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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
4.好きな子に格好悪いところは見せたくない
しおりを挟む体を震わすほどの轟音と共に、川の流れが山の中へと消えていく。
遠くから見えるその光景に息を呑んだのは、ほんの数分前の事。
俺達は大河の流れに沿って歩いて来て、その光景を暫し眺めていた。
――どどどどど、とまるで大軍勢の足音のように心臓を揺らすその凄まじい音は、俺達が進む草原の左側から聞こえてくるようだ。
でも、最初は何の音か分からなかったんだよな。
今朝方【ギオンバッハ】から件の森に出発してすぐに、こんな感じの音が微かに耳に届き始めて来て、一体この音はなんだろうかと考えていたんだ。
国境の山脈の麓にある森が、近付いて来るにつれて大きくなっていくもんだから、最初は森の中に滝があるのかと思ったぐらいだ。
だけど、森には水の流れがあるようには見えない。
何故そんな音が聞こえるのかと今の今まで首を捻っていたのだが……同行していたブラックに「川の先を見てごらん」と言われ、ようやく俺は轟音の理由を知ると同時に、予想外の光景に口をあんぐりと開けて言葉を失ってしまった。
だって、あの【ギオンバッハ】が跨っている広い大河の終着点……つまり、山脈にぶつかった地点に――――巨大な穴が開いていたのだから。
……ブラック曰く、あれこそが街の名前の由来にもなった【ギオンバッハ大叫釜】なのだという。あの街は、元々あの大河を飲み込む巨大穴を監視するために造られたとの事で、なんとアレこそが【国境を越える第二の手段】だというのだ。
そうつまり、アコール卿国に向かう、俺達が今後使う事になる国境越えの手段とは――あの穴の中に飛び込んで流れに乗りつつアコールへ向かうものだったのである! ぱんぱかぱーん、やったね!
…………いや、ないない。ナイって絶対。
嘘だろそんなの。あんな東京ドームくらいありそうなデカい穴に入って死なないのは無理だって。いくらなんでも俺達でも無理だって。
永遠に滝壺に呑まれ続けて浮かんでこない奴じゃんこれ。どう考えても死の一文字しか出てこないんだけど、何考えてんの。変な冗談言うのやめてよ。
思わず青ざめてブラックの言葉を否定したけど、やっぱり本当の事らしい。
…………。
数秒固まってしまったが、俺がよっぽど悲惨な勘違いをしていると理解したのか、森に行きがてらブラックが改めて「ギオンバッハを使ってアコール卿国に戻る方法」を丁寧に教えてくれた。
――――まず、ギオンバッハにある定期船乗り場で船に乗って、この川を大叫釜の方向へと下る。その時にキチンと説明されるそうだが、乗客はしっかりと安全確認を行ったうえで、船ごとあの大叫釜に落ちるのだそうだ。
しかし、落ちると言っても俺が思うほど危険ではないようで、船には第一級の水の曜術師と“大地の気”を扱える熟練者が乗船しており、水の術で落下の勢いを和らげ付加術の【ウィンド】を使い速度を落として水面に着地させるという、安全な方法を昔から行っていて、事故もほとんど起きた事が無いという……。
……いや、あったんじゃん。
ほとんどって、事故あったんじゃんか。
本当に大丈夫なのかと嘆きたくなったが、ブラックが実にあっけらかんと話すもんだから、安全であるかのようにも思えてくる。安全度が高いというのはガチなのかな……でもこの大叫釜凄いんだが。
森に入る前に、クロウに肩車をして貰って近い場所で覗いてみたんだけど、下の方にあるって言う水面が見えん。周囲は険しい崖でボコボコしていて、これなら万が一船から脱出することになっても登り易そうだが、しかしこの距離はその……。
ああ、こんな暗い場所に落ちて行く通路なんてあるかよ。長距離のトンネルの方が百倍マシだわ。ブラックが言うには、滝壺から更に洞窟に入って山脈を抜けた先に、二又の川があって、終点であるアコール卿国の街に到着するらしいんだけど……辿り着けるのかなコレ……。
ああ、こんな事ならもっと早く言ってほしかった……予定通りに進むためにはココを通るのは絶対だから、行きたくないとは言わないけどさ……覚悟……もうちょっと覚悟する時間が欲しかったな……一か月くらい……。
あと何日後にこの大叫釜でフリーフォールアトラクションをさせられるのかと思うと、その名の通り大恐怖だったが、俺には成果を上げてシアンさんを喜ばせるという役目が……ゴホン、そうではなく、ニセガネ工場の発見と言う使命があるのだ。
女性の笑顔の為なら頑張りましょう。ええ、頑張りますとも。
頑張るからエネさんにはご褒美で抱き締めて貰いたいな……はぁ……。
……とまあ、そんなこんなで気が重くなりつつも、俺達は依頼された【国境の山脈近辺の森】へと入り、調査を始める事にした。
「…………しっかし、そんなヤバいモンスターが出るような雰囲気じゃないけどなぁ、この森……果物もそこそこ実ってるし、草木もイキイキしてるし」
まだ森の入口だが、しかしそんな端の方に果実が残っているという事は、少なくとも荒れた森ってことじゃないよな。
そもそも依頼の内容からすると、もし凶暴なモンスターがいたとしても森の中からは出て来てないみたいだし……可愛いギルド長さんの話では、ここからしょっちゅう獣らしき声が聞こえて来るらしい。
大叫釜の音に負けないぐらいなんだから、たぶん相当デカい声なんだよな。
となると、凶暴なモンスターかと思うのは当然だけど、空耳とかじゃないんだろうか。あのほら、反響した音が聞こえて来るとかよくあるじゃん。
だから、もしかしたら何らかのメカニズムで滝の音が「モンスターの声」に聞こえちゃってるんじゃないかなぁと俺は思ってるんだけども。
「ムゥ……確かに、モンスターらしいニオイは微かだな。しかしそれも、別に強力な物ではない。……居たとしても、素人が倒せる程度ではないか」
クンクンと鼻を動かして周囲を確認するクロウに、黄金色の光の粒子を体から湧き立たせるブラックが同意するように頷く。
「そうだな……僕の【索敵】でも、恐れるような強さのモンスターの気配なんて微塵も感じられないし……。いるとしても、山の中っぽいしなぁ」
えっ、ブラックいま【索敵】使ってるの。もしかして無詠唱?
いやアレか、滝の音が大きすぎてよく解らなかっただけか。でも、ブラックは曜術師の中でも最高位の【限定解除級】認定されてるんだもんな。無詠唱でもイケるか。
しかし規格外のブラックがそう断言するってことは、そういう危険なモンスターは今はいないってことで……これで調査終了なのか?
でも万が一って事も有るよなぁ。
平和な森ではあるけど、付加術の【索敵】は地面の下の脅威までは感知が出来ないみたいだし、意表を突いた場所にいるってこともあるしな……。
森の中を捜索もせずに「ハイ安全」は仕事が雑すぎる。
それはいい大人であるブラックもクロウも考えていたのか、面倒臭そうにそれぞれ頬を掻いたり耳を伏せていたりしたが、仕方なしと言った様子でブラックが言った。
「とりあえず……ちゃんと手分けして森の中を探してみようか。もし巣穴が【索敵】に引っかからない場所にあったとしたら、僕らが後から文句を言われそうだからね」
「ム、そうだな。ではオレとツカサで組む事にしよう」
「あ゛ぁ? ブッコロされてぇのかクソ熊」
まーた始まった……いやでも今回は俺もひとこと言わせてもらうぞ。
そう思いながら、俺はバッグの中から暗めの桃色が綺麗な宝珠を取り出した。
「はいはい言い争いそこまで! 二組なんぞ非効率的だろうが、こんだけ広い森なんだから、一人ずつに分かれたほうがすぐ終わるだろ。てなわけでハイ解散!」
「ちょっちょっと待ってよツカサ君! 貧弱なキミ一人じゃ危ないって!」
「そうだぞツカサ、十中八九危ない目に遭うだろう。オレと一緒に来い」
こ、こんちくしょうどもめ、俺の実力をとことんまで低く見積もりやがって……。
でも今回はそうはいかないもんね!
俺は握り締めた宝珠――いや、召喚珠に“大地の気”を籠めて、今回もペコリア達を呼び出した。ぼうんと白い煙の中から現れるカワイコちゃんは……俺の気合いが伝わってしまったのか、なんと今回は十匹も出て来てくれたではないか。その数に、流石の二人もちょっと慄いたようだった。
「俺は可愛いペコリア達と一緒に探すから平気だっての」
「でもさ……」
そう言って食い下がろうとするブラックに、俺はジロリと目を向ける。
「……やらしいこと絶対にしないなら、一緒に探しても良いけど」
限界まで低めた声でそう呟いたと同時、オッサン二人が仲良く胸を抑えて「ウッ」とか言いつつ硬直した。……てめーらやっぱり不純な動機ありありじゃねーか!
ああもういい、こんなおっさん達に任せてはおれん。俺が真面目に調査してやる!
「つ、ツカサくぅん……」
「ツカサ……」
「もーアンタら大人だろ、情けない声だすなよっ! それに、ブラックもクロウも、この森には危険が無いって判断したんだろ? だったら別に大丈夫だって」
アンタらのスキルの高さは俺も知ってるし、まあ万が一って事もあり得るけど……とりあえず歩く分には問題ないって事なんだから俺とペコリアだけでもいいじゃん。
そんな考えなしの言葉だったのだが、何故かブラックとクロウは満更でもない顔をして「へへ……」と言わんばかりに鼻の下を擦りやがった。
なにそのちょっと優越感感じたような顔。クロウも満足げに頷くな。
このオッサンども絶妙にムカつく。
「だーもーほら解散! 俺は真ん中、クロウは足速いからはじっこの方、ブラックは滝壺の方から探索! じゃあ俺行くからな!」
「クゥックゥ!」
俺の怒りを理解してくれているのか、ペコリア達も口々に鳴いてくれる。
ああんもう可愛さ極まって言葉が出てこないんですけど!!
「ちぇっ……ま、いっか。ツカサ君がせっかく信用してくれてるんだし」
「ムゥ、オレもすぐに探って来るぞ」
そう言いながら、それぞれが森の中に散って行った。
…………ふぅ。やっと普通に行動出来るな。
「俺達もいこっか。その前に、柘榴から届けて貰った蜂蜜食べような~」
「クゥ~!」
「クゥッ、クゥクゥ~」
白くて綺麗な繭に包まれた蜂蜜をペコリア達にお駄賃としてあげてから、俺は十匹の頼もし可愛いおともだちと森の奥へと進んだ。
「……にしても……本当穏やかな森だよなぁ。国境の山の麓ってのが嘘みたい」
周囲を探りながらも、ペコリア達は草を食んだり木の実をムシャムシャしたりで、敵を警戒したりする様子は無い。
そもそも、ペコリアって本来は臆病な弱いモンスターで、ほとんど会えないレベルで森の中に隠れ棲んでるらしいから、危機感知能力は絶対強いはずなんだよな。
そんなペコちゃん達がのんびりしてるんだから、やっぱり危険は無いのかも。
願わくば、このまま何事も無く終わって欲しいものだな……などと思いつつ、俺も森の中の木の実やら野草を採取しつつ進んでいると。
「……お?」
「クゥ~?」
ペコリアと一緒に額に手の側面を当てて視界の先を見たところ、そこには見慣れぬ植物がちょこんと生えているのが見えた。
「なんだ? アレ……」
黄色くて大きなスズランの花が一個だけ垂れ下がっている、手のひら大の植物。
花弁が鮮やかで綺麗だが、なんだか妙だ。
あの草の周囲には他の草が生えておらず、まるでスポットライトでも浴びるようにデンと植わっているし、そもそも一輪だけポッと咲いているのが何だか怪しい。
アレは疑似餌で、土の下に恐ろしいモンスターが隠れているのかも……。
「これは様子を見た方が……」
「クゥー」
「えっ!? あっ、ぺ、ペコリア待って!」
様子を見ようとしたのだが、今日のペコリア達の中に好奇心が強い子がいたようで、俺の制止も聞かずに花の方へと駆け寄って行く。
慌てて俺も追い掛けたが、あ、足が縺れっ、あっ。
「ぐあばばば!」
「くきゃー!」
思いっきり体が傾いで、ペコリアの方へと倒れ込む。
だが、ペコリアは間一髪で俺を避けてくれたようで、俺は手を伸ばしたまま地面に思いっきり顔面をぶつけて倒れてしまった。
「ぐ、ぐぐ……」
い……い゛だい゛……痛すぎる……。
それでも立ち上がらないワケにはいかない。なんせ、倒れたまんまだとペコリア達が心配してしまう。数秒の間をおいて、俺は手に力を籠めて起き上がろうと、地面を思いっきり押した。刹那。
――――ぐぢゅ。
そんな、熟した果実を握りつぶすような音が聞こえて……俺は反射的に起き上がり体を後退させた。
「うわぁっ!?」
何が起こったのかと前方を見やると、なんと俺達が今まで見ていたあの黄色い花が潰れて、周囲に黄色い液体が飛び散っているではないか。
ってことは俺……花を潰してしまったのか……う、うう、ごめんよ……。
不慮の事故だが、さすがに良心が疼いてしまう。
そういえば手がヒリヒリするが、もしかしてあの花の液がついてしまったのか。
恐る恐る手を開いてみようとする、と。
「…………あれ?」
黄色い液体塗れの左手が、全然動かない。
指の間を開いてみようとするのだが、ガチガチに固まってしまっていた。
……これ、もしかして……あの花の液体のせいか。性質は良く解らないけど、この液体に関しては接着剤みたいな効果があるのかもしれない。
だとしたら、このままだとヤバいな。何かもう既にコーティングされてるみたいにカピカピになって来てるし……。
こういう時って、とりあえずお湯に浸けた方がいいかな。水の曜術で水を出して、俺が作った【ウォーム】の術で温めればなんとか出来るけど……取れるだろうか。
ちょっと不安になりつつ考えていると、ペコリア達が急に騒ぎ出した。
「クゥーッ!! クウックゥウウ!」
「くきゃー!」
「きゃふー!」
「クゥウゥウ……」
「え、なになにどうしたの!?」
全員が集まって、すったもんだでおしくらまんじゅうしているペコリア達。
なんだか揉めているみたいだが、もしかして俺の事で言い争いを……!?
やだやめて、私の為に争わないで!
……というか、躓いた俺が完全に悪いので、喧嘩して欲しくないぞ。慌てて中に入ってペコリア達に「大丈夫だ」と言う事と、誰も悪くない事を優しく伝えると、花に近付いたペコリアがしょんぼりした様子で小さいお鼻を動かしながら、俺の横に体を寄せて来た。ああっ、怒られた後のこどもみたいで可愛い……っ。
「よしよし、大丈夫だからな」
「クゥウ……」
撫でてやりつつ、まずお湯を用意しようかとバッグの方へ体を捻ろうとする。が。
「クゥー!」
「クゥックゥクゥ!」
何やら張り切った声が周囲から聞こえたと思ったら、俺は急にペコリア達に囲まれて、あれよあれよと言う間に担ぎ上げられてしまった。
以前にもこうしてペコリア達が背中に乗せてくれたことがあったが、今は何故。
もしかしてブラック達の所に連れて行ってくれるつもりなのかな。そ、そんなっ。なんて頭が良くて可愛すぎるモンスターちゃん達なんだペコリアは!
「クゥ~!」
「連れて行ってくれるのか? じゃあよろしく頼むよ」
一匹だけ離れているペコリアに言うと、相手は先導役を任されたと言わんばかりにふわふわした胸部分を大きく逸らして、付いておいでと走り出した。
「おぉ……快適……!」
木々が適度に生えている平穏な森は、集団で走っても危険は無い。それどころか、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ中で、もふもふモコモコな特別シートに乗って移動するというのは、なんとも素晴らしい体験だ。
本当に俺のペコリアちゃん達は優しいなあと涙しつつ、森の奥へ奥へと入って行く彼らの進行方向を見やると。
「お……あれって……湖か?」
緑色の瑞々しい葉っぱを茂らせる木と赤や黄色に色づく木々を抜けた先に、かなり広い湖が見える。先は木々に隠れて見えないが、青く澄んでいてとても綺麗だ。
こんな場所を探り当てていたなんて、やっぱりモンスターの能力は凄いな。
ペコリア達にお礼を言って降り、湖の縁を覗き込んでみると――――なんと、遠くの深い所まで綺麗に見えるほど、水は透き通っているではないか。
一応、危険な感じは無いか手を浸してみるが、これといって変な感じはしない。
この水を少し拝借すれば、あとはお湯を沸かすだけで済むぞ。
「クゥ、ククゥ」
「え? 服? あっ……確かに汚れてんな……」
そういえば、左手の所々にあの液体が付着しているし……俺の一張羅のズボンにも、垂れた液体が付着している。
こんな状態をブラック達に見つかったら、絶対にからかわれちまうな。
「うーん……シャツの替えはあるけど、ズボンは一つしかないしな……」
冒険者用のズボンは結構なお値段がするので、実はこれしか持っていないのだ。
なので、コレが穿けないとなると非常にヤバいことになる。
……もういっそ、服まで洗ってしまおうかな。曜術で乾かせば、すぐ済むし。
しかし問題は……あの二人がここまで来てしまうんじゃないかって所だ。こんな所で水浴びをしているなんて、どう考えてもおかしいし……そこをツッコまれたら、先程あった事を話さざるを得なくなる。
一人で調査できると行った手前、ドジッて左手がくっつきましたなんて言えない。
男にはプライドを守らねばならない時も有るのだ。
「…………もうちょっと奥まで行けば、隠れて水浴び出来っかな」
「クゥー!」
呟くと、「水浴びしてる間は見張りをするよ!」と言わんばかりにそれぞれ小さく可愛い前足を挙げてくれる。
その様子が可愛すぎて思わず鼻血が噴き出しそうだったが、俺は何とか抑えると、十匹のペコリア達それぞれを撫でてお礼を言い、再び立ち上がった。
「あ、そうだ。どうせ水浴びするなら……師匠のアレ、やってみようかな……」
アレ、とは、アレだ。
森の中で全裸になって自然を感じるとか言うアレだ。
何の意味も無く全裸になるのは恥ずかしいけど、水浴びするという大前提が有れば何とかやり切れるかもしれない。
「よし……とりあえず、隠れられる木陰のところに行こう」
「クゥー!」
湖の先の方に行けば、木々が生い茂っている場所がある。
俺達は周囲を窺いながら移動して、湖ぎりぎりまで枝が張っている木々のちょうど隙間に隠れた。うまい具合に枝が重なって目隠しになってくれてるな。
ここでなら服を脱いでも大丈夫そう。
「よし、じゃあ……申し訳ないけど、見張りをよろしく頼むよ」
「クゥー!」
任せとけと十匹で一斉に胸の部分をモフッと叩いて見せると、ペコリア達は担当の方向へと散って行く。その頼もしさに可愛すぎて涙が出そうだったが、俺は先に服を洗ってしまおうと思い、ベルトを緩めた。
しかし、水浴びは良いけど……どこにモンスターが居るか判らないし、左手のコレの除去もさっさと済ませてしまわないとな。
まあ、本当は俺が気を付けていればこんな事しなくて良かったんだが。
「はぁ……ほんと俺ってば締まらないというかなんというか……」
そう吐き出しつつズボンを下ろして……何故か急に昨晩の事を思い出してしまい、恥ずかしいやら情けないやらで俺は顔を歪めてしまった。
……だって、その……き、昨日はちょっと色々あったというか……あんな場所で、あ、あんな事をした自分は何を考えてるんだって言うか……。
「…………」
でも、それよりも――――
ブラックの記憶を正面から受け止めて上書きしてやる事すら出来ない自分が、凄く甲斐性が無いように思えて……それがただただ、悔しかった。
「こんなんじゃ、いつまで経っても話して貰えないよな……過去のこと」
今の自分は……修行も中途半端でドジばっかりやって貧弱な自分では、ブラックを本当の意味で安心させてやることは出来ない。
たとえ昨日ブラックを救えたのだとしても、それは「その時だけ」の事だろう。
アイツが何か大変な目に遭って来たってのは、いやでも解る。
だからこそ……修行して、ちゃんとしようって思ってたのにな。
「……イカンイカン、そんなこと考えてるより先にやることがあるだろ俺」
頭を振って、俺はズボンと一緒に下着を勢いよく脱ぎ捨てる。
とりあえず今は、洗濯と修行だ。こっそり修行して地道にスキル上げをするのだ。モンスターがいないというのなら、この時間を使い鍛錬に励もうではないか。
そうして二人を驚かせてやれば、ちょっとは頼もしく思って貰えるかも。
「ま、なんにせよやらなきゃ始まらないしな」
……結局、強くなることでしかブラックの事を守ってやれないんだ。
アイツを後方から支援できる立派な後衛になるためにも、頑張らないと。
「よし……とりあえず……先に洗濯だな!」
とはいえやっぱりバカにされるのは悔しいので、まず失敗を証拠隠滅だ。
我ながらセコさに呆れるが、それでもやってしまうのが男のサガなのである。
それだけブラック達に自分を格好良く見せたいと思っている事を顧みると、何だかむず痒いような薄ら寒いような感覚を覚えないでも無かったが、それも思わなかった事にして、俺は石鹸を取り出し洗濯を始めた。
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