異世界日帰り漫遊記!

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

  「特別」な囚人2

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   ◆



「ううむ……な、なんというとくべつな部屋なんだ……」

 いかにも頭が悪そうなことを呟いてしまうが、でっかいワイングラスっぽい食器の上に山とまれた白パンと果物、それに果実をすり潰し砂糖を加えて作った果実水に夢中になっている今の俺には、IQなどという言葉は思い浮かばない。

 マズいとは言えしっかりとメシを食ったというのに、育ち盛りを自負する俺のくちは、あっちをムシャムシャこっちをムシャムシャと忙しく、頭を使うひまも無かった。
 でもそれも仕方が無いことだろう。

 豪華なシャンデリアっぽい照明がぶら下がった、白い壁を基調とする金持ちの部屋みたいな特別室には、そのイメージに違わぬものがいっぱい置いてあるのだ。

 なんか高級そうな飴色の猫足テーブルの上には、今俺がムシャついている山盛りの美味そうな食べ物が置いてあるし、壁際のアンティークな棚の上にはご自由にどうぞと言わんばかりに水差しやら何やらが置かれている。
 窓のない部屋だが照明のおかげでかなり明るいし、ソファもふかふかで別の部屋のベッドもモッフモフだ。ついでに絨毯じゅうたんやわらかい。トイレや風呂もきっと物凄く綺麗なのだろう。ともかく、これぞ特別と言わんばかりのいたれりくせり具合だった。

 これが頑張った報酬と言うのなら、そりゃみんな真面目に頑張るよな……。
 オッサンから説明は受けてないけど、監督の話からするとここには娼姫も呼べると言うし、なんなら外の世界の高級宿とタメを張れるんじゃなかろうか。
 囚人には少し豪華すぎるって感じもするけど、これも「主様あるじさま」ってヤツのご厚意なのだろうな……なんという太っ腹なんだ。

「んむむ……んぐっ…………ぷはーっ。いやぁ、労働刑って言うから一時はどうなる事かと思ったけど、本当にホワイト過ぎるなあの採掘場……」

 甘くておいしい果実水を一気に飲み干して一息ついた俺は、ふかふかの赤いソファに飛び乗って、ぼいんぼいんねながら考える。

 【絶望の水底みなそこ】とかいうヤバい名前の労働施設のワリに、頑張った分キチンと目に見える対価を与えてくれるし、労働時間も別に酷い物ではないなんてな……。
 どうかすると俺の世界の企業なんてメじゃないくらいの良環境なんじゃないのか。

 まあ、食事はマズいし寝床も最悪の部類ではあるし……作業に関しては厳しい監視があるけども、無理しろと強制される事もない。残業なんてもってのほかで、さっさと部屋に戻れよと言われるし……。
 色々と問題は在るけど、もしかすると外の鉱山労働よりも高待遇なのでは。

「犯罪者の労働施設がこんな感じで良いんだろうか……」

 恩恵にあずかっておいて悩むのもおかしいとは思うが、でも「どこへも行けない」という一点を覗けば、正直向上心も芽生えるような場所だしなあ……。

「うーん……俺が新人イジメとか受けてないからそう思えるのかな……」

 そう言えば、他の囚人達はあんまり元気に働いていなかったような。
 オッサンのガードや仕事内容のせいもあってか、いまだに他の囚人達と話す機会が無いが、思い返すと他の人はあんまりハツラツとしてなかった気もする。
 やっぱり他の囚人達にはつらい場所なんだろうか。
 もしかして一号監督が俺に優しいのは、俺が平気で働いているからか?

 まあメシは不味まずいが食えないってほどでもないし、俺だって一応冒険者なので野宿も経験してるし、そもそも俺滅多めったに病気もしない健康優良児だし。
 最低でも一月ひとつき程度ていどなら、この環境に耐えられない事も無いしなぁ。

 とはいえ己の頑丈がんじょうさを過信かしんするのもいけないよな。
 自分が基準で当然だと考えるのも、他人の事を考える時には厄介やっかいだ。
 今は平気でも、この労働施設に長く入ってたり、延々えんえんとつるはしを振るっていると、自分の立場をつい考えて気が滅入ってしまい、結局彼らと同じようになってしまうのかも知れないし……明日は我が身と思うべきなのだろう。

 ともかく、必要以上にはしゃぐのはいかんな。うむ。
 今さっきまで美味い食べ物に釣られて喜んでいたが、気を引き締めないと。

 さしあたって今やることと言ったら……。

「…………何か変な勘繰かんぐりを受ける前に、首にかけておくか……」

 さっきは物凄~く心外な勘違かんちがいをされてしまったが、何度も変な誤解ごかいをされるのはシャクなのでさっさと指輪を首にかけておこう。まずは、股間に張り付けていた強固なつるを“植物を枯らす術”である【ウィザー】で回収し、冷たい氷の球を俺オリジナルの曜術【ウォーム】で手をめいっぱい温めて氷を解かす。

 ここは格好良く詠唱したいところだが、今回も省略だ。
 無詠唱はイメージが固まらない原因になるので、この世界じゃ普通に詠唱した曜術よりも弱くなってしまうのだが、てのひらくらいが対象ならそれほど弱くもならない。

 ……まあ、ブラックみたいな【一級】のさらに上である【限定解除級】みたいなエス級曜術師ならば、無詠唱でもそれなりの威力が出せるんだろうけど。
 とはいえ、俺だって試験を受ければ絶対一級にあがれるけどね。
 チート級の能力持ちな俺だったらそんなんすぐだけどね!

「おっと、いかんいかん、金属まで熱する所だった……」

 あわてて手の水気みずけを取ると、俺は指輪が傷付いていないかじっくりながめて確かめる。
 うん、特におかしいトコは無いみたいだな。相変わらず俺がめるには豪勢ごうせい過ぎる指輪だ。ひかえめだけど綺麗な菫色すみれいろの宝石も、それをはさむ黄金にも似た綺麗なリングも、まるで父さんや母さんがはめている指輪のようだ。

 こ……婚約とは言っていたが……でも、なんかその……この指輪が、自分の両親も付けているアレとほぼ同じ意味を持つ指輪だと思ったら妙に気恥ずかしくて、つい顔がであがってしまう。全部納得済みで貰った指輪なのに、それでも俺がブラックと“そうなる約束をした”と考えると、そんな場合じゃないのに居ても経っても居られずついソファに突っ伏してし足をぼすぼすと座面に叩きつけてしまった。

「ぐぅううっ、い、今更いまさらっ、いまさらなのにぃっ」

 ああダメだっ、劣化しないからって風呂に入る時ですら首に掛けてたから、なんかもうまじまじと見ると非常にたまれなくなってしまう。
 ブラックの顔が思い浮かぶと、目の前が赤くなって歪むみたいで、足を動かさずにいられなかった。う、ううう、こ、こんなバタバタしてる場合じゃないのにぃい。
 でも違うぞ、俺のせいじゃないぞ。

 アイツが変に顔が良いから悪いんだ。
 だってあんな、ぶ、無精髭ぶしょうひげゆるみまくりの顔のクセして顔だけは格好良いし、いっ、いっつも何か……ひまさえあればぎゅっとしてくるし……。
 だから、その…………あ、ああもうだめだ、そんな場合じゃないんだって。

「は、離れてるからって、ヘンに意識し過ぎなんだよ……ぐぬぬ……」

 そうだ、突然離れちゃったから、ついつい詳細に思い出して変な感じになっちゃうんだよ。今は思い出してもだえてないで、何か出来る事が無いか探さないとな。
 俺はゴホンとせきひとこぼし元通りに指輪を首にかけると、この「特別室」に脱出のための手がかりが無いかと探した。だがまあ、そんなのが有れば他の囚人がとっくの昔に脱出してしまっているワケで。

 結局何も見つかる事も無く、俺はただ尿意をつのらせるだけだった。
 ぐう、さっき果実水をバカ飲みしすぎてしまった。トイレトイレ。
 洗面所にあるかなと思い、オッサンが消えて行った方向にある扉を開くと、そこには俺の予想通りの洗面所とトイレのドア、そしてガラス戸があった。
 ガラス戸はくもっているが、セオリー通りならここがお風呂だろうな。

 手早くトイレを済ませて手を洗い、何の気なしに耳をませてみるが……。

「…………なんの音もしないな……」

 カポーンもざぱーんも何も聞こえないが、もしかして湯あたりとかしてないかな。
 考えてみればあれから小一時間経過してるし、どう考えても長湯ながゆ過ぎる。もしや、オッサンなのに無理しすぎて湯あたりでも起こしてるんじゃ。

 隷属の首輪だってそう軽いもんじゃないし、もしかしたら風呂で寝落ちして首輪の重さでそのまま沈んでしまったのかも知れない。
 そんなバカなと言われるかもしれないが、この世は弱肉強食焼肉定食の異世界だ、何が起こっても不思議はあるまい。倒れてたら大変だ、助けなければ。

「お、オッサン大丈夫かー!?」

 ガラス戸を叩いて一応「来るぞ」と知らせ、俺はそのまま戸を引いて中に入った。
 おお、かなりの広さがある大浴場のような風呂だ。タイル張りの壁面だがその壁の一面に描かれた青い山脈は美しい……ってそんな場合ではない。

 風呂に沈んではいまいかとあわてて湯船を確認して……俺は、眉根を寄せた。

「あれ……お、オッサンがいない……?」

 そう。
 広い大浴場のどこにも、あのかんぴょう頭のオッサンはいなかった。
 風呂に入ると言って出て行ったのに、忽然こつぜんと消えてしまったのだ。

「え……お、オッサン? おーいおっさーん!」

 まさかどこかのかげで倒れているんじゃないかとあわてて探すが、死角になるような所は無く、排水溝はいすいこうも小さくて人が引きずり込めるような感じではない。
 まさか天井から何かに連れ去られたのでは……と見上げるが、タイルがキッチリとはめ込まれている天井は、水琅石すいろうせきの明かりでツヤツヤと光っているだけだった。

 ここには、オッサンが消える要素などどこにもない。
 仮に入れるとしたら、これみよがしに口を開けてお湯を吐き出している竜のデカい頭ぐらいだが……その口だって、俺が頭を入れられるくらいのサイズで、オッサンが体をじ込めるような感じでは無かった。

 でも、部屋にも洗面所にもトイレにも居なかったし……こ、これヤバいのでは。
 監督に気付かれたら脱獄の片棒をかついだと誤解されかねないし、なにより俺が犯人にされかねない。やべえ、ど、どうにかしないと。
 でもここからどうやってオッサンがいなくなったんだ!?

「い、いや待てよ。あのオッサン……初めて会った時は湖に居たし、もしかしたら、ここからドロン出来る術でも持っているのかも……」

 俺の仲間にだって【異空間結合エリア・コネクト】というテレポート的な術を使えるヤツがいるし、何も誘拐されたとか脱獄したとか決めつけるのは早いよな。
 あの人は「何度目の特別室」ってレベルだったし、もしかするとこれは……特別室で一人きりになる事で、別の場所に移動しやすくしているのかも知れない。

 だったら、あのオッサンの不機嫌そうな顔もうなづける。
 俺みたいな邪魔者が付いて来たから、自分一人のお楽しみタイムが邪魔されるもんだと思って、それでいつも以上にイラついていたのかも知れない。
 もし俺がこの事に気が付いたら、勝手に外に出てた事がバレちゃうもんな。

「そっか……オッサンが特別室に何度も入ってたのは、外に出るためか……」

 ちょっと強引な予測のような気もするけど……相手がテレポート的な術を使える奴だったとしたら、最初の時に湖で出会った事も説明が付くし、先に風呂に入って一人になろうとしたのも納得がいく。

 …………でも、そんな便利な能力があったとしたら、何故囚人で居続けるのかって事に疑問が湧くんだが……今は考えても仕方が無いか。
 騒ぎ立てたらそれこそ俺が罪を背負い込みそうだし、ここは黙っておこう。
 オッサンだって、俺が風呂に呼びに来るとは思ってなかったのかも知れないし。

「でも、帰って来たらきっちり話を聞かせて貰わなきゃな……」

 湯気で湿って来た髪を撫ぜつけ水気みずけを振り払うと、俺は洗面所に戻った。
 そなえ付けの白くてふわふわなタオルの山から一つ取って顔をきつつ、部屋に戻りソファに座る。何事も無いように振る舞っていれば、おそらくは大丈夫だろう。
 大丈夫なはず。……こ、こっちから監督とか呼ばなきゃいいんだし。

 バレたりしない……よな……。
 なんかドキドキしてきた。まさか、どっかに盗聴とか盗撮――――

「おい十六番、入るぞ」
「ひぃいいいいっ!!」
「な、なんだ変な声を出して」

 と、突然現れるからですけど!?

 いやあのノックもせずに部屋に入ってくるって有りなんですか監督、考えている途中で急に話し掛けられたから、ビックリして変な声出ちゃったじゃないですか!
 チクショウ、驚かせやがって……いや、でも、危なかったな。ここで俺がまだ洗面所に居たら、オッサンの事がバレてたかもしれないぞ。

 ちょっと心臓が口から飛び出そうになったが、う、運が良かった……。

 ホッと胸をなでおろす俺に、監督が二人の事務官っぽい男と一緒に近付いてきた。背後にいる二人は最初に会ったお兄さんのようにヒャッハー顔をしているが、何故にこの施設は職員が全員世紀末の奴らっぽいのだろう。

 ドキドキしつつも監督を見上げると、相手は俺にあるものを差し出した。

「お前は小さいのにずいぶんとよく働くからな、これは報酬に上乗せだ」
「は、はい。ありがとうございます……って、これは……お酒ですか?」

 監督から受け取ったのは、なんかでっかい瓶だ。
 ビール瓶を三倍くらいにして、液体が入っている部分を横に太くした感じかな。
 なんか底が潰れた丸型フラスコみたいだなと思っていると、監督は俺の頭を軽めにポンポンと叩いた。

「主様が特別にお前に下賜かしする酒だそうだ。味わって飲むがいい。……だが、お前の体格では強い酒かも知れないからほどほどにな。暴れられても困るので、酒を飲む間はそこの二人をつけておく」
「あ、はい……」
「では、俺は戻る」

 そう言ってまたもやポンと頭を叩くと、一号監督は出て行ってしまった。
 やっぱり俺の事を子供のように思って気に掛けてくれているらしいが、しかしそれでも酒は飲んでいいと言うのだからこの世界はよく解らない。
 まあでもこの世界ってワインってか甘い葡萄酒ぶどうしゅみたいな世界だしな……子供でも酒を飲む地域は有るのだろうと納得し、俺は重いびんを持ってテーブルに移動した。

 背後に職員がいるのは何とも動きづらいが……でも、酒が飲めるというのは、少々嬉しかったりする。ブラックもクロウも飲ませてくれないからなぁ。
 ああいう所は大人だなと考えつつも栓を抜く。と、甘くていい香りがふんわりとただよってきた。だがその中にはアルコール独特の鼻を突くような強いニオイがあって、これだけでも強い酒なのだろうなと言う事が知れた。

 ここまでの度合いだと……酒に酔って口が軽くなりかねないな。
 酒を貰ったのは嬉しいけど、人前で飲まない方が良いかも。
 酔ってうっかり口を滑らせたら色々とヤバいし……。

「どうした、飲まんのか」
「えっ」

 若い男の声に振り返ると、なんとすぐ近くに事務官らしき二人が立っていた。
 いつの間に距離をめたのかと目を丸くしたが、妙に顔が似ているような二人は俺にニヤニヤと変な笑みを見せながら、こちらの顔を覗き込む。

「飲んで良いんだぞ。これは主様あるじさまがお前に下さった酒なのだからな」
「そうそう、というか飲んで貰わねば困る。俺達が怒られるからな」

 言うことまでなんだか双子じみているが、ギザ歯のイケメン双子だなんて女子には流行はやりの属性すぎて、なんかイラッとしてくるぞ。
 何で俺が女にモテそうな奴の話を素直に聞かないといけないんだ。
 いやでも相手は施設の職員だしな……。

「ほら、用意してやったぞ。飲め」
「えっ」

 見上げた方とは違う場所から声が聞こえてそっちを向くと、いつの間にかもう一人が酒の用意を済ませていて、赤紫色の半透明な液体がなみなみがれたグラスを俺に差し出してくる。だが、その動きはなかば「飲め」と強制しているようだった。

「受け取れ。飲まないというのならそれでもいいが、お前が一口飲まない事には俺達がうえからおしかりを受ける。囚人の物を同意なしに奪うのは規則違反なのだ」
「気が進まないから俺達が飲むから早く飲め。さあ飲め」

 あ、もしかしてこの二人、自分達が酒を飲みたいのかな。
 じゃあまあ一口ひとくちだけ飲んで後は二人に渡せば丸く収まるか。俺だって酒を飲みたいけど、ブラックやクロウに知れたら怒られるだろうし……でも、強制されたがゆえの犯行なら二人だって許してくれるだろう。

 迂闊うかつな事を口走らないように、気を付けておかなくちゃな。

「あの……じゃあ、一口ひとくち飲んだ後はお酒をお願いしてもいいですか」
「そうだろうそうだろう、お前はまだ子供だからな。解ったら早く飲め」
「早く早く」
「は、はい……」

 同じような顔の二人にせっつかれてグラスを受け取り、くんと鼻を鳴らすと、その強い芳香が流れ込んで来て、飲んでも居ないのに鼻の頭が熱くなる。
 これは思った以上に強い酒だ。やっぱりちょびっとだけ舐める感じにしなければ。

 酒をほとんど飲んだ事の無い俺ではヤバいと直感的に思い、俺は多量に飲むことがないよう慎重しんちょうにグラスをかたむけて……。

「なんだまどろっこしいな。早く飲めっ」
「飲めっ」
「んごごっ!?」

 くちを付けるだけ、に、しようと思ったのだ。
 だが、いきなり背後から後頭部を固定され、前からは二人のどちらかの腕が伸びて来て、俺は抵抗するヒマもなく思いっきりグラスを口にふくんでしまった。
 刹那、一気に生温なまぬるい液体が口に流れ込んで来て、一気にのどへと駆け下りて行く。

 その感覚はカッとのどを焼き鼻を独特の刺激で狂わせ、俺はあまりの衝撃に、鼻頭を打たれた時のように生理的な涙を溢れさせて思わず体を曲げた。
 だが、最早もはや酒は戻せぬほどに胃に流れ落ちてしまう。それに、二人掛かりで乱暴に飲まされたせいで半分以上が服にこぼれてシミになってしまった。

 だが、それをぼんやり頭の中で理解していても、俺はどうする事も出来なかった。

「げほっ、げほっごほっぐ、ぐがっぁ゛っ、あ゛ぐ……っ」

 ケンケンとのどの痛みを吐き出すような変にまったせきを何度もするが、それでも酒による異常な症状は抑えきれず俺はその場に崩れ落ちてしまう。
 一気に飲まされたせいで涙がこぼれたが、それをぬぐう事も出来なかった。

「おまえ本当にガキだな。酒の飲み方すら知らないのか」
「酒に弱いみたいだな。ははは、まあでもじきにその苦しさもなくなるさ」
「っ、ぐっ……ぅ、ぐ……っ、う……」

 なに、それ。
 どういうこと。

 問いかけたいけど、声が出ない。
 それどころか頭がぐらぐらしてきて、目の前が激しく揺れてしまっていた。

「で、こいつどうすんの。本当に売るの?」
「耐えられたらな。オスガキでも好色なメスのババアとかに売れるんだってさ」

 なに。なんだって。
 売る……売るって、なに……なにが……。

「ふーん…………輪の性能…………試……」
「本格的に…………様が………………」
「だったら、こんな毒…………死……? 変…………なぁ」
「それもそう…………な…………変なの」

 もう、聞いていられない。頭が痛い、揺れる、気持ちが悪い。
 起き上がっていられなくて、体が勝手に動く。
 やわらかい所に倒れて、ぐらぐらして。

「おい!! ――――――、――――――……が!」
「あっ…………さま…………いや、こいつ…………危険……」
「バカが……っ、…………!!」

 誰かが、怒鳴っている。
 聞いた事のある声のような気がする。

 誰だろう。誰、だったかな。

 知っている人、かな……しっているひと、だと…………いい、な……。


 ――――そう、考えて。

 俺は、目の前が暗くなっていくのに耐え切れず、目を閉じた。













 
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