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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
34.解決策
しおりを挟む――――その後、何かの術が解けたのか、危うく沈みそうになっていたウィリット達を助けた俺らは、改めて今の状況を二人に説明した。
彼の婚約者だったジュリアさんがどこにいるのか、何故死んだのか。
そして……何故こんな惨劇が起こったのか、を。
全てを話し終わった時、愛する婚約者を殺されたウィリットは、義妹であり真犯人でもあるフェリシアさんの事を酷く恨んだような目で見つめていたが――彼女の境遇には何か思う所があったのか、苦み走った顔をしながら「立場は違えど、迫害は同じか」と呟いて、それ以上彼女の亡骸を辱めるような真似はしなかった。
……後から執事さんに教えて貰った事だが、ウィリットはその陰鬱な容姿から他の親戚連中に遠巻きに見られていて、幾つもの土地を管理し運用できるその経営能力を搾取されるような息苦しい生活を送って来たのだそうだ。
ウィリットは、フェリシアさんとは反対に「醜いから」と言う理由で、搾取する事が当然だと思う人々の中で生きて来たのである。
彼もまた、ジュリアさんに出会うまでは「区別されている存在」だった。だから、美醜の立場は違えど、フェリシアさんの悲しさを感じたのかも知れない。
でも、普通は……そう簡単に割り切れない事だと思う。
今回の事件は、恵まれた立場だったはずの人間が「わがまま」で起こした暴挙とも言えるのだ。そんなの、逆の立場で虐げられてきた存在からすれば「それほど幸せに生きて来てなにを言う」と思っても仕方がないだろう。
だけど、ウィリットはそれ以上何も言わなかった。
それどころか、フェリシアさんの名誉が傷付かないように、埋葬や家族への連絡の事を執事さんと相談し始めたのだ。
その様子には、憎しみなど一分も無かった。むしろ同情すらしていたみたいで。
俺からすれば少し不思議な光景だった。
……もしかして、そうやって人の心に寄り添う事が出来るようになったのは、自分を掛け値なしに愛してくれた人が居たからなのかな。
虐げられる絶望の中で彼が立ち直れたのは、ジュリアさんがくれた、嘘偽りない心からの愛があったからだ。その愛のおかげで、ウィリットは陰鬱な世界から抜け出し幸せを掴みかけていた。
このジュリアさんの想いが、ウィリットを奮い立たせているのかも知れない。
けど、それは、フェリシアさんからしてみれば悪夢だったんだよな……。
……ジュリアさんが誰かを愛するということは、フェリシアさんが望んでいた幸せの「終わり」を意味する。ジュリアさんは今まで愛を注いでいた家族から離れ、完全にウィリットのものになってしまうのだ。
幼い心のままで育った妹の「母へのわがまま」にも似た感情を振り切って。
そうなったら……やはり、妹は母親を奪われたように思って荒れただろう。
今わの際にフェリシアさんが告白した罪は、まさにその通りのものだった。
…………なんだか、やりきれない。
愛を受けやっと幸せになれた人もいたのに、愛のせいで幸せを失った人もいる。
種類は違えど、その事を思うとずっと気が重かった。
「ほんと、つらいよなぁ……」
【湖の馬亭】の平屋に戻って来て、やっと一息ついた俺は、ブラックやクロウと共にテーブルを囲んでお茶を啜っていた。
少し人の死に対して耐性が出来たような気もするけど、しかしやはり人が死ぬ姿を間近で見るのはつらい。罪を犯した許されない人だとしても、その動機なんかが何となく自分に重ねてしまえるものとなると、どうしても微妙な後味の悪さを引き摺ってしまっていた。
だって……だってさぁ、今回の一件は、種類は違えどまさに「愛情」のいざこざが引き起こした事件だったんだし……。
今現在、その上に胡坐をかいている俺は少々思う所があるワケで……。
「ツカサ君ホント引き摺るねえ。あんまり気にしちゃだめだよ」
「そうだぞ。あまり思いつめすぎるのもよくない」
「うん……」
ブラックもクロウも大人だからなのか、俺よりかは元気だ。
というか、やっぱり他人事だからと割り切っているんだろうか。いや、所詮は自分と関係の無い事だと興味を失くしたのかも知れない。コイツらはそういうヤツだ。
でも今はその強心臓がなんだか羨ましかった。
…………以前、俺は、敵対するしかなかった存在に「愛する者は、愛されたい者の気持ちなど解らない」と言われた事がある。
俺がその揶揄に適う存在であるのかは今も疑問だけど、それでもあの切実な言葉を思い起こすと、大人になれなかったフェリシアさんの慟哭は計り知れない物だったのだろうと胸が痛まずにはいられなかった。
自分をずっと愛して欲しかった人が、誰かに奪われていく。他の人を好きになり、自分を庇護する役目を完全に放棄してしまう。
どんな存在であろうが、その事実は確実に心を傷つけただろう。
だけど、それを「いやだ」と泣き叫ぶ事が出来るのは、まさしく子供だけだ。
大人になったとしても、それを笑って見送る事が出来るようになるワケではないと言うのに、子供のままの情緒で「理解」できる年頃になってしまえば……。
………………同情するのはいけない事なのかも知れないけど、でもやっぱり、自分が未熟な存在だからか、フェリシアさんの苦しみを考えずにはいられなかった。
俺には、フェリシアさんやウィリットの気持ちが完全に理解出来るワケじゃない。
でも、二人の気持ちを想像すればするほど苦しくなっちまうんだから、人の心ってのは本当に厄介な物だ。自分勝手に傷心したってどうしようもないのにな。
そうやって自己嫌悪に陥るのもまた自惚れているような気がして、思わずテーブルに顎を乗っけてしまう俺に、ブラックは呆れたように眉を上げて肩を軽く揺らした。
「ツカサ君も色々思う所はあるんだろうけど、今回の事件はもう僕らの出る幕なんて無いよ。それより今はゆっくり休も? ね?」
「うーん……」
「そうだぞツカサ、自分の腕を切って血を呑ませるなんて無茶をして。怪我などすぐ治ると言っても一瞬肝が冷えたぞ」
そう言いながら、クロウが椅子ごと横に近付いて来て、包帯が巻かれた俺の左腕を自分の目の前までグイッと引き上げる。
回復薬のお蔭でもう痛みは無いんだけど、案外ザックリいっちゃってたみたいで、帰って来た時に女将さんにびっくりされて包帯を巻かざるを得なかったのだ。
娼館の皆様には心配をおかけしてしまったが、まあその、命に別状はない。
でもホント不思議だよな……俺の世界だと多分俺は「ぎゃああああいてええええ」とか喚きまくって号泣するだろうに、こっちだと平気なんだもんな。
回復薬の存在や、俺のチートな能力である【黒曜の使者】の驚異的な自己治癒力の効果で痛みを感じないんだろうか。いや、これはアレだろう。あの時はなりふりなど構っていられなかったから、平気だったに違いない。
そういうのって、ちょっと主人公っぽいかも。
へ、へへへ……まだ少し悲しさはあるけど、人の為にと瞬時に動けるようになった自分が少し誇らしい。それって、誰かを助けられる確率が上がったって事だしさ。
俺もついにチート主人公と呼べるレベルになったんだろうか。
まあでも、二人に心配させるのはイカンよな。うん。
俺としては起死回生の策ってヤツだったけど、ハタから見たらただの自殺志願者にしか見えなかっただろうし……腕を切りながら突進て何だよ。怖いよ普通に。
そりゃ事情を知ってるクロウも心配になるわ。
「ごめんなクロウ……。でも、あの場合はああするしかなくて……」
「ムゥ……」
それは分かっているけど、それでも胆が冷えたのだろう。
あざとい熊耳を伏せてしょんぼりするクロウに、不覚にもキュンと来てしまって、俺は相手を慰めるために頭を撫でた。オッサンを撫でるなんて普通なら御免こうむる事ではあるが、まあその、この二人は別だし。
「あーずるーい! ツカサ君僕もっ、ぼくもぉ!」
「お前はさっきまで俺にくっついて寝てたろうがっ!! ったく……まあでも、俺の血にそういう効果があるって完全に解ったのは良かったよ。仕組みはよく分からないけど、呪いとか精神異常には効果ありってことだよな?」
アホな戯言を掻き消すように同意を求めた俺に、相手は不機嫌そうに唇を尖らせながらも一応はと言った様子で頷く。
「まあ……これだけ何度もやられちゃ、認めざるを得ないね。……そもそも、ツカサ君は無尽蔵の曜気を生み出す存在なワケだから、自発的に“大地の気”を与えて相手を癒す事が出来るその体にも価値があるってのは、当然の話だったのかもしれない」
「価値」
俺の体に価値がある、って……なんかちょっとやらしいな。
いや、真面目な話なのは分かってるんだけども。
「では、ツカサの血肉にも同じような効果があると言う事か」
クロウの言葉に、ブラックは指で顎を擦りながら眉根を寄せる。
「少なくとも血は有効だろうね。ツカサ君は呪いを排除できる【アクア・ドロウ】という力を使える。それに……あるクソ野郎が、ツカサ君の血を飲んで生き延びた事もあるから、飲んだ対象に良い効果を与える事は確かだろう。……だけど、それだってツカサ君の意思が伴わないと発動しないのかも知れないし」
「要するに、ツカサの心が望まない限り効果は無い、と」
「推論さ。一々ツカサ君の体を切って検証するわけにもいかないし、こればっかりはその時が来て見なきゃ分からない。それに……」
「それに?」
チラリと俺を見るブラックに問い返すと――――相手はニッコリと笑った。
「ツカサ君は僕の事を愛してくれているから、検証しようもないしね~」
何を言うかと思ったら、急にノロケだして俺は面食らう。
しかしブラックは構わず、へらへらと上機嫌で笑いながら続けた。
「だってほら、僕らは愛し合ってるんだからツカサ君が僕を助けてくれるのは当然じゃない? それじゃどんな手段でも僕を治してくれちゃうから、ねえ」
……とか何とか言いやがる。
…………あ、あのな。これはそう言う問題じゃないと思うんだが。
そりゃ、その……ブラックの事になると、俺だって必死になるとは思うけど……。
「他の者で実験するワケにもいかんしな。ツカサの血液に特殊な力があるなら、それを誰かに知られでもすると、余計にツカサが危ない目に遭いかねない」
「ムグッ」
俺がまごまごしている間に、クロウが横からぎゅっと抱きしめて来る。
ブラックは「ぐぬぬ」と顔を歪めているが、今回は縁の下の力持ちで色々サポートを頑張ったご褒美もあって、俺から離れろとは言わなかった。
何だかんだ約束は守るよなお前ら。ていうかクロウ苦しい、腕を緩めてくれ。
「……ゴホン。だけど、放置も危険な気がするんだよなあ……。ツカサ君の体の異常だって、未だに原因がわからないワケだし……。うーん、何か調べる手段があれば、手がかりぐらいは掴めるかもしれないんだけどなぁ」
「調べる手段かぁ……」
そう思い、自分の記憶を思い起こし――――俺は「あっ」と声を上げた。
ああ、そうだ。そうだよ。
一人いるじゃないか、俺の体の事を知ってるヤツが!
「どしたのツカサ君」
「アドニス! アドニスだよブラック! アイツは俺の体を調べてくれていたから、聞いてみれば何かが分かるかも知れないぞ! それに世界最高の薬師だし、解決策も授けてくれるかもしれない」
そう。
アドニス……えーと苗字が長すぎて忘れたが、とにかくアドニスという男がいる。
そいつはひょんな事から俺達と知り合った薬師様なのだが、なんと数百年は生きている凄い存在で、知り合って以来何かと俺に協力してくれている頼れる奴なのだ。
しかも、彼は【緑樹のグリモア】でもある。つまり、俺達の仲間なのだ。
カーデ師匠とはベクトルが違うが、アドニスも信用のおける相手には違いない。
それに、俺は何度かアイツに体のデータを取られている。特に、体内に流れる曜気の量を調べて貰っていたから、そこから何か分かる可能性がある。
前は恥ずかしいばかりだったが、こうなった今となってはありがたいな。
アドニスに頼めば、俺の血の事が外部に漏れる心配も無いだろうし、きっとえっちの時に失神出来なくなった理由も推測してくれるだろう。
……ソレを話すのは少々恥ずかしいのだが、まあアイツには何度も裸を見られたり恥ずかしい事をされたりしたワケだし、今更だからな。
ともかく、信頼のおける研究者なんだ。きっと答えをくれるだろう。
そう思って勢いよく提案したのだが、オッサン二人は乗り気では無いようで。
「えぇ~……? あの妖精クソ眼鏡に会うのぉ……?」
「ムゥ……。またお前に気のあるオスと近付くのか……」
「いや、アドニスはお前らみたいに急に発情しねえから」
何を心配しているのか知らないが、お前らの心配するような事にはなんねえよ。
っていうか人をお前ら基準で判断するんじゃない!
そんな、みんながみんなお前らのように性欲魔人なわけじゃねえよ!?
「でもなぁ、アイツスケベ道具職人だし……」
「いや、まあ、そりゃそうなんだけども」
確かに、アドニスは「ある研究」の傍ら、蔓屋というこの異世界のアダルトグッズ屋に恐ろしいエロ道具を作っては卸してる魔法のエロ道具職人だけども。
でもそれとこれとは別だろうに……。ああもう、まずはオッサン二人を説得しないとアドニスに会う事も出来なさそうだぞ。
困ったなぁと思っていると――――不意に、平屋のドアが開いた。
「おや、話の腰が折れましたか。丁度いいタイミングでしたね」
冷静で抑揚の少ない、クールな女の人の声音。
聞き覚えのある……というか忘れられない声に光の速さで顔を向けると、そこには――薄青色で金の刺繍が入ったローブを身に纏い、目深に被ったフードでその美貌を隠している……美女が立っていた。
……何故美女と分かるかだって?
それは、俺が彼女の正体を知っているからだ。
というかローブの上からでも解るぐらいにボインがボインしてるからだ。
そんな健康的なボインをローブで隠している人など、俺は一人しか知らない!!
「エネさんっ!」
「お久しぶりです、ツカサさん。獣臭がきつそうな中年獣人の魔の手に囚われているようですが、お元気そうで何よりです」
「ムゥ、オレは毎日水浴びしてるから臭くないぞ」
クロウ、怒るポイントがちょっと違う。
いやでも今はエネさんだ。本当この人はいつも良いタイミングで現れるなぁ。
今の話に割って入ったと言う事は、俺がアドニスに会いたい事を知ってくれているはずだ。そう思って相手の顔を見ると、エネさんはクールな顔だが少し口元を緩めて、俺にだけ薄らと微笑んでくれた。
アッ……アァ……美女エルフのスマイル……!!
お、俺いま死んでも良い……。
「話は聞かせて頂きました。これもちょうど良かったですね。件の薬師様は、貴方達に用意した旅路の途中の街で滞在する予定だそうですよ」
そう言いながら扉を閉めてフードを取りながら近付いて来るエネさんに、ブラックは今までの腐抜けた顔を引き締めて、相手に問いかけた。
「……じゃあ……算段はついたのか?」
いつもは仲が悪いブラックだが、真剣な時は突っかかりはしない。
エネさんも軽く頷いて、懐から羊皮紙のような巻物を取り出した。
「なるべく、ライクネス王国に気取られないような順路で、獣人の国・ベーマスへの船に乗るための港に辿り着くための地図です」
そうしてテーブルに広げられた大陸の地図には、赤い印が所々に付けられていた。
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