異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

  宝物の支配者2

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   ◆



「…………そういやお前、仲間とかいんのか」
「え?」

 たったの数日で、最初に配置された地点から数十メートルも進んだなんて信じられない。ここまで来るとさすがに猫車を押すのも大変だ。

 そんな事を思いつつ、今日も今日とて贖罪しょくざいための労働とやらにいそしんでいた所、不意に問いかけられて俺はセレストのオッサンの方を見た。
 そっちから世間話をほうって来るなんて珍しい。

 いつもなら、俺が適当な話をしても無視するか「うるせえ仕事しろクソガキ」とかしか言わないくせに。どういう風の吹き回しだ。
 アレか。先日の特別室の時から態度が軟化なんかしたけど、あれの影響か。

 にしては段階も踏まず急にこっちのプライベートに入ってくるな。オッサンさてはツンデレじゃなくて口下手なのか。まあ常時不機嫌顔だし、眉間にしわが寄ってない時がないって感じだから、そりゃ人には誤解されやすそうだけどさ。

 しかしクロウの無表情顔よりも深刻そうなクセがある人が出て来るとは……いや、そんな事を考えている場合ではないか。
 えーと仲間だっけ。そりゃいるけど、何故今になってそんな話を。
 不思議に思いつつ、俺はあぶれ鉱石を拾いながら答えた。

「けっこーいますよ。とはいえ、一緒に旅してるのは二人だけですけど」
「まあ冒険者なら、大人数でパーティー組むこともねえけどよ……。その……どんな仲間なんだ」
「え? えーと……二人ともセレスト、さんの……」
「あ゛ぁクソつまづくぐらいなら敬称つけんなイラつく。セレストでいい」

 やだもう俺の正直な口。
 まあでもこれでよりいっそう気安くなったとポジティブに考えて、俺は続けた。

「すんません。ゴホン……二人とも、セレストぐらいの年齢なんスけど」
「はぁ?」
「何かムカツクけど、すっごい強くて熟練じゅくれんの腕って感じのオッサン達で……」
「いやちょっと待て、お前……そのパーティーでナニしてんだ。役割は何だ?」

 おっと、なんか心配されてる気がするぞ。
 まあそりゃそうか。普通に考えたら、俺みたいなのが美少女や女の子の居ない寒々さむざむしいパーティーに入るなんて信じられないもんな。
 俺だってそういう酒池肉林のハーレムぱーちーに入りたいと何回思った事か。
 でも現実は所詮しょせんつらくきびしい世界だし、それに……その……まあ、ブラックとか、クロウと一緒に旅するのは……結構、気安いし楽しいし……す、好きだし……。

 女の子がいる冒険者パーティーも憧れるけど、まあこういうのも悪くは無いよな。
 しかしセレストのオッサンからすると、そういう気安いパーティーは心配の範疇になるようだ。役割がどうのとか言っていたが、考えてみれば熟練が二人に素人のガキ一人ひとりって謎な組み合わせだよな。

 ただでさえ少人数なのに素人を一匹なんて、普通に考えても面倒だ。
 オッサンだって、俺の口ぶりからして「ブラック達とは師弟関係ではない」と理解しているだろうから、何故一緒にいるのか謎だと思われても仕方が無いだろうな。

 その考えを肯定するかのように、相手は眉間の皺を深くして返事をうながしてくる。

「いやだから、お前そのオッサンむさいパーティーで何の役割なんだっつってんだよ。普通に考えたら、そんな熟練者がお前みたいなへなちょこと組むワケねーだろ。親子か親戚か何かなのか」
「親子……」

 …………考えてみれば、俺とブラックって親子でもおかしくない年齢なんだよな。
 俺の方が大人っぽいと思うけど。俺の方がメンタル強い気がするけど。
 つーか、いつもの言動が大人と思えなくて、なんだか言われないと年齢差の事とか忘れちゃうんだよなぁ……あいつら俺より色々と元気だし……。

 接し方を考えると、本来ならセレストのオッサンの方が普通なんだよな。
 変人の大人とばっかり付き合ってるからか、普通の大人が何なのか解らなくなってきていたが、そう言えば俺達の関係がそもそもおかしい感じなんだっけか。

 それどころか俺の世界じゃドンビキされそうっていうか……うむ……。
 ぐ、ぐぬぬ……なら、おたがいに望んで一緒に居るとはいえ、こういう普通の感覚の人に「俺達の関係は恋人でぇす!」なんて言っちゃって良いものだろうか。

 オッサンとの関係という話で「恋人」とかの単語が出てこないって事は、セレストには「ガキと恋仲」って発想すらないみたいだし。
 俺とブラックが指輪を分かち合う仲で、しかももう片方は俺の大事な二番目のオスなんです……とか言ったら、確実に頭がおかしいと思われるよな。

 本人同士は納得していようが、初見の人からすりゃ異常にしか思えないだろうし、相手は俺の事を完全に子供あつかいしてるし……そういう奴から生々しい単語を聞くと、ショックを受けるかもしれない。黙っておいた方がいいかな。
 いや、でも……それだとブラック達にも失礼かな。この世界じゃ俺達の関係だって迷惑をかけるもんじゃないんだし。こっちの世界でくらいは、その……俺はブラックの恋人、として、胸を張って宣言してやるのが、男ってモンかもしれないし……。

「なんだ、親子じゃねえのか」
「あ、えっえっとあの、その……つまり……」
「つまり、なんだ」
「そ、その……お、俺と、あ、アイツは……その……だ、大事な…かんけ……って、い、言いますか、その……あの……」
「何だお前、急にモジモジして気持ち悪い」

 きいっ、アンタが聞いといて気持ち悪いはないだろうがっ!
 お、俺だって一生懸命答えてやったのにっ。いやまあ両手の人差し指をくっつけてクルクルしてたのは自分でもさすがにアレかなと思いましたけども!

 でもそういう関係なんだから仕方ねーだろ。いざ言おうと思ったら、何かこうなるんだからどうしようもねーんだよ!!
 だって、恋人とか、言ったら……ブラックと、あ、あんなコトとか、こんなコトをしてるって、解っちゃうし……そしたら、俺がそういう事言ったってことで、なんかえっちな事とかもしてますってまで言っちゃってるみたいで、そういう事も解るのかなと思ったら、正直に言うとなると急に恥ずかしさが……

「あーあー分かった分かった! とにかく大事な奴なんだな!」
「ひいっ、大声出さないで下さいよぉっ!」
「うるせえっ」

 ぎゃーっ、またゲンコツしやがった!
 たんこぶが出来たらどうすると頭を抑えるが、しかしオッサンは何故か急に機嫌が悪くなったみたいで、俺に背を向けると黙り込んでしまった。
 そんで、またツルハシでがっつんがっつん穴を掘り始める。
 ……なんかしましたか俺。
 いや、俺は真面目に答えただけで何もしてないぞ。正直に答えたぞ!?

 なのに今の返答の何が気に入らなかったのだ。俺が気持ち悪かったのか。
 どういう事なんですか、と問いかけたかったが、オッサンの背中は不機嫌なオーラを丸出しにしながら「もう俺に話し掛けるな」と語っている。

「あ、あのぉ……」
「うるせえ、作業しろ!」

 いや、話しかけて来たのアンタじゃないですか。
 本当に気難しいオッサンだなぁ……まっ面倒臭い中年には慣れてるんで、別に良いですけども。カーデ師匠もかなり気難しかったしな。

 そういや師匠の修行も中途半端だったなぁ……あの湖での全裸活動で本当に本の次のページは読めるようになっているのだろうか。確認もしなかったな……。
 体力訓練になるここの労働も良いけど、やっぱり俺は薬師の修行もやりたい。
 ブラックとクロウにも早く再会したいし、ロクショウ達にも会いたい……ああっ、一週間に一度しか会えないのに、ロクとの逢瀬おうせの時間がどんどん過ぎて行くぅ。
 こんなことになるなら、もっと修行して強くなっておけばよかったよ……。

「はぁ……」

 思わず溜息が出てしまうが、誰に押し付けられる憂鬱ゆううつさでも無い。
 結局、俺が何も出来ずに投獄されてしまったのが悪いのだ。

 そう思うと迂闊うかつに捕まってしまった自分が情けなくて、俺は師匠の本の事や守護獣達のことを考えつつ作業し……――次第しだいに、今の話は忘れてしまっていた。






 ――――今日も、作業の終了を知らせる質の悪い鐘の音が聞こえる。

 いつものように疲れでへとへとになりつつセレストのオッサンと一緒に穴を出た俺は、最早もはや当たり前になってしまった検問に並ぶために列に加わった。
 いっぱい疲れたけど、それでも氷の術はしっかり発動済みだ。わきが冷たいぜ。
 早く食事を済ませて部屋に帰りたいなぁ……などと思っていると、そこに俺のことを何かと気にかけてくれている一号監督がやってきた。

「十六番、ちょっといいか」
「はい、なんでしょうか」

 背筋を正してムッキムキの一号監督を見上げる俺に、相手は何故か数秒黙ったが、何かを振り切るように軍帽っぽい帽子のつば目深まぶかに下げた。

「……用がある。ついて来い」
「はい……」

 よく解らないが、監督に付いて行けばいいんだよな?
 そう思い列から外れようとしたところで、セレストのオッサンが俺の腕をつかんだ。い、いててて。ちからめっちゃ強い。勘弁かんべんして下さい。
 何をするんですかと振り返ると、何故かけわしい顔をして監督をにらんでいる。
 監督にそんな顔をして良いのかと驚く俺を余所よそに、セレストのオッサンは低い声でボソリと呟いた。

「コイツは違うだろ」

 居丈高な声。
 監督に向ける声ではないだろうとまた驚くが、セレストのオッサンは俺の事なんて気にせずに監督だけを睨んでいる。
 その眼差しは、何故か……ぞくりとするような激しい怒りを含んでいるみたいで。

「…………」

 何にそんなに怒っているのか解らず困惑するが、一号監督は表情を変える事も無く静かにセレストのオッサンに答えた。

「数合わせではない。……呼び出しというだけだ」
「…………そうか」

 それきり黙って、オッサンは手を離した。
 かなりの強さで掴まれていたのに、さっきの一言だけで手放すなんて。
 どういう事なのだろうかと思ったが、オッサンは俺達に興味を失くしてしまったかのように、さっさと行けと言わんばかりに一瞥いちべつ体勢たいせいを変えてしまった。

「さ、十六番。いくぞ」
「は……はい……」

 なんだかよく解らないが、セレストのオッサンは心配してくれてたのかな。
 かなりの古株だって言うし、何度もここに戻って来てるみたいだから、もしかすると何かを知っているのかも知れないけど……今は聞いても答えてくれないだろうな。

 とりあえず命令通りに監督に付いて行こう。
 そう思い、俺は列を外れて監督と一緒に歩き出した。どうやら今日は検問もスルーしてオッケーらしい。信用されてるってことなんだろうか。
 監督に追従する俺を見て、いぶかしげにチラ見する人が多かったけど、やっぱりコレって異例の対応だったり……いや、だとしたらどうしてこんな事に。

 一号監督は呼び出しって言ってたけど、もしかして俺なんかやらかしちゃったの。
 うわー懲罰房とか入れられるのか!?
 どうしよう、俺ってば意外と寂しがり屋さんだから発狂しちゃうかもしれないぞ。いや、それはさすがに冗談だけど懲罰房とか普通に行きたくないんだが。もしかしてコレ今後誰とも話せなくなるパターン? あれっ怖くなってきたぞ。

 採掘場を抜け、再び囚人達の住むエリアから上へ移動し、職員が活動している上層を訪れる。ここから特別室に行けたけど……今回は絶対違うよな。
 そんなことを思いながらビクビクしていると、一号監督は俺を「こっちだ」と誘導して特別室に行く道とは別の道の方へ足を向けた。

 どこへ行くのだろうと思っていたら、なんだか普通の洋館にありそうな豪華な扉の前で止まる。なんか普通の扉だな。ココだけ見たらほんとどっかの洋館みたいだ。
 目をしばたたかせていると、監督は扉を数回ノックした。

「連れてまいりました」
「よろしい。入れ」

 なんか聞いたような声が聞こえるな。
 でも誰だっけ……。

「失礼します」

 そう言って、監督が扉を開ける。
 てっきり一緒に来てくれるのかと思ったのだが、監督は何も言わず俺に部屋の中へ入るようにとうながしてくる。お、俺一人で入るのか。
 少々怖い気もしたが、ここでまごまごしていても仕方が無い。俺は覚悟を決めて、足を踏み入れた。

「失礼、します……」

 おずおずと部屋の中を見ると、そこはどうやら応接室のようで、赤い絨毯じゅうたんと細かい模様の白い壁紙が目にまぶしい。それに、なんだか高そうな壺やら何やらがチェストの上に並んでいて、いかにも金持ちの部屋って感じだった。
 囚人を働かせる応接室にこんなモンを並べるなんて……何を考えてるんだ。

 一瞬気が抜けてしまったが、気を取り直して俺はテーブルをはさんだ一対のソファに目をやり、片方に腰掛けている相手を見た。

「やあ、十六番。こちらに座ってかまわないよ」
「あ……貴方は……」

 俺に気安く呼びかける相手は、初めて相対した時と同じように笑う。
 言われるがままに座って再び顔を見合わせた俺に、相手は口角を上げた。

「覚えていてくれたようで嬉しいよ」
「あ、あの、この施設の主様あるじさまですから……」

 というか、同じような服のガタイのいい男ばっかりな施設の中では、アンタのようなスーツ姿で金髪のほそイケメンなんて目立ち過ぎるんですよ。
 別に意識して覚えてたんじゃないぞ。
 男なんて覚えたくもないが、目立ち過ぎて覚えてしまったってのが本音だ。
 だけどそんな事など言えるはずもなく、俺が愛想笑いをすると、相手はお洒落しゃれ七三しちさんの前髪を軽くなびかせてニッコリと愛想良さ毛に微笑んだ。

「いやだな、そんな風に買いかぶらないでほしいね。私はただの経営者なのだから」
「は……はぁ……」
「ああ、そうか。キミは私の名前を知らないからそうかしこまるんだね。……よし、いいだろう。君にだけは私の名前を教えてあげよう」

 そう言って、相手は髪色よりも暗く濃い金の瞳で俺を見つめて胸に手をそええた。

「私の名は、デジレ・モルドール。今から君と取引をするものだ」
「取引……?」

 どういうことなんだと目を丸くすると、モルドールさんは話し始めた。











 
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