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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編
2.怪しいモノには近付くな1
しおりを挟む河川都市【ギオンバッハ】は、ベランデルン公国西端の地域を両断する大河の上に作られた水上都市で、巨大な橋の上に鎮座している。
そう。川の両岸を結ぶ巨大な木製の橋の上に、だ。
この街はそんな橋の真ん中に作られており、向こう側の岸に行くには、必ず片方の橋から【ギオンバッハ】に入らないといけない造りになっていた。
それだけでも結構特殊な街なのだが、街の外観も中々に珍しい。
見た目は三段ケーキみたいに城壁が積み上げられている、ちょっとした城壁都市といった感じの円形の街だが、その都市を支えるのは、川にしっかりと根ざした無数のぶっとい柱だ。この都市は、地面に接する部分がないのである。
【ギオンバッハ】は、そう言う意味でも完全に大地から隔離されていた。
こんな街、そうそう見ない……っていうか普通はこんなことしないよな。
ここまでくれば「低空で浮いてる程度だが、もうこれは空中都市と言ってもいいのでは?」なんてアホみたいな事を考えてしまうが、間近で都市を支える支柱の群れをみると、あまりにも力技過ぎて何とも言えなくなってしまう。
何故にそこまでして大河の中央に都市を造ったのだろうか。そもそも、こんな風にぶっとい支柱を打ち込めるんなら、別の手段でもっと安全そうな場所に街を作っても良かったのでは。そんな疑問で頭の中がいっぱいになってしまうが、それでもこの【ギオンバッハ】の街に暮らす人達は、これが当然なのだとでも言うように、他の街の人々と同じ素振りで石畳の地面を歩いていた。
「うーん、相変わらず外と中が釣り合わない街だなぁ」
そんな失礼な事を言いながら、目だけで周囲を見回したブラックがなんとも面白くなさそうな顔で眉を上に動かす。
――俺達は今、【ギオンバッハ】の門から入った“第一層地区”という場所を歩いているのだが、そこまで言うほどだろうかと俺も周囲をキョロキョロと見回した。
……まあ、確かに……パッと見はちょっと閉塞感があるよな。
高く強固な灰色の街壁に囲まれた街は、三段ケーキのような形であるという特徴も相まってか、上の層より広いはずの第一層は左右が高い壁に囲まれていて、どうにも狭苦しい感じがする。実際は結構広いんだけど、空を見上げると壁で切り取られてるみたいに見えたから、今まで広大な風景を旅して来た俺達には窮屈な空間に思えるのかも知れない。
それに、建物も切り分けられたケーキのように区画別にキッチリ分かれているので、面白みがないと言われるとそうとも言えた。何もかもがキッチリ分けられ過ぎてるんだよな。
外から見ると綺麗な街に思えるけど、中はひたすらキッチリ真面目な感じだもんなぁ……そらまあ、ブラックが「釣り合わない」と言うのも仕方がないのかも。
でも、区画が決まってるとはいっても、色んな店が有って華やかで栄えているのには変わりないし、まだ一周回って見ても居ないんだから、俺としてはもうちょい見てから決めたいところなんだけどなぁ。
「釣り合わないっつっても、一周ぐるっと回って見なきゃわかんないじゃん」
「第二層や第三層もあるしな」
そうそう、クロウの言う通りだ。
つーか俺達は初めて【ギオンバッハ】に来たんだから、どうせなら名所とかの案内をして欲しいんだけどな。そう思いブラックに目を細めると、相手は肩を竦めた。
「はー……仕方ないなぁ。第三層はお貴族様の領地だから僕達は入れないけど、後で第二層も案内するから先に宿屋に行こう」
「オイオイ恩着せがましーな」
「えー? 案内役がいた方が楽しめると思うんだけどいらない? ふぅーん、そっかそっか、折角僕がツカサ君にイイモノ見せてあげようと思ったんだけど」
「あーごめんなさいごめんなさい! 俺が悪ぅございましたっ、案内して下さい!」
慌てて謝ると、ブラックはニンマリと笑って勝ち誇ったように片眉を上げた。
ぐぅ……ち、ちくしょう……こっちが初心者だからってマウントとりやがって。
でもブラックが旅慣れているというのは本当だし、確かにこの街にも来た事があるんだろうから、そんな奴からの情報は見過ごせないだろう。
なんか怪しい気もするが、ともかく今は宿を探すのが先だ。
俺達は、三人連れだって人がひっきりなしに行き交う大通りを進み、宿が集まっているという“宿泊区域”に向かう事にした。
この区域は門から近い場所にあり、移動も容易だ。まあ旅人向けの店がほとんどの場所だというので、恐らく飯屋とか酒場も有るんだろうな。一般人からすると、俺達冒険者ってのは荒くれ者なイメージみたいだし、それもあって冒険者が行きたがる所は一か所に収められているのかも知れない。
こう言うのもアレかな、区画整理とかいうヤツで出来たのかな。
ニュースや大人の世間話なんぞでたまに出る言葉だが、俺的にはイマイチよく解らない。まあ、必要な店が近くにあるってのは良い事だよな。うむ。
そう思いつつ、俺達は門番の警備兵にオススメして貰った宿屋にチェックインして荷物を下ろした。
――――この宿は個室に“風呂トイレ付き”なので、他の宿よりもかなりグレードが高かったのだが、俺は野宿続きの旅でいい加減風呂に入りたかったので、どうしても洗濯やら洗髪やらがゆっくり出来る宿に泊まりたかったのだ。
これを言うとブラック達は呆れるのだが、俺は日本人なのだから仕方がない。
多少汚いのにも慣れてるし、この世界じゃあんまり風呂にも入らないってのは充分に理解しているけど、でもどうせなら風呂入りたいじゃん。
その……い、一緒の部屋とかに泊まると、どうしても距離を詰められるし……自分が汗臭い状態でそういう事されるのって恥ずかしいから、せめてイタイとこを突かれないように体だけは洗っておきたいというか……。
…………ご、ゴホン。それはともかく。
ここには厩もあるというので、後で停車場に一時預けている藍鉄を連れて来よう。おうちに帰す前に体を綺麗にしてやるんだ。
というわけで、俺達は荷物を置いて再び街へ出て来たのだが。
「……案外高かったな、あの宿……」
「まあ、この街って観光地みたいなモンだから……そりゃ宿も高いだろうね」
「ムゥ……さては、あの兵士謀ったのか?」
訝しげに眉間に皺を寄せるクロウに、そこまで疑わなくともと俺は窘めた。
「いやー、観光地ってんなら、そういうワケじゃないと思うぞ? なんか、そういう場所は基本的に高いって話はよく聞くし……料金とか気にしてなかったのかも」
「ツカサ君、そうじゃなくて……あの兵士が宿屋を斡旋して、小遣い稼ぎしてるんじゃないかって熊公は怒ってるんだと思うよ」
「え? 小遣い稼ぎ?」
なんじゃそりゃと顔を歪めると、オッサン二人は溜息を吐く。
なんだこらケンカ売ってんのか。
今度は俺が不機嫌になりつつブラックから聞いたハナシでは、どうやらあの兵士は「特定の宿から金を貰って、その宿を『いい宿だよ』と紹介する小遣い稼ぎ」をしているのではないかという事らしかった。
……つまり、宿に雇われている宣伝係だったってこと?
善意で教えてくれたんじゃなくて、最初から自分のお小遣いのために、特定の宿に泊まらせようと考えていたってことで、別に「本当にオススメしたいお宿」を教えてくれたんじゃなかった……ってことか……。
だとしたら、人を騙しているようで確かに不機嫌にならざるを得ない話だったが、けれども実際兵士の紹介と伝えて過不足ない部屋に泊まれたわけだし、価格は観光地ならではだと考えれば誰も損していないような気もするし……。
「ツカサ君はホントにチョロいなぁ……。風呂付きの値段にしても、その強みに胡坐をかいて他の宿より高く値段を見積もってる可能性もなくはないんだよ?」
「そうだな。厨房から漏れてくる食事の匂いもマズそうだったしな」
「あ、クロウはそれで不機嫌に……」
確かに、嫌な所が一つあればそりゃあ誇大広告と言えるかもしれない。
とはいえ……ちょっとお高めな宿らしくベッドは良いフカフカ具合だったし、部屋の窓だってガラス付きの開閉可能な窓だったしで、俺としては満足なんだがな。
アコギな宿っつっても、そんな宿はピンからキリまでの全グレードの宿で存在するワケだしな。ベッドと風呂の事を考えれば充分だと思うけど……。
まあしかし、確かに懐に痛い価格だったというのは確かだが。
「……うーん……まあ、どっちにしろ、連泊を考えるとかなりの出費なんだよなぁ。他の宿を探すにしても、空きが無かったらあの宿に泊まるしかないんだし……。こうなったら、調査が終わるまでお金稼がなきゃいけないかも……。あのほら、門番の人が言ってたみたいに、冒険者ギルドで依頼とか受けてさ」
「そうだねえ……ソレもあの門番に見透かされたみたいで悔しいんだけど」
公衆の面前だというのに、年甲斐も無く頬を膨らませるブラック。
思わずこっちが恥ずかしくなってしまったが、相手の言う事も尤もだ。
というのも、実は俺達は「良い宿」を紹介された後に、冒険者のメダルを確認していた例の斡旋屋な門番から、ギルドに顔を出すようにお願いされていたのである。
その時の台詞は、こうだ。
――――君達は、やっぱり冒険者なのか! いやぁ、私はそうだと思っていたよ。強そうだもんなぁ、うん。……ああそうだ、そんな『強い』君達に、折り入って頼みがあるんだが……是非ギルドに依頼を受けに行ってくれないかな。……最近この街の周辺ではモンスターの噂が絶えなくてさあ。他の人達にもお願いしてるんだけど……ああ、でも、別に難しい依頼じゃないと思うよ。色んな冒険者が気楽に依頼を受けているし……。それに凄く金払いも良いんだ、この街の依頼は!
――――ね、だからさ、君達もぜひ参加してくれよ。一番右端の受付嬢に、門番に紹介されましたって言えば、特別にいつでも依頼を発行して貰えるからさ。ねっ。
「………………今考えると、ものすごく胡散臭いな」
歩きつつ思わず呟いてしまうと、さもありなんと両脇のオッサンが頷く。
いや、うん……なんかこう……作業は難しくない、ぜひ参加してくれ、君達だけの特別オファーなんだ……と、凄く強く言われてしまうと、妙にサギっぽい感じがしてしまうんだよな。
こういう切り口の話って、だいたいがお金を搾り取られる詐欺だから気を付けろって学校とかで教わったり、マンションの管理人さんとかにそういう注意喚起のチラシを貰ったりしたし……。
じゃあやっぱり信用しない方が良いのかなぁ……と、腕を組んで悩んでしまう俺に、クロウが意外な事を言って来た。
「だが、冒険者ギルドで依頼を受けるのなら、聞いてみるだけでもいいのでは」
珍しく積極的な事を言う相手にブラックと一緒に驚くと、クロウは少しばかり熊の耳を動かしながら、わずかに目を輝かせて力説して来た。
「怪しい話というのなら、大概その先には悪人が待っているか、異様なモンスターを宛がわれるものと相場は決まっているだろう。ならば、あえて罠に飛び込んで暴れてしまっても誰も文句は言うまい。こちらは依頼を受けただけ……で済む」
そう言いながらフンフンと鼻息荒く興奮しているクロウ。
これは多分……獣人、というか、わりと拳を使いたがるクロウの血が騒いでいるんだろうな……クロウって案外腕力にモノを言わせるタイプだしな……。
だが、そういう事ならブラックは面倒臭いと嫌がるのではないだろうか。
ブラックの方は別にバトル好きってワケでもないし、それなら酒を飲んでぐだぐだしていたいって思うようなタイプだもんな。流石にクロウに乗る事はないハズ……。
そう思ってブラックの顔を見上げたのだが。
「ああ、そっか。つまり合法的に暴れられる……」
「ちょ……ブラック?」
「ずっと街道を進んでいたせいでモンスターとの遭遇も無かったし、腕が鈍っていたところだ。ここいらで依頼を受けて少し鍛錬を積むのも悪くないと思うぞ」
「同感。襲ってくるヤツなら別に叩き斬っても文句は言われないしね……最近色々と溜まってたから、発散できるいい機会になりそ」
「お、おい二人とも、おいっ」
ヤバい。これはヤバいぞ。二人で勝手に話を進めてやがる。
オッサン二人が欲求不満でどうのと話していること自体もそこそこヤバいが、二人は積極的に詐欺っぽい話に頭を突っ込もうとしているのだ。
これを止めなくてどうする。てかマジで被害を被ったらどうすんだよ。
俺はやる気になったらしい二人の前に慌てて踏み出して、なんとか諦めさせようと両手を広げて二人の前に立ちはだかった。
「二人とも待てってば! 暴れられるからって喜んでホイホイと罠に飛び込んでいくヤツがあるかっ! ヤバそうってんなら別の依頼にすりゃ良いじゃん、モンスターの討伐でも充分暴れられるだろ!?」
必死に説得しようとするが、そんな俺を見て長身のオッサン二人なニヤリと笑い。
「んもぉ、ツカサ君たら怖がりだなぁ……。大丈夫、僕が守ってあげるからっ」
「そうだぞツカサ。大船に乗ったつもりでいろ。さあ、ギルドに行こう」
そう言った瞬間、二人は同時に大股で一歩踏み出して、俺の腕を左右からそれぞれ掴むと――――俺の意思など関係なく、引きずるようにしてずんずん歩き出した。
おっ、おい、おいおい待てっ、待てってば!
「無理矢理ひきずって行くなぁあああ! 街を案内してくれるんじゃなかったのかよお前ぇえええ! つーか停車場、藍鉄のとこに今から行くんだけど!?」
「まあまあ、それは後からやったげるから」
「善は急げだツカサ」
なあああにが善は急げだ、今の段階じゃ善であるかもわからないだろおおお。
つーか離せ、頼むから離してくれ。こんな人がいっぱいの大通りでだだっこのガキみたいに引き摺られて移動するのは嫌だ嫌過ぎる。
二人がデカくて足が長いせいで、立ち上がろうと思ってもすぐに引き摺られて中々足を踏ん張る事が出来ない。くそう、これだからイケメンは嫌いなんだ。
頼むから普通に歩かせてくれよと涙目になってしまったが……とうとう俺は抵抗も出来ずに、ギオンバッハの冒険者ギルドに到着してしまった。
……ああ、この街のギルドは鈍色の石積みで出来たギルドで、洋ゲーに出てきそうな雰囲気があるな……傭兵の紹介所っぽい硬派な感じだ……。
まあでも、中に入ると酒場とギルドが一つのフロアに一緒に入っていて、ここは他のギルドと全然変わらないんだけどな……人もいっぱいだな……はぁ。
「さあ、日が暮れる前に話だけでも聞いちゃおう」
「うむ」
「あぁああ……」
もうこうなったらオッサン達は止まらない。
俺も両腕を引っ張られてマグロ状態でズルズルと移動させられながら、受付ごとに区切られたカウンターの一番端……壁際の受付に連れて来られてしまった。
ああ、結局聞くのか。聞かなきゃ行けないのか。
これが罠だったらどうするんだよとゲッソリしてしまったが、ブラックはワクワクした顔を隠しもせずに俺と一緒に椅子に座り、クロウも背後で受付を見やった。
「あはは、こんにちは。今日はご依頼をお探しですかぁ?」
そう言って笑いかけて来る相手は、俺達の行動に嫌な顔一つもせずに丁寧に挨拶をしてくれる。相手からすれば、俺達こそが胡散臭いだろうに、と受付の人を見て……俺は思わず唾を飲み込んでしまった。
だって、そこには……ふんわりした笑顔で笑う、美少女がいたのだからっ。
「っ……!!」
思わず、鼻の奥が熱くなるのを抑えて喉を締める。
それほど興奮しているのかと自分で自分がおかしくなるが、それも仕方がない事であろう。何故なら、カウンターと言うたった数十センチのテーブルの向こう側に……こんなに近い距離に、美少女が座っているんだぞ。
首の辺りまでのショートカットで、毛先が軽く内側にくるっと回っている、その花のようなふんわりした笑顔にぴったりな栗色の髪型。瞳は輝く緑の宝石で、少女漫画から出てきたのではないかと思うほど可憐で線の細い清らかな女の子だ。
えっちなお姉さまも大好きな俺だが、やっぱりこう言う子は別格だ。
年が近そうなことも有ってか、余計に俺はどぎまぎしてしまっていた。
……だが、そんな俺をブラックは軽蔑してそうな半目で見やり、ごく普通な態度で受付嬢の女の子に話し掛けやがる。
おま……お前本当にさあ、なんでこんな超美少女にさあ!
「僕達、門番の紹介で来たんだけど……いい依頼があるって本当?」
そう言うと、彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに微笑んで頷く。
だが「お静かに」と言わんばかりに目くばせすると、軽く周囲を窺った。いかにも「今から極秘の話をします」って感じだが、何をするつもりなのだろうか。
彼女の愛らしい一挙手一投足を凝視しながらも待っていると、相手はカウンターの下の方から、一枚の紙を取り出した。
「実は……門番の人に事前に“特別に強そうな方々”を選んで貰い、貴方がたのような冒険者様だけにお願いしているご依頼があるのですが……」
「それがコレ?」
「はい。なにぶん、少々事情があるもので……あまり人に知られないように、動いて頂きたいのですが……」
ブラックがその紙をこちらに近付けるので、俺とクロウも一緒に内容を見やる。
するとそこには、なんだか妙な事が書かれていた。
『特殊依頼
ギオンバッハ大叫釜周辺の森の調査
モンスター討伐、原因解明、または調査したうえでの依頼失敗
全ての場合において、依頼を受けた冒険者に金貨二枚を支払う事とする。
なお、この依頼は冒険者の命の保証はない
同意できる場合のみ、メダルを預けよ』
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