異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編

9.「エサ」を持ってると唐突に来がち

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   ◆


 昨晩、ペコリアが「誰かに貰った」という謎の木の実。

 パステルカラーな感じの薄い黄緑色と、水色のしましまな模様もようが特徴的で、形状としては……ほんのりハート形っぽいおしりのとがりと頭のふくらみが特徴だ。
 形状からして、あきらかに普通の木の実ではない事がうかがい知れる。
 なんかこう……アレだ。ポケットからモンスターが出てくる的なゲームのアニメで見かけるような、おおよそ俺達の世界では見かけないような果実みたいな感じだ。

 皮のつるつるした感じも、俺の世界の果物くだものとは違う。
 こういう果実って異世界特有だよなぁと思いつつ、上から下からじっくり観察して見たりニオイをいでみるが、これといって他に特徴は無い木の実だった。

「うーん……ホントにこれ一体なんなんだろうな?」

 昨日の残りのスープをかき混ぜながら首をかしげると、俺の横にいた三匹のペコリア達も同じように「クゥ?」と頭をかしげる。
 あまりの可愛さに朝から天国に逝きかけたが、なんとか持ち直したぞ。正気を失うこと無く耐えて偉いぞ俺、などと関係の無い事を思いつつも、俺は昨晩の事を改めて思い出そうと鍋の中のスープを見つめた。

「えーと……渡してくれたのは、なんか緑っぽい人なんだっけ?」
「クゥ~!」

 ううん元気にお返事してくれるの可愛いっ!
 ……じゃなくて。ゴホン。

 ペコリアの話では、どうも「草みたいな色をした緑の人」が、どこからともなく寄って来て、実を渡しただけで去って行ったらしいんだが……。
 その行動の意味がイマイチよく分からない。

 何で相手は真夜中に出て来てモンスターにそんな事したんだ。相手は魔物だぞ。
 どういう理由があっての事なのか、まったく理由が分からない。

 って言うか、そもそも、本当にペコリアは「緑の人」と出会ったのだろうか。
 もうそこからうたがわしい。
 いや、相手の話を信じてないとかいう事ではなく、俺の読解力が疑わしいのだ。

 なんせ、俺はペコリア達と守護獣契約を結んでいるものの、彼らの言う事が完璧に分かるというワケではない。「ぼんやりそう言っているように思う」程度ていどの感覚と、あとはペコリアの身振り手振りからさっしただけなので、この解釈すら完全一致してるのかどうかも不明なのだ。

 でもまあ、ジェスチャーからすると「ひと」が木の実を渡したのは確かだと思うので、そこは確信して良いと思うのだが……それならそれで、真夜中の森でうろついていたのは何故なのかとか、そもそも気配にさといブラックが気が付かなかったなんて変じゃなかろうかとか、色々と気になる所が出て来過ぎて頭が痛いんだが。

 うーん……本当に、なんの目的があって木の実をくれたんだろう?
 やっぱりコレは、が俺達にちょっかいをけようとしてるのか?

 ペコリアを無事に返してくれたのだって、なんかのワナかも知れないし……。
 でも、それならその「罠」の部分って、このに集約されてるって事になるのかな。昨晩、話を聞いていたブラックが言っていたように、やっぱりこのは捨てた方が良いんだろうか。危険っちゃあ危険だもんな。

 けど……簡単に捨てて良いのかとも考えちゃうんだよなぁ。
 コレを持っていなかったせいで大変なことに、なんて可能性もあるし。

「…………まあ、なるようになる……よな」

 そうつぶやいて、俺は腰に回したウエストバッグの表面を撫でる。
 どの道、そこらへんに捨てて行くのは何か起きそうで怖いからダメだし、こうなると持って行くしかない。ヘンなコトが起こるとしたら、それこそ俺達がその場にいなきゃ。俺達に対して仕掛けられた罠だもんな。
 勝手に放り出して、他の人や動物に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 だが、俺だって、ただ持っていて戦々恐々するだけじゃないぞ。
 万が一の事態になってあわてふためくのをふせぐために、木の実は厳重に【グロウ】で出したつるでギュウギュウにつつんで、さらに【リオート・リング】の中の氷の部屋に収納しておいたからな。これで……仮に木の実が勝手に動き出したとしても、他に被害がおよぶ事は無いだろう。俺も喰わないし、これでいいはず。たぶん。

「クゥ~」
「ああっ、そんな申し訳なさそうな顔しないでっ! ペコリアは何も悪くないんだよぉおおお! ほうらアゴんとこコショコショしてあげようねええええ」
「クふ~、クゥゥ、クゥ~~~」

 うへへ、ペコリアもネコチャンみたいにあごの裏が弱いんだよなぁ。
 ネコほどトロけてはくれないが、ちっちゃなお手手ててや足では上手にけないからか、撫でると喜んでくれるんだよなコレがぁああ。

「クゥックゥウッ」
「クゥ~!」
「ふへっ、ふへへへ、おうおうみんなもちゃんと撫で撫でしてやろうなぁ」

 ああ、鼻の頭が熱い。なんか鼻血が出そうな気もするけどきっと気のせいだろう。
 それにしても本当に可愛いなぁペコリア達は……昨日の夜「ツカサ君オバケ怖いんでしょ~? 一緒に寝てあげるよぉ」なんて言いながらオッサン二人がはさんできたのとは大違いだ。ああ、モフモフにかこまれる事のなんと幸せな事か。

「ツカサ君スープ煮立ちそうだよ……」
「ぬおわっ!? い、いかんいかん」

 ペコリアがあまりにも可愛すぎてスープの見張りがおろそかになってしまった。
 慌ててたき火から離すと、胡乱うろんな目を向けているオッサン二人から避けつつ、俺はソツなくスープを盛って二人に渡した。

 そ、そういやたき火の向こう側にブラック達が居たんだっけ。
 可愛い物を見るとウキウキしちゃうのは俺の悪いクセだな……でもペコリアは文句なしに可愛いんだから仕方がない。これは不可抗力なのだ。

 そんな事を思いつつも食事を済ませ、俺達は片付けをすると再び歩き出した。
 今はとにかく先を急がなきゃいけないからな。いや別にごまかしてないぞ、これは元から決まっていた事だ。俺達は旅路を急がねばならないんだからな。うむ。

 ブラック達はいまだにうたがわしげな眼で俺を見ているが、見なかった事にしよう。

「……にしても……結局あの“木の実”の正体は分からないままだったねえ」

 ――――森を歩き始めて数分、ブラックが暢気のんきな声で呟く。

 やっぱりブラックもクロウも例の木の実の事は気になっているのか、いつも通りを装っているものの、なんとなく気もそぞろな感じだ。相変わらず無表情なクロウも、周囲を気にしてか今日はいつもより熊耳を動かして警戒しているようだった。

 さもありなん。
 一応封印したような感じにしてはいるけど、謎は謎のままだもんなあ。
 それに、ブラックからすれば「自分が気配を感じ取れなかった」って部分が物凄く気になってるんだろうし……なんだかんだでコイツ、自分の能力に関してはかなりのプライドを持ってるからな。実際それに見合うだけの実力も技術もあるけどさ。

 ともかく、そんなブラックが察知できなかったんなら、タダゴトじゃないだろう。
 それを警戒するのは当然だし、木の実が気になるのも当然だ。
 そもそも、ペコリアが警戒も威嚇いかくもしなかったのが不思議なんだよ。

 俺のペコリア達は可愛くて人懐ひとなつっこいけど、敵の気配には敏感びんかんだし凄く賢い。
 なにより、普通は臆病おくびょうと言われる種族なのに勇敢ゆうかんなんだ。
 俺をいつも助けてくれるペコリア達が、うっかり敵に近付くものだろうか。もしかすると、本当に謎の存在ってだけで、敵意なんてなかったのかな……?

 まあでも、そこは考えていても仕方がない。
 いくら考えたって、情報がない以上答えなんて出ないんだから。
 そう切り上げて、俺は肩をすくめてみせた。

「なんも分からなくてモヤモヤするけどさ……でも、まあ、今んとこ実害はないワケだし、置いておくしかないんじゃないかな。とりあえずは封印もしてるし」

 考えても分からない事をいつまでも考えていたら、頭がショートしちまう。
 ブラックがいつまでも昨晩の事に気になるのは、俺達に危険がおよばないようにと思っての事だとは理解しているけど、それでも考え過ぎは体に毒だ。

 ブラックが考えても分からないんだから、他の奴だって答えは出せないだろう。
 当然……というとくやしいが、ブラックが分からないなら俺なんてもっと無理だよ。だから、今は頭を休めた方が良い。
 そう訴えるように隣にいるオッサンを見上げると、相手はモゴモゴと口を動かしたが――――俺の言う事も一理あると思ってくれたのか、小さくうなづいて笑った。

「うーん……そうだねぇ。とりあず、あの氷の部屋に置いておけば、木の実に何かの仕掛けがしてあっても大丈夫だろうし……」
「植物に詳しいものに見せるまでは、保留で良いだろう」
「ああ、そうだな」

 クロウの言葉に珍しく素直に肯定したブラックは、気持ちを切り替えるように一度伸びをして息を吐いた。そうそう、今は気分を切り替える事だ。
 それに……今はあの植物が何なのか分からなくても、いずれは分かるさ。

 なんたって、アコール卿国きょうこくには、俺達が知ってるが居るらしいからな。再会した時に、俺の体の事と木の実の事を聞けばいいんだ。なんたってアイツは、俺の体の事情を知っているだけでなく、この大陸最高とも言われる【薬師】……いや、植物を自在に操る【緑樹りょくじゅのグリモア】なんだからな。

 ああ、そうだ。もしかしたら、アイツならカーデ師匠の事も知ってるかも。
 それに、その師匠から頂いた教科書だって、まだ全然読み込めてないから、このさいそれらについて教えて貰うのもひとつの手かもな。
 もしかしたら、師匠の本にあの“木の実”の手がかりが在るかも知れないし。

 よし、それならやっぱり急がないとな。
 旅をするのは楽しいけど、俺達の今回の目的は【銹地しょうちのグリモア】……つまりは、つちのグリモアの魔導書を手に入れることなのだ。
 俺の体の変化についての事や、アコール卿国きょうこくへのお使いは、その目的の前哨戦ぜんしょうせんでしかない。【アルスノートリア】に勘付かんづかれる前に、早く動かなきゃなんだよな。

 ……うーん、やっぱりグズグズしてらんないなこりゃ。

 早いとこアコール卿国に行って“アイツ”にも会わなきゃ……などと考えていると、横からムッとしたような顔が俺を覗き込んできた。

「ツカサ君また別の男のこと考えてる……」
「いやそういうアレじゃないんだってば。まあ男っちゃあ男だがアイツ」

 素直にそう言うと、ブラックが悲劇でも見たかのような顔で目を丸くした。

「あー! やっぱり男っ、男のこと考えてたんだー! 僕と言う婚約者がありながら他の男の事を考えるなんてツカサ君たらもぉおおお!」
「だーっうるさいうるさい! なんで仲間の事を考えただけでそうなるんだよ!?」

 お前だって知ってる奴だろうに、どうしてそう騒ぎ立てるのか。
 だがブラックは止まらず、俺に手を伸ばして来ようとする。しかし毎度捕まるようなヘマをする俺ではないぞ。今回はヒラリとかわすことに成功し、ブラックの横から駆け出して距離を取る。

 ふふふ、俺だって捕まるばっかりじゃないんだからな。
 そんなカッコイイ俺に、ペコリア達があわてて付いて来る。振り返れば木漏こもの下で目をうるませて肩をすくめるオッサンと、目を細めてそんなオッサンを見ているあきれた雰囲気のクロウが居て微笑ましい。

 そのまま勝ち誇ってやろうかと口を開いたと、同時。

「ムッ!?」
「えっ?」

 唐突に、クロウが斜め上を見上げる。
 何が起こったのか分からず同じ方向を見ようとして、俺は硬直した。

「――――!?」

 なにか、久しぶりに聞くような音が聞こえる。
 これは……鳥がはばたく音……か?

 耳を澄ませようとしたが、それより先に事態は動いてしまっていた。

 ばふっ、と何かが広がったような音がして、突然目の前に変な色のモヤが広がる。
 いや、これはモヤではない。甘ったるくて変なにおいがする……粉だ。
 赤色代わりのチョークの粉みたいに、あからさまで透明度ゼロなピンク色で、一気に周囲が見えなくなる。

「うっ……!」

 ほんの数秒遅れてただよってきたニオイに思わず鼻と口をガードするが、空からの粉を予測して居なかったブラックとクロウは対応し切れなかったのか、俺が口をふさいだのと同時に手で鼻と口をおおい――――地面にひざをついた。

「なっ……! ぶ、ブラック! クロウ!?」

 何が起こったのか分からず叫ぶが、その声に再び大きな音がかぶさってくる。
 この音はなんだ。思考が付いて行かないが、嫌な予感がする。ブラックとクロウに、何か妙なことが起こっている。
 
 たまらずブラック達の方に駆け出そうとした、が。

「クゥッ!」
「クゥウ~!」
「くきゃー!」

 俺の目の前にペコリア達が飛び出て来て、足が止まってしまう。
 しかし、大きな音――――いや、これは……なにか大きなものが、羽ばたく音。
 小鳥の羽ばたきだと思っていたのに、これは違う。もっと大きな物の音だ。
 でも、ソレってなんだ。まさかドラゴン……なわけないよな。

「一体、何なんだ……!?」

 何が起こっているのか解らず、ただペコリア達に守られているしかない。
 その間にも、不可解なその音が俺達に近付いてきて――――

「え……!?」

 木漏れ日が激しく動く。
 影と光が地面の上で忙しなく動いて、大仰な外れの音と共に影が降りて来た。
 いや、あれは影ではない。アレは……

「コイツだ! この男が【炎のグリモア】だ!」
「くそっ、やっぱり居やがったのか……神聖な森に近付きやがって……!」

 聞いた事がない声と共に、けたたましい鳴き声が聞こえる。
 だが、それは決して獣の声ではない。これは、鳥の鳴き声だ。
 その声を発しているのは。

「……おい、ガキがいるぞ!」
「あ……」
「なんだ? グリモアの仲間か?」

 木漏れ日に色を散らしながら近付いて来るのは、大きな人影。
 だが、それは正確に言えば「ひと」ではない。

 獣のような体毛に覆われ、服とは言えない飾り布ような物をまとっただけの、どこかの部族的な服装。その腕は手というよりは……まったくの、羽。
 そう、彼らの腕は羽毛と風切り羽で出来ている。

 だけどそれだけじゃない。
 ズボンも無くたくましい鉤爪かぎづめを持った黄色い足を見せつけ、それとおそろいなのかとでも言ってしまいたくなるような、かなり大きな黄色のくちばしを顔に持っていて。
 ……目付きも、どこか俺達とは違う。そう、人族とは異なる存在なのだ。

 でも、それって、つまり……鳥の姿をした、人……ってワケで……。

「あ、あんたたち……鳥人族ちょうじんぞく……」
「俺達の事を知ってるのか。メスのくせにさといな」
「いや、さといメスは危険だ。コイツも拘束して連れて行こう」
「えっ、え……!?」

 拘束ってなに。っていうか何で俺達鳥人っぽい人達に敵意向けられてんの。
 つうかブラックとクロウは無事なのか。あのさっきのモヤはなんなんだ。

 訳も分からず硬直している俺に、一際ひときわあざやかな飾り布を肩かららしている鳥人――ニワトリのように立派なトサカを持った奴が、羽の先っぽで俺を指さした。

「捕まえろ!」
「クェーッ!」
「く、くえー!? ちょっと待って、な、なんで、なんでぇえ!?」

 この状況どういう事。どうしてブラック達が変なピンクのモヤを掛けられたの。
 っていうか、何故俺達は拘束されなきゃならないんだ。
 ブラックが【炎のグリモア】ってどういうこと、拘束するのと関係あるの!?
 ああもう、全然自体が飲み込めない!

 どうして鳥人がいきなり現れたんだ。一体何が起こってるんだよぉおおお!












 
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