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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
20.自分の目で見たことならば*
しおりを挟む「誰だ」
「っ……! つ、ツカサです。お茶をお持ちしました」
向こう側から声が聞こえてドキッとしてしまうが、た、たぶん大丈夫なはず。
落ち着けばすぐ熱も治まるはず、おちつけ、落ち着け俺……。
「茶か……。入れ」
「はい」
視界の端で面白そうに笑っているオッサンを無視して、俺はいつものように最低限慎ましくしながら、ドアを開けて台車を部屋の中へ入れた。
もちろん、ブラックもその隙間を縫って当然のようにスイッと入ってくる。
その「当たり前ですが?」と言わんばかりの堂々とした振る舞いに、思わずビクッとしてしまったが、なんとか堪えて俺は執務机の近くに台車を持って行った。
執務室に居る時のウィリットは、大体なにかの資料を読んでいるか書類を処理している。たぶん、貴族の仕事に関係する事なんだろうけど、仕事には熱心だ。
こういう熱心さが、ジュリアさんを探し続ける執念に繋がっているのだろうか……などと思ったが、そうやって簡単に信じるのは時期尚早というヤツだろう。
ぱっと一目見ただけで全てを理解出来る人なんていないんだから、真面目に仕事をしているからって信用しちゃいけないよな……趣味なんてそれこそ人それぞれだし、殺人が趣味だろうが真面目な人は真面目なんだし……。
なんかソレを考えると怖くなってきたな。いやしかし、俺の体感としては正直……ウィリットが一連の事件の犯人には思えないんだけどなぁ。
だって、もし既にジュリアさんを確保していたりヤバい事件を引き起こしていたとしたら、俺みたいな部外者を自分のテリトリーに招く事なんてしないよな。それに、ひょんな事から俺が何かを目撃しないとも限らないのだ。後ろ暗い人なら、俺みたいな奴に自由に屋敷を動き回らせる事もないと思うんだけども。
まあ、それも「計算の内」だったりしたら……もうどうしようもないんだけどな。
「……失礼します」
そんなモヤモヤした思いを抱えつつ、俺はウィリットの机の近くまでやって来て、茶と蒸しパンを取り分けて差し出した。
「今日のは……随分と大きいな」
「あ、これは蒸しパンっていう……パンもどき……みたいなものと言いますか」
驚くウィリットに説明すると、相手は妙に納得したようで頷きながら口に運んだ。
あれ、案外すんなり食べてくれるんだな。
「なるほど、要するに東の島国にあるという【包】というものか。我々が主食とするパンなどとは少々違うが、これはこれで美味いな」
「ぱお、ですか」
「ン? お前は東の島国あたりの出身ではないのか?」
そう問われて、思っても見ない発言に慌てて首を振る。
「い、いえっ違いますっ!」なんて急に焦ってしまって怪しまれたかと思ったが、ウィリットは「そういう事もあるか」とまたもやすんなり納得したようだった。
「まあ美味いから文句は言わん」
「あ、ありがとうございま……っ」
す、と、続けようとして思わず声が引っ込む。
なんとか気取られないように言葉を絞ったが、しかし俺は“ある方向”を睨まずにはおれなかった。というのも。
「あはは。ツカサ君びっくりした?」
ニタニタと笑うブラック。
それもそのはず、コイツは今、スカートの上から俺の尻を掴んでいるのだ。
しかも指を目いっぱい広げて、片方の尻肉をがっつり握った形だ。指の一つ一つが食い込んでいて、微妙に動いてやがる。
やめろ、と再度眉間のしわを深くするが、相手は厭らしく目を笑みに細めて、その手をわざとらしく時間を掛けて動かすだけで。手の甲を抓ってやろうかと手を回したが、しかし相手はそうやって抵抗しようとする俺を牽制するかのように、握力を強め尻肉を引っ張ったり押し上げたりして来る。
「っ……! ぅ……」
「ツカサ君、またちょっと顔赤くなってるねぇ……僕にお尻揉まれただけで興奮しちゃった? ああでも……ツカサ君の可愛いおちんちんって、甘勃ちしたまんまなんだっけ。……ふ、ふふふ……服の上から触られただけで反応しちゃうなんて、ホントツカサ君たら体だけは敏感なんだから……」
なにが体だけ敏感だ、アマダチだ。俺は好きで反応してんじゃねえ!!
くそ……横で好き勝手に言やがって……ここにウィリットが居なかったら、今すぐに煩いこのオッサンを引っ叩いてやってるのにぃいいい……。
「……ところで、ツカサ」
「は、はいっ!?」
「この別荘には慣れたか」
「えと……ま、まだ数日ですので……っ……!」
ばっきゃろ、し、しりの谷間に指……っ。いや、服の上からだしなんとか……。
じゃなくて!
ブラックこの野郎、コイツまた人で遊ぼうとしてるな。俺がウィリットの前で下手な事を出来ないからって好き勝手触りやがって……後で覚えてろよマジで。
ああでも今は怒った顔をする事さえ出来ない。ぐおおおおお。
「そうか、そうだったな。……どうもお前は、人の懐に入り込むのが上手いようだな。ずっと昔から仕えてくれていたような気さえして来る」
「こ、光栄ぃ、です……」
そう言ってくれるのは素直に嬉しいけど、でもあの、あ、相槌を打つような会話とか、長い会話は出来るだけご遠慮いただければと思うんですけどっ。
ド変態のオッサンがケツ揉みながらそこの谷間こすってくるんで、早く切り上げて頂きたいんですけれどもぉおっ!
「出来れば本宅まで付いて来て貰いたいが、お前を【薄紅の館】の連中が手放すワケも無いだろうからな……残念な事だ」
「っ……! ぅ……っ、っっ……!!」
いやだ、ぐりぐりすんなっ、足の間に手を潜り込ませようとするな!
なんでこんな事するんだよバカ、ばかブラック!
「へへ……可愛いねツカサ君……。ゾクゾクするの我慢してるせいで、目が潤んじゃってるよ? あぁ……なんか熱くなってきたね……」
「っ!!」
ひっ……。す、スカートっ……すすすスカートの後ろのとこが、ゆっくりとたくし上げられて……!
うわ、バカ、持ち上げるんじゃねえっ、ウィリットにバレたらどうすんだよぉ!
「……ん? ツカサ君たら女物じゃなくて普通の下着穿いてるの? んもぉ気分壊れちゃうなぁ。僕とメイドさんセックスする時は、ちゃんとえっちな下着穿いてね?」
「~~~~っ」
バカ! アホ! おたんちん!!
お前、今の状況が痴漢レベルの暴挙だって気付いてねーだろこのっ、こっちの世界には痴漢って言葉も存在しないのか! いや電車がねえから単語が有ってもそういう意味にはならないのか!?
だあもう何でこんな事すんだよ、さっきからお前おかしいってば……!
「ふむ……しかし、この菓子はしみじみ美味いな」
ウィリットの目が蒸しパンに向いてるから、今の俺がどんな状況になっているのかは幸い気付かれていない。だけど、もう俺のスカートの後ろはケツが丸見えになる所までたくし上げられてしまった。
足が、太腿のうらっかわが空気に触れてひんやりする。いや、俺の体温が、普通の空気を冷えていると感じてしまうほど上がってしまっているのだろうか。
どのみち、恥ずかしい事に変わりない。
それなのに、ブラックは俺の隣から退いて後ろの方に回ると、腰をかがめたような服が擦れる音をさせて……それから、太腿に息らしき風が……。
「っ、ぅ……っ」
「あは……スカートってすっごいよねぇ……メスが発情してたら、こうやって開くと熱ですぐわかっちゃう……」
ブラックの手が、足の間に入ってくる。そうして、いつの間にか内股になっていたソコを、わざとらしく膝から股間に触れる寸前まで上下にさすって来た。
「ぅ……く……っ……。ふ……っ!」
口から声が漏れる。吐息と聞き分けが付かない程度の声だ。
でも、自分の急所に触れそうになる大きな手を感じるたびに、太腿を掴むがごとく太い指が食い込んで来るたびに下腹部がひくひく動いて、見られやしないかと心配で恥ずかしくてどうしようもなくなる。
これでもし、手が触れて来たら。
そう思うと気が気じゃなくて、目が熱くて情けない涙が零れそうだった。
なのに、この変態オヤジは……っ。
「これだけ熱が籠ってたら、下着が濡れて危ないんじゃないかな? そうなっちゃう前に、脱がしてあげようか」
「っ!?」
やだ、やだやだやだ何やってんだバカッ脱がすなっ人前なのに脱がすなってば!
んな事したら、万が一だけどスカートの内側に付いちゃうだろ!
そ、それに、今目の前にいる相手に、こんないやらしい事してるの見られたら……恥ずかし過ぎてここに居られなくなっちまう……。
「ぅ……うぅう……っ」
「ほぉら、ツカサ君……下着がずれて、お尻丸出しになっちゃったよ……。だから、前の方もずらして、ぜ~んぶ脱いじゃおうねぇ……!」
も……――――もう、やだっ、ダメだって……!!
「~~~~~っ!!」
「っ!? ど、どうしたツカサ!」
う、うぅう……お、思わずしゃがんじまった……。
急にそんな事すりゃ、ウィリットだって驚くよな。でも仕方ないんだ、スカートの中がすっぽんぽんなヤバいメイドになんて俺はなりたくなかったから仕方ないんだ。
例え半ケツになっていようが、もう我慢して居られない。
これがまだ気心知れた奴だったらもうちょい我慢出来たかもしれないけど、状況が状況なだけにこれ以上ブラックに好き勝手やられるワケにはいかなかった。
……つーか万が一ヤッちゃったらどうするつもりだったんだよ!!
どう考えてもニオイで気付かれると思うんですけど!
その場合俺が「うわ……ドンビキするわぁ……」ってウィリットに思われて、即刻解雇されちゃうんですけど!?
ぐああああもうやだあああ色々やだあああああっ。
「も、もうしわけありませ……」
悶々と考えながら俯いている俺の前で、ガタンと音が聞こえた。
と、思ったら、顎を指で掬われて上の方を向かされる。うわあっ、ウィリットだ。あああ、これバレてないよね大丈夫だよね。
「なんだ、顔が真っ赤だぞ……もしかして熱があるのか?」
「え……あ……」
「何故早く言わない! まったく……」
そう言いながら、何を思ったのかウィリットは貧弱そうな腕を俺の背中に回して――何が起こったか把握する暇も無く、そのまますくい上げられてしまった。
「うあっ!?」
ま、またお姫様抱っこ……っ!
っていうかウィリットってモヤシ体型でヒョロヒョロぽかったのに、なんでこんな力が。いや、この世界の人間は女性も男性も細腕だろうが腕力あるんだっけか……。
でも使用人がこういうことして貰うのはヤバいだろ普通っ。
「も、申し訳ありません。あの、だ、大丈夫ですから……」
「ならん。お前は私の家の食事を作る役目だ。私がここを離れるまで、料理を作って貰わなければ困る。私の命令だと思って素直にしていろ」
「う、うぅ……はい……」
頬もこけてて、目つきも悪いし鼻もお世辞にも控え目とは言い難いウィリットだが、やっぱ貴族なだけあって力はあるって事なのかな。
ワカメみたいにうねうねで、黒に近い色の髪のせいで、つい俺の世界のひ弱なヤツみたいに思ってしまうけど……この世界の貴族って普通に戦闘訓練を「嗜んで」いる人達だからな……ヒョロく見えても普通はこういうもんなんだろうな。
などと考えている内に、ウィリットは廊下に出るのとは別のドアを開けて入った。
ここは……調度品が少ないけど、ベッドとかクローゼットがあるな。仮眠室かな?
「あの、ここは……」
「私の寝室だ。とは言っても、別荘ゆえ簡素だがな。……まあ、こんな場所は、お前のような使用人ぐらいしか入って来ないから飾る必要もあるまい」
ということは、ウィリットはいつもここで寝起きしてたのか。
そう言われてみると、確かに生活感が見られるな……貴族にしては、ちょいと物が散らかり過ぎているような気がしないでもないが。
熱のこもった目でキョロキョロと見ていると、ベッドに降ろされて、股間の確認もなく掛布団で閉じられる。……そういえば、いつの間にか降ろされかけてたパンツが元に戻ってるな……ブラックの野郎め……。
「……ここで少し休んでいろ」
「あの、でもここはご主人様の……」
「かまわん。お前に暇を出して、今更他の下男を探すのも面倒だからな。一眠りしておけ。そもそも、二つの仕事を同時にやろうとするのが間違いなんだ」
「は、はい……」
そう言われたらそうだな。
移動は馬車だから結構体に負担が掛かるし、なにより半日以上動きっぱなしだ。
帰りも遅くなっちまうから【一般街】からは歩いて帰らないといけないしなぁ。
……それに、朝からうるさいオッサンのシモの処理とかさせられるし……。
まあ、ともかく、それだと疲れが溜まっても仕方ないかもしれない。
ウィリットの言う通り素直に休んでた方がいいのかな。
そう思っていると――――相手が不意に俺の頭を撫でた。
「……お前は少し、ジュリアに似ているな」
「はぇ……?」
「彼女も、よくこうやって寝込んでいた。元々体が強い方ではなかったからな」
目を瞬かせてウィリットを見上げると、相手は何故か悲しそうに目を細めた。
「ジュリアは、私のこの陰気な顔も、優しい心も好きだと言ってくれた。……お前も彼女が優しい事は知っているだろう?」
「は、はい……」
あ……そっか、ウィリットは俺がいつから【薄紅の館】にいるか知らないんだな。
でも、ここは話を合わせておこう。
頷くと、相手は一度目を閉じて、それから何かを思い出すようにゆっくりと開く。
「ジュリアは心の美しい女性だった。だからこそ、見てくれの良さではない、真実の美貌によって、私や様々な男を癒してくれた……。それだけではない。いつもいつも家族の事を心配して、自慢の妹の事ばかりを話して……自分など二の次だった」
「…………」
「今のお前も同じだ。仕事を一番に思い、己をないがしろにしている。己に命じられた事を全うするのは確かに大事だし、使用人として当然の事だ。私もお前には仕事に真摯に取り組んで貰いたい。だが、それもお前の心身の健康が有ってのことだ」
「ご主人様……」
凄く真剣な表情。
俺の目を真っ直ぐに見ていて、その瞳には一点の濁りも無かった。
「己が健全な精神でなければ、他者に心から尽くす精神は生まれない。……今日は、ここで少し休んだら帰っていい。執事にもそう話しておく」
「で、ですが……」
「くどい! いいから寝ていろ! 夕食はお前が用意したパンで済ます。私は今から出かけるから、夜になるまでには帰るんだぞ」
そう言うと、ウィリットはクローゼットの中から金糸の刺繍が綺麗なマントを取り出して、それを羽織ると部屋を出て行ってしまった。
……廊下に出るドアが開いてから再び締まる音がする。
ホントに出て行ってしまったんだろうか、と、視線をドアの方へ動かそうとすると。
「っ!?」
いきなり頭を掴まれたかと思うと、今まで見ていなかった方向に強引に向けられて――そのまま、影が視界に覆い被さって来た。
「ん゛っ、んんーっ!?」
口を開けようとした途端、何かがぬるっと入って来て、恥ずかしい粘着質の水音を鳴らしながら俺の口の中を動き回る。縮こまった舌にまで強引に絡んで来て、全体をねろねろとなぞられると、それだけで俺の体は跳ねた。
だけど、それだけじゃなくて。
「ふう゛っ!? んっ、う゛っ、んん゛ん゛っ、ん゛ん゛ーっ!」
べ、ベッドの中になにか入って来てる。手だ。
いやそれどころかスカートの中にまで……!
「っ、ぷは……ああもうっ、まどろっこしい!」
「はぁっ、は……う……ぅええ!?」
やっと目の前が開けたと思ったら、今度は掛布団が急に持ち上げられたような感覚があって、ぼやけた頭で慌ててそちらを見る。
そこには……なんと、ブラックが頭を布団の中に突っ込んで、その頭が、お、俺の、俺の服の中に入って来て下着を……っ。
「わあぁっ! ばかっ、だめ、ダメだってば!」
「はぁ、は……つ、ツカサ君のおちんちん、ほんと可愛い……っ」
いっ息がかかってる、やだ、こんな所でそんなの……っ。
あ、ああ、いやだ、息が広がるので口を開いてるのが分かる。こんなの分かりたくないのに、ソコにブラックの頭が近付いてると解ると、意識してしまって、こんな。
「ひ、人の家なのにぃ……っ!」
「汚さないように全部飲んじゃうから……ね……!」
「ぅあぁああっ!」
ぱく、と、生温い空間に閉じ込められて、キスをされた時みたいに舌で絡まれる。
大きくて柔らかい濡れたなにかに根元から何度も舐め上げられて、吸われ、先端を激しくぐりぐりと舌先で虐められて、一気に我慢が出来なくなってくる。
それだけじゃなく、チクチクして痛いくらいの刺激が下腹部や足の付け根に触れて来て、その予測できない痛痒さが余計に俺を追い詰めて行った。
「んふ……すっごひビクビクしへる……っ」
「あっ、あぁあっ、やら、や……も、口でするのやだぁああ……っ」
最近ずっとおかしくなってる体のせいで、射精を我慢しようとしても体が言う事を聞かない。下腹部に力を入れたら逆に敏感になってしまい、どんどん追い詰められてどうしようもなかった。
「ふはひゃふ……らひれ……」
出して、と言われても、そんなの嫌だ。
人様のベッドでこんなことしたくない。
そうは思うのに、もう、ブラックの舌がおちんちんに絡んで擦り上げると。
「らぇっ、もっ、やらっ出ちゃう、そんなしたらっぁ、あぁああ……っ!!」
布団を掴んで必死に我慢しようとしたけど、無理だった。
体が浮いて、エビぞりになったかのように浮き上がった腰がびくびくと動く。
そんな俺の……お、おちんちんを、やわやわと舌で扱いて、ブラックは精液の一滴すらも残さないとでも言わんばかりに吸って舐め上げて……。
「で……で、ぁ……もっ、出た、出たからそれやめて……!」
「んんー? でも、ツカサ君のおちんちんは貪欲だからなぁ……もしかしたら二度目の射精をしちゃうかもしれないじゃないか。ほら、暗がりでもツカサ君の可愛い子供おちんちんがピクピクしてるのわかるよ」
「そ、そりゃアンタが夜目が利くからだろうがあっ!! もういいから離れろよ!」
なーにがピクピクだバカ!!
いい加減やめろと盛り上がっている部分をボカスカ叩くと、中から微塵も痛そうじゃない「イテテ」という声が聞こえてやっと吐息が離れて行った。
「はふー……ツカサ君の精液ホント美味しいねえ」
「バカ!!」
「あはは、ほらほら泣かないの。そんな真っ赤で可愛い泣き顔してたら、僕も本気になって今のじゃ済まなくなっちゃうよ?」
「う、うぐぅうう……」
何笑ってんだバカ、バカバカバカバカバカアホポンタン!!
ちきしょうめ、覚えてやがれこの野郎ーっ!!
「ふへへ……可愛いなぁ……。と、まあそれはそれとして……上手く私室に入る事が出来たね。あの手の奴には珍しくすんなり行ったよ」
「え……」
なにそれ。じゃあ、今までのセクハラってこのためだったの?
思わず目を丸くすると、ブラックはわざとらしくウインクをした。
「まあ、さすがにここまで上手く行くか判らなかったけどね」
そう言いながら、ブラックはクローゼットを無遠慮に開ける。
しかし、中を見てしばらく探ると、不可解そうな表情を浮かべながら扉を閉めた。あれ、どうしたんだろう。もしかして何も見つからなかった……とか?
不思議に思いつつも首をかしげると、ブラックは今度は執務室の方へと消える。
……部屋の向こうで引き出しを探るような音が聞こえたが、すぐに消えてまたもやブラックが戻ってきた。やっぱり浮かない顔だ。
どうしたんだろうと相手を見やると、ブラックは腕を組んで首をかしげた。
「うーん……何だかよく分からなくなってきたなぁ」
「なにが?」
ベッドから降りて近付くと、相手は俺の前に「ある物」を見せた。
それは、綺麗な装飾をほどこされた小瓶だ。
なんだか良い匂いがするけど……あっ、これってもしかして……香水!?
「ブラック、これ……」
「うん。多分、娼姫が使ってる香水だろうね。……それに、クローゼットの中には、さっき着て行った物とは違う黒一色のローブがあったよ」
「え……じゃあ……でもそんな、まさか……」
そう言うと、ブラックは眉根を寄せて息を吐いた。
「ちょっと出来過ぎてる気はするけどね。……だけど、それならどうして今さっきのあの男から、この香水のニオイがしなかったのか……そこが分からないんだよなぁ」
「普段は付けてないってこと……だよな……?」
「それなら、多少香水のニオイがしてても、熊公が気付くと思うんだけどね。あと、あの黒いローブ……あれからも別に、香水のニオイはしなかったんだ」
えっと……だとすると……それってどういう事……?
ちょっとまって、またよく分からなくなってきた。
香水の匂いがして来ないって事は、ウィリットは犯人じゃないって事?
でも娼姫が使うような香水を持っているし、クローゼットの中には怪しい黒一色のローブがあって……あれ……えっと……。ええぇ? どういうこと?
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どんな真実が待っていようとも、確かめなければ。
信じている相手だったら、信じているからこそ調べるって事も大事なんだ。
……俺は、さっきの「ジュリアさんを大切に思っている彼」の顔を信じたい。
だから……しっかり、見極めないと。
「……わかった。俺も行くからな」
ブラックの綺麗な菫色の瞳を見上げて言うと、相手も少し口を歪めて頷いた。
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