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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
11.檻の中にて
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もし俺がアニメか漫画の登場人物なら、たぶんここいらで一息ついたという意味で「前回のあらすじ」とかが挿入されているかも知れない。
フフ、なんたって俺はチート持ちだからな。きっと主人公格には違いない。
しかし、その主人公様の前回のあらすじが「鳥人に捕まり全裸で簀巻きにされて、簡単に牢屋に放り込まれました」というたったの三十文字で済むのはどうなの。
いや、句読点入れたら三十一文字だけど、そういう問題じゃない。
何も出来ずに放り込まれてクシャミしてんのはどうなんだって話だよ。
「…………ヤバいな……」
呟くが、一人。
だがしかしそう呟きたくもなる。
だってこの牢屋、出られそうな場所がないんだもの。
もし出られる手段があるとしたら、鉄格子の扉が開いた時だけだ。そう断言できるぐらい、石造りの牢屋はどこもかしこもびっちり石を積まれてしまっていた。
こんなに隙間なく積まれてたんじゃ、ネズミも逃げられないよ。
窓だって通気口レベルで手を差し込むぐらいの余裕しかないし、地面も土の地面でなく石なので、ヒンヤリしているが掘る事も難しい。鉄格子は当然ながら多少隙間が在るけど、案外頑丈そうで俺の腕力では突破出来なさそうだ。
ぶっとい鉄の棒で組まれてるし、壊すなんて不可能に近い。
はあ……。【付加術】には脚力強化の術は在るのに、どうして腕力強化の術がないのか。いや、俺が知らんだけかもしれんが、まあどっちにしろ難しかろうな。
俺は自分自身の腕力を平均的だと思っているのだが、この世界の住民達はどうにもデタラメな体力を持っているようで、細腕の女の子でも俺の世界のマッチョに勝てるほどの力を持っている人が多い。だから、この檻も「そういう人が破れない」ように強く組まれているだろう事は容易に想像出来る訳で……いかん悲しくなってきた。
まあともかく、俺の基本的能力では無理だ。
正直、この枝に近い硬めの蔓だって、全力でも引き千切れないし。
だけど俺だって無能なワケじゃないぞ。
「…………誰も居ない、っぽいけど……やっぱ今は危険だよな……」
そう言って後ろ手で触れるのは、俺を拘束している木の枝のような蔓だ。
蔓。そう、つまりは「植物」である。
と言う事は、日の曜術師として木属性と水属性を操る俺にとって、この蔓は充分術の範囲内と言うことになるのだ。ならば、最近覚えた【ウィザー】という「植物を枯らしてしまう曜術」で弱体化させることも出来るが……この術の厄介な所は、枯らした植物は術をもってしても再生できないという点だ。
【ウィザー】は、植物から曜気……言ってみれば生命力そのものを吸い出す。
機械でベコベコに潰した廃車に幾らガソリンを入れても動かないように、この世界の植物も曜術で全部搾り取ってしまうと、二度と再生できなくなってしまうのだ。
たぶん、一ミリでも生命活動を続けていれば再生できるんだろうけど、そんな器用な枯れ方なんてそれこそ自然に枯れる時にしか成せない事だろうし……俺としては【ウィザー】は怖い術なので、そういう忌避感で余計に制御出来なさそう。
どちらにせよ、この状況では無暗に使うべきではない。
動揺するとすぐ術も霧散しちゃうし、この蔓を枯らすのは脱出手段を見つけてからじゃないと駄目だろうな。……寒いので、出来るだけ早く見つけたいものだが。
「……しかし全裸にするこたないのにな……」
何故丸裸にして転がす必要がある。バッグを持って行くだけで充分だろう。
そもそも俺がそんな知恵者に見えるというのか。いや見えるのか。まあ俺ほどの奴になると、知性ってのは滲み出るっていうしな。ふ、ふふふ。
まあそれなら身ぐるみはがされても仕方がないな。
だが、そこまで期待されているのであれば、何とかして逃げてやらねば。
期待されると応えたくなるってモンだよな!
俺は顔がニヤつくのを抑えつつも、イモムシのようにずりずりと這って鉄の格子に縋りつつ体を起こし、周囲の様子を今一度確認した。
ふーむ、牢屋は横長で、対面は普通に壁だな。一応見張り用の椅子や机が目の前に置いてあるけど、長い間使われてないみたいでちょっと古そうだ。
けれど檻の強度は古いとはいえしっかりしている。
やっぱり強行突破は無理かな……っていうか、さっきから静かだけどブラック達は本当に大丈夫なんだろうか。なんとかここから様子が見えないかな。
「んっ……くぅっ……」
鉄臭くて少々錆びている格子に顔を押し付け、出来るだけ外を見ようとする。
と、少し先にある扉の無い入口に光を遮る影がやってきた。あれは……さっき出て行った鳥人達だな。様子でも見に来たのだろうか。
だけど檻に顔を引っ付けてるだけじゃ様子が分からない。
ぐぎぎ……顔が引っ張られるがなんとか半分だけ檻から顔が出たぞ。ど、どうしたんだろうか。出来るだけ息を潜めていると、彼らの声が聞こえてきた。
「おい、吸い込むんじゃないぞ」
「分かってますって。はぁ~、しかし面倒臭いですねえコレ……」
「仕方なかろう、グリモアだというのなら、何重にも警戒しておかなければな。そもそもこの【ポヤポヤ】は長時間の効果は無……」
「わぁはいはい! 長話はもうたくさんですよぉ、やりましょさっさと!」
この声、確かワシのホークとウグイスのウォブラーだっけか。
……てか今、あのホークって鳥人、なんか【ポヤポヤ】と言いかけてなかったか。もしかしてまたブラック達に薬を嗅がせるのか!?
慌てて彼らを見やると、二人は案の定ブラック達が入れられている檻の前に行き、古めかしい皮袋を指羽でパフパフと揉み始める。
すると、袋からピンクのモヤが流れ出してきて、檻の中へ流れ込んでいった。
思わず「やめろ」と口が開きかけたが、そんなこと言っても何にもならない。
それより、これは貴重な情報だ。さっき二人が言った事を思い出せ。
彼らは「面倒臭い」とか「長時間の」とか言っていた。そのことと、時間をおかずに【ポヤポヤ】という薬を再び使いに来たという事を合わせて考えると、あのモヤ薬は効果が持続しないのではないだろうか。
そうで無くとも「グリモアなら何重にも警戒しないと」とか言ってたし、ヘタすると薬がどっかで切れたり弱まると解ってるって事だよな。
だったら、薬の効果が薄まる時が解れば逃げられるかも。
ああでも油断は禁物だ。
【ポヤポヤ】が解毒できる薬なのかも不明だし、やっぱ今は情報が少ない。
何とかアイツらから情報を引きだせないかな……と思っていると、急に向こう側に居た鳥人達がこちらを向くような気配がした。
慌てて檻の間から顔を引き抜き、挟めすぎてジンジンと痛い顔を隠すため、影の方へと何とか顔を持って行く。バレてはいないと思うが、ど、どうだろうか。
ドキドキしながら黙っていると、檻の前で二つの足音が止まった。
「こっちも……大人しいな」
「一応【ポヤポヤ】嗅がせますか?」
やっぱりホークとウォブラーの声だ。
彼らはニワトリ頭目のクックの部下のようだが、どのような立ち位置なんだろう。
下っ端……薬を持たされてるから、下っ端ってワケでもないよな……。
考えていると、檻の向こうからカシカシと足の鉤爪で石床を掻く音が聞こえた。
どうも迷っているみたいだな。しっかりした爪の音からして、恐らくホークの方が音を出しているんだろうけど、相変わらず動作が分かり易いヤツだ。
そんな事を考えていると、ホークが先程の問いに答えた。
「いや、コイツは交渉役として必要だ。この【ポヤポヤ】は、人族にとっては“俺達が蜜を呑み過ぎた状態”と同じ効果があるらしい」
「ウエ~、それ最悪ですねぇ」
「だろう。口を開くのも億劫で前後不覚な状態になり、頭が揺れに揺れるのだ。人族のグリモアとやらは、曜術などという奇怪な物を使って攻撃をして来るらしいが……ああして頭が使えなければ問題は無いというからな。危険な奴には嗅がせておくが、このメスの人族はさほど危険は無い……との長老のお達し。話をする為にもこのまま牢に寝転がしておいた方が良いだろう」
長台詞ご苦労様です。
つうかダレが「さほど危険はない」だ。俺だって凄いチート使いなんだからな。前は災厄の象徴とか言われてたぐらい危険人物なんだからな!
「だけど、人族のメスでしょ? しかも男のメスとか、大丈夫なんですかねえ。特に頭が悪いって評判じゃないですかぁ。だから家から出ないんでしょ?」
悪気はないけどバカにしたような言葉だなウォブラー。イラッとくるぞ。
だが、ホークは当然と言わんばかりに「ふむ」と言い、言葉を返した。
「この子供を見ていたら分かるだろう。男のメスは恐らく女のメスよりか弱いのだ。それ故に、家の中にしまいこまれているのだろう。そもそも珍しい存在と言うしな」
「へぇ~。まあ確かにイイ匂いはしますけどねぇ、男のメス」
ぐっ……い、言いたい放題言いやがって……。
しかし良い匂いって何だ。クロウみたいな事を言うなコイツら。
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だから、未だに俺は「メスだ!」と言われたり「メスだったの!?」と言われたりしているんだが……ってそれはどうでも良いか。
ともかく、鳥人は俺をメスだと断定している。
しかも、ただ弱いだけだと認識しているんなら……何とかなるかも。
顔のジンジンは治ったし、ちょっと探ってみよう。
そう思い、俺は体勢を変えて格子の方にずりずりと近付いた。
「むっ、起きていたのか」
「さっきの話、聞いてたのかぁ?」
俺の動きに気が付いたのか、二人は少し緊張してこちらを見つめて来る。
だが俺は刃向お――――うとはせず、わざとらしく顔を怯えたように歪めた。
「あ、あの……ブラック達は大丈夫なんですか? あの薬、人の命を奪ったり後遺症が残ったりしませんよね!?」
――――あくまでも、女っぽく……というか、しおらしく訴えかける。
自分でも自分の行動が気持ち悪いと思うけど、今はこうして媚びるしかないのだ。
でも、ブラックとクロウが心配なのは本当の事だし、出来れば二人に後遺症が残るのかどうかは聞いておきたい。
未知の薬を使われては、どうしようもないんだ。
だから、二人が無事なのかどうかだけは、媚びてでも聞いておきたかった。
……まあ、それだけじゃないけどさ。
メスらしく弱々しい感じで居れば、二人も油断するかもしれないし……。
ともかく色々思惑があっての言葉だったのだが、何故かホークとウォブラーは俺が涙目(もちろん嘘だ)で訴えかけて来たのに驚いたのか、座った俺の顔から膝までを何度も見返して、目を丸々と見開いていた。
「ムッ……」
「…………」
「な、なんですか……やっぱり悪い薬なんですか……!?」
そうだったらヤバい。なんて薬を嗅がせてくれたんだ。
二人にもしもの事が有ったら、絶対にタダじゃおかないんだからな。
思わず睨みそうになるが、必死に堪えて二人を見上げる。すると。
「っ……!?」
なんか、変だ。
ホークの首回りの羽毛が、ブワッと膨らんで上向きになっている。
ウォブラーはと言うと、同じく首回りが膨らみ、しかも後頭部の方の毛が目に見えて分かるくらい浮き上がっていた。もうちょっとでトサカだ。
でも、なにこれ。どういう事。
もしかして怒ってるのか!?
な、なんでだ。俺、変な事言っちゃったの!?
思わず焦って顔をつい弱り顔にしてしまったが……――――
「ぐ、ケエッ、べ、別に……その……こ、後遺症などはない。我らの神聖な薬である【ポヤポヤ】は、敵を平和に無力化するためのものだ。神に与えられたものが人体に有害であるはずがな……ないクェッ」
あれ、ホークさん。何か言葉が変ですよ。
所々で鳥の鳴き声出ちゃってますけど、どういう事なんですかコレ。
首の周りの羽毛が浮き上がるみたいに膨らんだのと関係があるのか?
そう思っていたら、ウォブラーの方が何故か急に腰を引きつつ俺から逃げるような体勢を取って何歩か後退った。
「あの、お、オレちょっと外出てきますぅ……っ」
焦ったように言うウォブラーに、ホークが首を動かして頷いた。
「お、俺も行く」
「えっ!? あ、あのちょっと……!」
待ってくれって、まだ話が終わってないんだって。
そう引き留めようとするが、二人は止まってくれない。先程のゆったりした様子が嘘のように、早足でさっさと牢屋から出て行ってしまった。
「…………ど、どういうこと……?」
何が何だかよく分からないが、とりあえず、まあ……情報は聞けたな。
あの【ポヤポヤ】という薬は、俺が思っていたより酷い薬では無いみたいだ。
話を聞いた限りでは、酷い泥酔状態を引き起こすような薬っぽいな。だけど、時間を置けば薬は抜けるし後遺症も無い。だったら、連れ出して逃げればいい。
その間の世話くらい俺だって出来るし、曜術を使えばなんとか守る事も出来る。
今のは上出来な情報の引き出し方だったようだ。
しかし……それはそれとして、なんであの二人は脱兎のように逃げたのか。
「………………やっぱ俺の乙女演技、キモかったのかな……」
そう言えば、鳥って驚いた時とかによく羽毛がブワっと膨らむよな。
オウムとかだと、興奮したらトサカみたいな羽が立ち上がるし、もしかすると彼ら鳥人は顔では無く羽毛で感情を表しているのかも知れない。
……あっ、やっぱ俺のキモい演技に驚いてたんだな。やだちょっと落ちこむ。
反射的に倒れ込んでしまったが、しかし打ちひしがれている場合ではない。
今の情報が本当かどうかは分からないけど、とりあえず持続性がない事は二人が薬を追加しに来た事でほぼ確定だろう。
だから、ひとまずは安心だけど……しかし、そもそも彼らは何故【炎のグリモア】の事を知っていて、危険視しているんだろうか。
仮に逃げられたとしても、グリモアに用があるなら追いかけて来るよな。
しかも「俺達は何故彼らに見つかって拘束されたのか」って事がまだ解ってない。
やっぱり、もう一度長老にお目通りを願って詳しく話を聞くしかないのかな。
どうせもう一度長老サマの所に連れて行かれるだろうし……その時に、こちらから情報を提示するように匂わせて、なんとか相手から聞きだせないだろうか。
なんかこう……格好いいドラマみたいに、ニヒルな感じで言葉巧みに。
「……言葉で巧みに……か……。俺に出来るかなぁ……」
そもそも、こう言うのはブラックが得意分野なんだ。
こんな事になるなら、俺がグリモアとして【ポヤポヤ】を吸ってれば良かった。
ブラックならこんな回りくどい事をしなくても解決できてただろうし、何よりあの【紫月のグリモア】を使いこなせるくらい強いんだ。
その力で、面倒なことなどせず簡単に彼らから話を聞く事も出来ただろう。
……まあ、あんまり協調性とか友好性は無いけど、ブラックも凶暴ではないし。
ちょっと酷い事になるかもだけど、それでも俺よりマシ……だよなぁ……。
「はぁ……こんな事なら勉強とかもっとしとくんだったなぁ……」
つうか、こんな所で全裸で寝転がってる事を尾井川に知られたら、爆笑された後に「あんだけ言ったのに、アッチで勉強もして来なかったのかお前は!」ってしこたま怒られるだろうなぁ……。
でもね、仕方ないんですよ。冒険してたら勉強するヒマないんスよ。
それに多分、教科書の中の事を勉強しても、こんな時には役に立たない気がする。
「大人との交渉とか、それって天才児キャラの役目でしょ普通……」
シベとかに話を聞いておけば良かったのかなぁとも思ったが、あの頭が良い悪友の話が理解出来るようなら、俺はテストで赤点常習犯になってなかっただろう。
そう思うともう何だか色々疲れてしまい、俺は地面に突っ伏したのだった。
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