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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
24.紙一重が多過ぎる
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「わーっ!! 水っ、水ぅううう!!」
「キューッ!!」
「落ち着けツカサ、まずその蛇を上まで飛ばして足場になる場所を探すんだ!」
まさか、こんな事になるとは思ってなかった。その驚きに目を白黒させるが、俺は言われるがままロクショウにお願いして、水飛沫を避けながら上へと飛んで貰う。
天井が見えない、塔みたいに上へと高く伸びている狭い部屋は、ただこの場に居るだけで、なんとも閉塞感が有って恐ろしいような感じがした。
ああでもなんでこんな事に。
思い返すが、展開が唐突過ぎて伏線すらもわからない。
えっと……たしか……。
庭園の間で一息ついたと思ったら、ラスターが急に指輪で向こうの位置を確認するように言って来て、そんでブラック達が移動していると知ったら「すぐ出発するぞ」とか言い出して……ムベみたいな変な木の実の事も言い出せないまま、俺達は現在地に辿り着いたんだっけ。
その時は、こんな事になるなんて思ってなかったんだよな。
なのに、八畳間ほどの大きさの、妙に天井が高い部屋に入ったと思ったら、急に上から水がボトボトと落ちて来て、入り口が塞がれてしまった。
何もしてない。何も踏んでないんだぞ俺達は。なのに急に!
ああもう己の頭の中で記憶を反芻するヒマすら惜しいっ。とにかく罠だ、トラップだ、水責めに遭ってるんだ俺らはぁああ!
「ツカサ落ち着け、まだあと数分くらいなら時間がある。だから、あのヘビが戻って来る前に【ラピッド】をかけるんだ。……出来るな?」
そう言われて、俺はラスターが何をしようとしているのかを悟った。
【ラピッド】と言うのは、曜気ではなく“大地の気”を使った【付加術】と言うものによって発動する術だ。
大地の気って言うのは、金色の……まあ俺が知る所で言えば、無属性というか生命属性と言う感じの……とにかくそんな感じの力で、体力や活気や自然を育てる養分になったりもしている。キュウマやこの世界を良く知る人が言うには「この世界の根源から湧き出る純粋な力」らしい。
曜気がそれぞれの属性に分かれる前の力っていう話も有る。
とにかく、そんな凄い力ってワケだな。【付加術】はその力を使うんだ。
んでこの【付加術】は、曜術師ではない人も使える事が多くて、冒険者にとっては必須の能力とも言える。炎とか水とかそういう物は出せないけど、その属性と名前の通り、術を使って身体能力を強化したり、風を起こす事もたやすい。
……まあ……それも鍛錬あって出来ることなんだけ……それは置いといて。
そんなワケで、この【付加術】だけは人族であれば努力で獲得できる力なのだ。
なので当然俺もラスターも付加術を使えるのである。
とはいえ、俺はビギナーなので数個の術しか使えないんだが、しかしその中に【ラピッド】があるので安心だ。このラピッドという術は脚力強化の術で、速く走ったりキックを強くしたりと様々な行動に力を上乗せできる。
その術のおかげで、長距離走が苦手な俺でも長く素早く走る事が出来るんだが……って悠長に考えている時間は無い。
なんとか心を落ち着けると、俺はラスターに言われたように己の足に【ラピッド】を使用して、なんとかロクショウが「とっかかり」を見つけてくれる事を祈りながら暗がりの天井を見上げた。
「ど、どうかな……あるかな、逃げられるところ……」
ドドドド、と水が迫ってくる音がする。それにつれて上から降ってくる水飛沫の量も大雨かと錯覚するぐらい激しくなってきて、いよいよヤバいと俺は足を動かした。
うわ、ゆ、床にもう水が張ってる。
足首の所までもう来てるじゃねーか、どどどどうしよう。
っていうか、この激しさだとロクだって危険なんじゃないのか。
ああどうしよう、ロク無事に戻って来てくれ。そろそろ天井を見るのも苦しいほどの水を浴びて、軽くよろけたと、同時。
「キューッ! キュッ、キュキュッ!」
「何と言ってる?!」
「た、たぶん上に何かあるみたい!」
「よし。ツカサ、さっき取ってきた実を一つくれ」
「ははははいっ」
ラスターに言われて、俺は慌ててバッグからムベっぽい実を取り出して渡す。
すると、ラスターはその実を握り締め、強く立ち昇る湯気のような緑色の光を体に纏わせながら、何事かをブツブツと呟き実を持った手を思いきり地面に押し付けた。
緑色の光が木の実に一気に流れ込み、ラスターは強く言葉を発する。
「我が美しき名に応え、力を示し道と成れ――――【ディノ・グロース】!!」
ラスターを包む光が一気に膨れ上がり、辺り一帯を照らさんばかりに強く輝き放射する。思わず目を細めた俺の肩にロクがしがみ付いたと同時、地面に押し付けられたムベのような木の実がボコボコとその皮を中から叩き始めた。
な、なんだこれ。普通のグロウじゃないのか。何が起こってるんだ?
「ツカサ、一緒に跳ぶぞ!」
「えっ、ええ!?」
ラスターが一気に立ち上がり、俺の腰を掴む。
水で濡れて重くなった服を、外側から大きな手で体に押し付けられて思わず呻いてしまったが、ラスターは気にせずに腰を屈めた。
俺の体も、ラスターによって強引に膝を曲げさせられる。
その段になってようやく我を取り戻し、俺とラスターは自分の足にありったけの力を込め、空へと跳躍した。
「――――ッ!!」
「あばばばっがぼっごぼぼっ」
ああああ変に口を開けちまったせいで凄い勢いの水がっ、水が。
物凄い間抜けな声を出しながらも、なんとか水圧を退けて二回ほどの高さまで跳躍したと思った瞬間。下から思っても見ない物が迫って来て――俺は目を剥いた。
「がぼっ!?」
下には、大量の水が溜まっているはずだった。なのに、見えない。
いつの間にか俺達のすぐ足元には、部屋いっぱいに枝葉を伸ばして驚異的な速さで追いかけて来る、何かの木の頂点が在ったのだ。
驚いて声を出してしまったが、しかしラスターはその大樹の枝に上手く着地して、俺を太い幹に先にしがみ付かせてくれる。
やっと確かな足場に降りる事が出来てホッとした俺に、ラスターは水に濡れて張り付いた金髪を掻き上げながら真剣な顔で体をくっつけて来た。
「まだ安心するな。水の勢いに体を持って行かれないようにしがみ付いていろ」
「う、うん……」
ムベっぽい実の成長した姿であるこの木が、水の勢いにも負けずグングン上昇してくれるおかげで、葉っぱが水を弾いてさっきよりも随分と呼吸が楽になった。
だけど、周囲から降り注ぐ水は衰えを知らない。
水源に近付く度に防ぎきれない水がぶち当たってきて、そのあまりの勢いと重さに俺は「冗談なんて言ってられない」と思い、必死に幹にしがみ付いた。
そんな俺とロクショウを、ラスターが覆い被さるように守ってくれる。
こんな事をされるなんて男らしくないし、正直自分よりもデカい男に守られるなんてプライドが大いにダメージを受けたけど……でも、それ以上に、ありがたい。
生きるか死ぬかと言う恐怖の衝撃を身を以って知った今は、自分よりも強い相手が絶対に守ってくれると言う安心感が、何よりもありがたかった。
願わくば、このままロクショウが教えてくれた場所に到着できたらいいのだが。
そう思いながら、近付いて来る強烈な水音とその水源からの強い飛沫に耐えていると――――ついに、水が流れてくる頂点に達した。
「あっ……!」
しっかりと四角く固められた水路の終点。
その水の出口から、こちらを殴り倒そうとするかのように流れてくる大量の水は、滝とも言えるほどの恐るべき水量だった。
こんなに大量の水がどこから。つーかこれほどの物なら、そりゃあ俺達が居た水底にも強い水飛沫が届くよな。でも、ここまで激しい勢いだったんなら……あと一分でもあそこに立ち止まっていたら、俺達は動けなくなってたかも。
「こわ……」
思わず口に出した俺に、目の前のラスターの横顔も小さく頷く。
「…………狭いせいで、強い水流が生まれる。あのままでは、俺達は水の中から抜け出せなかっただろうな……。まったく、恐ろしい仕掛けだ」
その言葉に、ロクショウが「キュウゥ……!」と声を上げて震えあがっている。
いや、そりゃそうだろう。だって、いくらロクでもこの小さく可愛い姿のままでは全力を出す事なんて出来ないだろうし……うわ、俺達って本当に危なかったんだな。
だけど、一体なんなんだこの遺跡は。
正しい道順を通っているずなのに、どうしてこんな恐ろしい仕掛けばかりが俺達に襲い掛かってくるんだろうか。ここが神殿というのなら、こういう危険な仕掛けとか作る理由もないよな……?
だって、神様の教えを伝えるための遺跡……の、はずなんだし……。
それなのに、死にかけるくらいの罠なんて何だか変だ。
……この神殿って、マジでどういう場所だったんだろう。
そう考えている間に、木はあっという間に恐ろしい水路を抜けてぐんぐんと育つ。
水の脅威がなくなったと思ったら、少し上の方に短い梯子が垂れさがる通路の起点が見えた。ロクが見つけたのはあそこなんだな。
枝と一緒に近付くと、錆びてボロボロになっている金属製の梯子の先に、休憩所のような小さな部屋が見えた。
なんだか、ロビーというか船着き場というか……まさか、あの水の仕掛けも危険な罠じゃなくてただの大掛かりな装置だったってことはないよな?
でも、そうでなければこの奇妙な光景がよくわからなくなるんだが……。
「ツカサ、降りるぞ。この術も、そう長くは持たない」
「あ、ああ」
先に降りたラスターが、俺の方へ手を差し出す。
色々と思うトコは有るけれども、俺はヘナチョコだし……それに、落ちたらヤバい高さだからな。大人しくラスターの手を握って引き寄せて貰おう。
大きくて濡れそぼった手を握ると、強く握り返されて引っ張られる。
思った以上の力だったせいで宙を飛ぶように引き寄せられてしまい、俺は不覚にもラスターの胸の中に思いっきりダイブしてしまった。
ぐ、ぐうう、水で濡れそぼっててめっちゃじとじとする。
いや俺もびしょ濡れだからお互い様なんだけど。
「っ……ツカサ、大丈夫か」
「うん、俺は平気。あんがと」
いや、ほんと、助けて貰ってばかりでお恥ずかしい。
つーか木の曜術なら俺が出せば良かったような気もする。こういう時に咄嗟に動けないから俺はダメなんだよなぁ……はぁ……。
ラスターの流石【勇者】だと言える行動と自分のマヌケさを比べてしまい、思わず息を吐いてしまったが……そんな俺の息を遮り、肩でロクショウが恐々と言った様子で震えながら鳴いた。
「キュ~……」
「ああ、酷かったなぁ……。ロク、寒くないか?」
「キュゥ」
大量の水が怖かったのか、ロクショウは俺に甘えて頬に頭を摺り寄せて来る。
よしよし、怖かったな。
ラスターの胸から離れてロクの濡れた頭を撫でつつ、俺は周囲を見回した。
…………石造りのベンチが部屋にはいくつか置かれていて、俺達が降り立った場所の対面にはガラスの無い窓が開けられた壁があり、ここを部屋たらしめている。その先に通路が続いているが……今は先に進めないな。
「ラスター、ちょうど良いからここで火を焚いて、少し休憩しようぜ。このままだと風邪引いちゃうし……」
俺の言葉に、相手もそう思っていたのか素直に頷く。
「そうだな……」
ちょっと元気がない。いつもの自分を讃える美辞麗句も出てこないようだ。
もしかしたら、思った以上にラスターも体力を消耗しているのかな。
だとしたら……このまま進むのは余計に危険だ。
俺は気合を入れると、早速たき火の用意をし始めた。
「ついでに、なんか温かいモンでも作るよ」
こういう時は、ひたすら体を温めることに徹するしかない。
次も、こういう酷い罠が待ち受けているかも知れないんだし……ラスターが疲れている今だからこそ、俺に出来る事をしなくっちゃ。
よし、ここで俺の面目躍如だ。美味いスープを作ってやるぞ。
ラスターに背を向け、俺はコッソリと気合を入れたのだった。
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