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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
8.労働こそが我が使命
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ギオンバッハ大叫釜【絶望の水底】――――。
そう紹介され見せつけられたその場所は、異様な空間だった。
「お前にはこれから労働刑一月の罰によって、ここで採掘作業をやってもらう」
軍帽を斜めに被って片目だけを見せたチャラそうな公務員の若い男が、軽い調子で俺に説明をする。いまにも「ヒャッハー!」とか言いながら爬虫類っぽい舌を出してギザ歯をみせつけそうな声と態度だが、やっぱり公務員なのか説明は丁寧だ。
かつて【世界協定】が取り締まった、人間や獣人を奴隷にする為の道具……いや、曜具である【隷属の首輪】を嵌められた俺は、抵抗なんてムダなことだと知っていたので大人しく男に追随しているのだが――――なんというか、この【絶望の水底】と言う施設は実に奇妙だった。
「あの……採掘場なんですか?」
首輪に取り付けられた重苦しい鉄鎖を引かれて歩く通路の下、こちらと同じく崖の高い場所に造られた通路に挟まれ谷の底のようになっている場所では、ガキンガキンと硬い岩にツルハシを突き立てたり、洞窟の壁を崩す音が響いている。
ここでは水琅石の明かりが使われているのか、水を供給する細い管の下に等間隔でカンテラが釣り下がっていて明るいな。いくら天井が高くて広い洞窟だろうと、光が届かない場所では常に明かりを灯さなきゃ行けないから、当然の事だけど……しかし、この状況を見ると、昼も夜も関係なく働かされる感じがしておっかない。
なにしろ、採掘場である広い谷の中央には二本の線路が伸びていて、様々な形の岩が積まれる度に二つのトロッコが交互に行き来を繰り返しているんだ。
アレが止まるまで、せこせこ働け……なんて言われそうじゃないか。
まさにゲームとか漫画でよく見る奴隷労働所だろうこれ。
しかし、この場所はベランデルン国内のどこにあるんだろうか。依然として指輪を隠す口でどうにかモゴつかず問うと、目の前にいる男は機嫌がいいのか普通に答えてくれた。
「理解が早いガキは好きだぜ。ああそうだ。この【絶望の水底】は、お前みたいなクズの犯罪者どもを収容して、お国の為にせっせと金槌を振るわせる場なのさ」
「俺もあそこでガツガツやるんすか?」
「掘り手は常に足りねえからな。だが、お前の場合はガキでちんちくりんだし、採掘の邪魔になりそうだ。まあとりあえずやってみて邪魔なら別の仕事を宛がうさ」
なんだと……この俺をちんちくりんだと……。
いやそりゃ、日本人の平均よりはるかに高い身長のアンタら異世界人から見れば俺なんてちっちゃいガキなんだろうけども、俺じゅうななさいなんですけど!
こうこうせいだから、おとななんですけど!!
……いやこうやって言ってる時点でガキなのか……難しい……。
だがこの俺を見くびって貰っては困るぞ。こちとらハジのはじっこに籍を置く程度だけど、それでも立派な冒険者なんだ。体力だって人よりはある……はず……。
と、とにかく、男なんだから力があって当然だ。そら最初は慣れないだろうけど、俺に掛かればすぐに採掘もお手の物だ。いやお手の物になるまで居ちゃダメじゃん。
……ぐうう……い、イカンイカン……ともかく、人から話を聞く場合でも、出来るだけ大勢の人がいる所で働いた方が都合がいいよな。なんとかして採掘場に留まれるように頑張ってみよう。
そんな事を思いつつ、鉄柵で補強してあるだけの崖上の通路を進む間にも、前方で俺を牽引する男はベラベラと喋り続ける。
「……というわけで、お前には今から達成数をつけさせてもらう」
「えっ?」
「早い話が、目的の鉱物を目標数まで掘れよっつう事だよ。掘った岩石の中に鉱物が有るかどうかはその場で判定する」
「そんな事できるんです……?」
俺の世界じゃとりあえず掘ったモノを集めて後で選別したり、ゴロッと出た固まりからはみ出た鉱石を見て喜んだりしていたような気がするんだが、その場で直接判定が出来るなんてそうそう無いような気が。
不思議に思って首を傾げた俺だったが、 軍帽の若い男はそんなこちらの姿を見てせせら笑うようにハンと息を吐いたものの、一応なのか説明してくれた。
「やっぱ冒険者はバカだな~。鉱物の判定なんだから金の曜術師がやるに決まってんだろ。わかったらお前もすぐに着替えて採掘場に行け」
通路の先に見えて来た穴を潜って待機所のような場所に入ると、そこで俺は改めてこの場所の規則やタイムテーブルなどを簡単に教えられ、その後、鉄製の梯子を二度ほど下りて、更衣室のような場所に通された。
ここまで来ると囚人らしい人達が廊下やドアの無い部屋にいるのがチラホラ見えて来て、なんだか洞窟で共同生活を送っているようにも思えてくる。
一見すると穏やかな寮生活みたいな感じだったけど、みんな【隷属の首輪】を装着させられているから、この公務員の男にも逆らわないんだろうな。
だってこの首輪、オシオキ機能があって、それをやられると凄い痛いんだもん。
最悪の場合強制的に死なされる場合も有るから誰も動けないんだろうな。
俺も、この首輪に散々苦しめられた事があるから避ける気持ちは分かるぞ……。
人相の悪いオッサンもヒョロそうなお兄さんも何らかの犯罪者なんだろうが、普通の監獄みたいに争ったり罵り合う事も無く、それぞれ無言で行動している。
このぶんだと目立った諍いはなさそうだな。俺でも何とか一人で行動出来るかも。
なにせ、一番心配だったのが囚人同士の暴力だったからなぁ……。
「お前の荷物置き場はここだ。鍵を渡すからソレを使うように」
ドアつきの棚がいくつも並ぶ部屋に通され、壁が背後にある端っこのところを指し示された。どうやらかなりの数の囚人がいるらしい。
簡単な形の鍵を受け取って扉を開きつつ、俺は息を吐いた。
「ああ、あとお前達が成果をあげれば多少の温情はあるからな。目標数以上の鉱石を掘り当てたら、外からメスを呼んでやる事もできる。うまいモンも個室も自由だ」
「えっ……そんなに待遇が良くなるんですか?」
ズボンと上着が一緒になったツナギのような作業着を棚から取り出し、モソモソと穿きつつ男の方を向くと、俺が着方を間違ってないか確認しながら男は頷く。
「まあ規則だからな。こんなクソ環境で鬱憤を溜めて喧嘩でもされたら色々困るし、何より生産性が下がるからな。それに、ここを取り仕切っている鉱山主様はお優しいから、お前らのようなクズでも高待遇をして下さるってワケだ」
解ったらさっさと着ろ、と言われて手早くツナギのボタンを留める。
とりあえず……よっぽどでもなければ荒事を心配する必要はないって事か。
しかし、ちょっと心配な事も有るな……。
「よし、着終わったな。すぐに採掘場に行くぞ。そこの責任者に引き渡す」
「は、はい」
男に鎖を引かれて更衣室を出る。そんな俺の様子を扉の無い部屋の数々から、他の囚人たちがチラチラと見ていたが、その目付きがぞっとしなくて俺は息を呑んだ。
……ここに「メスを呼ぶ」ってことは……ここの奴らは全員オスって事だよな。
とすると、俺がメスだとバレてしまったら非常にヤバい事になる。
……いくらいっぱしの男だとは言っても、俺の体格では屈強な大男には敵わない。
格闘スキルなんて俺には無いし、そもそも腕力も体力もないのだ。それなのにメスだと知れたら……おぉ、ブルッと来た。怖すぎる。絶対にバレないようにしないと。
俺に魅力があるかどうかは謎だが、飢えてる時は草も御馳走だからな……。
幸い、今のところ俺をメスだと思っている奴はいないみたいだし、どうやらここに居る奴らは男のメスってヤツを見た事がないようだ。
だったら、ぱっと見でメスだと判断できないらしい容姿の俺なら平気なはず。
この世界ではメス男を見分けられる人もいるけど、そもそもメス男は箱入り息子的な生活をしていて、近付くにしてもすぐにオスが見つかり別の家に入ってしまう奴が多いらしいので、辺境とも言えるこの土地では見る人も少ないに違いない。
メスが居ないって事でビビッちまったが、ブラックみたいな玄人がいないのなら、俺が堂々としていさえすれば何とかなるだろう。
どうせ採掘作業は強制なんだし、そもそも作業をしている間は他の奴らをジロジロ見る暇もないハズなんだから、きっと大丈夫……な、はず……。
………………なんか不安になって来たな。
ビクビクしつつ、無数の入口が並ぶ長い一本道の廊下を進んでいくと、行き止まりに鉄の扉が現れた。どうするのかと思っていたら、軍帽の男は扉横の岩盤に取り付けられていたインターホンのような物のボタンを押して話しかける。
「事務第三号だ。新入りを採掘場に連れて行く」
すると、天井に取り付けられていたラッパのようなモノから「了解」と別の男の声が聞こえて来た。ややあって扉が開くが、これってもしかして手動なのかな。
だとすると逃げるのも難しそうだ……などと思いつつ、鉄の扉が開かれた先を覗き見ると――――そこには、上から見ていた採掘場の光景が広がっていた。
「うわ……」
「止まってないで来い」
うおっとっと。
引っ張られて緩やかな坂を下りたせいで、少々躓きそうになってしまったが、それでも俺は周囲が気になってしまい、首を引っ張られながらキョロキョロと見渡す。
水琅石のランプで照らされた広い空間は、上から見たよりもずっと広くて、崖の壁や地面を一心不乱に掘り進んでいる人達が沢山見える。
年老いた囚人は木製の猫車で石の山を運び、鉱石ではない土塊を捨てる場所と採掘している人達の周囲をひっきりなしに往復している。
ところどころに崖を掘った穴も見えるが、どれほど前から採掘しているのか。
囚人たちの数と積み上げられた石の山を見ているとゾッとしなかったが、これから俺も彼らと同じ作業をしなければならないのだ。気を引き締めなければ。
そんな事を思っていると、事務第三号と名乗った軍帽の男はトロッコの前で偉そうに立っている屈強なおじさんに近付いた。
「一号監督、新入りを連れてまいりました。指導よろしくお願いしまっす」
そう言うと、頬にキズのある“一号監督”のオッサンはウムと頷く。
事務第三号の男はチラッと俺を見て軍帽を軽く上げると、すぐ帰ってしまった。今のは挨拶のつもりだったんだろうか。……まあ、悪い奴ではない……のかなぁ。
考えつつも、一号監督というオッサンを見上げると、相手は俺を見て何故だか一瞬だけ戸惑ったような顔をしたが、すぐに厳しい顔つきを取り戻して咳をした。
「ゴホン。では、今からお前には体力試験を受けて貰う。簡単に言えば……あそこで働いている老人達と同じような運搬作業を行うということだ。どこまで続けられるかで、お前が今から作業する場所を決める。猫車を取りに行くぞ」
「あっ、はい。えーと……体力がないと採掘は難しいですか?」
一号監督と一緒に移動しながら聞くと、またもや相手は少々驚いた顔をして、少し悩むようなそぶりを見せると俺を見下ろした。
「まあ能力次第だな。体力がなくとも、鉱石を見分ける目があれば採掘をやらせる。確かお前は水と木の曜術師という報告だったが……今は、お前に他をやらせる指示は受けていない。とりあえずこの採掘場のみで動け」
「わかりました」
ってことは、基本的に土の曜術師とか金の曜術師が採掘してるのかな。
土の曜術師も金の曜術師も、熟練者ならば土の中から目当ての金属を見つけられるらしいし、ここでの労働が鉱石を得るための物なら彼らは優遇されるだろう。
だが俺はここでは役に立たない属性の曜術師だ。
才能枠での採掘は無理だなぁ……うーん、猫車を押して色んな人と話すヒマがあるだろうか。とにかくやって見なきゃな。
そこまで考えて、俺はふと基本的な疑問を思い出し一号監督に問うた。
「あの監督、一つ質問しても良いですか」
「なんだ」
「ここでは何の鉱石を採取すれば良いんですか?」
俺のその問いに、一号監督は「当たり前の事だろう」と言わんばかりに答えた。
「なにって……基本的な金属である金銀銅に決まってるだろう。まあ、高価な鉱石を採掘出来ればそれはそれで良いがな。ここは他の山と違い、様々な鉱石が眠っている宝物庫のようなものだ。お前も猫車を動かす時には地面を注視しろ。たまに、鉱石が落ちている事があるからな」
「は、はい」
ここって色んな鉱石が採掘出来るのか。
でも普通、鉱石ってそれぞれに取れる場所が決まっているような……いや、異世界であるココでは、鉱石も「降ってきた星の欠片」だから、地質とかそういうのは関係ないんだっけ……。ああ、本当にデタラメな世界だ。
しかし、そこまで色んな鉱石が採掘できるというのなら、何か俺に有用な物も採取できたりしないかな……いや、無理か。
そんなもん見つけても、監督に没収されちゃうよな。
ならば今は周囲の人に話を聞いてみて、俺と同じ境遇の人を探すのが先だ。
脱出するにしても、ここの構造がハッキリと分かった訳じゃないし……はあ、やる事が有り過ぎて、今からため息が出て来るよ。
だけど、負けてらんないよな。
俺は一刻も早くブラック達の所に戻るんだ。
それまではこの指輪をなんとしてでも守り通さなければ。
すっかり出す機会を失くしてしまった舌の裏の指輪の事を思いつつ、俺は一号監督に仕事の説明を聞きつつ猫車を握ったのだった。
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