異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

30.出現

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「さて、問題は……この扉をどうやって開けるかだが」

 呟いた先にるのは、銀の光を滲ませる巨大な金属の門だ。
 狭い通路を割って唐突に差し込まれたかのようなその扉は、天井のきわまできっちりとめ込まれており、どこにも抜けられるような隙間は無い。

 このような金属でできた仕掛けは、世界に散らばる【空白の国】の遺跡でよく見る事が出来る。特に、重要な施設ならまさにこんな風に金属の扉が置かれているのだ。とすれば、このサウリア・メネス遺跡もそのような場所だったのだろうか。
 そんな事を考えながら近付くと、違和感があってブラック達は立ち止まった。

「…………曜気を吸われている」
「ええ、そうみたいね。扉の装飾にまぎれて、水晶みたいな宝玉が五つ、め込まれているけれど……もしかしたら、あのすべてに曜気を流し込むのかしら」

 シアンの言葉に、ブラックは軽くうなづいた。
 なるほど、双方の神殿で五つの属性全てを使用させたのは、五曜をあつかう曜術師全てがそろわない限りこの扉は開かないと言う「啓示」のようなものだったのか。

(五曜を同時に使用させたのだって、あの大がかりな仕掛けを作動させる力が無いと、扉の仕掛けが動かないってのを知らせるためかもしれないな)

 少量の曜気で作動する曜具が世の中に有る今の時代では、そうそう想像もしがたい事だが、このような巨大な建造物を動かすためならば今も膨大ぼうだいな曜気が必要となる。
 仕掛けを動かすための力量だめし、大いにあり得ることだ。
 もっとも、そんな事を考えるのは金の曜術師などの技術者くらいだろうが。

「ともかく……それだけなら、この場にはおあつらえ向きに五曜がそろっているな」

 曜術師とは異なるが土の曜術を使える熊公と、炎や金の属性をあやつるブラック。その二人が使えない水の曜術の使い手であるシアンに……他の属性の練度は知らないが、木属性の曜術を操る事だけは確かな傲慢ごうまん下郎げろう貴族。
 全員が、限定解除級の特別な実力者だ。これで開かぬ扉など無かろう。

 あの若造を評価するのはあまり気が進まなかったが、しかし実力を見誤みあやまるほどおのれくもらせた覚えはない。くやしい事だが、確かに腕だけは上級だった。
 色々と思う事は有るが、扉を開くだけの充分な力は有るだろう。
 そう思っていると、ろくでなしが一歩先に歩み出た。

「……この扉は、俺が一人で開く」
「ですがラスター様……」
「もういい、隠している必要も無くなった。……そもそも、今回の失態は愛しい相手にまで何も言わずに居たのがあだになった部分もある。だからもう、二度とこのような失敗はしない。もう……二度と……」

 その言葉になにか凄みが在ったような気がして、「おや?」とブラックは反応したが、しかし相手はこちらに背を向け扉に近付くと、もう事を始めてしまった。

「存分に喰らえ――――正当な【勇者】たる俺の、完成された力を……!」

 妙に、空気がヒリついている。
 だが下郎げろう貴族は構わず吐き捨てるように告げ、手を扉に押し付けた。

 ――――その、瞬間。
 ブラックは痛みをともなう衝撃を受け、思わず目がくらんだ。

「っ、ぐ……――――――ッ……!!」

 限られた能力で五曜全てを視認できるはずもない、だが、この圧倒的な衝撃だけは確かに身を打ってその場の者全てを畏怖いふさせている。
 かつてこの世界を救った【勇者】の始祖の血筋がそうさせるのか、それともこの男が【黄陽おうようのグリモア】だからなのか、もしくは……――――

(傑出した存在に、不運にも血統と強欲がそなわってしまったせいか……――)

 考えて、ブラックは苦々しい気持ちに顔を歪めた。

 ……自分が手に入れられない全てを持つ、憎い若造。
 このうえさらにブラックを害する唯一のちからを持っているとなれば、同じ【グリモア】だとて、油断してはいられない。元々、グリモア全員が仲間意識など無かっただろうが……それでも、やはりこの存在だけは相容れないとブラックは強く歯噛みした。

(生まれ持った能力が真逆だなんて、笑わせる…………)

 一方は【勇者】とたたええられ、一方は【化物】とののしられ排斥はいせきされた。
 生まれ持った物が違っただけでこうも待遇が違う。「悪しきもの罰するべし」などという文言の表面をなぞっただけのやからは、その言葉通りに【勇者】を崇拝し【化物】から全てを奪って行くのだ。宝も、その命さえも。

 ……それが、この世のことわりだった。
 だから、この男と出会うたび無意識に苛立いらだちを覚えていた。
 何もかもを持つこの男に屈し、全てを奪われるのではないかと。

 だが、例え「そうだとして」も、あの敵対者が望むもの……自分の唯一の宝であるツカサだけは、渡せない。渡す義理も無い。
 ツカサは、このブラックだけの物だ。誰にも侵されぬきずなを繋ぐたった一人の伴侶、未来永劫ブラックを真に深く愛してくれる優しい器。この穢れきった欲望のすべてを受け入れ包んでくれる――――ブラックだけの、恋人なのだ。

 どんな存在だろうが、その事実だけは絶対に壊させはしない。

 そう思い、ブラックは目の前の背中を睨みつけた。

(光か闇かの違いだけで、お前も僕と同じバケモノだ……。だが、お前が欲しがっても手に入れる事が出来なかった物を……僕は持っている……!!)

 五曜全てを支配する、ブラックとは別の意味での【バケモノ】の男。
 決して相容れない存在。

 だが、その「天敵」が本性をさらけ出して欲しがるものを、すでに自分は得ている。
 その存在さえあれば、もう何もいらないと思うような――――最愛の、存在を。

「む……扉が……」

 ぜになった感情で何とも言い表しきれない顔になっていたブラックの横で、熊公がツカサを抱えたまま呟く。
 声の先を今一度見やると、扉に埋め込まれた五つの石に、まるで燃えるように動く美しい色がともっているのが見えた。

 赤、青、緑、橙、白。

 全ての属性を取り込んだ扉は、ゆっくりと轟音を立てて内側へ動いて行く。

「行きましょう」
「……ああ」

 シアンの声と共に、戦陣を切る無言の下郎貴族の背を追い扉の中へ入った。
 すると、内部が青い光に揺れている事に気付き、思わず足が止まりそうになる。

(うわ……最悪な部屋じゃないか……)

 扉の向こう側を照らすのは、青く揺らぐ光。
 まるで、部屋全体が海の中に落ちたかのような錯覚におちいる。
 銀を基調にし奥へと伸びる細長い部屋は、奥に広間を有している。そこへ伸びる道の両側には等間隔に柱が置かれていて、その柱が青い光を放っているのだ。まるで、緋毛氈ひもうせんが敷かれた玉座の間のように、辿たどる道筋が決められていた。

 他人事の視点で言うなら、とても綺麗な光景だ。
 だが、その半透明の青い柱は――――ブラック達にとって、爆弾と同じだった。

「これは……水琅石すいろうせきの原石……!?」
「と言う事は、この光る青い柱全てが爆弾のような物……か……」

 熊公が、その危険性に呟きツカサを深く抱き込む。
 その様子に胸がささくれ立ったが、ぐっとこらえてブラックは周囲を確認した。

「……天井近くに、これまたポツポツと小さな穴があるね。何を放出する穴なのかは知らないけど、ロクでもない物が流れてきそうだな。これだけ『脅し』を掛けられているってことは、とんでもないモノが隠されていそうだ」
「ええ……。あの資料で見た最後の間は、こんな姿じゃ無かった。……と言う事は、私達が辿り着いたこの場所こそが、神殿の本来の最終目的地なのでしょうね」

 まったく、最初から最後まで使えない「資料」だ。
 先人の知恵がすべて無駄とは言わないが、必死に記したであるはずの記録も、実際に見て見なければ間違いと言うことなどざらにある。
 特に、このような【空白の遺跡】は自分達には想像もつかない仕掛けがあって当然なのだ。なくて良かったとは言わないが、それでもやはり自分達ほどの力が無かった先陣をなじらずにはいられなかった。

(まったく、無能が記録を残すとロクな事にならない……!)

 それもまあ、ブラックが自信相応の能力を持っているからこそ言える事だが、傲慢ごうまんと言われようが口に出す事も無く胸に秘めているだけ常人と言えるだろう。

「ともかく、進むぞ。恐れていても全貌は見えん。俺達の目的は、ライクネスで発生した数々の不可解な事件の繋がりを求めての事だ。ここで手がかりを得る事が出来なければ……苦労も無駄と言う事になる」

 他人にそう言われるのは癪だが、今は同感だ。とにかく進まねば。
 罠が無いか細心の注意を払いながら歩き、無数の柱を静かに通過する。
 徐々に終点が近付いて来るが、残念ながら少しも嬉しく無い。それどころか、この場で目を開いている者全員が、嫌な焦燥感にじりじりと焼かれていた。

 ……あまりにも、簡単に行き過ぎる。
 それどころか、今までに吸い尽くした曜気の保管場所や用途がどうも気になって、気が気ではない。ここで最後の「仕上げ」をされるのではないかと思うと、ブラック達はどうしても警戒せずにはいられなかったのだ。

 だが、その慎重さが幸いしたのか、それとも元から「正当に通って来た者」を阻害するような機能などなかったのか、水琅石の柱を揺り起こすような事態は起きず案外簡単に目的の場所に辿たどいてしまった。

(…………こけおどしか……それとも、油断させているのか……)

 なんにせよ、まだ気は抜けない。
 そうは思ったのだが、柱の通路を抜けて目の当たりにした広間に存在した物を見て――――ブラック達は、思わず予想の埒外らちがいであった「それ」に、硬直した。

「な……んだ、これは……」

 広い、まるで舞踏会でも開かれるために有るかのような部屋。
 四方の壁には美しい透かし彫りをほどこされ、奥に様々な鉱石の淡い光が見える、絢爛けんらん豪華ごうかな部屋の中央。そこには。

「石板を浮かす……女神…………?」

 そう、美しい広間の中央には――――


 七つの石板を己の手から手へ頭上を経由して渡す、女神の像があった。


「これは……女神……いや、髪は長いが断定がしづらいな……」

 資料を持って来たくせに、下郎げろう貴族も判断が付かないようでただ見上げている。
 ブラックも像を見上げたが、確かにその像は男女の判断がつかない。しかし、目を閉じおだやかな顔で両手を広げているその像は――どこか、見知った人に似ていた。

(ツカサ君に……似てる…………)

 高く荘厳な台座の上に凛と立ち続ける像は、布で裸体をおおい鎖骨から上とそでの無い腕以外はその体をつつしぶかく隠している。
 だが、首から下がる月と太陽を模した首飾りと、紋様を刻まれた小板と玉を垂らす耳飾り、それに手首にいくつか掛かる腕輪が、この像の印象を女性的な姿により一層いっそうかたむけている。

(でも、やっぱり何かツカサ君みたいだ……)

 髪が長い。頭には植物の美しいかんむりを頂いている。
 見れば見るほど女性的ではあるが、仮に彼女だとしてもその姿は目を閉じるツカサの雰囲気に酷似していた。しかし、何故そう思ってしまうのか。
 ツカサは愛らしい童顔だが、決して分かりやすい女顔というわけでもでもないのに。

(前に、ああいう格好をしてたからかな……?)

 ツカサは長髪のカツラを被って踊り子のフリをした事も有るし、最近もああいった布を巻くような衣装で踊らされたりしていたので、その記憶が重なったのだろうか。
 不思議な感覚に首を傾げるブラックの横で、シアンが呟いた。

「…………あの石板、なんだかおかしいわね」
「浮いてるってコトがか?」

 思わず下らない事を言ってしまうが、そんなブラックにシアンは「こんな時に何を言ってるの」と怒ったように目を細める。

「そうじゃなくて、あの石板を見なさい。まるで枠のようになっているわ」
「…………元々何かがハマってたってこと?」
「かも知れないわね。……何にせよ、無暗に近付かない方が良いかも知れない。この部屋がこれほど広いのも気になるし……」
「ならば、俺が術で全体を把握はあくして……――――」

 こちらの会話を盗み聞きしていたのか、下郎貴族が話に割り入って来る。
 だが、提案をしようとしていた所に別の声が更に割り込んできた。

『来訪者に、虹のきざはしの祝福がらんことを』

 聞き覚えのある、声。

 その音の方向を咄嗟に見たブラック達は、目をいた。
 何故なら。

「な……っ……」
『女神イスゼルをまつたみよ、その意思を讃え叡智を与えよう』

 何故ならそこには、太い腕に抱かれて目を閉じている――――愛しい恋人が、うっすらと口を開いていたのだから。












※またもや遅れてすみません…最近遅い…!!。゚(゚´Д`゚)゚。
 もうちょっとで新章です

 
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