異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

25.違和感の部屋

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 ブラックがこういう笑い方をする時は、大概たいがいロクでもない事を考えている時だが……今は何を言っても教えてくれないだろうな。

 普段は子供みたいにダダこねたり暴れたりするくせに、こう言う所はミョーに大人に戻るって言うか、思っている事を全然教えてくれないんだよなぁ。ま、別にそれが嫌ってワケでもないんだけどさ。後でちゃんと教えてくれはするし。
 でも、普段からそうやってキリッとしていれば良いのにというか……いや、まあ、そのなんだ。俺の感情ははともかく。

 もしかしたら何か分かったのかも知れないから、後で聞いてみよう。
 今は話せない、と言うかゴーテルさんの前じゃ話しにくい事なのかも知れないし。

 とりあえずブラックの態度は置いておくとして、今度はゴーテルさんに「襲われた時の事」をもう一度話して貰おう。
 ジュリアさんの話とは別に、ゴーテルさんの事件の方も気になってたからな。
 なにせ、今まで俺達が手に入れた情報によって、こんがらがっていた三つの事件の内の二つがつながったんだから。

 …………事件が「なに」で、繋がったのか。
 それは、ヘレナさんが襲われた時にいだ「香水のにおい」が、下水道に山積みで放置されていた女性たちの死体の周辺でもただよっていたという情報だ。
 この情報によって、俺達が依頼された「ジュリアさんの失踪事件」も一連の事件との関連性が出て来た。

 なにせ、その「香水のにおい」は――――ジュリアさんが愛用していた、使う人すらもうほとんどいない……特別な香水のかおりだったんだから。

 そう。
 二つの事件でクロウが感じた「におい」は、そんな珍しい香水の匂いだったのだ。
 しかもそれは「時代遅れ」と言われていて、今ではつける娼姫もいない。店のはしに置いてあるという所からしても、買う人など滅多めったにいないものだったのだろう。

 そんな可哀想な香水を今でも大事に使っている人といえば、ジュリアさんが真っ先にがる。彼女はそれほど時代遅れのこの香水を愛用していたのだ。
 そんな香水が、二つの事件と繋がり俺達が依頼された件とも繋がった。

 とすると……もしかしたら、ゴーテルさんの事件も紐付ひもづけされるかもしれない。

 ――――今までの俺達は、ただ漠然ばくぜんとゴーテルさんの誘拐事件とヘレナさんの暴行事件に関連性があると考えていた。
 「黒いローブの男」という共通点によって、もしや「娼姫行方不明事件」も誰かの手によって引き起こされた事件ではないか……と考えていたのである。

 つまり、一連の事件は「娼姫行方不明――……」いや、陰惨極まる「娼姫連続殺人事件」に収束すると思っていた。

 だから、俺達は噂でしかなかった「娼姫連続行方不明事件」とジュリアさんの件が関係しているかも知れないと思い、これらの事件を「連続した事件」だと考え「全ての犯人は【黒いローブの男】ではないかとぼんやり考えていたのだ。

 それゆえ、頭の中で「三つの事件」なんてくくっていた。
 娼姫連続殺人事件、ゴーテルさん誘拐事件、ヘレナさん暴行事件を。

 けれど、今度つながった「三つの事件」はそうじゃない。
 ヘレナさんの暴行事件、下水道の連続殺人事件、そして……「三つの事件」の数に入れていなかった、ジュリアさんの失踪事件だ。

 この三つの件に「ジュリアさんの香水」が関係していた。
 と言うことは……現在ラクシズで引き起こされている惨劇は、恐ろしい「どこぞの殺人犯」が引き起こしている凶行……というだけの事件ではない事になる。

 俺だって、まだハッキリと「コレはこういう事だ!」なんて言えないけど……ここまでくれば、鈍い俺でもジュリアさんの一件が殺人事件に関わっている事だって予想出来るよ。これで繋がってないなら驚きだ。

 ここまで繋がるなら、もしかすると……ゴーテルさんの身に起こった痛ましい誘拐事件も、同じく関連する事件なのかも知れない。
 もし彼女も「ジュリアさんの香水」の匂いに気付いていたとしたら、ジュリアさんの行方ゆくえも……彼女が今何をしているのかという謎にも、近付けるかも知れない。

 でも、それを考えると……俺は少し気が重かった。

 だってさ、もし全部の事件がジュリアさんの匂いで繋がってるとしたら……それって、彼女が犯人となんらかの繋がりを持っているってことになるじゃないか。
 もしくは……彼女自身が、犯人……なのかも……。

 …………けど、けどさ、それがホントに本当の事なんだろうか。
 いくらあの香水を「ウィリットしか買わなかった」んだとしても、他の街の店で買ってジュリアさんに罪を着せるためにわざと使った可能性もあるだろ?
 決めつけるのは早計だ。そもそもヘレナさんの時の【黒いローブの男】が半狂乱で叫んでいたあの言葉の謎も、まだ解けていない。彼女が共犯であれ犯人であれ、何故そんな事をしたのかと言う動機も今のところ見当たらない。

 だから、予想が正しいとは言い切れない。それは解っている。
 でも……だとしたら、香水の匂いだけ残してジュリアさんはどこに行ったんだ。
 もし、本当に「ジュリアさんの香水を、誰か他の人間が使っている」としたら……いや、駄目だ。まだ彼女が犯人とも死んでいるとも決まったわけじゃない。

 今から考えて暗くなったって仕方ないんだ。
 とにかく、ゴーテルさんの話を聞いて確かめなきゃ。
 それから考えたって遅くは有るまい。

 気持ちをそう切り替えて、俺はゴーテルさんに再びあの夜の事を詳しくいた。
 ――――何か気付いた事は無いか、変な臭いはしていなかった、と。

「におい……うーん……そう言えば、むせ返るぐらいの香水の匂いがしていたわね。混ざり過ぎてて何の香水かまでは分からなかったけど……。ああ、でも、私が部屋に連れ出されて何かをされそうになった時、酷い臭いがしたの」
「酷い臭い?」
「ええ……何かが腐ったような悪臭と……ほら、あの、たまに死骸とかあるでしょ? あの甘ったるくてイヤな感じの臭いが流れて来て……」

 そこまで考え、ゴーテルさんは何か記憶を探るように空へと目を走らせる。
 数秒、沈黙が流れ――――そうして、ハッと何かを思い出し俺を見た。

「そうだ、香水! 金切声を上げられた時……炎の焼け焦げた臭いの一瞬前に、何かいだ事のあるようなこうかおりがしたの……!」

 何も他意のない、自分の記憶を呼び出し興奮した時の言葉。
 俺はその明るい声に硬直したが、ブラック達は特段驚くことも無く、ウィリットの別荘から持って来た香水の瓶をテーブルに置き、ふたを開けた。

「それは、この香水の香りか?」

 真剣な二人の様子に、少し不思議そうに顔をゆるめたゴーテルさんだったが、白魚のような手で瓶から湧いてくる香りを優しく自分の方へと引き寄せる。
 そうして目を閉じ、ゆっくりと開いた。

「…………ハッキリそうだとは言えないけど……似ているかも知れません。だけど、この香水の匂いって……」
「あの、ゴーテルさん……ジュリアさんの部屋って、まだ入って良いんですかね」

 次の言葉を聞きたくなくて、俺は無礼だと思いながらも言葉をさえぎる。
 そんな俺に、ゴーテルさんは少しあわてたがごとく目を動かしたが……しかし、俺が何を言いたいのか理解したのか、すぐに冷静になって頷いた。

「本当はダメなんだけど……今は、そうするしかないものね。解ったわ、アイリックに頼んで、特別に開けて貰いましょう」

 ……彼女も、ジュリアさんが犯人だとは思いたくないのだ。
 アイリックさんを呼び鈴で呼びつけて彼女が話をする間、俺はその様子をじいっと見つめながら無意識に眉をひそめていた。

「……っ」

 と、テーブルの下で膝を掴んでいた手に、何かが触れる。
 硬くて分厚くて広い……てのひら。その指の一つに、熱で少し生温なまぬるくなった金属の感触を覚えて、俺は横にいるブラックを見た。

「えへ。ツカサ君、今日は晩御飯なに食べよっか」
「ブラック……」
「今日は色々あったし、早く帰って食べて、そんで一緒に寝ようねツカサ君っ」

 そうは言うが、その表情は妙にニマニマしている。
 何をしたいのか透けて見えるような気がして、俺は思わず苦笑してしまった。

「アンタなあ、その下心丸出しなカオやめろよ」
「え~? 僕は何も考えてないけどな~」

 嘘つけ、見え見えだっての。
 ……でも、なぜ今急にそんな事を言い出したのかも、何となくわかって。
 要するに、ブラックなりに俺を元気付けてくれたんだろう。
 まったく……そういう所ばっかりズルいと言うか、何と言うか……。

「ツカサ君、大丈夫よ。今日は人も来ないだろうから、一刻程度ていどならジュリアの部屋を開けてくれるってアイリックが言ってるわ」

 変な事を考えてちょっと気が散っていた俺に、ゴーテルさんが声を掛けてくれる。
 お、おっと、そうだった。この際だからキッチリ調べないとな。
 ……実は、今まで俺達はジュリアさんの部屋に入った事が無かったんだ。俺も数日ここで働いていたけど、やっぱり部屋の主が不在の場所を新人に掃除させるってのはマズいからな。掃除を言いつけられても、俺は今までジュリアさんの部屋に行く事が出来なかったのだ。

 だけど、今日はいよいよ彼女の部屋に入る事が出来るぞ。
 よし……とにかく今は証拠集めだ。ここで色々うたがっていても仕方がない。俺の予想が正しいか間違っているかは、これから確かめればいいんだ。
 でも、俺としてはジュリアさんが犯人だとは思いたくない。もし彼女が犯人なら、ウィリットもみんなも悲しむだろうし……だから、俺は彼女の潔白を証明するために動くんだ。そう言う視点から見えてくる事もあるだろうしな!

 そんなワケで気合を入れつつ、俺達はアイリックさんに案内されて、ジュリアさんの部屋の扉を開いて貰った。
 ぎ、と小さく扉の蝶番ちょうつがいきしむ音がして、扉が中へと押し込まれていく。
 薄暗い部屋にアイリックさんが入って、分厚いカーテンをまとめた。途端とたん、外から光が差しこんできて部屋が明るくなる。だけど……。

「なんだ、これ……」
「ムゥ……本当にこれが高級娼姫の部屋なのか……?」

 ブラックとクロウが訝しげな声を漏らすが、それも仕方がないだろう。
 だって、ジュリアさんの部屋は……まるで、片付ける事が出来ない人の部屋のように、とんでもなく荒れていたのだから。

「……お見苦しい部屋で、申し訳ありません……。ですが、高級娼姫にはある程度ていどの自由が認められていて、それは自室に対しても同じなのです。それゆえ、部屋の中の物を勝手に触ると我々給仕係が罰せられる事も有ります。……貴族の方や高い地位の商人様から、何かあずかからないとも限りませんので」

 なるほど……寵愛を受けているからこそ信頼されて、大事なモノを預かる事だって有るんだな。だから、その部屋の主たる娼姫以外は物を勝手に動かせない、と。
 けど……さすがに服とかそういうのはクローゼットに収納した方が……。

「にしても、ドレスだの化粧箱だの散らかりすぎじゃないか?」
「それは……そうなんですけど……」
「いつものジュリアさんは、こうじゃないんです……よね?」

 俺の問いに、アイリックさんは困ったような顔をしながら小さく頷く。

「ジュリアは綺麗好きで、休暇の日には自分でも掃除をするほどだったのですが……。これもまた、人が変わってしまった事が原因なのかもしれません」

 やっぱり、ジュリアさんの心は半月ほど前から急変してしまったらしい。
 でも、お化粧箱が開いていたってことは……化粧をする気力は有ったんだよな?
 誰とも会わなくても服を着替える事は有ったし、食事も出来たし……。

「…………うーん……」

 ひょいひょいと散らばったドレスや寝間着ねまきけて、クローゼットの中を見る。
 地味めのドレスばかりがかっているが、それらも服を乱暴に引き出したせいか、ハンガーらしき木製のから少しずれて落ちかかっている。
 タンスなんかも見てみるが、地味めな何かは有るけど……あっ、下着っ、ごめんなさい下着は見てません見ませんすみませんっ、でも意外と純白なモノからえっちなのまで有るのちょっと興奮しましたごめんなさい!!

 ハァハァ、えーと、とにかく……なんだろ、派手な服ばかり外に出てるのか?
 床に散らばったドレスも、そういえばクローゼットの中の服とくらべたら、だいぶん派手なドレスだよな。とは言え、ゴーテルさんや【湖の馬亭】のお姉さま達のドレスに比べたらつつましくて大人しいけど。
 化粧台の上のアクセサリーもそうだな。

 いくつか無くなっている物も有るみたいだが……少なくとも、残っているのは地味なのばっかだ。でも、ジュリアさんってそばかすを隠さないナチュラルな化粧をしているみたいだったし……白粉おしろいとかも無いから、ただ単に化粧が薄めの人なのかも。
 それに、宝石箱の空白だって、ただ単にまだ宝石がそろってないって事なのかも知れない。ジュリアさんひかえ目っぽいもんな……。
 お客さんにあんまりねだったりとかしなかったのかも。うーんつつましい。

 そんな事を考えながら、化粧台を見ていると、部屋に一歩も入って来ないブラックとクロウがこちらを覗き込みながら指示をして来た。

「ねえツカサ君、そこに香水ある?」
「え? あ、うん、そっか! えーっと……」

 化粧台の引き出しを開いて、探ってみる、が……同じ香水の空き瓶が入った小箱は何個も見つかるのに、肝心の「中身が入っている香水瓶」が見つからない。
 でも……その中の一つ。
 一つの小さな箱だけが、何も入っていない空っぽの箱になっていた。

「…………これは……」

 どういうことだろう。
 少なくとも化粧台に香水瓶は見つからなかった。
 他の箱に入った香水瓶も空き箱ばかりで、肝心の「最後の一瓶」が見当たらない。
 これって……どういうことなんだ?

「ツカサ君、香水瓶ないの?」
「う、うん……」

 そう言うと、ブラックが入ってくる。
 床に散らばった服や物を器用にけながら俺の所まで近付いて来て、それから俺が見た場所を同じようにざっと見て、何故か化粧台のつくえ部分に指を這わせた。
 そうして、何故か納得したように頷いて。

「……ツカサ君、今日は帰ろっか」
「え? あ、う……うん……」

 ブラックが何を考えているのかはわからないけど、その言葉に迷いが無い事ぐらいは俺にだってわかる。やっぱりブラックは何かに気付いているんだ。
 それを教えてくれないもどかしさは有るけど……俺に話さないって事は、まだを教えるべきではないと思っているんだろう。

 ……でも、そう言う時のブラックはきっと間違えない。
 だから、今は言う通りにして帰ろう。
 ブラックの話を聞くのは、いつだっていいんだから。

「そうだな、ブラック。今日の所は――――」

 帰ろう。
 そう、言おうとしたと、同時。

「――――――!!」

 けたたましい悲鳴と共に、ガラスが大きく割れる音がした。

「この悲鳴は……!」
「ご、ゴーテルさんだ!」

 何が起こったのか解らない。
 だけど、その答えを考えるひまも無く俺達は駆け出していた。










 
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