異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

  暗がりの澱2

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「…………」

 水の流れる音がする。
 それ以外にも、どこかから水が漏れているのか水滴の音が聞こえてくる。ピチャ、ピチャン、なんて感じの不規則な音だけど、色んな所から漏れているようで遠くから音が反響して聞こえてきていた。

 ……だけど、他には何の音も無い。
 俺達の靴音くつおとや呼吸の音をのぞけば、あとは何の気配も感じられなかった。

「…………クロウ、なんか聞こえる……?」

 クロウを先頭にして、俺が真ん中ブラックが最後尾……という、いつもと違う陣形で歩きつつクロウに問いかけると、相手は前を向いたまま首を振った。

「ムゥ……特におかしな音はしないな。とはいえ、この地下水道は地上と近いのか、時々上の音が響いて来る。慎重に探らねば見落としがあるかも知れない」
「上から……」

 耳をませてみるが、特にそういう音は聞こえない。
 だけど、獣人の耳には確かに地上の靴音や生活音が聞こえているのだろう。
 ……いつも思うけど、本当獣人って大変そうだよな……こういう時には役に立つが鼻も耳もかなり鋭いってんだから、訓練しなきゃこんなのノイローゼになりそう。

 俺なんか、田舎から自分の町に帰って来た時ですら「うわー! うるせー!」ってなる時があるのに、俺でそうなら獣人族はもっともっとすさまじいだろう。
 家に帰ったらクロウにはアイスでも作ってやろう……などと思いつつ、俺はクロウが道の奥の方を見やすいように、少し先に【ライト】を飛ばして天井近くに付けた。

 【ライト】というのは、俺が独自に創った俺だけの曜術だ。
 そういう「書物にっていない誰かが新しく作った術」は一般的に【口伝くでん曜術】と言われ、どれも貴重な物として一子いっし相伝そうでんの術になったり高いお金で取引されたりするらしい。それだけオリジナルの曜術ってのは希少ってワケだ。

 俺は……たぶん、どうせ異世界人だからぁとかチートだからぁってな理由で簡単に口伝くでん曜術を発案できたんだろうが、普通は難しいんだろうな。

 そう考えると、ちょっとズルしてるような気もするが……そこは仕方がない。
 ともかく、この口伝曜術である【ライト】は、そんな貴重な俺の創作物なのだ。
 ……とは言え、目新しい効果などは何も無い。動かせる光の玉だ。以上。

 当然ながら、俺がビビッたり集中力が切れたりすると消えるので、欠陥品じゃねえかと言われても仕方がない術なのだが、まあともかく危険が無いし使い勝手はイイ。

 例え、炎の曜術師の初歩中の初歩である【フレイム】の方が簡単で操れて長持ちも出来て攻撃も出来ても、ここは【ライト】だ。このパーティーの後衛である俺の補助で進むのが一番なのだ。その方が二人もすぐ動けるし。俺も役に立ててるし。だから上位互換なんてありません。あーあーきこえない。

 ……ゴホン。それはともかく。
 かれこれ五分ほど歩いているのだが以前として真っ直ぐな通路の奥は闇に包まれており、何かが出て来る事も無い。ある物といえば、地上から流されてきたのであろうゴミや日用品くらいだ。こう言う所は俺の世界と同じだな。
 しかし薄暗いせいかかなりすずしいし、そのせいかにおいもひかえめだ。

 でも、やっぱり怖い場所はこわい。
 いくら俺の世界との類似点が有ろうが、ここは暴行犯が潜んでいるかもしれない所なのだ。いつ恐ろしい怪人が出て来てもおかしくないってのに、暢気のんきに色々観察してなんていられないよ。いや、してるけども。

「しっかし……相変わらず不可解な造りだね……。普通、こんな場所のレンガなんて劣化して当たり前だってのに、修復した後も取り替えた後もないなんて」
「え? ……たしかに……っていうか、レンガを積んでこんな風に綺麗に丸い天井に出来るモンなんだな……」

 背後からのブラックの言葉に、そう言えばと天井を見上げる。
 たしかに、土の曜術師というチート大工さんがいる世界ではあるが、強力な接着剤も無いのにどうやってこんな風にアーチ状の天井にしてるんだろう。
 岩の橋みたいに要石かなめいしがあるわけでもないよなぁ。やっぱ漆喰しっくいとかなのかな。
 ブラックの言うように修復した後もないし、昔からこのままなんだろうか。それはそれで凄い。やっぱりこの世界の古代技術ってデタラメだよなぁ……。

 そんな事を思いつつ【ライト】を軽く動かすと、反対側の通路の方に地上へと登る簡単な作りのハシゴが見えた。

「…………あ、上に出る通路もあるんだ。どこに繋がってるんだろ」
「大体が、街に関わる役人とかの施設だとか……まあともかく、水の管理をする役職の奴しか使わない通路だね。ラクシズで普通に暮らしてる奴は知らないだろうなあ」

 普通に暮らしてる人は知らない、か……。
 …………なんだか嫌な方にばかり推理が行ってしまうな。

 だって、一般人が知らないってことは、逆に言えば貴族や公職に就いている職人は知っているって事だよな。ということは……女将さんの所に逃げて来るはずだったと言う「ジュリア・ドネール」さんに執着していた貴族のウィリットならば、この下水道を使って色々と出来たかもしれないってことで……。

 いやしかし、やっぱりそう結びつけるのは早いよな。
 だって、こんなの話が上手く行き過ぎてるじゃないか。
 俺達のタイミングが良かったのかも知れないけど、普通、こうも偶然が重なる事が有るものなんだろうか。三つの事件全ての犯人が貴族・ウィリットの犯行であれば、確かにすんなり解決出来るけど……簡単すぎて、どうもせない。

 俺は別に名探偵ってわけじゃないけど、やっぱりなんだかヘンなんだ。
 ウィリットが犯人ならば全て解決なのに、心がそれを受け止めてくれない。
 「もしかしたら?」という気持ちが全然消えてくれないんだ。

 ……でも、なにがヘンで何に納得がいかないのか解らない。
 それはブラックもクロウも同じなのか、俺とさほど変わらない推測をしているようだったが、しかし決してそれを断定的に言い出すような事はしなかった。

 ただ、俺と一緒に「不可解だ」なんて顔をしているだけだ。

 …………こう言う事を言うとアホっぽいと言われそうだけど、ブラック達すら今の推測に疑問を覚えてるんだから、やっぱりヘンってことだよな?
 俺はがあんまり得意じゃなくて直感で行っちまうタイプだから、頭のいい二人をついつい気にしてしまうんだ。だって二人とも頭いいんだもん。

 でもまあ、ブラック達はあんまり間違わないから、当然だよな。
 大人だし俺より経験あるし、何より、その……た、たよりになるし……。

「ツカサ君なにモゴモゴしてるの?」
「な、なんでもないって! それよりクロウ、おこうのにおいは?」

 慌てて話を変えようとクロウに問いかける、と。

「わぷっ」

 急に目の前に背中の壁がやってきて、俺はけきれず激突してしまった。
 しかしビクともしないクロウは、背後の俺を見て冷静に正面を指さす。
 鼻をさすりながら背中越しに進行方向を見やると、そこには十字路がった。

「どっちに行く? いまのところこうのニオイはどの通路からもするぞ」
「そんなの一番新しい物に決まってるだろ」
「ムゥ……。では、左だな」

 くるりと方向を変えるクロウについて、歩いて行く。
 ……どんどん出口から遠くなっていくが……それと同時に、なんだかイヤな臭いも強くなってきたような気がする。そもそも、ここはどのあたりなんだろうか。
 地上は蛮人街? それとも一般街に入ったんだろうか?
 考えてみるが、地理にうといせいかちっとも分からない。かなり遠い所まで来ているんだとしたら、帰るのに時間がかかるよな。それまで体力が持つんだろうか。

 …………音も決まりきった音ばっかりだし……なんだか怖くなってきた。
 だ、大丈夫だよな。こんな場所で怪人なんか出ないよな?
 いや俺にはブラックとクロウが付いてるんだし、か、怪人なんてモンスターにくらべたら、生身の人なんだからたぶん、その、だ、大丈夫なはず……――――

「ムッ……生きているヒトのニオイがするぞ!」
「なにっ!?」
「敵はいるのか」

 ブラックの声に、クロウはスンスンと鼻を動かすが首を振る。
 どうやら道の先には一人しかいないらしい。
 だったら、行方不明になった人の可能性が高いよな。生きている人なら早く助けてあげなくては。俺達はうなづくと、慌てて下水道の道を走った。

 ――所々うっすらとこけが生えている、すべりそうな道。
 先ほどの清潔な通路とは明らかに違い、湿気ていて水たまりも多くなった。においも下水道の出口付近とは比べ物にならないぐらい……くさい。

 でも、このにおいは下水特有の物じゃ無くて、妙に甘ったるくて発酵したようなにおいだ。明らかに「普段嗅ぐことのない腐ったにおい」で、俺は嫌な予感にのどめた。

「…………嫌な予感がするね」

 ブラックも気付いている。いや、気付かないはずがないだろう。
 だって、この世界は、俺の世界よりもを感じやすい場所なんだ。
 俺が田舎でまれに遭遇する「それ」とは比べ物にならないくらい、ブラックやクロウはにおいの正体を見て来ただろう。だからこそ、けわしい顔をしているんだ。

 その顔を見ると、やはり自分の鼻が正常だったんだと確信してしまう。
 ああやっぱりそうなんだ。
 いじゃいけない、決して他の物に例えてはならない
 そうじゃなければいいと思ってしまうソレが、きっとこの先に存在している。

 怖い。俺は、いつの間にかこぶしにぎってしまっていた。
 そんな俺の肩を、背後から横についてきたブラックが抱いて来る。

「ツカサ君、気をしっかりもって。……大丈夫だから」
「う、うん」

 気遣きづかってくれている。
 ……いや、俺だって冒険者なんだ。またこういう場面に遭遇する事も有るだろう。
 だったらブラック達に甘えて守られているわけには行かない。俺は肩をつかんでくれている大きな手の感触に不思議と勇気を貰いながら、前を見据みすえた。
 と――――。

「え……」

 【ライト】を先行させた前方。
 俺達が駆けている通路の壁に、なにやら重苦しい鉄の扉がポツンと取り付けられているのが見えて、思わず息をんだ。

 鼻をおおいたくなるようなキツいにおい。どんどん強まって来る。
 近付いてきた扉の下からは、何かが染み出しているのが見えた。

 ……考えたくないが、最悪の場合を考えてしまう。
 しかし開けないワケには行かないんだと自分を叱咤しったして、俺達は床に広がる何か……どす黒い液体を避けながら扉の前に立った。

「…………開けるよ」

 片手を剣のつかに回しながら、ブラックが小さく呟く。
 言葉も無く肯定した俺とクロウを見て、ブラックは頷き――――ゆっくりと、重い鉄扉を開いた。びついた嫌な音が下水道に反響して、扉が奥へと飲み込まれる。
 そこに、俺はライトをすべり込ませた。

 白くまばゆい光が部屋の中を照らす。
 濃い嫌な臭いが流れ出してきた部屋の中を把握はあくして――俺達は息を止めた。

「っ……!!」
「これは……酷いね」

 完全に扉が開いた部屋の中。
 少し広い空間で、本棚が一つ古い木製の机が一つ。椅子は二脚にきゃくあるが、一つは床に転がっている。だが、その転がった椅子に目を向けた俺達は、それとは別の物を見て反射的に硬直してしまった。

 何故なら、そこには。

「これは…………死体、か……?」

 クロウが近付いて、床一面を染めるどす黒い水たまりを見やる。
 その上にはいくつもの……手や、足が転がっていて。
 うつぶせになった全裸の女性数人が、まるでマネキンのように倒れていた。

「ッ……!」

 死んでる。
 しかも、手足をもがれてボロボロになって、彼女達は殺されてるんだ。

 ……その事を一気に理解して、両手で口を塞ぐ。
 あまりの酷い光景に何も言えず固まる俺を余所よそに、ブラック達は信じられないほど冷静に彼女達を観察していた。

「生きてる感じはしないね。……さっきの生きてる匂いってのはなんだったんだ?」

 何の感情もなくそう言うブラックに、クロウもまた静かに答える。

「わからん。……ただ、この部屋にさっきのニオイは無いぞ。死体のニオイだけだ。もしかしたら、生きているニオイは逃げたのかも知れない」

 逃げた……って……それも、どういうこと……?
 いや、でも、ここから逃げたんだとしたら足音とか聞こえるよな。
 いくら遠くても、この下水道は音が響くんだ。きっとクロウなら気が付いたはず。
 それがないのに……逃げたって、どういうこと……?

「…………酷いな。全員顔が潰されている」
「ひっ!?」

 死体の体を仰向けに動かしたクロウの方を真っ正直に見てしまい、俺は耐え切れずにブラックの背中に隠れてしまう。
 だけど、それも仕方のない事だと思いたい。だって、クロウが仰向けにした女の人達は……全員、顔が何らかの方法で判別できないようにされてたんだから。

「ここまで来ると病的だねえ。……死体の具合から見て犯したってわけでもなさそうだし、どういうつもりで顔だけズタズタにしたのかな」

 こんな状況で冷静に判断できるのすげえなお前、俺ムリだよ、無理だって。
 女の人にこんなむごい事するのも耐えられないし、怖いし、悲しいし気分が悪い。色んな負の感情が湧きあがって来て、吐き気がして来る。今必死に耐えている自分をめたいぐらいだ。でも、やっぱりもう耐えられない。

 見なきゃ行けないのに彼女達の姿をどうしても見れなくて、ブラックの背中に頭を押し付けてしまう。けれど、ブラックはそんな俺の体を後ろ手で抱き締めて「へへ」と嬉しそうに笑った。

「ともかく……警備兵に連絡だな。こうなった以上、僕らだけで色々調べるっていうのも不都合が出てきそうだし」
「ムゥ…………喰いもしないのによくもこんなことをする。犯人は外道だな」

 冷静にそう言う二人も、結構な感じですけども……。
 そうツッコミを入れたかったが、今の俺には吐き気を抑える事しか出来なかった。














 
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