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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
11.それを知るのは早すぎる
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「おい、そこ崩すから退いてろ」
「あ、はい」
ようやく新しい明かりを取り付けた洞窟の行き止まり。
その終点から数メートル離れて、俺は八十一番のオッサンが思いっきりツルハシを振りかぶるのを見やる。
ぶっきらぼうだけど一言注意をしてくれるのは、やっぱりツンデレで言うところのデレ部分なのだろうか。いや、実際の人間にデレたとか言うのは失礼なんだが、このオッサンときたらあまりにもツンデレ過ぎて、つい考えちゃうんだよな……。
「ふんっ……!」
何度も周囲を叩いたことで亀裂が入り脆くなっていた行き止まりは、気合を入れたことで大きく膨張したオッサンの逞しい腕によって、一気に突き崩される。
ガラガラとデカい音を立てて岩が簡単に崩れて行くが、本当に不思議だ。
ツルハシを使ってうまく岩を崩す方法があるんだろうかと思ったが、このオッサンに訊いても多分教えてくれないだろうな。
「おい、これ選別してもってけ」
「はい」
最低限の返事をして、とりあえず鉱石が分かり易く露出しているものを拾う。
これも元々はこのオッサンがやる仕事だったのだが、今は俺の役目だ。
……ホントは、あぶれ鉱石を拾うだけのはずだったんだけど、いつの間にかコレも俺がやる事になっちゃってたんだよなぁ。下っ端ってのはどこの世界であろうと上司に面倒な事を押し付けられてしまうらしい。まあいいけどね。
「…………」
鉱石を拾って猫車に入れつつ、俺はちらりとオッサンをみやる。
こんな風にすぐ俺をコキ使う、いけ好かないオッサンではあるのだが……そのくせ当然のようにデカい欠片をツルハシで砕いたりするので、何だか憎めない。
だって、そんな事をするのはたぶん……俺が持ちやすいようにと思ってだろうし。
うーむ……その頑固おやじみたいな気の使い方が本当にツンデレなんだよな。
初日からまだ一日しか経過してないけど、これだけでもこのオッサンが凶悪犯ではないんだなと言うのは解る。
人を人とも思っていないのなら、ゲームや漫画での奴隷の扱いみたいに、俺の事を鞭でビシバシして「働けー!」てなるだろうし、真面目に採掘などすまい。
そもそも、初対面の時だって口は悪かったけど心配してくれたような気もするし、昨日も俺を庇ってくれた……っぽいし……。
そこんとこを考えてみると、なんかやっぱり完全に悪い奴とは思えなかったのだ。
このオッサンなら、例え【隷属の首輪】がなくたって、ツンツンしながら協力してくれただろう。まあそうでなくとも、常識はあるはずだ。
なんたって、俺に対して「嫌い」と豪語したのに手助けしてくれるんだからな。
しかし、そんな人がどうして長くここに居るんだろう。
凶悪犯の素振りなんてどこにもないけど、この人も冤罪で……いや、それだったら他のコワモテな囚人が目を逸らすワケもないか。でも見た目からして強そうだしな。そっからの畏怖って事もあるよな……うーん謎だ。
「おい、さっさと運んで来い」
「おあっ、は、はいっ!」
怒鳴られて我に返り、俺は慌てて山と積まれた鉱石をトロッコの所へ運ぶ。
鉱石が露出した土塊は目視だけで確認されるので、俺はトロッコのそばにいた五号鑑定士のお姉さんに見せつつトロッコに入れる。
他にも鑑定士はいるんだけど、俺はお姉さんに近付……鑑定されたいのだ。
こんな男むさい場所に耐えられるのは、彼女のような一輪の花って存在がいるからなんだよ本当に。……いや、態度とか周囲の反応からすると、このお姉さんも恐らくバリバリのオスなんだろうけどさ……。
「……クズ石はゼロですね。残りは廃棄して下さい」
「はい」
猫車の中に残った土や小石は捨て場に零して猫車を軽くし、この作業をオッサンの洞窟から岩石がなくなるまで繰り返す。
これが結構な重労働で疲れるのだが、結局のところ慣れるしかない。
何でもやり始めはキツいもんだが、物を運ぶだけでこれほど疲れるなんて思っても見なかったよ……。震えながらも運び続けいてる猫車係のお爺さんって、実は結構な体力の持ち主なんじゃないのか。あ、ああ、もうキツい。
「はぁっ、はぁ……き、きつ……」
途中で立ち止まってフウフウしても、漫画とかの中の奴隷みたいに怒られないのがありがたいな。ああしかし、数回運んだだけでもう汗だくだ。
採掘場に籠る熱気のせいか、汗も尋常じゃ無いんだよな……たぶん男むさい熱気だから、あんまり当たりたくないんだけど、この状況じゃ仕方ない。
どうせなら女性の熱気で酔いたかった……いやさすがにそれだと変態か……。
だらだら垂れる額の汗を腕でぬぐい、ふと周囲を見やると――――。
「…………ん?」
なんかまた知らない囚人が線路の向こう側からこっちを見てる。
あれは……昨日、俺をジロジロ見て来た囚人達の一人かな。でも、俺が気付いても相手は目を逸らさない。それどころか、何だかチラチラとこちらを見て妙に話しかけたそうにしていた。
ガラの悪そうな顔なのに、なんだか態度がしおらしいな。
いや、全ては首輪が嵌められているからか……監督がいるこの場所じゃ喧嘩なんて以ての外だろうしな。態度がしおらしいと言ったって、いざ対面したら何をされるか解らないし……触らぬ神にたたりなしでいこう。
そもそも、休憩は良いけど無駄話はするなと言われているんだ。
こんな大っぴらな場所で会話するワケにも行かないと思い、俺は踵を返し洞窟へと戻った。後で何か言われるかもしれないが、まあその……ひ、一人にならなきゃいいんだよな、うむ。
――――――そんなこんなで今日もオッサンとは最低限の会話で作業を続け、俺は恙なく今日を終わらせる事が出来た。
……冤罪解決に関しては全く進展していないが、俺の持ち場はそこまで自由に動く事が出来ないのだ。早く出たいのは山々だが、今はまだ動くべきではないだろう。
チャンスが来るまでは大人しく労働刑に服すのだ。
しかし、オッサン専属になって二日目でもう体がバキバキなんだが、こんな調子で本当に冤罪晴らすことなど出来るのだろうか。今日の夕食も、オッサンが俺をさりげなくガードしてくれて助かったけど、この調子だとオッサンの威を借るガキ状態だ。
助けてくれているとはいえ、相手にも限度があるだろうし……それに、情報収集をするのなら、いずれは俺一人でこの問題も解決しないと。
「…………」
相変わらずなんのスープだか判らないスープに硬いパサパサのパンを浸しまくって口に入れ、俺は横目で隣の席の相手を覗き見ながら咀嚼する。
……今日も何も言わずに隣に座るだなんて、ホントこの人も面倒見がいいよ。
この栗色の髪のイケメンオッサンは、ずっと不機嫌な顔して俺を突っぱねるけど、本当は人が良いオッサンなのだろう。だから、俺をつい守ってくれてしまうのだ。
でも、それは損な性分だ。今の状況はかなりのストレスに違いない。
だって、俺の事が嫌いなはずなのに、それでもこの状況じゃ放って置けなくて世話を焼いてくれているんだもんな。他の囚人にちょっかい掛けられないようにって。
……ここに居るのは冤罪の人か犯罪者だけなので、良い人かどうかは正直なところ分からないが、相手の負担になっているのだとしたら本当に申し訳ない。
そもそもオッサンが他人の俺を守る義理も無いんだし、俺の「甘っちょろい考え」が嫌いって言ってたんだから、この状況はいただけないよな。
相手に我慢させて守って貰ってるなんて、そんなの男として不遜だ。
俺だっていっぱしの男なんだから、一人で何とかしないとな。
囚人達に話を聞くのだって、それこそ度胸や腕っぷしがなけりゃ出来ないんだし。
「…………よしっ、やるぞ……」
小さく声に出して気合を入れると、俺はスープを飲み干し「ごちそうさま」を言いつつ食器を返した。味は最悪な食事だけど、食べれば元気が出るからな。簡単な調理しかされていないとは言え、温かい食事を出してくれるだけありがたいし。
そんな俺の言葉は届いているのかいないのか、調理場のやさぐれたような職員達は、虚ろな目をしてタバコ……らしき筒状の紙を吸うばかりだった。
まあこういうのは気持ちだからな。俺がスッキリしたからそれでいいのだ。
そんなこんなで今日も寂しいねぐらに戻ろうと歩き始めた――――ところで、背後に何かデカいものが付いて来ているのに気が付いた。
振り返ると、そこには八十一番のオッサン。ギリギリ肩まで伸びた栗色の髪を乱雑に揺らしているが、こちらをジロリと睨むだけで何も言わない。
……あれ、オッサンの部屋って別方向じゃ無かったっけ?
まあこっちに用があるんだろうなと気にせずに歩き、自分の部屋に入った……の、だが、何故かオッサンまで部屋に入って来た。
ランタンが釣り下がる廊下と違い暗く寒々しい部屋は、とてもお客を呼べるような状態ではない。支給されたランタンに水を入れて部屋を明るくするが、それでも背後のオッサンは微動だにせず部屋の中で黙って腕を組んでいた。
どういう事だと思いっきり眉間に皺を刻んでしまった俺に、オッサンは「フン」と実に見下したような鼻息を放つと、一脚だけあった古い椅子にどっかと座った。
「あの……何かご用で……?」
もしかしてお礼だろうか。やだ俺いま何も持ってないんだけど。
こんな事ならパンを食べずにコッソリ持ち出せば良かった、などと考えていた俺に、オッサンは「やれやれ」と言わんばかりのムカツク溜息を吐くと、眉間の皺を更に深く刻んで俺をジロッと見て来た。
「お前に用なんざねえよ」
「あの、だったら何で……」
「るっせえなクソガキ。俺が自分の部屋にもどって何が悪い」
部屋。
自分の部屋?
あれっ、オッサンの部屋って別の部屋だよな。どういうこと。昨日までの俺はこの部屋に一人きりだったし、他の囚人なんていなかったのにどういうこと。
よく解らないが、とりあえず間違いなら大変だと思い俺はオッサンに問いかけた。
「……あの、いや、でも……八十一番さんの部屋って、別のトコじゃ……」
「今日からここに移ったんだよ! 文句あっかこのクソガキ!」
「ヒーッ、文句ありませんありませんっ!」
く、くそう、怒鳴られてガーッと言われたら頷いてしまうじゃないか。
こんな風に威嚇されて萎縮するなんて男としてまだ度胸が……っていや、ちょっと待て。今なんて言った。今日からここに移った……!?
なにそれどういう事。てかそんな事が出来るのか。もしかして古株だから監督達にコネがあるのか。なにそれズルい。きたない、さすが大人きたない。
「んだよその顔は。俺と相部屋なのが不満なのか」
「いいいえ決してそんな事はっ! あ、あのでも、どうやって代わったのかと……」
「あ゛ぁ? ンなもん俺だからに決まってんだろ。成果さえ上げてりゃ多少の融通が利くんだよ。お前も最初に言われたろうが、娼姫呼ぶのも何するのも成果次第だと」
「あっ……こう言う事にも使えるんスね……。でも、どうしてこの部屋に?」
そう言うと、オッサンはちょっと気まずそうに視線を逃すと、椅子から立ち上がって、壁をくり抜いて作った二段ベッドの下にドスンと座った。
「相部屋のクズのいびきがうるせぇから、前々から申請してたんだよ。お前と同部屋になるなんて思っても見なかったがな。……ああもう鬱陶しい、俺はもう寝るからな! 話しかけてくんじゃねえぞ!」
あと一言でも問いかけて来たらぶん殴る、と言わんばかりに怒鳴られてしまったが、オッサンは早々にベッドに入って薄汚れた毛布にくるまってしまった。
……前々から申請してたと言うが……これってもしかして、そうではないのでは。
以前からなら、空き部屋だったここに先に移っててもおかしくないし、他にも空きが有るだろうから俺の部屋じゃなくても良かったはずだよな。
この労働施設だと、二人一組が絶対、ってワケでもなさそうだし……。
となると……やっぱし、目的が有って俺の部屋に来たって事だよな。でも、この人が俺を(ありとあらゆる意味で)襲う理由なんてどこにもない。じゃあ、残る理由は……一つしかないワケで。
「…………あの、おやすみなさい。明かり消しますね」
さっき点けたばかりのランタンの明かりを絞って消し、俺も小さなハシゴを登って上段のベッドに転がり込む。相変わらず冷たくて硬い土の地面だが、毛布に包まればなんぼかマシだ。常に灯されている廊下の明かりで寝辛いが、そんなこともじき気にならなくなるだろう。なんたって今日も労働のおかげで疲れ切っているからな。
「――――っ」
すぅっと息を吐いて、冷たい息を吸い込む。
だけど――――その音とは別に、下の方から呼吸を繰り返す音が聞こえてくる。
時折大きく息を吸ったり、吐き出したりする不規則な音。
……その音は、俺が立てる分かり切った音じゃない。
俺が知る音とは違うけど、それでも……生きている、近くにいる人の音だった。
「…………」
どうしてか、自分以外の呼吸の音が聞こえる事に目の奥がじわりと熱くなったが、俺は首を振って毛布の中に潜り込んだ。
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