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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
怪しいモノには近付くな2
しおりを挟むこれは、えーっと……。
簡潔で分かり易いぶん、俺にも「なんかヤバそうだな」って感じがイヤと言うほど伝わってくるんだが、コレ本当に受けていいの。コレ受けて大丈夫なの。
どう考えても胡散臭さ大爆発のアカン依頼じゃないかとツッコミを入れたかったが、しかし俺には受付嬢の美少女ちゃんに突っかかる事など出来ない。
そもそもコレ誰の依頼なんだよ。署名もなにも書いてないんだけども。
「コレは誰からの依頼だ?」
俺の疑問を読み取ったように、俺の背後で椅子の背凭れに手を置いていたクロウが問いかける。そうだよ、ソコも知りたいんだ俺は。
しかし彼女は答えてくれるんだろうか……。チラリと相手を見やると、その質問は想定の範囲内だったのか、受付嬢ちゃんはニッコリと笑いながら説明してくれた。
「この依頼は、ギルド長からの極秘依頼です」
「ギルド長ぉ? 署名も捺印も無いのに指名依頼とか規定違反になるんじゃないの」
受付嬢ちゃんの言葉の何におかしいと思ったのか解らないが、ブラックは物凄く疑ってますとでも言いたげな声で睨むように目を細める。
俺にはチンプンカンプンだが、要するに署名も無いのに信じられるかって事か。
まあ確かにソコはどんな約束でも一緒だよな。
ブラックが心配するほどの事だと思うと俺も不安になって来て、受付嬢ちゃんの顔を恐る恐る見やると、相手は心配ご無用とばかりに微笑んだ。
「ご安心ください。この【ギオンバッハ】のギルド長は私なので」
そう言って、受付嬢ちゃんはカウンターの上に何だか黄金のカードのようなものを――――って、え?
い、今ギルド長って言った?
ということは、マジでこの受付嬢ちゃんが……いや、この世界だとメス……ってか普通の女の子でも、俺より腕力が強い場合があるんだっけ……。ということは、彼女が本当にギルド長でもなんの不思議もないのか。
ブラックも俺と同じように疑いつつカードを見やるが、黄金に輝いた板に刻まれている情報は本物だったのか、嫌そうな顔をしながらもカウンターにカードを戻した。
「信用して頂けましたか?」
「ギルド長がこんな場所で油売ってること自体噴飯ものなんだけどね」
「あら、この街は冒険者の方々が優秀なので本部報告も少なくて済むだけですよぉ」
「ケッ……どうだか」
そっぽを向くブラックに、受付嬢ちゃん……もといギルド長さんは微笑む。
「うふふ、まあでも、この依頼の内容は本当ですよ? この文面の通り、失敗成功に関わらず、支払う物はお支払いいたします」
「失敗してるのに? モンスターの噂がある森に強い冒険者を派遣しておいて、その悠長さはどうにも解せないんだが」
ブラックの訝しげな言葉にも、ギルド長さんは怯まない。
綺麗で可愛い笑みを浮かべたまま「困ったものですね」と言いたげに両掌を空へ向けて軽く肩を竦めた。
「このギオンバッハは国境の山のすぐ近くの街ですから、モンスターの噂は絶えないのが当然ですし、そもそも辺境と言う場所は屈強な領主やお抱えの冒険者がいるのが普通でしょう? となると依頼は尽きませんし、冒険者の方は何人いてもありがたいのですよ。ですが……ここは見ての通り観光地でもありますので……」
「腕に覚えがなくとも、危険な依頼を受けようとする粗忽者が現れる、と」
クロウの言葉に「ご名答」と彼女は満面の笑みを見せる。
はい可愛い。
「そんなわけで、本当に人を選ぶ依頼は、街に入る時点で既に人選を終えているのです。お分かりいただけたでしょうか」
「ならメダルを預ける意味は? ソレは冒険者の身の証みたいなものだろう。ギルドに預けたら僕達は街に帰って来る事すら出来ないんじゃないのか」
その問いに、ギルド長さんは銀色の板を三つ取り出した。
これは……さっきの身分証と同じような大きさの板だけど、刻まれてる文字は身分を証明するものじゃなくて「一等通行許可証」というものだな。
「これは、この街が特別に発行している通行許可証です。こちらがあれば、第三層の特別地区までの通行が許可されます。それに、店で提示すればこの街での飲食や宿泊代は支払う必要も有りません。ギルドで持ちます。つまり、お貴族様とは言いませんが、それより少し劣る程度には優遇されるという事です」
「えっ、す、すごい」
思わず口に出してしまう俺に、ギルド長さんは微笑んでくれる。
ウッ、い、いけませんそんな笑顔っ。変な所が反応してしまうっ。
「そう、凄いんですよ。しかも使用期限は有りません。……まあ、とはいえ、依頼を一度は受けて頂かなければならないですし、この街を出る時には返却して頂きますので……そのお約束の効力を強化するために、メダルを預けてもらう事になりますが」
なるほど、まあそれだけ優遇されるカードなら、身分証明のメダルを預かって担保にするってのはおかしくないな。中には持ち逃げする人もいるんだろうし。
冒険者っつっても、良い人ばっかりじゃないだろうからなぁ……。
「メダルを、ねえ」
「まあ……そもそも冒険者の方はギルドの方で情報を保管しているので、紛失してもこちらで再発行できる程度のものでしょう? 規定違反で罰則はありますが、罰金を払うなら今回の依頼の報酬でおつりがくるはずです。……悪い話ではありませんよ」
「そういう“都合が良過ぎる”ところが怪しいっつってんだけどねえ……」
「ブラック、まあ良いではないか。大虎川に入り魚を得るという古語も有る。楽しみは、あえて飛び込む事で得られる事もあろう」
さすが筋肉インテリのクロウ。熊の獣人なのにめっちゃ諺っぽいこと言う……。
でもそうだよな、そもそもこの二人は危険に飛び込みたくて依頼を受けに来たんだから、どれほど怪しくても受けるしか結論は無いワケで……。
「……ま、それもそうだな」
「受けて下さいます?」
「冒険者のメダルを預ければいいんだろ。で、どこの森を調べてこいってんだ」
三人でそれぞれメダルを差し出すと、ギルド長さんは笑顔でそれぞれを見回して、なるほどと言わんばかりに頷いていた。ニセモノかどうか確かめたのかな。
まあ、どうしても信用出来なくてニセモノを渡す人もいるだろうしな。
銀のカードをブラック達と一緒に受け取りながら勝手に納得している俺を余所に、ギルド長さんは説明し始めた。
――――彼女曰く、ギオンバッハ大叫釜周辺の森とは、この大河が行きつく先……つまり【国境の山脈】のすぐ麓にあって、まるで山にくっついているように広がった森の事らしい。詳しくは知らないが、この街の由来である【ギオンバッハ大叫釜】も、その山脈と接する場所に存在するようで、この“凄い”らしい大叫釜とやらを見るために、日々観光客が押し寄せて来るのだそうな。
…………まあ、それはともかくとして。
それで、その周辺とは言うがどこの森だよって話だが、目的地は俺達が歩いて来た方の川岸……つまり、山脈を真正面に見て右側の岸を山脈に歩いて行くと、大叫釜のすぐ隣にその森が見えてくるらしい。そこがギルド長さんが言う、頻繁にモンスターの目撃情報があがる怪しげな森なんだそうな。
ううむ、そこにモンスターが出るなら、観光してる場合じゃないのでは。
そう思った俺だったが、その疑問には意外にもブラックが答えてくれた。どうも、件の場所は基本的に「川岸から見る場所ではない」そうなのだ。
大叫釜はこの街からも見えるそうなんだけど、近付いて観光する場合は、山脈から降りて来るかも知れないモンスターが怖いから川岸からは行かないんだって。
だから調査範囲の森には人気が無く、モンスターの噂があるらしくて……。
…………んん~……? じゃあどうやって近付いて観光するんだ?
ブラックやギルド長さんの話では、大叫釜近辺の両岸とも「国境の近くだから」と人が近寄らないってことなので、片方の岸だけ危ないという話でも無いんだよな。
んで、その大叫釜の隣にある森にモンスターが出るんではって噂があるんだから、余計に冒険者しか行かない……。とすると、観光客はマジでどうやって大叫釜とやらを間近で見るんだろう。謎だ。謎過ぎる。
まさか、ドローンで撮影したのを街で上映会とか……んなワケないか。
思わず頭から知恵熱の湯気が出そうだったが、俺が面倒臭い情報を処理している間に話は進んでしまったらしく、いつのまにか俺達はギルドからオサラバしていた。
ま、またよく解らない内に話が終わっちまった……自分の頭の悪さが憎い。
つーかこの感じだと、やっぱりアレだよな。
「結局、依頼受けちゃったのか……」
ゲッソリしながら言うと、ブラックとクロウはどこかワクワクしたような表情で、俺の顔を覗き込む。なんだなんだお前らニヤつきやがって。
お前らのせいで明日から地獄の冒険者モードじゃねーかと睨むと、ブラックはニヤニヤした笑みを隠さずに俺の前に出て来た。
なんか日が暮れて来たせいで、ブラックの顔がちょっと見づらい。
「まあまあ。どっちにしろこれで宿代の心配は無くなったからいいじゃない。ねぇ、それよりさツカサ君、今から僕とお散歩しようよ」
「え? い、今から? 日ぃ暮れるんだけど……」
見渡した周囲の家々は明かりを灯しているが、既に店を閉めている所も有り、その寂しさも相まってか、秋の肌寒いそよ風がなんだか肌に悪い。
今日はさっさとメシ食って風呂入って寝るかぁ、なんて思っていたのだが、まさか急に散歩しようと言われるなんて思っていなかった。
どういう風の吹き回しだろうと思っていると、急にクロウが親指を立てて見せた。
「ではオレは宿に戻ってるぞ。存分に楽しんで来い」
「えっ?」
思わずクロウの顔を見た俺の視界の端で、ブラックがニヤついたまま、同じようにグッと親指を立て返す。
「おう、美味い酒は任せておけ」
「ムゥ……酒、楽しみだ……。ではツカサ、遅くなっても部屋の窓は開けておくからな。ブラックと一緒に帰ってくるんだぞ」
「えっ……ええっ?! お、おいちょっと待……っ、く、クロウ!?」
窓を開けておくからってどういうこと。そんなに夜遅くまで俺達散歩するの。
つーか酒ってなに。酒を買ってくるお散歩なの。頼むから説明して。
そんな思いで手を伸ばしたが、クロウは俺に背中を見せて行ってしまった。
「…………ぶ、ブラック、酒ってなに……」
何だか変な感じだと振り返ると、相手は相変わらずの表情で目を細める。
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ふたりっきり。
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「…………っ!」
「あはっ、ツカサ君顔真っ赤。薄暗いのにすぐ分かっちゃうね」
「なっ、お、お前っ、お前なあっ!」
こんな時になに考えてんだ。俺達は調査しないといけないんだぞ。
それに、さっき受けちゃった依頼の事も有るんだぞ。それなのに、ふ、二人っきりで、その、こんな久しぶりの……じゃなくて! あのっ、す、するにしても、こんなあからさまにっ。
「えへ……デート……久しぶりだねっ」
「う、うぅ……」
そう言われて、ぴったりと横にひっつかれる。
半袖のままで肌寒い俺の腕に、ブラックのマントが触れて少し暖かくなる。
だけどそれが本当にマントに触れた温かさなのか、それとも俺のカッカする頬から流れ込んだ熱なのか判別がつかない。
自分でもこんな過剰反応する方がおかしいって解ってるんだけど、でも、ブラックが「デート」と言った事を意識しちまうと、どうしても顔やら内臓やらの熱が上がるのを止められなかった。
そんな俺に、ブラックは更に笑って。
「まあ、街を見て回る目的も有るけどさ。……でも、たまには僕だって可愛い婚約者と二人っきりで洒落た街をデートしたっていいでしょ。……ね?」
「だ、だからそういうこと言うからお前……」
「本当だからしょうがないしょうがない。さ、行こっ、ツカサ君」
「うあっ」
薄暗い石畳を仄明るい明かりが照らす中で、ぎゅっと手を握られる。
思わずビクついてしまったが、そうやって意識している間に、ブラックの無骨ででっかい指が有無を言わさず俺の指の間に割り込んできて、拘束されてしまった。
「僕がいいとこに連れて行ってあげる。……デート、楽しもうね」
「…………」
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だけど、ブラックと俺だけが……その単語を「好きな人と連れ立って歩く」という意味だと、そんな意味も存在する単語なのだと知っている。
恋人同士で、こんな風に散策する事を含む意味なのだと……。
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ブラックの嬉しそうな顔を見ていると、自分の胸の奥に激昂した熱以上の温かさを感じてしまうと、ドキドキしてブラックの顔も見られなくなる。
なにより……こうして意識してしまっている自分が、もうなんだか恥ずかしくて。
こうなってしまうと、もう、重傷だ。
重傷過ぎて、しっかり結ばれているこの手を振り解けそうになかった。
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