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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
相談
しおりを挟む快楽と言うものは、人によって度合いが違う。
そして「己が知っている感覚」というものが少なからずあるものだ。
だからこそ人は未知の快楽に戸惑い、相手が普段は隠している幼さやみっともない本性が目の前に曝される様に興奮するのである。
しかし、それを「新しい自分だ」と受け入れられるのは、己の体に流れる快楽の味に馴染み切った大人だからこそであって……ツカサのように慣れ切っていない者には、そんな未知の快楽は気持ち良いというよりも怖い気持ちの方が強いだろう。
それでもまだ、快楽の延長線上の話であれば、ツカサも戸惑いこそはすれ、泣く事など無かっただろうが……――――
「…………睡眠薬は効いたのか」
大人物のシャツを着ただけのツカサは、自分の膝の上で既に意識を失っている。
体を動かして顎を上げさせても、ぴくりとも反応しなかった。
(本当は、こんな風にムリヤリ寝かせたくなかったんだけど……こうでもしないと、ツカサ君後処理も出来なかっただろうし、僕がするのも嫌がっただろうしなぁ)
顔を拭っただけだが、その前髪や顔面、むっちりとした太腿に閉ざされた股間には未だに濃厚な雄の臭いが残っていて、清めきれていない事実を突きつけて来る。
こんなに未熟で幼い体を大の男が二人掛かりで犯したのだと思えば、またもや体の芯に火が点きそうになったが、ブラックは首を振ってツカサの頬を指で押した。
「考えてみれば、今日のツカサ君は少しおかしかった……気もする」
そう言って、ツカサを寝かすために持って来させた睡眠薬の小瓶を取り出す。
熊公が「顔を拭く布を持って来る」と言ったので、目くばせで合図を送り「ついでにツカサのバッグから睡眠薬を持って来い」と身振り手振りで教えたのだ。
ブラックは以前、ツカサに睡眠薬を盛られて眠らされたことがあり、未だにツカサがその時の薬を処分せず持っていたのを知っていた。
……というか、ツカサが熟睡している間にこっそりバッグを探って確認していたのだが、まあそれはともかく。ツカサも反省したのか、それ以降はブラックに薬を盛る事など無かったのだが、彼のその善良さが今回はうまく働いたようだ。
おかげで、ツカサがぐずぐずになって顔を拭いている間に薬の小瓶を受け取る事が出来、それとなく飲み物に混ぜて飲ませる事が出来た。
ツカサの意思と関係なく眠らせたのは悪いとは思うが、しかし今の状態でツカサが正気を保っていられるとは思えず、こうするしかなかったのだ。
しかし……彼は一体どうしてしまったのか。
(馬車の中で何回もイッて、普通なら失神しててもおかしくないのに……今日は全然気を失わなかったもんな。でも僕としては慣れてくれたのかなぁって思ってたから、別に気にしてなかったよ。その『珍しいこと』に怯えていたなんて、知らなかった……ちょっとはしゃぎ過ぎたかな……)
今日のツカサは、ブラックに対して妙に殊勝だった。
というよりも、会いに来たかったと言う素振りを隠せていなくて、いつも以上に可愛く愛おしかったのだ。それ故に、何度も何度もがっついてしまったが、思えばそこから少々おかしい事になっていたのだろうか。
しかし、だからと言って、ツカサが「こんなのいつもの自分じゃない」と混乱して泣き出す理由にならないだろう。
一体どういう事なのだろうかと首を傾げていると、熊公がツカサに顔を近付けて、ぺしぺしと軽くツカサの頬を叩いた。
「……ムゥ……睡眠薬とは恐ろしいな。いつものツカサ以上に深く眠っているぞ」
「まあ……意識が無ければ都合が良いだろ。ツカサ君の体を綺麗にするから、お前は井戸から水を汲んで来い」
「オレも手伝うぞ」
「じゃかしいわっ、こういうツカサ君を弄っていいのは僕だけなんだよ!」
解ったら行って来い、と駄熊を蹴り出すと、それからブラックはツカサをテーブルの上に横たえて、改めてシャツを脱がした。
「…………」
いとも簡単に脱がされて現れたのは、男としての体を獲得する前の少年そのものの体。女のように扇情的なくびれや胸はないが、その肌の柔らかさや手触りの良さは、大人が失って久しい稀有な感触だった。
汗と精液に塗れているが、ツカサの体が大人になりそびれた無垢な物である事には変わりない。それがまた、子供のような相手を無慈悲に犯しているのだと実感させ、己の卑しい劣情に火をつけて際限なく股間が疼く。が、今はそんな場合ではない。
しかしその体に触れずにいる事が出来ず、ブラックは薄い鎖骨に吸い付いた。
「んっ……」
強めの痕を付けるものの、起きる気配は全くない。
本当は首筋や頬にもキスをしたかったのだが、汚らわしい子種がしつこくこびりついているので、出来るだけ触れたくない。
そんな失礼な事を思っているブラックの事など知らず、桶にいっぱいの水を汲んで戻ってきた熊公を後目に、ブラックはツカサの体を清めた。
本来なら、気を失ったツカサの体を思う存分撫で回し、指でナカを掻き回し弄って楽しみながら清めてやるのだが、今回は粛々と綺麗にするだけに努めた。
あの行為は、自分だけの特権だ。そう思うが故に、誰にも見せたくなかった。
例えこの目の前の熊公が自分にとって特殊な存在であるのだとしても、あの秘密の行為を行う至福だけは、ブラックだけのものなのだ。
――――ともかく、ツカサの体と顔をしっかり拭いてやり、自分達もそれなりに水で洗ってすっきりし、ようやく人心地着いた。
炎の曜術師と言えども、木桶の中の井戸水を適度に温めるのは難しい。
ツカサであれば簡単だったろうなと思うが、それも今はかなわぬことだ。
体を冷やさないようにツカサをベッドに寝かせ、やっと落ち着いたブラック達は、家に置いてあった酒瓶を開けて晩酌をする事にした。
「……にしても、ツカサが自分の体の変化に戸惑う事は今までも有ったが、あんな風に急に泣きだす事なんてあったか?」
綺麗に拭いたテーブルの向かい側で、カップを口に付けたままの熊が喋る。
その行儀の悪い光景を半眼で見ながら、ブラックも酒を含んで鼻から息を吐いた。
「ない、とは言わないが……それとはまた違う感じだったな。ツカサ君が泣きながら言ってた通り、普段なら今日みたいにガンガンされるとツカサ君は丸一日中寝てたりしたし……今はそこそこ慣れてるけど、それでもやっぱり今日みたいにはいかない」
「…………やはり、あの【サウリア・メネス遺跡】での一件が原因か?」
ぐびぐびと下品に音を立てながら喉を動かす駄熊に辟易しつつも、相手の獣人らしからぬ察しの良さに、ブラックは頷くかどうか視線を彷徨わせた。
同意見であると言う事が腹立たしいが、仕方なく頷いてやる。
「ツカサ君の世界で何かがあった……って可能性もあるかも知れないけど、それならツカサ君が先に自覚して教えてくれるだろうしな。それ以外で原因になる事があるとすれば……まあ、それぐらいしか思い浮かばないだろう」
「ムゥ……あのラスターとか言う貴族の小僧が襲ったから、ツカサの体が変になってしまったのか」
不機嫌そうに眉を顰める駄熊に、ブラックは「どうかな」と呟いた。
「アレが“きっかけ”になった……って事は有るかも知れないけどね」
「……というと?」
「ツカサ君はよく覚えてないみたいだけど、気絶したあの時に【黒曜の使者】の何かが働いて、体に異常が起こったのかも知れない。……僕達はツカサ君と出会ってほぼずっと一緒にいるが……実際のところ【黒曜の使者】に関しては、知らない事ばかりだからな。グリモアの一人と強姦まがいの事になって、使者の【グリモアには逆らえない】という部分に何か影響が在ったのだとしたら……」
「…………オレ達、というか、お前との交尾が原因で意識を失えなくなった、と?」
訝しげに問いかける駄熊に、ブラックは喉を曝して酒を煽った。
「っ、ぷはぁ。……ま、僕は別に何も思っちゃいないけど、人なんてモンは心の奥底まで自覚できる訳じゃないからね。僕自身が無意識にツカサ君に『気を失わないで』とか思っちゃってたら、それに引きずられてツカサ君がそうなった可能性もある」
「お前が今回の主犯か!」
珍しく大声を上げてこちらを指さす駄熊。
一応は格上である自分にそのような態度をとるとは良い根性だ。
同じように指を差し【フレイム】で軽く指の先をあぶってやると、駄熊は慌てて指を引っ込めてコップに手を突っ込んだ。
「二度目は腕ごと燃やすぞ」
「ヌ、ヌゥウ……ツカサが居ないとただの暴君だぞ……」
「うるさいなぁ生かして置いてやってるだけでありがたいと思えよクソ熊。……ともかく、実際はどうか分からないが、警戒はしておかなきゃならん」
「……では、今後は出来るだけ交尾しないのか?」
そう問われて、今度はブラックが大いに眉間に皺を寄せ相手を睨んだ。
「ハァ!? なんで僕が我慢しなくちゃいけないんだよ、僕はツカサ君と恋人なの、愛し合ってて最高に好き合ってる婚約者なんだよ! 誰がクソみたいな称号のせいでセックス日照りになるかっての」
「だが、今回のような事がまた起きないとも限らんのだろう? ツカサの不安の原因が分からんまま、何度もこんな事が起これば……またあの時みたいに病むぞ」
「ぐ……」
あの時、がいくつか有って特定できないが、確かにそれは困る。
ブラックは別にツカサの精神を病ませたいワケではないのだ。困らせて怒らせたりしたいとは思っているが、それは愛ゆえの行動で決して嫌がらせではない。
だからこそ、ツカサが本当に嫌がる事だけは避けて来たのだ。
しかし……。
(……確かに、原因も解らないままでセックスをすると……ツカサ君の心が持たなくなりそうだな……。最悪の場合、倒れてイチャイチャする事すら出来なくなるかも)
ツカサはブラックが呆れるほどの意地っ張りだ。それゆえに、限界が来るまで「何でも無い」と強がってしまうのだが、これが行き過ぎてしまうと理性の糸が切れた時に自分自身を責めて苦しんでしまう。
こうなってしまうと、ブラックでもツカサを落ち着かせるのは難しい。
だが、事はそれでは収まらないのだ。
今回の「突然、絶頂から来る気絶が出来なくなった」という事象の理由を解き明かさなければ、ツカサは今後セックスすらも恐れるようになってしまうかも知れない。
本来なら段階的に慣れて行くはずのものが唐突にやって来るのは、本人にとっては恐怖でしかないのだから。
「……はぁあ……。なんだってこんな事になっちゃったかなぁ……」
「解決する方法はあるのか?」
「閨事が得意な娼姫に教えを乞うて解決するとも思えないしなぁ……。正直すっごく嫌だけど、シアンかあのクソ眼鏡か神様気取りのクソ眼鏡に頼むしかないか……」
「クソ眼鏡二人いてややこしいな」
何故か眼鏡が二人もいるのだから、それは仕方がない。
しかし、ブラックにとって最も重要なのは、これから何日ツカサとの恋人セックスが出来なくなるのかということだ。無期限延期など冗談ではない。
せっかくツカサと一つ屋根の下で生活できると言うのに、こんな問題が降って湧くと誰が思うだろうか。つい嘆きたくなったが、そんな無様な姿などこの横恋慕熊には見せられない。
ぐっと堪えつつも、ブラックは残り少ない酒をカップに注いだ。
「ともかく……明日ツカサ君が起きたら、まず神様の方のクソ眼鏡を呼び出す方法を聞いて何か手がかりを探す。早く解決させないと、お前もおまんまのくいあげだぞ」
「ヌゥッ!? そ、それは困るぞ!!」
ブラックが言うなり、目の前の大柄な熊男は焦ったようにガタンと立ち上がる。
自分には関係のない問題だと思っていたらしい。クソ熊め。
内心悪態をついたが、しかし今後何が起こるか判らない以上、ここでお互いに喧嘩をするわけにもいかない。
(はぁ……。せっかくの逗留なのに、どうしてこうゆっくり休めないのかなぁ……)
たまにはツカサと二人きりで穏やかに過ごしたい。
そうは思うが、それは自分とツカサには程遠い夢なのかも知れない。
ブラックは【グリモア】であり、ツカサはその支配から逃れられない呪いを受けてしまった哀れな【黒曜の使者】だ。
どこまで行っても、自分たちを結びつけたその事実は覆す事すら出来ない。
改めて自分達の関係性の凶悪さを実感し、ブラックは頭を抑えたのだった。
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