異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

28.どうしてアンタにだけは

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「――――……!!」

 明確に、体中総毛立つ。
 だけどその体のざわつきが、嫌悪なのか反射なのかわからない。

『おお、遠距離でもなんとかなるねえ。……よし、じゃあやってみよう』

 準備が出来たら声を掛けて、と言うブラックの平素な声が、今の俺の状況とあまりにも剥離はくりしすぎていて体のぞわぞわが止まらない。
 俺は今、ラスターに背後から抱き付かれている。それはブラックが怒るだろう行為なのに、相手はそれを知らずに普通に話しているのだ。

 それが、どうしようもなくあせりを覚えさせる。
 違う、こんなことしたいんじゃない。こんな行為許してない。ラスターには、散々「やめてくれ」と抵抗したんだ。でも、駄目だった。俺の貧弱なちからじゃどうにもならなかっただけなんだ。

 決してブラックを裏切っているわけじゃない。
 なのに、相手の声音がいつも通りであればあるほど、俺の罪悪感はふくれ上がって、どうしようもなく心が苦しくなってしまった。

「返事はいいのか」
「っ……! じゃ、あ……合図、して……」

 耳に息を吹きかけられて、思わず顔をそむけたくなる。
 ラスターが嫌いなんじゃない。けど、俺がいつも感じていた吐息とは違う、明らかに別物の吐息を感じると、無意識に拒否反応が出てしまう。
 それをラスターがやっているのだと思うと、何故か……酷く、耐えがたくて。

 だけど、逃げる事すら出来ない。
 壁に押し付けられたままの俺は、ラスターが壁に手を当てるのを見ている事ぐらいしか出来なかった。

『じゃあ行くよ。3、2、1……』

 こちらの事を知らないブラックは、真面目に数を数えている。
 その声を聞きながら、ラスターは壁の紋様に刻まれた二重丸のしるしに手をつけ、白く輝く光を発した。純粋で強い、金の属性となる曜気の光を。

「――――っ!」

 がこん、と妙な音がして、遠く――――部屋の遠い両端から、なにやら機械が動くような音が聞こえてきた。何が起こったのかと思わず片方を見やると、そこには――――なんと、部屋が徐々に持ち上がり、階段状に浮き上がって俺達が手を触れる壁の向こう側へと吸い込まれていく光景が。

「…………」

 口をふさがれていて何も言えないが、それでも思わず言葉を失くす。
 恐らく、もう片方の部屋のはしっこもこうなっているだろう。今度は部屋全体が機械仕掛けで動いたと言う感じなのかな。
 それにしても、物凄い光景だ。

 部屋の曲がり具合からして、スロープ状の通路になったみたいだ。まだ上に続いているようだけど……本当に、どこへ俺達を連れて行こうと言うのか。
 ……なんにせよ、今回も上手く行ったらしい。

 正直、ラスターとブラックの息が合わないのではないかと嫌な意味でドキドキしてたんだけど、考えてみれば両方冷静さは有るんだから、そういう事も無かったか。
 けどさ、ラスターは今、俺に対してセクハラしてんだぞ。おかしいんだぞ!!

 なんでこの状態で冷静で居られるんだよ、お前本当熱とかでてんじゃないの!?
 マジで変だって、こんなの……っ。

『……よし、なんとか成功したみたいだね。残りは……あの資料通りならあと一部屋かな? またそこで待ってるね』

 手がゆっくりと顔から離れる。
 そんな事をしなくたって、ブラックに言えるはずもない。

 ……いや、あと一部屋。一部屋で終わるんだ。だったら、あと少しでブラック達と合流できるし、この状態だって無かった事に出来る。
 ラスターと二人きりなのも、終わるはずだ。だから。

「おう。じゃあな」

 上擦りそうになる声を必死に抑えて、冷静に言い切る。
 そうして、息を吸おうと口を開いたと同時、ラスターが伝令穴の扉を閉めた。
 まるで、連絡手段を断つかのように。

「っ……! ら、ラスターっ、もうやめろ、マジでやめて……っ」

 ラスターはブラックに聞かれるのを防ぎたかったのかも知れないけど、それは俺にとっても好都合だ。この状況を収めるには、もう今しかない。
 だから、俺はラスターの腕から逃れようと暴れて「こんな事もうするな」と示したのだが……相手にとって、俺の抵抗は酷く不快に思えたようで。

「なにを、やめろと?」

 声が、低い。
 いつものラスターの自信満々な声じゃない。
 まるで、まともな大人が深い怒りをこらえているかのような声で……

「うあっ」

 肩を強引に引き倒され、今度は地面に押し付けられる。
 こんな状態では話も出来ない……というか、明らかに危機的状況でしかなかったので、とにかくラスターと距離を取って相手を冷静にさせようと思ったのだが、相手は俺を易々やすやすと逃してくれるほど甘くは無かった。

 再度片手で押さえつけられ、また起き上がれなくなる。
 その腕を両手で引き剥がそうとしたのだが、まったく動かない。
 だけど抵抗をやめる事も出来ず躍起やっきになっている俺に、ラスターは軽蔑けいべつしたように目を細めながらゆっくりと顔を近付けて来た。

 整った綺麗な顔が、目と鼻の先に在る。
 けど、その表情はいつも見ている自信満々な笑みをたたえた顔じゃない。
 ラスターらしくない、表情だった。

「ら……ラスターなんで……アンタ、さっきから何かヘンだよ。いつもと違う……」

 思わずそう言うと、ラスターは俺をあざけるようにまゆゆがめた。

「いつも? お前は、生まれて来て今までの俺の全てを知っているとでも言うのか? その上で俺がおかしくなったとでも言いたいのか」
「え……そ、そんな……」
「ああ、そうだな。お前は俺の事をほんの少ししか知らない。俺の二十数年の生き様も、俺がどう考えているのかも、何もかもお前は爪先つまさきほども知らないんだ」

 そ……そりゃ、そうじゃないか。
 だって、俺はラスターと出逢ってまだ数度しか行動を共にした事が無い。
 ラスターが良い奴だと言う事は知っているけど、でも、アンタの人生なんて知るわけがないじゃないか。そもそも、悪友の家の事情だって俺は知らない。
 ブラックやクロウの過去だって……。

 ……しかし、それが悪いなんて事は無い。それで良いから、付き合ってるんだ。
 人となりを知るのに全てを知る必要はない。信じられると思えばそれでいい。
 そう、思ってるから聞かなかった。なのに。

「ぜ……全部、知らないと……アンタを良い人だって思っちゃいけないのか……?」

 そんなの暴論だ。
 付き合っていく内に「アレ?」と思う事はあったって、そんなの、その人の人生を全部知らなきゃ理解出来ないってわけじゃないだろう。
 相手の痛くも無い腹を探ることなんて、したくない。

 だけど、ラスターは俺の言葉に更に激昂したように言葉を吐く。

「そうやって俺を……ッ、俺を型にはめて考えて安堵あんどするのか。俺がどれほどお前の事を想って懊悩していたかも知らないくせに……!」
「でも、だって、そんなの俺は……」

 知りようがない。他人の心を見透かす術なんて俺には無いんだ。
 だから、正妻だと言ってた言葉だって、俺は…………俺、は…………。

 …………あの言葉を、俺が冗談だと思っていたから……こうなったのか?
 ラスターの思いにもっと早く気付いて、そうしてすぐに答えを出してさえいれば、今こうやって口論する事も無かったと言うのだろうか。
 でも、そんな事を考えたってもうどうしようもない。

 ラスターは我慢の糸が切れてしまった。俺が後悔したってもう遅い。
 どれほど俺がラスターの願いを断わっても、最早もはやどうにも……いや、だめだ。あきらめたら、ラスターの心はもっとすさんでいく。俺が相手と対話するのをやめてしまえば、それこそ完全に俺とラスターの関係はこじれてしまうじゃないか。

 そんなの、嫌だ。
 こんな事をされるのはイヤだし、ラスターを異性だとは思えない。
 だけど、こんな事をされたって、触れられる事が怖くなったって……俺は、以前の優しいラスターを、もう知ってしまっている。真面目でまともなラスターをしっかりと覚えているんだ。

 それを記憶から消す事は出来ない。
 例えラスターが何を考えていても、やっぱり俺は……仲間を、失いたくない。
 だから、何をされるか分からなくても、話さなくちゃ。
 このままでは壊れてしまう。俺も、ラスターも……。

「俺が怖いか、ツカサ。……お前が悪い。この俺の真剣な思いを冗談だと思い込み、こたえようともしなかったお前のせいだ。俺の激情を呼び起こしたのは……お前だ」
「っ……!」

 顔が、近付いて来る。
 避けようとしたけどそれも出来ず――――俺は、ラスターとキスをしてしまった。

 …………だけど、それが何だって言うんだ。
 キスくらいなんだよ。俺は何回も奪われまくったんだぞ。情けないけど、ブラックとかクロウ以外の奴らからもキスされてんだ。今更いまさらこんな、こんなのが何だ。
 気をしっかり持て。ショックを受けるな。
 ラスターは最初から、俺に対して「正妻にする」と宣言してたじゃないか。それをまともに受け止めなかった俺が悪いんだ。だから震えるな。頼むから……っ。

「は……ははっ……」

 笑い声が、聞こえる。
 だけど何故かその声は泣きそうで……思わず相手の顔を見やると。

「他の男の口付けは良くて……俺は、ダメだとでも言いたいのか……?」

 ラスターは、泣きそうな……苦しそうな顔をして……笑っていた。

「ラス、ター……」
「それほどお前は俺が嫌いか。そこまで、俺はお前にとって魅力のない男だという事なのか……? ふふっ、ははは……こんなに、そでにされたのは……初めてだ……」
「ち……違……違う、だって、俺……お、おれ……ラスターのこと……」

 ラスターの事は、仲間だ、って。頼りになるヤツだって。
 俺に大事な言葉をくれた恩人だって、思って…………――

 ………………。
 そう、思ってるのに…………なんで、ラスターだけは……ダメなんだ……?

「……俺の事を、なんだ」
「ぁ……」
「答えられないのか」

 イラついた表情のラスターにそう吐き捨てられるが、何も言えない。
 その疑問に辿たどいてしまった俺は、何を考えたらいいのか解らなくて、今までに「オス」から受けたセクハラや酷い事を思い返して固まってしまっていた。

 ……俺、こんな…………こんなに抵抗した事、あったのかな。
 アドニスにひたいにキスされたけど、なんとも思わなかった。恥ずかしい所も見せられたし、体も触られたけど、なんとも……。それに、変な術に掛かっていたとはいえレッドに触れられても俺はここまで拒否感が無かったし、クロウとは早い段階から、もう。

 何度も、何度だってブラック以外の誰かに触れられた。抵抗も出来ずに。
 むしろ……ダメだと思っていても俺は抵抗も出来ず、なし崩しになってて。
 ……だったら、ラスターにだって抵抗できなくなってもおかしくないじゃないか。
 あの最初の頃みたいに、屋敷の風呂でラスターに犯されかけた時みたいに、触られて体が熱くなって、そんな自分にくやしいと思うのがいつもの俺じゃないのか。

 なのに俺は……なんで、ラスターだけをこんなに強く拒否しているんだ。
 無意識にブラックにみさお立てしているとでも言うのか。

 解らない。だけど、どうしてもダメなんだと俺の中の何かが言う。
 例え激しく抵抗してラスターを突き飛ばす事になっても、そうせねばならないのだと心の中の「なにか」が強く主張しているかのようだった。

「お……俺、だから……アンタとは、仲間でいたい……」
「俺はお前を妻として娶りたい。あんな男の妻になどさせん。お前には、俺の跡継ぎを……子供を産んで貰う。俺と共に生きて、俺の一族に名を刻ませる……!」
「ラスター……っ。お、俺……本気で、怒るぞ……怒るからな!?」

 もう、話が出来そうにない。自分自身混乱している。
 なんでラスターだけ駄目なんだ。どうして、こんな風に激しく拒否しなくちゃ駄目だと思っているんだろう。分からない。だけど、拒否しなくてはいけない。
 ブラックに指輪を貰った俺は、ブラックの恋人だ。アイツだけなんだ。

 ラスターじゃない。ラスターは、仲間。大事な仲間で、だから。だから俺……

「怒っていいさ。存分に怒るがいい。だが、俺は退かんぞ。……もう、我慢して待つのは……こりごりだ……。もう二度と、を手放したりしない……!」
「ひっ……!」

 俺の体を、何かが触っている。ラスターのもう片方の手だ。
 だ、だめ。いやだ。触んないで。そんな風に触るのイヤだって!

「ラスター! 嫌だっ、やめろ!」
「イヤだ? そのワリにはお前の足は俺に対して従順なようだがな」
「ぃ……っ、う……うぅ……!?」

 あざけるようなラスターの声に、そんなバカなと足を動かす。
 ズボンが消えて素足を曝け出している足を、ラスターの手が優しく撫でて、ひざの頭から俺の敏感な内腿うちももへと登って来た。
 そんなのぞわぞわするだけなのに、俺の足はラスターの指がわざと太腿の肉に沈み込むたびに細かに反応して、ひくひく震えてしまう。違うのに。そうじゃないのに。

「ちっ、ちが……違う、これは……っ」
「何が違う。さっきの拒絶が聞いてあきれるほどお前の足は従順だ」

 違う。俺は本当に嫌で、こんなのもうやめたいんだって。
 く、くそっ、もうこうなったらラスターを蹴り上げてでも……。

「ふあぁっ!?」
「内腿が好きか。メスの中でも極上の肉付きだな、お前は」

 ちからめた足の内側を急に揉まれて、思わず声が出る。
 抑えようと手で口を抑えたが、ラスターはそんな俺に満足げに笑いながら、その手を酷くゆっくりと布の中に滑り込ませてきた。
 もう、下着のすその所まで来てる。それ以上触れられたら、いやだ。そんなの、仲間と、ラスターとする事じゃない。違う、アンタとはそんな関係じゃない。違うんだ。

「らっ……らすたっ……いやだ……たの、む……頼む、から……っ」

 首を振るが、体に力が入らない。何故か体が思い通りに動かなかった。
 どうして。今逃げないといけないのに、何でこんな。
 このままだと、駄目だ。逃げないと、今度こそラスターと、俺……っ。

「口を閉じるな」
「んんっ、ぅ、あ……っ!」

 無意識に口をおおっていた両手を引き離され、手首をつかまれる。
 だが、その手を振りほどかずにラスターは優しくてのひらに口付けた。
 それだけで、そのかすかな音だけで俺の体がゾクゾクと震えて来る。いつもの感覚だけど、違う。いつものより、なんだか怖くて強い。

 キスされただけで、触れられただけでこんな風になるはずないのに。
 ましてや、ラスターとはこんな関係になりたくないと思っているんだ。そんな状況で、ブラックと抱き合っている時みたいな、こんな……っ。

「い、嫌だっ、ラスター……っ、いやだぁっ!!」

 こんなの、違う。こんな事望んでない。
 涙が勝手に込み上げて来るが、もうそれすら俺には止められない。
 逃げたいと思っても動かない体は、ラスターに拳の一つも打つことが出来ず、ただ相手の手の感触に震えていることしか出来なかった。

 そんな俺に、ラスターは再び顔を近付けて来て、至近距離でにらみつける。
 興奮と怒りと、それ以上の激情でぎらぎらと光る、翠色の瞳。
 綺麗だと思っていた瞳が、今は怖くて仕方がない。だけど相手は構わずに、俺の目を見つめながら――――強く、言葉を吐き捨てた。

「お前をあの男になど渡すものか…………お前は……お前は、俺の物だ……!」

 そう、言って。
 戦慄わななく俺の口に、噛みつくようにキスを寄越した。

 ――――刹那。

「――――……ッ!? ンッ、グ……ぅ、んんんん!!」

 なんか、おかしい。
 体がビリビリする。なにこれ、変、嫌だ、なんだこれ、やだ、いやだ……!!

「……ッ、つ、ツカサ!?」

 目の前がチカチカして、ラスターの声が遠くなる。
 周囲が様々な色の光に包まれて、風が通り過ぎる時のような轟音が聞こえた。
 だけど、体がビリビリして、お腹の奥が熱くて、苦しい。

「あっ、ァッ、あぁああっあぁああああ!!」
「ツカサっ、な、なんだこれは……ツカサ、大丈夫か、おい!!」

 何が起こっているのか解らない。
 だけど、たった一つ。それだけは、意識が混濁する中で、見えた。


 ラスターの頭の向こう側に――――

 いかづちまとった、七つの異なる魔法陣があるのが。











 
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