異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

19.なにも知らない

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「うあぁんっ、ツカサ君っ、ツカサくんツカサ君ツカサくぅんんん……っ! やっと会えたよぉお~! ちゃんとココにいて良かったよぉおお!」
「ツカサ……っ、あぁ……ツカサ、こんなに土まみれになって……ッ」

 飛び込んだ俺の飛距離が足りなかったのに、それでも足の速い二人は俺の事を落とさずに引き寄せてくれる。ぎゅっと抱きしめられて、横からも俺の頭に思いっきり顔を押し付けて来られて、凄く苦しい。

 だけど今はもう、そんなこと関係ない。
 目の前にはブラックの体以外なにもない。あったかい二つの熱とあら吐息といき間近まぢかで聞こえて来て、それだけでもう俺は胸がいっぱいいっぱいだった。
 他に何もいらないと思えるくらい。そう思ってしまうくらいに。

「ごめん……っ、いままでなんも出来なくて……」
「うぅううう」

 涙声が出そうになるのを堪えて謝るけど、ブラックはどういう感情なのか、いつもの声以上にグズグズになった変な声を上げている。

「そこの幼児並の精神性しかない愚かな人族二人、今の状況を考えて下さい。可愛い恋人と心中でもしたいんですか? 頭がいかれていますね」
「な゛っ」

 俺にくっついていた頭ふたつが一気に上に動く。
 聞きなれた罵倒ばとうが気になって、俺も声がした方を向く。と。

「あっ……エネさん!」

 こちらにちょうど向かって来た凶悪そうなデカい囚人を、あせひとかずにクールな顔のままでワンパンを喰らわせて吹っ飛ばす巨乳美女。
 今はフードで隠した耳も類稀たぐいまれ美貌びぼうあらわにして、いつも通りの雰囲気で俺達の事を見ていた。ああ、これは間違えようがない。エルフ神族だけが持つ“特技”と言うちからによる【超身体能力】に、エルフ耳に巨乳に金髪。そして毒舌。

 間違いなく彼女は、シアンさんの忠実な部下であるエネさんだ。
 迷惑を掛けたのに俺を助けに来てくれたのか……っ。ああっ、俺幸せ……!

 ……いや、しかし、エネさんが戦っている所を初めて見たけど……ものすんごいちからだな……横幅が倍あるオッサンをワンパンで吹っ飛ばして壁にめりこませるって。
 類稀たぐいまれすぎる五体大満足な能力に思わず目を見張っていると、エネさんは俺の視線に気付いたのか、ちょっと恥ずかしそうに目をらした。

 くうぅっ、可愛いけど照れながら裏拳うらけんで職員を吹っ飛ばすのやめて!
 驚いて良いやらキュンキュンしていいやらで困っていると、ブラックが俺を抱く力を急に強めて来た。ぐええっいだいいだい!

「ツカサ君……なんだかずいぶんと囚人生活が充実していたみたいだねぇえ」
「えっ、え?!」
「その辺りはあとでじっくり聞くとして、ここはひとまず逃げよう」

 何の話だと思わずブラックの方を見るが、今度はすぐそばにいたクロウが、何だかいつものクロウらしくない緊張した声を出すのに視線が向いた。

「クロウ……?」
「あ゛ぁん? なんだ急に。お前、囚人どもをぶっ殺すって言ってただろ」
「……ツカサを取り返したら、もうこのような場所に留まる理由は無い。というか……ここは、なんだか危険なにおいがする。…………逃げた方が良い」

 触らぬ神に祟りなしだと言わんばかりに、クロウが熊耳を少し伏せる。
 あれっ、こんな人の多い場所で耳をそんなに大きく動かすなんて珍しい。

 俺とブラックの他に、人がいる時……とくに緊迫した瞬間では、獣耳を動かさないようにつとめているらしいのに、今は堪え切れずに耳を動かしているなんて。
 ……やっぱり、よほどクロウにとって分の悪い「なにか」があるのか。

 腕力ではブラックを凌ぐかもしれない実力があるクロウなのに、それでもそんな事を言うって事は……それだけ巨大な敵かなにかがここにいるってこと!?

 じゃあ、もしかしたら囚人達も危ないんじゃないのか。
 もしそれがモルドールの配下だったら、混乱に乗じて冤罪の囚人達を殺してしまうかもしれない。そんなのだめだ。俺達だけ逃げてる場合じゃないよ!

「待てよクロウ! ここには何もしてない冤罪えんざいの人達もいるんだぞ!? 俺達だけが逃げるわけには……」
「そっちの方は、アコール卿国きょうこく側の警備兵とギルドにまかせてある……ブラック」

 何かをちらりと見て、クロウがブラックに真剣な目で訴える。
 いつもなら「何を言ってるんだ」と一蹴いっしゅうするだろうブラックも、その目を見て……何か本当に危険な物があるとでも言うかのように、軽くうなづいた。

「邪魔者が近付いて来ないうちに、さっさと脱出するか」

 ブラックまで……。
 一体何が恐ろしいというんだ。俺からすれば、でっかい岩壁に大穴を開けてここに侵入してきたアンタらのほうがよっぽど恐ろしいんですが。

 いや、グリモアである前にブラックは熟練の冒険者だし、クロウも話を聞く限りは獣人の国で部下を持っていたほどの武人だ。エネさんはいわずもがな。
 だから、グリモア抜きにしても二人の実力はチート物の小説で言う所の「S級」と言ってもさしつかえなく、まあ岩壁だってくだくのは当たり前なんだろうけども。

 でもびっくりするんだよ!
 つーか現状みんなびっくりしてるよ! なんならそこらじゅうで落石祭りだよ!
 なにこれ壁を崩した反動でこの採掘場崩れかけてない!?
 今気付いたけどみんなが悲鳴あげて逃げてるのってここが崩れるからなの!?

「わーっ落盤!! なんでアンタらあんなヤバい入り方して来たの!?」

 ヘタすりゃ大穴もふさがるんじゃないのかと叫んだら、ブラックはキョトンとした顔を俺に寄越よこして小首をかしげた。

「だって、あのほうが入りやすいし逃げやすいでしょ?」
「でしょって……お前な……」

 そらそうだが、他の事は気にならないのだろうか。
 つーかそう考えて実行できるのもどうかと思うけども……!

「ともかく逃げるよツカサく……おっと」
「んおっ!?」

 なにか言っていたのに、ブラックは俺を抱き締めたままたがちがいの手で俺の両耳をつつむようにしてぐっとふさぐ。器用な事をするなと思ったが、何故耳をふさいだのか解らない。どうしたんだろうと目だけでブラックを見上げると――――

「…………?」

 何故かブラックは、鬱陶うっとうしそうな怒ったような顔をして、少し遠くを見ていた。
 途端、耳をふさいでいても振動で伝わる轟音が聞こえて、何が起こったのかと両手を振り切って背後を向こうとした、と、同時。

「天に坐す炎帝の波動よ、我が力に屈従し激浪を喰らえ……!
 呑滅せよ――――【ディノ・フラクタスフレイム】!!」

 すぐ目の前の体を、一気に強く輝く炎のような赤い曜気が包み込む。
 いつのまにか、ブラックの片手が俺の体を離れて背後へと伸ばされた。
 言葉が先だったのか、それともその紅蓮の光と手が伸ばされたのが先だったのか。最早もはや俺には正解が分からない。ただ理解出来た事は――――もうすでに、巨大な曜術が発動されているということだけだった。

「――――ッ!!」

 耳どころか、体をぶち破らんばかりの轟音に押されて思わずブラックの体に傾いてしまうが、ブラックは俺を抱く片腕にちからめて俺を受け止めてくれる。
 だが背後から感じる強い熱にじりじりと背中を焼かれ、俺は思わずうめいた。

「いっ、いったい何が……っ!?」
「ブラックやりすぎだ! 関係ない奴まで焼けるぞ!」
「うるさい駄熊ッ!! 殺しに来ようとしたのはあっちだろうが!」

 こ、殺しに来た?
 なんだよ、一体どうなってんだ。ブラックは誰に攻撃したんだ?!

 抱き締められてるせいで背後が全く分からない。
 振り返ろうとしてもブラックの拘束が強すぎるし、あんまりに強く抱きしめられているせいか、首を動かしても視界が背後まで捕えてくれない。

 ただ轟音と何かが焼ける音、悲鳴が入り混じっていて、耳で状況を把握はあくする事すら出来そうになかった。
 う、うう、これ大丈夫なのか。冤罪えんざいの人達やセレストのオッサンは無事なのか。
 ブラックの事だからきっと無暗に人を傷つけるような事はしないと思うけど、でも炎に気圧けおされて混乱してたらヤバいんじゃないのか。

 な、なんとかブラックに落ち着いて貰えるように言わないと……っ。

「コラァアア゛! 何をやってるんだそこのクズ中年!! 救助対象まで燃やしたら死ぬまで殴り殺すぞ逃げたいならさっさと逃げろォオオ!!」

 ヒッ、こ、これはエネさんの声っ。いつもと違って怖いぃいっ。
 やっぱりブラックがやり過ぎてんじゃないのか!?

「ぶっ、ブラックやめてっ、エネさんが言ってる通りひとまず逃げよう!!」

 あわてて言うが、見上げるブラックは何かを忌々いまいましげににらんでいて、俺の話を聞いてくれない。困ってしまいクロウを見ると、相手は仕方ないなと言わんばかりに深く息を吐いて、それから握り拳を軽く振り上げた。

「お前が悪い、ブラック」

 そう言うと、ゴツン、という音を立てて思いっきりブラックの頭に拳を当てる。
 いや、当てるって言うか、もうこれ殴ってるな。殴ってますよね。

「ぐあぁあっ!? ッて……く、クソ熊ァ!! テメェ何やって……」
威嚇いかくは充分済んだだろう。オレ達はツカサを取り戻せれば別にそれで良いはずだ。それに、ここにとどまっているのは危険だと言ったはずだぞ」

 怒るブラックに、クロウは無表情で冷静な顔を向ける。
 いつもなら、そんなことなど関係ない、と言わんばかりにブラックがギャンギャン言い始めるのだが――――今回はそうはならず、ブラックも不承不承ふしょうぶしょう頷いた。

「おいクソ女! 僕達は離脱するからな!!」

 炎が盛大に燃える音が消えて、悲鳴と怒号が再び帰ってくる。
 だがその声に負けない声でどこかから「うるさいさっさと行け」と返って来た。
 抱き締められ続けているせいで何が何だかもうわからないが、とにかくこうなったら逃げるべきなのだろう。なんか天井もパラパラしてるし。なんならヒビ入ってるし……いやちょっとまって、これ本当にここ崩壊するんじゃないの。

 警備兵の人達とかが助けてくれるというが、間に合うんだろうか。
 そう思って再び首を動かして――――背後から、声が聞こえた。

「ツカサ!」

 この声は、知っている。さっきまで俺を守ってくれていた人の声だ。
 ブラックとクロウの事で頭がいっぱいで置いてけぼりにしてしまったが、セレストのオッサンは雇われただけで何も悪い事はしてないだろうし、一緒に逃げても良いんじゃないだろうか。そう思い、少しちからゆるんだ腕の中で体をひねってオッサンの方へと向こうとした――――のだが。

「ん゛んっ!?」

 急に頭をつかまれて、ぐりんと視界が回る。
 あごが痛い。何が起こったのか解らず強引に上を向かせられたと思ったら。
 目の前に、炎のようにうねった赤い髪と、綺麗な菫色すみれいろの瞳が見えた。

「んっ……ふ……! ん、ぅ……っ、んんん゛……っ!」

 かわきカサついてもかろうじてやわらかい感触が、唇に押し付けられる。
 ほっぺがチクチクして痛くて、むずがゆい。独特の感触なのに、それでもずっと慣れ親しんだ感覚のせいで体がカッと熱くなってくる。
 口をまるごと食べられるかのようにまれて、薄く開いた唇から舌で口の合わせをなぞられると、体が勝手にぞわぞわと震えてしまった。

 きっ……キス……っ、ううっ、こ、こんな、キスしてる場合じゃないのに……っ!

「ブラック……」
「んん゛――――っ!」

 どんどんと胸をたたいて抗議するが、ブラックは離してくれない。
 それどころか、息をあらげて熱い吐息といきを俺の顔に吹きかけると、角度を変えて今度は舌を明確に差し込んできた。拒否してやりたいけど、今更いまさら、舌を噛むことなんて出来そうになくて。ただ俺は恥ずかしいぐらいに体を震わせるしかなかった。

 こんな、こんな場合じゃないのに。誰か見てるっ、せ、セレストのオッサンが後ろから見てるかも知れないのに……あ、あのひと俺がこんなとか知らないのに……!

「お、まえ……っ」

 ああ、声が聞こえる。きっと、セレストのオッサンの声だ。
 誰が言っているのかなんて、振り向かなくても分かってしまう。こんなにうるさい場所なのに、聞きたくない声がやけに大きく聞こえてしまって、怖くて振り返れない。

 やっぱり俺がこんなヤツだって知らなかったんだ。そう思うと、体が恥ずかしさで余計よけいに熱を上げてしまう。悪い事じゃないと解っているのに、相手に少しでもおぼれてしまった姿を見られたのかと思うと、そんな浅ましい自分を友達のように接していたオッサンに見られてしまったのだと思うと、もう逃げ出したくて仕方なかった。

 だってあの人は、俺の事をガキだと思ってて。
 きっと、こんな“オトナがするような事”なんてしない、そういうのを知らないような子供だろうと思って、今まで優しくして抱き締めたりしていてくれていたんだ。

 そんな人の純粋な予想を裏切って、こんなに生々しい光景を見せてしまったのかと思うと、俺はもうこの場から早く消えてしまいたくなってしまった。
 ……こんなの、オッサンの純粋な信頼を裏切ってしまったようなものだし……。

 なのに、ブラックはようやく俺のくちを解放すると……これみよがしにぺろりと舌を出して、わざとらしく自分のくちまわりを舐めつつニタリと笑った。
 だけどそれは俺に向けての顔じゃない。何に向けての顔なのか。
 まさか。

「ぶ、ブラッ……」
「さあ行こうかツカサ君。こんな薄汚い場所から早く脱出して、一緒に寝ようね」

 また、両腕で抱き締められて逃げ場を失う。
 くるりと視界が動きブラックが俺を抱えて走り出しても、俺は宙ぶらりんの足を風にゆらゆらさせるだけで、走る事も前を見る事も出来なかった。

 だけど、だ、だけどその……やっぱり、セレストのオッサンの事が気になって。
 こんなはずじゃなかったんだと弁明をしたくて、俺はなんとかブラックの体を腕のちからだけでよじ登って、ギリギリ肩口から先程さきほどまでいた場所をのぞいた。

 俺とブラックが抱き締め合った場所。
 もうどんどん離れて行く、そこを。

「――――――……」

 だけど、それだけじゃ終わらなかった。
 居た場所を見るだけのはずだったのに、視線がどんどんその先に動いてしまう。

 その、立った場所から数十メートル先に、炎が防壁になっていたかのように横一線に走ったようなあとが見えた。
 だが、何かが変だ。焦げ跡から向こう……ブラックが丁度ちょうど向いていた方向は、俺達が入る場所とは違う色に染まっていたのだ。まるで、あの「岩壁から水が染み出した時の暗い色」みたいに。

 ……どういうことなんだ。何かあったのか。術が発動したのか。
 考えても分からずどんどん遠ざかる場所を目で追い、その色を変えた区域をやっと越えたと思った先に、すくむ人が見えた。

 ――――俺と同じ薄汚いツナギのような服に、肩まである長い栗色くりいろの髪。
 真ん中から雑に分けたその前髪の間から、この場所には無い色の瞳が見える。
 あの人だ。

 背後にモルドールをしたがえ、セレストのオッサンが無事に立っている。
 よかった無事だったんだ。
 そう思い、遠く見辛みづらくなった相手の表情を見て……俺は、固まった。

「え…………」

 いつも不機嫌そうだった、頑固親父がんこおやじのような顔。
 それでも別に怒っているワケじゃないんだと理解出来た、不思議な顔。
 俺にずっと向けてくれていた表情をもっているはずのその顔は――――


 まるで、酷く憎み殺意をいだくような目で、俺を凝視ぎょうししていた。


「な……っ」

 ……え……ど、どういう、こと……。どういうこと……?
 あの目は、俺に向けられているのか。俺を、お……俺に対して……!?

 なんで。どうして、そんな。
 俺はまたあの人に対して何か「やってはいけないこと」をしてしまったのか。
 だけど、何をしたって言うんだ。解らない。どうして。

「あっ……ぁ……」
「ツカサ君、こっから暗い洞窟だから【ライト】用意して!」

 ブラックの声だけが、俺の耳に届く。
 だけど俺は数秒動く事が出来ず、やがて表情すら見えないほど遠くなった殺意の顔を見返し続けながら、岩壁を破壊して作られた人工の洞窟に入ってしまった。











 
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