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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
22.それ修行にカウントして良いんですかね
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よくよく考えたら、俺はこの旅の途中で勉強をしたり修行をしたりして、とにかく二つの世界で上手くやるために色々と頑張るつもりだったのだ。
ところが、ふたを開けてみればどうだろう。
昼は移動と料理で忙しいし、夜はオッサンどもに強引に同衾させられて、勉強する暇がない。それどころか、昨日おとといは遂に我慢のゲージが振り切れたブラックとクロウに良いようにされてしまった。二日連続でご無体だ。
……というワケで、つまるところ俺は勉強してない。何もしてないのだ。
ブラック達にブチギレしたい気持ちはあったし、現に今ブチギレてあの二人に旅に必要な物品を買いに行かせているが、それよりも俺は、まったくもって自分の現状が不甲斐なかった。……だって、やらなきゃいけないこと全然出来てないし……。
まあそもそも、勉強っつったって俺一人じゃ怪しいんだけど、でもやってから解らんと思うのと、やってないのに解らんはだいぶ差があるだろう。
というか今のままでアッチに帰ったら、確実に尾井川に勉強してないのがバレる。
バレたら何をされるかわからん。最悪の場合関節技を決められるかも知れん。柔道茶帯の実力者であるアイツに絡まれたら俺は確実に死ぬ。いやだ死にとうない。
つーか、せっかく師匠にも教科書……というかもうほぼ虎の巻状態の技術書的な本を貰ったのに、まったく手を付けられていない。
立派な薬師になると師匠に誓ったのに、これでは顔向けできないじゃないか。
カーデ師匠にも精進せよとのお言葉を頂いた末が、この体たらく……。
ぐぬぬ……それもこれもあのオッサンどもが調子に乗りやがるからだ。
決して俺が悪いんじゃない。俺が勉強するのを忘れていたせいじゃないぞ。
コレは訴えれば勝つヤツなんだからな。俺が勝訴なんだからな!
「…………まあ結局、ビシッと言えない俺のザコさが原因なんだけども……」
はぁ。だから修行しなきゃいけないんだよな……はぁ。
ベッドに寝転がってトドかアザラシのようにゴロゴロする俺は、そのままの体勢で腰に下げていたバッグを持って来て中を探る。
そこから小さな金属製のシガーケースのような物を取り出して、俺はそのケースの中から大粒の豆に似た物を取り出した。これは【スクナビナッツ】というものだ。
この道具……いや【曜具】は、ラーミンというラクシズの街で商人をやっている人からお礼に貰った物だ。豆に例えたが、実際は金属のカプセルのようなものなので、ちょっとSF感がないでもない。でも、この【スクナビナッツ】は見た目が格好いいだけじゃないぞ。
実は、これって簡易のインベントリみたいなモンなんだよな。チートもので言う所の【有限ストレージ】というか、容量の小さい【魔法の荷物袋】というか……まあ、色々と制限が存在するのだが、それでも俺達の旅には欠かせない道具なのだ。
その一つに自分の“気”をこめて床に投げると、ボウンと音がして木箱が出てくる。
本来ならば「一種類のもの」しか入れられない制限がある【スクナビナッツ】なのだが、ズル技で大きな木箱に物を詰め込んでソレをクリアしてるんだ。
「よいしょっと……」
気怠い体をずるずると這わせてベッドのそばに出現した木箱の蓋をあけ、その中にある重厚な革表紙の本を取り出す。
持ち歩くにはだいぶ重い本なので、こうして収納していたのだが……この手間が、俺に勉強をさせないようにしている気もする。やっぱりもう冷えても良いから、油紙か何かで包んで【リオート・リング】の中に入れておいた方が良いんだろうか。
取り出すのが億劫だと余計に勉強から遠ざかっちゃうよな……。
ブラック達を牽制するためにも、毎日ちょこちょこ練習しなきゃ。俺は今度こそ、あの性欲の塊みたいなオッサン達を自分の力で撃退してやるんだ。
あいつらが帰って来ない内に少し読んでおこうと思い、本の1ページ目を開く。
と、そこには師匠が後で描き加えたのだろう、比較的真新しい色の文字がつらつらと並んでいた。その言葉を読んで、俺は溜息を吐く。
――――薬師とは、常に他人を思いやり、命を慈しみ、この世に生きる人と自然の生命を可能な限り探求する者である。常に「命あらんことを」と祈る清き人であれ。
「師匠……」
そう言えば、師匠は「木の曜術師たる薬師は、人を思いやることで力を発揮する」と言ってたっけ……優しさが薬師にとって最も重要な要素なんだな。
人を、というか、命を救いたいと思うから薬を作り出す。
それは別に薬に限った事じゃ無いとは思うけど、そう言う心は大事にしたいよな。
よし、なんかやる気が出て来たぞ。さっそく最初のページをぺらりと捲って、俺はそこに記されている項目を凝視した。
「うーん……うー……ん……?」
えーと……ちょっと待て。なんだこれは。
図解で分かり易く書いてあるけど、これ……どうみてもこの図、全裸……だよな。
森の中で全裸になって草を食ってる壁画っぽい絵が描いてあるんだけど、文面を何度読んでみても「自然と一体化しよう」的な事しか書いてないんだけど……。
…………し、師匠ー!! なんスかこれー! 師匠ぉおおおお!!
「ど、どこをどう見て俺がコレをやって大丈夫だと思ったんだあの人!? つーか、森の中で全裸って師匠もやったの! やったの!?」
嘘だろカーデ師匠。若い師匠が想像出来ないので今のご老体で想像するしかないのだが、それでもどう考えても不審者にしか思えない。
それともこの世界だとアリなのか。これはアリなことなのか?
しかしコレを毎日やれってのは、流石にヤバいぞ。というか、ブラックとクロウに絶対にバカにされる。どう考えてもロクな事にならないって。いやでも、人に馬鹿にされるような事に耐えて心を鍛える修行もあるって漫画で言ってたしな……。
しかし、コレは要するに「自然と心を一体化させよう」ってことだろう?
じゃあその……もうちょっと別のやり方がある気も……ええっと……つ、次の修行方法は何かなぁ。先に見ておこう。そう思ってページに指を挟んだ。途端。
「っうわぁ!?」
ばいん、とでも音が出そうなくらい急にページが撓り、俺の指を弾いてしまった。
何が起こったのか解らず、疑問符を浮かべた俺の目の前で、次に続くはずのページの表面にボヤッと文字が浮かんできた。
ページ、曰く。
――――自然の流れを体感する修行を行わなければ次に進めません。
「………………」
え……強制……?
いやいやいや待って下さいよ。えっ、これ絶対一回は森で全裸になれってこと?
何その羞恥プレイ。いやこれもう野外露出プレイじゃん。変態の領域じゃん。
旅の途中でこの修行ってどうすりゃいいの。これ絶対森で一人で修行すること前提の修行方法だよね? カーデ師匠は一人だから出来た事だよね……?
「ああぁ……どうしよぉお……」
やると決めたからには……というか、せっかく師匠の全知識が盛り込まれた技術書なのだから、受け継いだ俺はしっかりと勉強しなきゃ行けないんだが、何故に一歩目から超級変態プレイを要求されなきゃいけないのだろう。
いや、あの、言いたい事は解るし、肌で直接自然の息吹を感じ取る……的な事は、俺も理解出来るんだけど、ソレを旅の途中でやるのはさすがにキツいっすよ師匠。
あぁ……ってことは、修行もしばらくお預けってことなのか……?
思わず放心しかけたが、俺は「違う違う」と首を振って気合を入れ直した。
「い、いや……駄目だ、そうやっていつも延ばし延ばしにするから、いつまで経ってもオッサンどもに勝てないんだ俺は……」
なんか、なんかこう……出来るようにする工夫はあるはずだ。
作るのは大変だけど、風呂作って全裸とか……と、とにかく何とかしなきゃ。
恥ずかしい気持ちでいっぱいだが、コレを乗り越えなきゃ本の続きは読ませて貰えないみたいだし。
「よ、よし、やるぞ……こうなったらやってやるんだからな……」
「なにをやるって?」
「うわぁあ!! お、おどかすなバカぁ!」
ヒッ、ヒィイ、いつの間に背後にいたんだブラック!
何故このオッサンは軽率に気配を消すんだろうかと泣き喚きたくなったが、何とか素早く本を閉じて俺は「何でも無い」と必死に首を振った。
そんな俺をブラックは目を細めて意味ありげに見つめていたが、まあいいやと息を吐いて、大袋をベッドの上に置いた。お、おお。そういや食料や油や色々な消耗品を頼んでいたんだっけな。
体を起こしてもそもそと品物を分けていると、ブラックがベッドに腰を掛けた。
「ところでさ、ツカサ君。こっから先は馬車でも借りない?」
「え? 馬車?」
不意に顔を上げると、ブラックは頷く。
「アコール卿国側に抜けるんなら別にいらないんだけど、ベランデルン公国側へ行く【ノルダン砦】に向かうなら、馬車が在った方が楽だからね。手続きは済んだから、今は熊公に取りに行かせてる」
「あ、だからクロウがいなかったのか……」
というか当然のように事後承諾だな。まあ、旅慣れしてるブラックが決めたんならその方が良いんだろうし、不満は無いけども。
でも、徒歩じゃなくて馬車がいいってどういう事だろう。
よっぽど歩きづらい道なのかな。そう言えばこの砦は【新ノルダン砦】という名前で最も新しい砦だという話だったけど、それも関係しているんだろうか。
……そもそも、近い場所に二つも【国境の砦】があるなんて、不思議だよな。
ブラックが言うには、この地域は三つの山脈が隣接しているから、ちょうど三等分のケーキみたいな形になっていて、唯一アコール卿国だけが両方の山脈の道に接しているって話だったけど……。
「ブラック、地図買って来てくれた?」
「あ、それ熊公の方の荷物なんだ。見たいならもう宿引き上げちゃおうか。ツカサ君には馬の用意も頼みたいし」
「そ、そうだな……って、馬ってことは、もしかして藍鉄呼んでいいのか!?」
そうだよなっ、馬車に乗るんだから馬が必要だ。
となると、藍鉄が、俺の可愛い争馬種のディオメデちゃんの出番だろう!
ディオメデは蹄の所にツメが付いている不可解な青毛の一角獣(メスに角は無い)で、その鉤爪のお蔭で山岳地帯も楽々走れちゃう【争馬種】というモンスターの代表みたいなモンスター馬なのだが、俺は以前、その子を呼べる召喚珠をお礼に貰って、それ以降事有るごとに助けて貰っているのだ。
名前は【藍鉄】で、俺とブラックを乗せてもビクともしない良い子ちゃんなのだ。
そしてすごく賢くて~格好良くて~めっちゃ可愛くて~……。
「ツカサ君、ツカサ君! 早く行くよ!」
「ハッ! そ、そうだな。馬車の所に早く行って藍鉄を呼び出そう」
善は急げと迅速に荷物を分けて収納し、早速俺達は宿を引き払った。
……いつもの事後とは違って、随分と元気な自分の体に気味の悪さを感じないでもなかったが、その事に悩んでいる暇はないと考えないようにして、俺達は一路クロウが待つ馬車置場へと向かった。久しぶりの貸馬車での旅も中々に楽しみだ。
「貸馬車はアコール卿国側の門の近くにあるんだ。こっちに来るぶんには、別に必要なくなっちゃうからね」
「ふーん……? じゃあ逆に言えば、こっから先には馬車の需要が在るってことだよな……それって理由があるのか?」
今日も元気で騒がしい砦の大通りを歩きながら聞くと、ブラックは得意満面の笑みで教えてくれる。
「まあ、ベランデルンは大陸一の穀倉地帯だから、だいたいが自前の馬車だったり、物資を運ぶために必要って事も有るんだけど……そもそも、ココから先の道が高地に登るような道だから馬車が必要になるんだ」
「高知……いや高地か」
一瞬違う地域を思い浮かべてしまったが、アレだよな。高原とかある場所だよな。つまるところ、山に登った所にあるような地域ってことだ。
でも、国境の砦って国境の山が途切れた所に作られてる砦なんだよな?
それなら高低差とかないはずだし、現に俺が今まで通って来た砦は、そんな感覚になった事はなかったんだけどな。
つーかそもそも、高低差ってだけなら別に徒歩でも良いんでは。
不思議に思って首を傾げると、俺の疑問を読み取ったブラックは笑みを深めた。
「ここは、三つの山脈がぶつかる特殊な地域の一つだけど、その中でも特に変な場所だからね……。古い方の【ノルダン砦】は名所になってるぐらいさ」
「へー……どんなんになってんだろ……」
ここからだと砦の高い壁に遮られて見えないが、アコール卿国に入れば、どうして馬車が必要なのか解るだろうか。ブラックの言い方だと、こっちの【新ノルダン砦】と違って、普通の【ノルダン砦】は馬車が必要なぐらいヘンって事だけど……。
うーむ、悪路ってだけじゃ馬車を使う理由にはならないしなぁ。
不思議に思いつつ進んでいくと、高い壁とでっかい門のすぐ隣に、馬車が集まっている停留所が見えてきた。貸馬車屋さんは色んなグレードの馬車を揃えてはいるが、今回の馬車はどんな物だろうか。普通の幌馬車でも雰囲気は出るが、このデタラメな世界でも普通の馬車はサスペンションが無くて尻が痛くなるからなぁ……。
いや、尻が痛いと言えばえっちも免れるかな……。
「ツカサ、ブラック、こっちだ」
「おっと……クロウ~!」
頭を振って余計な事を霧散させると、俺達は手を振るクロウの所に駆け寄った。
さて、どんな貸馬車をブラックが選んだのか……と思ったら。
「…………意外と質素だな! なんかいかにも旅って感じの……」
そう。ブラックが選んだ馬車は、幌が張られただけの質素な馬車だったのだ。
でもこういうのが普段漫画とかで良く見る馬車なんだよな。チートものの漫画では冒険者になった主人公が乗合馬車でこういうのに乗ってるんだ。
俺も、この世界の乗合馬車でコレよりだいぶ大きい奴に乗ったな。
「ムゥ……オレはツカサが料理を作りやすいように、コレより高価な馬車にしようと言ったのだが、コイツが金を出し渋って安いコレになったのだ」
オレのせいではない、とプンスコご立腹のクロウだが、何故そんなに怒るのか。
せっかくお金があるのに上等なものを借りないのが不満だったのかな?
まあでもそうだよな。性能を比べた結果、高い物が安い物より悪かった――なんて事は、詐欺でもなきゃありえない事だろう。
だからクロウは、俺の為にも高い馬車が良いと主張してくれたんだよな。うーむ、クロウってこういう紳士的な所がたまにチラ見えするから憎めないんだよなぁ……。オッサンだけど熊耳も可愛いし。
「よしよし、俺は大丈夫だから。それに、こっちの方が藍鉄も軽いだろうしさ」
「ぬぐぅ……ツカサがそういうなら我慢するが……」
幌馬車の荷置き部分に登ってクロウの頭を撫でつつ、幌馬車の中を確認する。
安いとはいえ天井を覆っている幌は新品同様で丈夫そうだし、御者台もしっかりと作られているな。俺達が待機する馬車部分も、床板はばっちりだし新品同様だ。
質素に見えるが、貸馬車屋さんの誠実さが見えて俺的には好感度高いぞ。
そんなことを思っていると、今度はブラックが心外だとばかりに頬を膨らませて、怒りを示すように腰に手を当てた。
「あのなあっ、僕だって別に考えなしに普通の馬車選んだんじゃないんだからな! 今後は目立つ行動も避けなきゃ行けないから、普通の冒険者でもギリギリ借りられる価格の馬車を借りたんだ。昨日の事がなきゃ僕だって高い奴を借りて中でツカサ君と一日中イチャイチャしてたかったわい!」
「お、お前な……。いやまあ、そうだよな……」
後半の熱弁はともかく、前半は俺達にとって大切なことだよな。
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秘密任務は人に知られてはいけないし、目立ってはいけない。
そう、今から俺達はスパイのように一般人を装って動かなきゃいけないのである!
…………スパイ……良い言葉だ……。
「あっ、また何かツカサ君が妄想してる」
「スケベなことか」
「ちがーわいっ! ったくもう、男の浪漫が解らないオッサンはこれだから……まあ良い。俺は藍鉄と今から感動の再会をするんだ。邪魔するんじゃないぞ」
そう言いつつ、深い群青色の召喚珠を取り出した俺は、気を籠めて藍鉄を呼んだ。
と、すぐにボウンと煙を立てて丁度御者台の前に藍鉄が現れる。
ああっ、この精悍な体付きっ愛らしいお目目っ、間違いなく俺の藍鉄だぁっ!
「藍鉄~!!」
思わず飛び出して首に抱き着くと、俺をぶら下げたままの藍鉄は嬉しそうに嘶いて後ろ足だけで軽々と立ち上がる。
まるで小さな子供が父親にぶら下がっているみたいだが、これは藍鉄と俺のスキンシップだから良いのだ。ぶるぶると鼻息荒く俺の髪の中に鼻を突っ込んでくる藍鉄に応えて、俺も思う存分首筋やタテガミを撫でまくった。
あぁああ……あったかい……ツルツルなロクショウもモフモフのペコリアも好きだが、藍鉄の馬独特の肌の感じもたまらんなぁ。
「ツカサ君~。日が暮れちゃうよぉ、早く出発しようよう」
「ハッ……そ、そうだった……今日中に【ノルダン砦】の方にはいけるんだよな?」
「藍鉄君ならイケるんじゃないかな。ま、とりあえず行ってみようよ」
そうだな、ブラックが言う「見れば解る」というナゾの光景も気になるし、今日は【ノルダン砦】を目指して出発しようではないか。
修行も勉強もまた遠のいてしまうが……ま、まあ、その……全裸はやれる時にやると言う事で……しばらくは俺の世界の勉強を頑張るか……。
村に逐一滞在してってなると、宿で落ち着く時間も増えるだろうしな。
ブラック達にちょっかいを掛けられる不安はあったが、それも悩んでたって仕方がない事だなと思い、俺は藍鉄といちゃいちゃしながら彼の体に馬具をつけた。
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