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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
9.思わぬ拾いもの
しおりを挟む周りから色んな音が聞こえる。
ざくざく、トンテンカンカン、ガッキンガッキン。
最初はとんでもない騒音だなと思ったが、一日目の夜を迎えると「喧噪」が無い場がどれほど寂しいかを思い知り、今日はむしろ活気に溢れる音が無いとソワソワしてしまうようになってしまった。
というのも、洞窟の夜ってのは物凄く殺風景だからだ。
だって、岩しかないし天井には星も見えないし、空気だって外とは違うんだもの。
息苦しくなる事は無いけど採掘場から出ると冷えた空気になっちゃうし、そうなると人恋しくなって自然と採掘場で働きたいなと考えてしまう。
なにより、ここは囚人たちの労働施設ってこともあって、夜になると本当に静かになっちまって誰も居なくなったかのような感じになるし……。
………俺の部屋って、他の部屋と同様で岩壁に穴を掘った疑似二段ベッドみたいなものがある相部屋なんだけど、俺一人なんですっごい寒いし寂しいんだよな。
一人で火も焚かずに寝ると、こんなに寒いとは思わなかった。
いや、これは……俺が他の奴とずっと一緒にいたからそう思うのかも知れない。
今まで、人で溢れて活気が満ち満ちている場所や、鬱陶しいくらい引っ付いて来る体温に慣らされていたから、よそよそしい他人ばかりのこの空間ではどうしても……その、なんだ、人恋しいっていうか体温が……いやいやなんだ体温って。
何似合わない事を言ってんだ俺は。くそっ、慣れってのは恐ろしい。
……ゴホン。とにかく、そんな寂しい眠りを二日も体験していれば、採掘場で働く事の方がマシだと思えてくる。
そもそも、そこまで酷い重労働ってワケでもないしなぁ今のところ。
「そりゃ作業をやり続けろとか命令されるけど、お爺ちゃん囚人には別に厳しくしてないみたいだし、俺も結構ノロノロしてる気がするけど怒られてないし……」
まあでも怒号は飛び交っているな。
今日も俺は猫車でせっせと土塊を運んでいるんだが、その往復の間にも、周囲から怒鳴り声が聞こえてひっきりなしだ。
だいたいが鉱石を採掘できてない囚人達や、金の曜術師に何の理由か知らないけど罵倒されているような囚人だったけど、わりと静かになるヒマはない。
ノロノロしている俺が怒られないのが不思議なくらいの喧騒だった。
……いや、まあ、猫車押しの役目の奴は基本的に土塊を捨てるだけなので、監督役の奴らの眼中にないだけなのかも知れないが。
まあでも……そんな調子だろうと、この施設はマシな方なんだよな。
だって、こんな感じの監獄みたいな施設で、管理側から行われるモノ以外の諍いがあまりみられないって、よく考えたらありえないレベルの事だろうし。
――――そう。
この労働施設では、不思議な事に俺が監獄モノで想像するような「ひどい展開」がそこまで見られなかったのだ。
普通の監獄モノならエグい殴り合いとかもするし、想像するのも嫌だがケツの穴を掘ったり掘られたりなんてヤな展開が必ず出てくるもんなんだが、この施設で三日も働いていて、俺が見たのは些細な喧嘩くらい。
まったくもってそういうヤバい展開がない。
もしここが俺の世界の監獄と同じなら、俺も完全にいじめの対象だっただろうし、真っ先に殴り掛かられて「上下関係を教えてやるぜ!」されていただろうに、今日も俺は元気に猫車を押しているのだ。
ケツも無事だなんて、普通に考えるとありえない事だろう。
だって、俺はこの世界の人間と比べると低身長だし腕力でも到底敵わないんだぞ。
格好の「的」がやって来たのに、何もされないなんてありえないことだ。
けれど、監獄生活がほぼ三日目に突入していても、彼らは実に穏やかだ。
俺に近付いて来る人はいないし、話し相手もお爺ちゃんくらいで囚人仲間は未だに作れていないが、それでも危険な事など一ミリもなかった。
「…………おかしいよな。やっぱヘンだよな……」
こういう事って……実はよくある事なのかな?
でも何かヘンなんだよなぁ。
休憩中に下世話な話で笑っているのを小耳に挟んだので、囚人達も性欲は存在するみたいだし、小競り合いが無いワケでもない。
そのあたりは男として普通なんだが、不思議な事にそのテの問題が全く見えて来る事が無かった。……正直、オス同士でも男同士のえっちをするのかなと思ってたので警戒していたんだが、ここまで何も無いと逆に心配になってくる。
この世界のオスって、オス同士で欲情とかしないもんなのかな……?
異世界だから、で片付けるのは簡単だけど、よくよく考えるとブラックもそういう話をする時は必ず「メスの男」だったし……俺が思っている以上にオスとメスと言う生殖的属性は肉体に影響を及ぼしてるんだろうか。
まあでも正直、強姦とかないぶん穏やかってのはありがたいんだけどね。
「とは言え……いじめっぽいのが無いとは言えないよな」
猫車をゴロゴロと動かしながら、俺は周囲を見回す。
二日程度この採掘場で働いただけだが、それでもやっぱり男だけの空間ともなると、どうしても序列が出来て来る。
いじめはない……とは言ったけど、やっぱりトップと底辺みたいな概念は存在するみたいで、俺はその中でもまだ審議中の存在と言った感じだった。
つまり、俺に友達が出来ないのは、彼らが俺を「値踏み」しているからだ。
ここは「強制労働刑」で入れられる施設なので、刑期は人それぞれだ。すぐに出て行く軽度の罪を背負った奴もいるし、重罪のヤツもいるだろう。
だからこそ、仲間に入れて良いのか決めかねているのだ。
すぐに出て行くヤツを組み込んだって、なんにもならないからな。
……なので、俺が遠巻きに見られているのは悲しいが納得できる。
まあそもそも、俺は無罪だがここに居る人の殆どが有罪確定の人なので、お近づきになりたいかと言われたらノーサンキューなんだが。
俺は同じ境遇で無実の罪を背負わされた人に出会いたいんだが。
「はぁ……どこにいるんだろう……」
たった三日じゃ何も探れないし、そもそも俺は猫車で移動する範囲がトロッコの所と土塊の山の間だけなので、同じ係の人としか接近できないんだよな。
この状態じゃ採掘場に居る人達に話を聞いて回るなんて無理だ。
せめて、一号監督って呼ばれている厳つい頬傷のオッチャンが俺の担当を決めてくれたら、どうにかできると思うんだけどなぁ……。
どうしたもんかと岩を猫車に乗せて、重い重いと押し――――
「おっと。また“あぶれ鉱石”発見」
途中で転がっている小豆ほどの岩石を拾い、俺はその場でこっそりと水の初歩術である【アクア】を出して、指に滲んだ水で割れた場所からふやかし軽くこする。
と、その中から粒金が出て来て、俺は「ビンゴ」とばかりにニヤリと笑った。
「ふふ、ふふふ……さすがは俺だぜ……まーた有能になってしまった」
手に握り締めたまま、とりあえずそのまま土塊の山まで入って土砂を捨てる。
だが粒金は手に握ったままだ。でも別にネコババするつもりはないぞ。
軽くなった猫車を軽やかに押して、俺はトロッコの前に居て監督している一号監督と、その隣で鉱石を選別している【五号鑑定士】に近付いた。
「失礼します。またあぶれ鉱石です」
そう言いながら、ちょっとキツめな目付きの五号鑑定士のお姉さん(大人しめな顔立ちだけど可愛い)に粒金を渡すと、お姉さんはは掌の上でしばらく粒金を見つめて、一号監督に「その通りのようです」と言わんばかりに無言で頷いた。
一号監督は、俺の方を向いて少し意外そうに太く格好いい眉を上げる。
「ふむ……十六番、お前はよっぽど目が良いようだな。ここまで損失になり得た鉱石を拾って来るとは……」
十六番ってのは、俺の呼び名だ。
ここには常時百五十人くらいの囚人が居て、刑期を終えて抜けるたびに古い番号を新しい囚人に割り振っている。中には長い刑期の人もいて、変わってない番号も有るらしいが、俺はとにかく十六番ってコトだな。うむ。
「何か目印かコツでもあるのか?」
珍しく不思議そうに聞いて来た一号監督に、俺は照れながら頭を掻く。
「えへ……いえあの、俺けっこー宝石とかに目敏いみたいで、ちょっとキラキラしてたらすぐ発見しちゃうみたいなんですよね。それだけです」
――――もちろん、ハッタリだ。
最近使い所が無いので忘れられがちだが、俺は【黒曜の使者】というチート能力を付与されている、五つの属性全てを使えるスーパー異世界人なのだ。
というか、曜術とか創造魔法とかそういうのは全部使えると言っても良い。神様と同等の力を持っているので、それくらいは当然なんだよな。
まあ、曜術ってのは一筋縄ではいかないから、ちゃんと勉強したり鍛錬をしなきゃ満足な術を出せないので……今の俺は、木の曜術と水の曜術、それに初歩の炎の曜術である【フレイム】くらいしか使えないんだけどな。
大地の気の【付加術】や、オリジナル曜術も使えるけど、それは別モンなので今は置いておくとして……ともかく、土と金の曜術になると、俺は完全な門外漢なのだ。
土は使えるようになるまで難しいし、金の曜術も本格的に使うとなるとやはり普通の曜術よりも専門的な鍛錬が要る。そのため、この二つと炎の曜術はオッサン二人に頼りっぱなしだった。なので俺は、この施設でも冒険者ギルドでの申告通りに【木と水の曜術師】だとしか名乗らなかったのである。
だが、だからといって“曜気”が見えない使えないというワケではない。
五曜全てが使える俺なら、当然その曜気も見る事が出来る。
この世界では、自分が持つ属性以外の曜気は、強力な曜術を発動する時でなければ見る事も出来ないのだが、当然ながらそんな奴は滅多に居ない。いても、俺みたいなチート能力持ちか、五つ全ての属性を持つというチート以上にチートな力を持つ――――ラスターのような、特別な存在だけだろう。
……まあ、二つか三つの属性を持つ曜術師ならば、俺の他にも数えられる程度には居るらしいので、怪しまれはしないが……もし俺が五つの属性を使えるとバレたら、別の意味で大変な事になる。
だから、俺は自分の能力を隠してこうやって報告しているのである。
しかも俺はチート能力者だから、曜気を見る目も一味違う。
「見よう」と思ってみれば、土の中の金の曜気もバッチリ把握出来てしまうのだ。
…………要するに、俺が“あぶれ鉱石”を発見出来たのは、その曜気を見る力のお蔭なんだってコトだな。うむ。
逆に言うと、土と金の曜気は見たり流したりする事しか出来ないんだが、それでも鉱石探しには充分に役に立つ。だからこうやって鉱石拾いをしていたのだ。
しかし、これを他の奴に悟られてはいけない。
もし「お前は土か金の曜気が使えたのか」となれば、何を言われるか分からない。
今の俺は罪人だし、隠し事があると知れたら心証はさらに悪くなるだろう。
待遇が悪くなるだけならいいけど、最悪の場合、刑期の延長とか死罪とか……ぐ、ぐうぅ……ともかく、悪い事になる確率の方が高い。
だからこそ、鉱石拾いに関しては「めざとい」と言う事にしたのである。
すべては今後の為だ。
疑われるかもしれないスレスレの事を敢えてやったのだって、猫車係から脱出する切欠を作るためだ。非力な俺じゃ恐らく猫車係続行だっただろうし、そうなると他の奴らに話を聞くどころか、彼らと仲良くなる事すら出来そうにないからな……。
なんとか他の囚人達と接近して、話を聞かなければ。
――――そんな俺の思惑を知ってか知らずか、一号監督は意外そうに両眉を上げたまま、顎に手を当ててこちらを見下ろしている。
どういう反応だろうかと見返していると、相手は「ふむ」と声を零した。
「十六番が持って来るあぶれ鉱石の数からすると、今後も出てくる可能性があるな」
一号監督がそう言うと、五号鑑定士のお姉さんがクールな表情のまま頷く。
「採掘の途中で鉱石が砕け、その欠片が周囲に転がる事は、ままあります。ですが、我々では、それらを一々発見する暇がありません。土や金の特性のない囚人達の周囲を十六番に回らせて、鉱石拾いをさせたほうが良いかも知れませんね」
あっ、ナイスッ! ナイスですお姉さん! さすが魅力的なクール美女!!
やはり有能な女性は俺の魅力を分かってくれる……などと自惚れた事を考える俺に、一号監督は再び目を向けて来た。
「よし、お前の今後の担当が決まった。今後は指定する採掘場所の周囲を回遊して、先程やったように鉱石を見つけるように。詳しい作業内容は追って知らせる」
「わ、わかりました!」
「お前のような幼い弱者をどうしたものかと思っていたが、丁度良い仕事だな」
……ええと、監督、それバカにしてますか。
いや、ムキムキマッチョな監督からすると俺は確かに弱そうに見えるだろう。それに、俺の容姿はこの世界じゃ未成年の十二三歳くらいに見えるらしいしな……。
ぐぬ……ここが外国人並に成長の速い世界じゃ無ければ良かったのに……。
「では…………そうだな、お前には今から八十一番の採掘場所に行って貰う」
ついて来い、と言われて素直に一号監督の背中を追うと、監督は二つのトロッコの線路が伸びている方向に歩き出した。
おおっ……こっちに行くのは初めてだ……!
俺が初日に通った通路が崖の遥か上にあるが、そう言えばトロッコの線路の先には何が有るのか考えた事も無かったな。
今の俺には関係のない話だが、逃げるとしたら……あそこからかな。
脱走は考えていないが、脳内マップを更新して置くのは悪くないだろう。
「歩くのが遅いな。大股で歩け十六番」
「は、はいっ」
いや返事しちゃったけど違うぞ、アンタがデカいんだよ! アンタが!
ブラックといいクロウといい、なんでアンタらは俺の足を見ないんだ。
身長的にもお前らより足が短いの分かるだろ。自分で言ってて泣きたくなるけど、俺はお前らみてーに足長くねーんだよ! モデル体型とかなにそれ状態なんだよ!
大股で歩くとかの問題じゃないんだよこの野郎ー!!
「なんだ。何か言ったか」
「な、なんでもないです……」
はあ、悲しいけど頑張って歩こう……。
ゆるく蛇行して少し先が見えづらくなっている広い通路をひたすら歩いて行くと――やっと、豆粒ほどの小ささになった線路の終着点が見えた。
ここからだと詳しくは分からないけど、トロッコは岩壁をくり抜いたトンネルに入って行くらしい。あの先に鉱石を加工する施設があるのかな。
まあ俺に知る由は無いので今は遠くのトンネルの事は置いとくとして、左側の壁に開いた幾つかの穴の一つに、監督と一緒に近付いた。
今までは気が付かなかったけど、穴の横の岩壁に「八十一番」と番号が描かれた札が下がっている。どうも、囚人ごとに場所が割り当てられているらしい。
これなら競合する恐れも無いな。
しかし……やけにゴロゴロと土塊が転がってるな。まるでゴミ屋敷のようだ。
それに、カンテラのおかげで穴の中は明るいけど、奥に行くにつれて薄暗くなっている。監督が言うには、ある程度掘った所でカンテラをつけるんだそうだ。
この穴の「八十一番」という人は、土や金の曜術師ではないけど、腕っ節が強いのか、いくつも掘って採掘場所を掛け持ちしているらしい。
この採掘場の古株でもあるので、一号監督も一目置いていると言うんだけども……一体どんな人なんだろう。古株って、かなりの極悪人だよな。
そんな人に一目置くってどういうことなんだ。
もしかして、任侠の人みたいな感じなのかな。いやそれでも怖いんだけど。
会った瞬間にドスを突きつけられないだろうかとびくびくしながらも薄暗い洞窟を進むと、すぐに件の相手の背中が見えてきた。
この世界の男は俺の世界の外国人のように長身で背中が広いが、その男も例に漏れない。ただ、髪の色からして老人という感じでは無く、しっかりと肩幅も広くて筋肉も適度にあるっぽいうようで、スコップを持つ手はがっしりとしていた。
ランプの明かりで仄かに光を含む髪は、ギリギリ肩の所まで有る栗色の髪。
薄汚れたツナギっぽい囚人服の腕をまくってひたすら掘り続けている相手に、監督は声を掛けた。
「八十一番、手を止めろ。お前の作業分を運ぶ手伝いを連れて来た」
「……あ゛ぁ?」
ガラの悪い大人の声に、思わずビクッと震えてしまう。
だが、相手はこちらの事など気にせずに振り向いて、その不機嫌そうに眉を顰めた顔を見せて来た。
――――どこかで見た気のする、整っているが気難しそうな中年の顔を。
「あっ……!?」
思わず声を漏らした俺に、相手は眉根を寄せたまま目を細めて――――眉間の皺を解いてしまうほどに驚いたのか、目を丸くして俺を凝視して来た。
さもありなん。
相手だって本当に驚いただろう。
何故なら、俺が手伝う事になった囚人【八十一番】とは……
あの湖で絡んできた、ムカつく栗色の髪のイケメンおじさんだったのだから。
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