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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
5.この木なんの木目につく木
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旅も三日目。
ブラックに「リッシュおじさんのデリシア街道植物メモ」を読み解いて貰いつつ、野宿で多少寝不足になりながらも、俺達は次の宿泊地に向けて歩を進めていた。
寝不足ではあるが、モンスターの出てこない道なので危険はない。
だけど、そのせいなのか俺は時折あくびを漏らしてしまい、その度にブラックから笑われてしまっていた。……とても悔しいが、しかし寝不足は俺自身の落ち度なので何も言い返せない。
でも、仕方がないと思うんだよ。
野宿なんて本当に久しぶりで、感覚が取り戻せてなかったんだからさ。
それに、俺がモンスターの気配を読める玄人にでもなったのか、妙に周囲が気になって眠れなかったんだ。夜の冷たい空気が流れるだけでハッとするし、草木がざわつく音も気になって来るし……なにより、たき火が不意に「パキッ」と音を立てるのが、燃え尽きやしないかと非常に心を緊張させるワケでな……。
まあ、草原とは言え地面で雑魚寝だったし、屋内とベッドに慣れ切った体じゃあ、どっから脅威がくるかと思ってガチガチになっちまうのも致し方ない事だけども。
とはいえ、俺も冒険者の端くれなんだから、慣れないといけないんだよな……。
ブラックとクロウは「この国のモンスターなんて楽勝だから大丈夫だよ」とか言いながら、たき火の番もせずにグースカ寝てたし、地べたでもお構いなしだったし……ぐうぅ、これが本物の冒険者と言う物なのか。俺だって俺だって、いつかは旅慣れた一人前の冒険者になってやるんだからなぁあ。そして酒場のおねーさんとか世界中の美女美少女にモテモテになるんだっ。
「ツカサ君また何かよからぬこと考えてるでしょ……」
「えっ!? い、いやあまさかそんなっ、あ、あははははぁっ」
だから横から心を読んで来るなっての!
なんでお前はこっちが考えている事を察してしまうんだ、と内心嘆いたが、しかしそれを気取られてしまっては本末転倒だ。なので、俺は必死に取り繕って、なんとか訝しむブラックを躱したのだった。
く、くそう、くだらない事で余計な力を使ってしまったぞ。
徒歩での旅だと言うのに、言い争いで気力を消費している場合か。今ここで戦闘に突入したら、スタミナ切れで動けなくなってしまうではないか。
……とは言うが、しかし、もう今日はそんな心配も無用だ。
なんたって、俺達の視線の向こうには、道を分断するようにして少し大きめの村が鎮座しているのが見えているんだからなっ。
あー、今日はなんとかベッドで眠れそうだぁ……。
そう思い、ブラックを何とかあしらいつつ近付いて行くと……街や村には必ずと言っていいほど存在する「外敵を防ぐための壁」とか「外と村との境」を作る囲いが、妙なものであることが分かって来た。
「あれ……なんか、あの村を囲ってるヤツ……壁っぽくなくない……?」
指差すと、ブラックもようやく気が付いたようで目を瞬かせる。
「んん……? 確かにそうだね。なんか……木……? 大きな木で村の周りを囲ってあるのかな。あんなおおざっぱな壁なんて初めて見たよ」
そう。俺達の目の前にある村は、何故か巨大な木々に囲まれていて、さながら森の中の村のようになっているのだ。
だけど、周囲は草原で森が広がってるワケでも無く、村を守るようにぐるりと同じ種類の木々が円陣を組んでいるというのは……なんというか、奇妙でしかない。
まるで、木がキャンプファイアーを囲んでいるみたいだ。
何だかあまり見かけない風景でギョッとしてしまうが……ともかく、道の先にある次の村は思わず足を止めてしまうような姿だった。
「あれって……効果あるのかな?」
「うーん、一応、植物にもモンスターが嫌がる種類ってのはあるけどねえ」
ブラックの言葉に、俺は腕を組んで首をかしげる。
じゃあ、アレは忌避剤代わりなんだろうか。
けれどそうだとしても……木の間隔を想像すると、守備はアレで大丈夫なのだろうかと言う要らない心配が湧いて出てしまう。
遠目で見た感じでは、木が一列だけ周りを囲んでる感じでスカスカだし……何より幹が太そうだから、モンスターが隠れてても気付けないんじゃないのか。
この村にもモンスターを退けるという【障壁】を発生させる曜具が有るにしても、なんだか見てるこっちが心配になってしまう。アレで大丈夫なんだろうか……。
いや、村として存在してるんだから大丈夫なんだろうけど。
「よっぽどあの大木が凄いのかな」
「それか、大きな街が使うような強い曜具を持ってるのかもね。川が村の中を流れているみたいだし、街道を飲み込んでるからそれなりに客も入るんだろう。結構大きい建物が多いからそっちの可能性の方が強いかもね」
なるほど。ブラックが言う通り、あの村は初日に泊まらせて貰った村の三倍くらいはデカいし……なにより建物が村というよりちょっと小さな街って感じだ。
旅人を多く受け入れているから、あそこまで発展しているんだろうな。
……じゃあ、やっぱり安全は安全なのか。村はみかけによらないモンなんだなぁ。
「とにかく行ってみるか。ここでグダグダ喋ってても仕方ないしな」
「そだね。早く行って泊まれるところの目星は付けておこう」
色々と疑問はあるが、それも村で聞けば済む事なのだ。
日が暮れる前にさっさと村に入ってしまおうと、俺達は再び歩き出した。
――――しかし、もうすぐ村だと言う所でクロウが急に立ち止まって……あれっ、どうしたんだろう。なんか鼻を抑えてるけど……。
「どしたクロウ」
「ムゥ……変なにおいが強くなってきた」
変な臭い。
どこからそんなニオイがするのか。もしかして俺からか。汗臭いのか?
慌てて自分を確かめるが、まだそれほどヤバい感じはしない。
じゃあ周囲からかと鼻を動かしてみるが、それもなさそうだった。
「……ブラック感じる?」
「いんや? 何の臭いだよ熊公」
俺もブラックも感じないと言う事は、人族には嗅ぎ取れない物なのだろうか。
どんなニオイなのかと二人で聞くと、鼻をつまんだままクロウは答えた。
「なんというか……形容しがたい……嗅いだ事の無いニオイだ」
「ヤなニオイなのか?」
聞くと、クロウは少し考えて思わしげに視線を泳がせた。
「……慣れ……れば、問題ない……?」
「何だよそれハッキリしないなぁ」
「ムゥ……変なニオイで、あまり近付きたくない感じだが……仮にあの村の木からの臭いだとすれば、耐えられんほどでもない。多分、滞在している内に慣れるだろう」
「じゃあ言うなっての」
今度はブラックが不機嫌になったが、しかしこれはちょっと興味深いぞ。
だって、この世界の獣人族って【モンスターと近しい種族】で、人族のように曜術が使えない代わりに、モンスターと同じ固有の技能を使える種族なんだぜ。
つまり、俺達と同じ種族とは言えど、モンスターの感覚も持ってるんだ。
という事は、クロウが変な臭いだと感じたものは、モンスターには「嫌な臭い」になるかも知れない。やっぱりあの木が原因なのか。
うーむちょっと気になってきたぞ。
異世界の植物はファンタジー植物なんだ。これはもう、ファンタジーなお話を期待せざるを得ないでしょう! 村に入ったら早速詳しそうな人に聞いてみよう。
そう思うが早いか、俺は早足でずんずんと進み村との距離を一気に詰めると、日がまだ落ちかけたぐらいの時間に村へ到着する事が出来た。
ふふふ、俺のファンタジー好きの魂は止められないぜ。
と言うワケで、村の入口に立っていた眠そうな門番さんに泊まれるとこを紹介して貰い、今回は【ホスピス】ではなく普通の宿に御厄介になる事にした。
なんぼなんでも人の金でばっかり飯食うのは良心がとがめるからな……。それに、ラクシズでたんまり路銀を確保した今なら、ちっとはリッチなお宿に泊まれるし。
金は使える時に使っとかねえとな!
…………まあ、川から汲んできた水でお風呂に入れるって話なんで、ちょっと高めの普通のお宿を選んだだけなんですけどねハハハ。
でも仕方ないじゃん、俺は風呂に入りたかったんだ、洗濯をしたかったんだよ。
いっくら男三人旅とは言えど、俺は現代っ子だ。毎日風呂に入れと躾けられてきた清潔なオトコなのだ。不潔な状態はとてもじゃないが耐えられない。それに、いつ俺の前に美女や美少女が現れるか分からないんだぞ。
身綺麗にして好印象を持って貰うのは、モテる男の第一歩だろう。
いや、そんなことなどしなくても女が寄ってくるヤツは居ますけどね、うん。……いかん、同室のオッサン二人を殴りたくなってきた。落ち着け俺。
ご、ゴホン。
ともかく、風呂に入れるならそれに越した事はないのだ。
そんなワケで、やけに宿屋が多い村の中からグレードが高そうなお宿を選び、そつない対応で三人部屋に案内されたのだが。
「……おお、すげえな……。さすがはお高い宿……」
「うーん、村って話だったのに、随分と豪勢だねえ……そんなに客が入るのか……」
「床も絨毯でふかふかだぞツカサ。ふかふか」
ボーイさんらしき若いお兄さんに案内して貰った、そこそこのグレードなお部屋。
そこは、デカいベッドを三つ並べてもまだ余るほどに広い、シンプルながらも品のいい部屋だった。下水道がないので部屋にトイレやお風呂は無いが、しかしベッドも多少はふかふかだし、絨毯は柔らかそうだしで、とてもじゃないが冒険者が泊まれるような宿とは思えない雰囲気だ。これもまた巡礼者用なのだろうか。
とんでもない金持ちの巡礼者もいたもんだなと思ったが、まあ初詣に行く感じなんだから、そりゃ金持ちも小金持ちも泊まるんだろう。
まあとにかく、俺は風呂に入って洗濯できればそれで良い。
重い荷物をおろし、やっと肩が軽くなった俺は一息ついてベッドに座った。
「はぁ~、少し休んだら風呂行こうぜ風呂」
「えっ、一緒にお風呂入っていいの」
「え」
な、何その返し。
今の言葉はどういう意味だとブラックとクロウを見やると、二人は俺を見て何やら口を緩めていた。そりゃあもう、なんか……やらしい感じで……。
「まっ、まさかお前ら、また風呂で何かやらしい事をしようと……っ」
「だってツカサ君と一緒にお風呂入るって事は、そう言う事でしょ?」
「ムゥ、存分に弄繰り回して良いということかと思ったのだが」
まて。なんでそうなる。
俺は楽しい風呂を想像して誘っただけだというのに、何でそうなるのか。
つうか風呂場でくらい欲望を抑えられないのかお前らは!
まあでも考えてみればコイツらと風呂に入ったらロクな事にならなかったっけな!
ああもう良い、こうなったら俺一人で入ってやる。満喫してやる!
「アホか!! 俺は普通に風呂に入りたかったんだよ! ああもう良いっ、今日は俺一人で入るからな! 絶対、絶対入ってくんなよ!」
「ええ~!? そりゃないよ、ツカサ君の意地悪ー!」
「ツカサ……」
「お前らは二人で仲良く風呂に入ってろっ」
オッサン二人で無言の気まずい風呂でも味わうがいい。
そう怒鳴りつつ、俺はブラック達を置いて部屋を出た。締めたドアの向こうからは、何やら怨嗟の声のような物が聞こえていたが、そんなものは無視だ無視。
大体、こっちが許すからあいつらはつけあがるんだもんな。
ここは心を鬼にして、風呂場でのお触りは断固拒否の方向で行かねば。今回は旅の体力温存の為にも、えっちは断固拒否の方針で行くんだからな俺は。
「考えてみれば、なんだかんだで風呂でも結構えっちな事されてるしな……。危険は回避しておいた方がいいか。……まあ、後で何か言われそうだけど……」
そん時はそん時だ。
好き放題やられて俺がダウンしたら、旅程が伸びて泣きを見るのはブラック達の方なんだから、二人だって長い目で見ればそっちの方が良いに違いない。
つうかそもそもの話、あいつら少し禁欲した方がいいんだよ。
酒が有れば躊躇いも無く酒を飲むし、俺と歩けば「目の前にツカサ君のお尻があるのが悪いんだよ、もう!」とか逆ギレしつつ揉んで来るし、なんか朝起きたら誰かに舐められたのか首とか脇とかべたべたするし……。
…………思い出しただけでゲンナリしてきた。
マジであいつら放っておくと手錠を掛けられそうなんだが。
俺は良いけど他の奴に暴発でもしたら、とんでもない事になるよな。
……やはり、ここは唯一の常識人である俺が、なんとかしてやらないと……。
「やっぱ禁欲だ。僧侶と同じく今回はこれをモットーにするんだ!」
古めかしいが品のある白壁が眩しい廊下を歩きつつ、俺は改めて旅の間は「禁欲」で行こうと決心した。この道は巡礼者の路だし丁度いいだろう。
俺も修行するし、アイツらも修行するんだ。これはいいバランスじゃないか。
久しぶりの長旅なんだから、締める所はちゃんと締めて行かないとな!
俺だって、ブラック達に流されてえっちな事をするだけの男じゃないんだからな。
第一目標の国境の砦に到着するまでは、なんとしてもケツを守り抜いて見せる!
「…………とは言え、なんか不安だな……」
守れるかな。なんか対抗策を考えておかないとな……。
ていうか、アイツらが大人しく風呂に入ったとして、ちゃんと自分の髪を洗えるんだろうか。ブラックもクロウも一人で風呂に入れると全部適当に済ませがちだから、そっちも心配になって来た。
せめて、風邪を引かないように頭くらいはキチンと拭いて出て欲しいもんだが……ああもう、何でこんなこと俺が心配しなきゃなんないんだよ。
マジで逆だと思うんですけど。本来なら俺の方が心配される側なんですけどね!?
くそう、リッシュおじさんやカーデ師匠と比べると、アイツら本当に成熟したオッサンなのかと疑わしくなってきたぞ。そもそも大人が風呂場でサカるな。
「はぁ……。ま、今から心配してても仕方ないか……」
ともかく、今は風呂と洗濯だ。そしてこの村の事も聞かなきゃな。
気を取り直すと、俺は風呂と情報を得るべく階段を下りて、一階の受付を訪れた。
「すみませーん」
ホテルのカウンターと非常によく似た受付には、人の気配がない。
声を掛けながら呼び鈴を鳴らすと、数秒置いて受付の向こうの通路から人が出て来た。先程俺達を案内してくれたお兄さんだ。
「お待たせしてすみません。どのようなご用でしょうか」
俺みたいなガキにも丁寧に話してくれるお兄さん、うーん好感度が高い。
悪い気はしないなと思いつつ、俺はまずこの村の事を聞いてみる事にした。
「あの、お風呂と……村の事についてお聞きしたいんですけど……」
風呂がメインのはずだが、興味が在り過ぎて村の方が本命になってしまった。まあ間違いではないが。木の事とかめっちゃ気になるし。
そんな軽いミスをしながら問いかけると、お兄さんは一拍置く事も無く、こちらの言葉を予測したような返答をしてきた。
「この【カキーレ村】の周囲を守る樹木に関してのことですね」
「えっ、な、なんで分かったんです!?」
思わず驚いてしまうと、お兄さんは人の良さそうな顔で笑いつつ答える。
「この村を訪れる方は、皆様そう仰るので……。驚かれたでしょう? あんな大木ばかりを並べて、スカスカの柵より危なそうな壁にしてるなんてと」
「いえそこまでは……でも、アレで守れるからそうしてる……んですよね?」
問いかけると、お兄さんは「ご名答」とばかりに頷いてくれた。
じゃあやっぱり、この村を囲う木は特殊な力があるのか。
目を丸くした俺に、お兄さんは口元に笑みを浮かべて窓の外を見やった。
「村を囲うあの大樹の群れは、我々にとって……いや、ナトラ教にとっての、とても神聖なものなのです。何せあれは……女神ナトラ様が我々に遣わした、霊験あらたかな破邪の樹なのですから」
破邪の樹。
それは御神木のような物なのだろうかと目を瞬かせたが、お兄さんの口ぶりでは、どうもそのような【神の産物】とは違うようだ。
ではいったいどういう物なのかと首を傾げた俺に、お兄さんは懇切丁寧に大樹の事を説明してくれた。
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