異世界日帰り漫遊記!

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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編

12.心の強さ

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   ◆



 ……というわけで、面倒臭がりつつも身分証明書代わりのメダルを見せて、一般街へとやってきた俺達は、用事をさっさと済ませてしまおうと先に目的地に向かった。

 馬車が行きかう大通りから脇道わきみちれて、さらに街の奥まったほう。まるで隠すようにして街の外壁の近くにあるのが、娼館などのアヤシイ店が並ぶ通りだ。
 この世界でも娼館が並ぶ通りは【色町】と呼ばれるらしいんだが、それはやっぱり国から認められている娼館の名前には「色の名前」が入っているからなのだろうか。いや、今目の前にあるカラフルな壁や屋根からそう思わせるのかも知れないな。

「そういえば、ツカサ君はライクネスの色町って初めてだっけ」
「う、うん……考えてみれば散歩できるようなヒマな時なんてなかったし……それに、色町なんて探してる場合じゃない事態になってばっかりだったしなあ」
「あはは、まあそうだったよね」

 そう笑いながらも、ブラックとクロウは何故か俺をガッチリ捕まえている。
 どんだけボディーガードしてんだと思ったが、恐らくブラック達は娼姫のお姉さんが見えた途端とたんに俺が飛びかかって行くとでも思っているんだろう。

 しかし俺はそんなヤワな男ではないのだ。
 湖の馬亭の綺麗なお姉さま達にかこまれていても勃起だけは我慢したんだぞ。例え窓から美女が手を振ろうが、道端でボインな人が誘ってこようが、俺の理性は女将さんの依頼を達成せずに娼館に飛び込むなどと言うそんな脆弱ぜいじゃくなものでは――――

「そこのお兄さん達、遊んでいかなーい?」
「はああっ!! 稀に見る巨大でええおっぱ!!」
「だぁあああツカサ君ほらもう見た事かー!!」
「スケベが過ぎるぞツカサ」

 ええいうるさい俺は今ボインでバインなお姉さんがえっちな格好でお誘いを掛けて来たから昼間っから一発童貞を………………ハッ。

「んもぉ……これだからこう言う所にツカサ君連れて来るのやなんだよー……。今度女に釣られたらオシオキするからねっ」
「オレも容赦せんぞツカサ」
「ぐぬぬ……」

 こ、こんちくしょう、二人とも親みたいな事言いやがって……。
 いやまあ、今のは俺が悪かったですが。理性がうっかり飛んじゃいましたが、それは俺が色町初心者だったからであって、今後誘われたって俺は…………

「お兄さん達~、いまなら安くしとくわよぉ」
「ツカサ君もう聞かないっ、さっさと【若草鳥の館】にいくよ!」

 ああ、お姉さんの呼びかけに答える前に遠く離れてしまった。
 女性にお誘いを掛けられたら一言でも返事をするのが紳士のマナーだと思うのだが、どうやらブラック達にはその考えは無いらしい。
 まったく冷たい奴らだ……いやうん、まあ、俺が悪いんですけども。はい。

 でも娼姫だろうが風俗だろうが、可愛い女の子に声を掛けられたらふらふらっと足が向いちゃっても仕方がない気がするんだけどなぁ……。
 それで痛い目を見るのは分かってるんだけど、そんな風に賢く考えていられる人が多かったら、誰もボッタクリだなんて思いつくまい。
 古今東西老若男女、全ての人は好みの異性に弱い。そういうものなんだっ。

 …………などと思っていると、俺を両脇から抱えている中年二人の足が止まった。ここが目的地なのだろうかと見上げると、蛮人街の娼館とは大違いの建物が真正面にそびえ立っていた。おお、ここが女将さんと懇意こんいにしている一般街の娼館か。
 三階建で横にちょっと広いけど、この街からすればりっぱな洋館レベルだな。貴族が訪れる【高等区】の【薄紅の館】もこんな感じなんだろうか。

 そんな事を思いつつも両扉を開いて中に入ると、高級ホテルの受付のように立派な木製のカウンターから、執事のような恰好をした男の人が出てくる。
 どうやら彼は受付兼用心棒という所らしい。美形だけど目つきがするどい。
 蛮人街よりも平和な場所だろうけど、やっぱり色町ってのはどこも少々治安が悪いと言うのが当たり前みたいだな。まあ、えっちな事になると人は見境を失くすしな。

 だけど、受付のお兄さんは目つきが鋭いものの柔和な物腰だったので、俺達は特に怖がることも無く紹介状を渡し、くだんのおじょうさんの所へ案内して貰った。
 興味があったので、三階の「仕事場」へ上がる道すがらお兄さんに一般街の娼館の事を聞いたのだが、どうやらここも他の娼館とシステムはそう変わらないらしい。

 受付で似顔絵から好みのお嬢さんを選んで準備を待ち、彼女が間借りするお部屋でムフフな事をするんだそうな。
 似顔絵で選ぶってのは女将さんの【湖の馬亭】ではやらなかったけど、これが認可されている一般的な娼館のやりかたらしい。時々似顔絵と違うと怒る人がいるらしいのだが、まあ……そこは俺の世界のえっちなお店と一緒なのかも知れない。

 ともかく、そんな風に高級娼姫とは違い気軽に会える一般街の娼姫達だが、やはり彼女達も国から認められたと言うプライドがあるようで、ムフフな行為が出来るとは言えそれは「三度目から」の話なのだそうだ。
 それでも、お兄さんが言うには「高等区よりはマシ」らしいのだが、三回も話だけで帰宅って、俺ならちんちん壊死しそうなんだけどみんなよく耐えられるな。

 いや、でも、なんか江戸時代の花魁おいらんだってそんな感じで敷居しきいが高かったらしいし、女性が体を預けるってのは本来そこまで大事な事なのかも知れない。
 ……まあ俺も、誰かの他の奴にケツ掘られるってなったら怖いし、相手がまともな人か分かるまで恐ろし過ぎるから、三回くらい猶予ゆうよがあればとは思うが。

 そういうのがわずらわしいから蛮人街とかにも娼姫の館があるんだろうな。俺達みたいな冒険者だと、三回も来れないって人も多かろうし。
 っていうか俺もそうやってヤられましたし。この隣のヤバそうなオッサンに。

「ここです。……では、何か御用がありましたらベルを鳴らして下さい」

 そつなくお辞儀したお兄さんは、そう言いながら帰って行った。
 あとには、俺達の目の前に扉があるのみだ。
 少し色が暗い赤の敷物が敷かれている広い廊下は、綺麗で静かだけど……女将さんの所とくらべると物が少なくて、大人の雰囲気に俺はちょっとばかし緊張してしまう。こ、これが大人の館か。

 一人でおののいてしまう俺だったが、ぶんぶんと頭を振って、扉をノックする。
 すると、部屋の奥からガタッと何かが大きく動く音がした。

「だ、だれ?」

 か細くて可憐な声だ。しかし、なんだかおびえている。
 あまり強い声を出さない方が良いだろうと俺達は三人で確認し合い、答えた。

「あの、湖の馬亭の女将さんから届け物をしに来ました。受付の男の人が、先に手紙を寄越よこして下さったと思うんですけど……」

 出来るだけ刺激しないように、優しい声でそう言うと――――数秒沈黙があって、ゆっくりと扉が開いた。
 その隙間の暗がりから、明るい薄茶の髪と青い瞳がこちらをじっとのぞいて来る。
 害はないですよ、とにっこりと笑うと、彼女はまばたきをした。

「…………あなたたち、冒険者……?」
「はい。あ、でも……部屋に入るのが怖いなら、俺達ここで……」
「……いえ……入って。紹介状は女将さんの文字だったし、渡して貰うのなら、廊下では色々と問題があるから」

 そう言いながら扉を開けた相手は――――

「……これは……」

 さすがのブラックも、言葉にまる。
 だが、それも仕方のない事だった。俺だって、悲鳴を上げたり顔を歪めたりするのを何とかこらえて、彼女を傷付けないように必死だったんだから。
 それほど、彼女の状態は……思っても見ない物だったのだ。

 今さっきまで、俺達は「回復薬を渡す相手」は普通の娼姫だと思っていた。
 ヘレナさんがお見舞いに行ったこの彼女は、湖の馬亭のお姉さま達と同じように、綺麗で可愛い女性だとばかり思っていたのだ。

 それなのに、まさか……
 彼女の顔が、ただれ果てた火傷やけどおおわれているなんて。

「…………驚いたでしょう……ごめんなさい」
「いえ、貴方があやまることなんて、なんにも……」
「……この顔の理由も、話すわ。まずは入って」

 これほどまでにつらい状態だと言うのに、彼女は落ち着いている。
 顔を焼かれてしまったなんて、どう考えたって美を重んじる彼女達にとっては羽をもがれたかのような苦しみだろうに。どうしてそこまで冷静で居られるのだろうか。
 いや、たぶん、この館の人達や女将さん達が献身的に看護をしていたから、彼女も今泣かずにいられるのかも知れない。

 まあ、一番は彼女自身が強かったって事なのかも知れないけど……でも、彼女の顔がこうなった理由も話してくれるって、どういうことなんだろう。
 そう思いながら薄暗い部屋に入ると、ブラックが小さく舌打ちをした。

「クソッ、あの女将ハメやがったな……」

 俺には滅多に向けて来ない、乱暴な言葉。よっぽど腹が立ったらしい。
 この展開ならそりゃまあそう言う事なんだろうけど、もうこうなったからには仕方ないじゃないか。そもそも銀貨五十枚の使とか明らかに怪しかったんだし。
 それを承知でブラックとクロウもったんだろうから、今更いまさら悪口は頂けない。

 とはいえ、ブラックは人にめられるのとか嫌いだし、仕方ないけどさ。

「……私はゴーテルと申します。このような顔をお見せする事をお許し下さいね」
「いえ、そんな……あの、これ回復薬」
「まあ……ありがとう。これが女将さんが言っていた、特別な回復薬……」

 カーテンの隙間から伸びる一筋の光に薬をさらして、ゴーテルさんは微笑む。

「とっても綺麗な青色……宝石みたいね」
「へへ……」
「……でも、飲むのは後にしますね。女将さんが紹介して下さった冒険者さんに、私のお話を聞いて頂かなければ」

 そう言いながら、ゴーテルさんは俺達に椅子をすすめてくれる。
 彼女は失礼を謝りながらもベッドに腰掛けた。

「で……話って?」

 あまり楽しくなさそうな声で低く呟くブラックに、ゴーテルさんは自分のいびつなほおを指で撫でながら話し始めた。

「私は……元々は【薄紅の館】に勤めておりますが、この通り……この国では珍しい黒髪ですので、繋がりのあるこの【若草鳥の館】にも遊娼として月に数度降りて来ていました。元々体力もありますので、特に外を歩くことも気にせず、いつものように徒歩でここに通っていたのですが……数週間前に、道を歩いていた時に何者かにかどわかされたのです。そうして、どことも知れぬ……何か異様な臭いのする場所に、放置されていました」
「……?」

 どういうことだとまゆを歪める俺達三人に、ゴーテルさんは続ける。

「妙なにおいのする、倉庫のような所で……だけど、そんな所に放置されるなんて、どう考えても悪い事にしかならないでしょう? だから、逃げようと思ったんです」
「その途中で捕まった、とか?」

 ブラックの結論を急ごうとする言葉に、首を振って眉間にぎこちなくしわを寄せる。
 火傷で覆われた顔は本来の美しさを失い、表情を動かす事すら叶わないのだ。
 その事に胸が痛むが、彼女は弱音一つ吐く事も無く、ただ淡々と続けた。

「少ししたら、誰かがやって来て……顔に袋を被せられどこかに連れていかれて……そこで、何か……男のような声でブツブツ呟かれたんです。それが酷く恐ろしくて、私はとにかく逃げようとして立ち上がり走ろうとしたんです」
「た……助かったんですか?」
「いえ。私の悪あがきは、部屋をひどらしたようでしたが……それが気にさわったのか、相手は今度は女のような金切り声できいきいと怒りだしたかと思うと、袋ごと私の顔に火をつけて燃やそうとしたんです」
「えっ……」

 なに、その酷い、話……。
 そんな事をするなんて、人間の風上にも置けない奴じゃないか。勝手にさらって勝手に怒って挙句あげくの果てに酷い事をするなんて、到底とうてい許される事じゃない。
 思わず顔を歪めてしまった俺に、ゴーテルさんはぎこちなく微笑んでくれた。

「……すぐに意識が無くなったので、私は自分がどうなったかしりません。ですが……私が気が付いた時には、下水道の入口に倒れていました。……もしかしたら、相手は私が死んだと思ったのでしょうね。だけど、そのおかげで私は今ここにいます」
「誰かが見つけてくれたのか」

 問いかけるクロウに、相手はうなづく。

「女将さんが雇って下さった蛮人街の方々が。大体の殺人狂は、そういう目立たない場所に死体を捨てるんだって笑っていらっしゃいました」

 お、女の人になんて事を言うんだ……いや、蛮人街ジョークなのかな。
 まあゴーテルさんが嫌がってないなら良いけども。

「最初は髪もボロボロだったのですが、館のみんなや湖の馬亭のお姉さま達がお金を出して下さって、医師や回復薬でなんとか髪と体力だけはこのとおり」
「だけど、顔までは戻らなかった……と」
「はい。これでも随分ずいぶん治った方なのですが。……けれど、このような顔であっても、私を好いて下さった方は『気にしない』と言って下さいましたし、私も大分だいぶん落ち着きましたので……今は、それほど苦に思ってはおりません。冒険者の方でも、時折このような顔になるのでしょう? 誰にでもあることなのであれば、あきらめもつきます」

 そうは言うが、彼女だって戻れるなら元の顔に戻りたいだろう。
 気丈にしてはいるけど、女の子にとっては髪も顔も俺達以上に重要なはずだ。その二つが一度に失われたのだから、彼女が悲嘆に暮れたのはうたがいようも無い。
 ……俺の回復薬が、どうか効いてくれればいいんだけど……。

「なら、どうして今頃いまごろ銀貨五十枚なんて高い話をする気になったんだ?」

 不意に、ブラックが問う。
 その言葉にやっと俺も「そういえばどうして?」とゴーテルさんを見やると、彼女は今までの穏やかな表情から、どこか真剣で思いつめたように顔を緊張させた。

「…………昨日、ヘレナが襲われたと聞きました。私の大事な親友が、黒いローブの男に……。私が襲われた時と同じように、夜の道で」
「……!」
「許せない……きっと、私を襲ったのも、最近頻繁に起こっている娼姫の行方不明も黒いローブの男の仕業です。まだその男は、悪い事を続けるつもりなんです。それを知った時、私……このままじゃいけないと思いました。湖の馬亭の女将さんも、そう思ったんだと思います」
「だから、オレ達に一連の事件の捜査を頼もうと思ったのか」

 クロウが結論付けたことを、ゴーテルさんは無言で肯定した。一片の迷いも無く。
 今だって彼女は理不尽な不幸にさいなまれてるってのに、それでも他の人の事を思って俺達みたいな初対面の男に顔をさらして話をしようとしてくれているんだ。
 それを目の当たりにしちゃあ……断るなんて、出来ないよな。

 彼女の勇気と怒りにこたえてやらなきゃ、男がすたる。
 女の子だけに意地を張らせて何がいっぱしの大人の男だ。

 俺が目指すのは、女の子に心底好いて貰える格好いいオトナの男なんだ。時代劇に出てくるような、ちょっと小粋な遊び人のスゴい奴なのだ。女の子の必死のお願いを聞けないようじゃ、ナンパ男にだってなれやしない。……だから、何が何でも協力しなくっちゃな。
 なんたって、俺は、女の子にはいつも笑っていて欲しいんだから。

「……わかりました。俺達も、精一杯出来るだけ捜査してみます。素人だから、どこまでやれるかは分かりませんが」

 ゴーテルさんを喜ばせたいけど、過度な期待をさせて落胆させるのが怖くて、つい弱気な事を言ってしまう。けれど、彼女は首を振って優しく俺達に微笑んでくれた。

「いいえ、信じております。だって……貴方達は、あの蛮人街で一目置かれる娼館に認められている冒険者ですもの。それに、私のこの姿を見てもおびえたりしなかった。だから……よろしくお願い致します」

 改めて深々とお辞儀をされて、背後でブラックがあきれたように息を吐く。
 だけどこれは彼女に呆れたワケじゃない。この態度は、拒否していた事を結局自分自身でやってやろうと思ってしまった時の、自分への落胆なのだ。

 なんだかんだ、ブラックもやっぱり困ってる人を放っておけないんだな。
 そう思うと嬉しくて、俺は腕にちからめると、ゴーテルさんを元気付けるように「おまかせください」とこぶしを軽く振り上げて見せたのだった。












 
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