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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
13.暗がりの澱1
しおりを挟む――――しかし、引き受けたはいいものの……どっから探せばいいのかな。
【若草鳥の館】を出てとりあえず道を歩き始めた俺達は、話し合いの結果、まずはヘレナさんが襲われたと言う路地に行ってみる事にした。
事件は昨日のことだし、もしかしたらそこに犯人の臭いが残っているかも知れないと思ったからだ。まあ、探偵するなら初歩中の初歩ってヤツだろうが、なにも足跡を探しに行くんじゃないぞ。
俺達は、もっと特徴的な物を探しに行くのだ。
それは何かと言うと……ニオイだ。犯人の臭いを嗅ぎ分けようと言うのである。
普通なら不可能な事だけど、俺達に限ってはそれが可能なのだ。なんてったって、こっちには猟犬のように鼻が利く獣人のクロウがいるからな!
ヒトが気付かないニオイであっても、クロウなら嗅ぎ取ってくれるかもしれない。
そう思ったので、件の現場に来てみた。……のだが。
「…………うーむ……メスがつける甘ったるい香のニオイが強いぞ」
「まあ、襲われたのは娼姫だからなぁ」
薄暗い路地で男三人が屯っているのは何ともアヤシイ雰囲気だが、別に法に触れるような事はしてないので勘弁して欲しい。
しかし、昨日の今日だし、俺の世界じゃまだ警察が捜査してる期間のハズなんだけど……誰も居ないな。やっぱりこういう世界だと綿密な捜査はしないモンなんだな。いや、そもそも通報されてないんだろうか。この世界って結構血の気が多い世界だしなぁ……日常茶飯事だと思って誰も大事にしてないのかも知れない。
だけど、ヘレナさんは襲われたんだし、行方不明事件も多発してるんだし、報告はしておいた方が良いと思うんだけど。俺が神経質すぎるのかな。いやそんなまさか。
っていうか、そもそも警備兵達って捜査とかしないモンなのかな?
警察みたいに逮捕権はあるみたいだけど、刑事かと言われるとそうでもないような気もするし。うーむ謎だ。俺の世界の中世にも刑事はいなかったんだろうか。
色々と気にはなったが、そんなところを気にしていても仕方がない。大体、警備兵と協力なんて出来そうにも無いしな。
などと余計なことを考えつつも、クロウが鼻を動かしてスンスンと残り香を嗅いでいるのを見つめていると、ブラックがつまらなそうにあくびを漏らした。
「ふあ……。いくら獣人の鼻が利くとは言え、こんなんで犯人の手掛かりが分かるのかねぇ。ニオイだって一つじゃ無かろうし、犯人が自分の痕跡を巧妙に消しているとしたら、辿れるかどうかも怪しいし」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「事件だって、全部繋がってるとは限らない。ゴーテルって女の事件と、昨日の件と、最近の行方不明事件が繋がってるだなんて荒唐無稽すぎだと思うけどなぁ~」
「だーもーお前は一々チクチクした物言いをするなあ」
確かに、ブラックの言う通り「全て繋がってる!」なんて決めつけるのは早い。
仮に三つの事件全てが関係しているのだとしても、共通点として挙がっているのは「娼姫を誰かが攫った」という部分だけだ。もしかしたら、同一犯かもしれない……という所どまりで、明確な証拠は何も出て来ていなかった。
だけど、こうも立て続けに同じような事件が起こるものかな。
しかもラクシズの中でずっと似たような行方不明事件が起きているんだから、偶然が重なっていたとしても調べてみた方が良いと思うんだけど……。
「ムゥ……やはり、娼姫の香のニオイが混ざってて判別がつかないぞ。さっきの娼館で使っている香も混ざっているし、これでは判断がつかん……」
そう言いながら鼻をつまむクロウに、ブラックは溜息を吐いた。
「チッ、使えない駄熊め……」
「お前も無理っつってただろーが! ……ゴホン。とにかく……ここになにも痕跡が無いんなら、下水の入口の方に行ってみようぜ。たしか蛮人街にあるんだろ?」
「えぇ~、結局行くのぉ? 明日にしない?」
「まだ日が高いんだし、今確認できるんならやっといた方が良いだろ。もしかしたら証拠が残ってるかも知れないし、ぐずぐずしたらその証拠も消えちまうかもしれないんだぞ。出来る時にやっとかなくちゃ」
そんな俺の言葉にブラックはウンザリした様子で肩を落としたが、引き受けた手前嫌だとダダをこねることも出来ないと思ったのか、渋々了承してくれた。
そうとなったら、日が落ちない内に早いとこ調べなくちゃな!
ヘレナさんが襲われた場所にこれといった痕跡が無い以上、こちらのことは一先ず置いといて、下水道の出口の周囲を探った方が良いだろう。
周囲の地理が理解出来れば、どうしてそんな所に放置したのかも分かるだろうし、それに何より下水道の中に犯人がいるかもしれない。
こういう陰惨で気味の悪い事件の犯人ってのは、大概下水道や地下道なんかの土の下に隠れているものなんだ。わかるぞ。俺は詳しいんだ。
だから、とりあえず……こまったら下水道を探る! これだな!
――――てなわけで、蛮人街に戻る道すがらついでに食料を買い込んで、他の人に見られないように【リオート・リング】に収納すると、俺はオッサン二人をおともに引き連れて下水道の終点に向かう事にした。
「にしても……下水道って言うからには多分ヤバいニオイがするよな。クロウの鼻がどうにかならないかな……」
既に蛮人街に入り、普段歩かないような通りを三人で歩きながら呟く。
大通りから脇に入ったこの通りは、明らかに他とは違う風景になっており、両端に目を向けることが憚られる。俺は出来るだけ目を向けないよう気を付けながら、正面を見て息を緩く吸った。
そんな俺の緊張など余所に、ブラックは肩をすくめながら答える。
「まあ、心配ないと思うけどね。……それより、この通りの方が酷い臭いだよ」
そう言うブラックに、クロウもコクコクと頷く。
いつもなら「そんな失礼な事を言うな」と大っぴらに怒れるのだが、今回ばかりは俺も声を荒げる事が出来ず、唸るしかなかった。
それというのも、俺達が歩く通りの両側には……悲惨なものが並んでいたからだ。
貧しさを極めたかのようなあばら家に、ボロボロの服を着た人。少ない人数だが、ぽつぽつと路上に座り込んでいて物悲しい。物乞いもして来ないが、代わりに彼らの目は世捨て人のように淀んでおり、なんと言うか……俺達をハナから認識していないかのような雰囲気だった。
まるでここは、世捨て人の集落だ。
そう思うのも無理はないほど、この場所は蛮人街の中でも特に静かな場所だった。
ブラックが言うには、外門に近い危険な場所であり下水道が近いからか、この場に追いやられているのは大体が「己自身を捨ててしまった人」なのだという。
子供を見かけないのも、そういう理由があるからなのだろうか。
それを考えると暗澹たる気持ちになったが、しかし手助けは出来ない。俺が無責任に彼らの手助けをしても余計に悲しませるだけだし、中途半端に関わってもお互いの為にならないだろう。今の俺には、この場所の全員を抱え入れる懐など無いのだ。
こういうのは、全員を救わなきゃどうにもならないんだからな。
だから、今の俺には無理なんだ。
非情ではあるが、出来る事も少ない俺が関わるわけにはいかない。
自分の事で精一杯なくせに、人の一生を丸ごと背負うなんて出来るものか。それでなくても、俺はブラックとクロウに助けて貰ってばっかなのに。
……だから、自分が何も出来なくて悔しくても、われ関せずでいるしかない。
そんな自分が情けなかったが、俺はグッと堪えつつ、ブラック達と一緒に掘っ建て小屋が乱立する道を進んだ。
「…………ああ、見えてきたね。アレが下水道の出口だよ」
そう言いながらブラックが指差す正面には、柵に囲われた真四角の穴が見える。
近付いてみると、柵の中は2メートルほど下に掘られており、街側の壁からドンと出た巨大な丸い穴からどうどうと水が流れていた。
おお、これがこのラクシズの下水道の出口なのか……でも、臭いがしない。
いや……まあ、ちょっと臭いかもしれないけど、でも全然耐えられる程度だ。
下水道って言うからてっきり物凄い悪臭がするんだと思ってたけど、そう言えば水だって少し濁ってるくらいでゴミも少ないし、物凄く不衛生だって感じじゃないな。思っていたのと全然違うぞ。
「ブラック、この世界の下水道ってこんな感じなのか?」
問いかけると、相手は少し考えて答えた。
「うーん、今の技術だともう少し近寄りがたいモノになるかもね。ラクシズだけじゃなく、ライクネス王国の下水道は全て【過去の遺産】だから、こんなに水も綺麗だし近くに居ても平気なんだよ」
「ふーん……?」
過去の遺産って、どういうことだろう。
首をかしげると、俺の疑問を読み取った相手は詳しく説明してくれた。
ブラックの話では、この街の下水道はラクシズの歴史が始まる前から既に存在していたらしい。
ウソかホントか、最古の歴史書にも記述があったそうだ。
どうやって造ったんだとか、誰がコレを造ったんだ……ってな情報は全く記されていないのだが、とにかく街が作られた頃には既に地下に二種類の水道が通っていたのだとか。……それっていわゆる【空白の国】案件なんじゃないのかと思ったのだが、その事を深く追求する学者は今の今まで出て来ていないらしい。
というか、調べてもさっぱり詳しい事が分からないんだそうな。
それでいて、今もずっと謎のまま稼働し続けているんだとかで……。
……俺には、どうやって調べるのか何を調べるのかって事の方がチンプンカンプンなんだが、とにかくファンタジーな世界となると、学者さんも色々大変そうだな。
まあ俺は「素敵な魔法の下水道」という事で納得しておこう。ウム。
とにかく降りても平気なくらいに綺麗なんだから、調べなきゃソンだよな!
壁から出っ張っている足がかりを使って、管理者が使うのであろう足場に降りると、俺達はそこからでっかい円形の下水道の中を覗いてみた。
「…………やっぱあんまり臭くないね」
「特有の悪臭はするが、確かに肥溜めと比べるとマシだな」
「うーん……昔来た時はもう少し綺麗だったけどなぁ……」
ブラックはココに来た事があるのか。
ちょっと気になったけど、俺が問いかける前にクロウが鼻を動かして遮る。
「ムゥ……。先程から気になっていたのだが……やはり、この奥から娼姫が使う香のニオイがするぞ」
「えっ!?」
思っても見ない言葉にクロウをみやると、相手は「間違いないぞ」と言わんばかりに、無表情ながらも自信満々の雰囲気で頷く。絶対背景キラキラしてるぞコレ。
でもクロウがそんなテンションになるぐらいなんだから、間違えようも無いよな。
……ってコトは……まさか、この奥に娼姫のお姉さんの誰かがいるってこと?
いや、でも、そんな……。
「…………行ってみる?」
ブラックの言葉に一瞬ビクリとしてしまったが……しかし、もし本当に下水道の中にお姉さんが囚われているのなら、早く助けないと命が危ないかも知れない。
正直怖いけど……でも、俺にはブラックとクロウがついてるんだ。俺自身が充分に気を付けていれば、きっと悪い事態にはならないはず。
なにより、二人がしくじるなんてありえない。
だったら……。
「……よし、ひ、人がいるにゃら助けにいかないとにゃっ」
「ツカサ、声が震えてるぞ」
「ううううるしゃい、行くぞお前らっ」
「意地ばっかり一人前なんだからなあもう」
ええい余計な事を言うんじゃないっ。文句言うなら【ライト】つけてやんないぞ。
お前らが戦ってくれないと俺死ぬんだからなっ、絶対下水道に浮かぶからな!
……などと意味不明な怒りを燃やしつつも、俺はガクガクする足を叱咤してオバケが出そうな暗くて怖い下水道に突入する事にした。
→
【リオート・リング】
ツカサがとある氷雪の妖精王から貰った細い金の腕輪
大地の気(アニマ)を籠めながら振ると輪が任意で大きくなり
中の巨大な氷の倉庫に物を収納できる。奥に行けばいくほど冷凍
収納口の近くなら冷蔵と使い分ける事が出来、人も入れる。
「○○を出したい」と念じて振れば、中身をポンと出せる。
だが保存に関しては色々と制限が在りインベントリのようにはいかない
【ライト】
ツカサのオリジナル曜術(口伝曜術)
光の玉を自由範囲で動かす事が出来るが集中力を使う
びっくりすると消えてしまうので、ブラックが【フレイム】で照らす方が
まだマシだったりすることもある。
【空白の国】
この世界の未知の遺跡を総称したことば
どこの国の歴史にも存在しない謎の遺跡のことをこう言う
空白の国の遺跡には古代の超技術や宝物が多く存在しており
これらを探索し宝を探す者が元々【冒険者】と言われていた。
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