックって、わりとレアかもしれない。まあどうせ格好いいんだろうけどさ。ケッ。
考えるだけでやさぐれてしまいそうだ。やめやめ。
何を考えてるんだ、と考えていた事を散らして、ふと真正面を見やると。
「あっ」
いつの間にか目の前には――タコのような口をして何かを待っている、オッサンのアホ面が……って何をしとるんじゃ何をー!!
「お、起きてるなら言えぇ!」
「ツカサ君がキスしてくれたら起きてる事にするぅ」
「言ってる時点でシッカリハッキリ起きてんじゃねーかオイ!」
「ツカサ、俺も甘やかして欲しいぞ」
「クロウまで起きとったんかい!」
思わず威勢のいいツッコミをしてしまったが、オッサンに挟まれた状態では逃げる事も出来はしない。結局俺はそのまま挟まれて……って、流石にもう今日はえっちなヤツとか必要以上に甘えて来るのは無理だからな。俺死ぬからな!?
慌てて牽制すると、意外にもオッサン二人は俺の体調を把握していたのか、いつもならもみくちゃにして来るところの距離なのに何もしてこなかった。
それどころか、とりあえず食事をとろうかとか言い俺が起きるのに協力してきて。
……あまりにも優し過ぎてすんごく警戒してしまったが、今回は珍しく弁えているらしく、文句の一つも言わない。俺が未だに全身筋肉痛なのは理解してるみたいで、着替える時も身支度をする時もイタズラを仕掛けずに手伝ってくれた。
反省してる感じは微塵もしないが、まあ……あの場所にいた時の様子をブラック達も詳しく聞きたいんだろう。エネさんが一緒に助けに来てくれていた事を考えると、シアンさん――――いや、あの【世界協定】も動いてそうだし。
そんな俺の予想は当たっていたようで、椅子に座って一息ついたところでブラックは改めて「絶望の水底で見聞きした事」を聞いて来た。
うむ、そうだな。それが普通だ。
しかしあまりにも素直に行き過ぎて、二人とも何か悪い物を食べたんじゃないかと心配になってくるのだが……いや、つついたらヤブヘビになりそうなのでやめよう。
ゴホン。
ともかく、今は報告だよな。
ブラックが言うには、今は別行動だがシアンさんも来ているらしいし、その前に話を簡潔にまとめられるように二人にも話しておいた方が良いだろう。
というワケで、俺は【絶望の水底】で見聞きして来た事を洗いざらい話した。
……うん、話したのだが……なんというか、話している途中で自分でも「はて?」と思うぐらい、なんだか自分の覚えている事はぼんやりしていたのだ。
いや、働いている時の事や冤罪の人達と話したりしたことは覚えてるし、案外俺に優しかった一号監督とか「特別室」に行ったこととかも説明出来たんだが……。
そこで起こった事や、結構長く一緒に居た相部屋のヤツに色々助けて貰ったような記憶があるはずなんだが……何故かそういう事になると、記憶がぼやけていて相手の姿や言動をちゃんと説明出来ない。
自分でも不思議なんだが、どうしても「相部屋の誰か」の事が思い出せなかった。
ブラックが「セレスト!」と言ってくれたので、セレストという名前だけは知っているんだけど、他はもう茶色系の髪の色でデカかったとしか思い出せない。
そんな自分の記憶にひたすら困惑する俺だったが、ブラックとクロウはその事で俺を責めはせず、それどころか思わしげに顔を見合わせるだけだった。
なんだか、俺の話を改めて聞いて「やっぱりな」と思っているみたいだ。
しかしそれを追及する事は無く、ブラックはとりあえず俺が何もされてなかったと確信したのか、どこかホッとしたようだった。
色々モヤっとするが、こればかりはもうどうしようもない。
消化不良すぎるけども、思い出せない以上はコレで手打ちにするしかなかった。
「んで……シアンさんは今どこに?」
ひと段落ついて、熱い麦茶を啜りつつ問いかけると、ブラックは微妙な顔をする。
何かあったのかと目を瞬かせると、相手は気まずそうに口をもごつかせた。
「うーん……僕らと同じ宿屋に部屋を取ってるはずだけど、話が出来る状態なのかは僕にもちょっと分からないんだよね」
「えっ、し、シアンさん何かあったのか」
思わず心配になるが、別に怪我をしたというワケではないらしい。何か気になる事が有って、そのせいでお部屋に引っ込んでしまったそうな。
何かふわっとした説明だけど……お仕事とかなのかなぁ。
もしそうであれば、会いに行くと邪魔になりそうで二の足を踏んでしまう。
俺としてはシアンさんとも再会の喜びを味わいたいんだが。というか、シアンさんとぎゅっぎゅ抱き締めたいんだけども、そんな場合じゃなさそうだ。
根を詰めていないか心配になったが、エネさんがいるから大丈夫……だよな?
でも、シアンさんのことだから熱心に仕事をし過ぎて疲れているかも知れない。
やっぱり、何か軽食でも作って持って行ったほうが良いのではないか……と真剣に考えていると――――部屋のドアがノックされた。誰が来たのだろうかと応えると。
「あれっ、エネさん!?」
「ああ、ツカサさん……その二人と相部屋でよくぞ御無事で」
いつものローブで長い耳を隠した、金髪巨乳毒舌美女エルフのエネさんだ。
久しぶりのボインでバインな素晴らしいおっぱいに思わず目が行ってしまいそうになるが、不埒な思考を読まれまいと必死に性欲を抑え込んで、俺はエネさんを歓迎した。……まあ、ブラックはいつものように「早く帰れ」と不機嫌になっていたが。
「あの、エネさん……シアンさんは……」
ともかく、先にシアンさんの様子だ。そう思って問いかけると、エネさんはいつものクールな美貌を保ちつつも、どこかしょげた様子でローブのフードをとった。
あっ、なんかエルフ耳が少し下がっているような気がする。
これは彼女達の種族の「気落ちしている」という分かり易いサインだ。と言う事は、やはりシアンさんはいつもの彼女ではないのだろう。
心配だとエネさんを見やると、彼女は少し眉間に皺を寄せて目を伏せた。
「…………その事で、少し……お話したい事があります」
「あ゛?」
「ブラック、話が進まんぞ」
珍しくクロウがツッコミを入れたのに、これまた珍しくブラックが口を閉じる。
ホントに今日は何だかヘンだなと思いながらも、俺はエネさんをテーブルに招いて四人で改めて席に付いた。と、すぐにエネさんが息を吐く。
どこか話すための切っ掛けを得るような重い息。
俺達が目を向けると、エネさんは長い睫毛を少し震わせて、口を開いた。
「……これは……私個人の願いで、シアン様はあずかり知らぬことだと念頭に置いて聴いて欲しいことなのですが……」
そう言って彼女が切り出した話は、俺が想像もしないものだった。
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