異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

  幸運とは色んな種類があるもので2

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「にしても、果実ってどんなのなんだ?」
「色々な場所に点在していたな。一番近いのは……ああ、あそこだ」

 そう言いながらラスターが指で示す先には、緑の木々の間にチラチラと見える赤紫色の見慣れない果実があった。
 たわわにみのるとはこの事かと思うほどにどっさり枝かられているが、これも俺達から吸い取った曜気で生えて来たのだろうか。

 ずーっと使っておいて何だが、ホント曜気ってワケわからん力だよな。いや、それを言えば、きっと魔法を使ってる人だって使ってるうちに「原理なんなんだよ」とかちょっとばかり思ってるかも知れないんだけど。

 ……説明が付かないちからが当たり前のようにそばにあると、どーしても人間って「なんで?」と思っちゃう時があるんだよな、うん。
 別に納得してないワケじゃないんだが、慣れて来ると逆にミスしがちになる現象と一緒なのだろう。我に返るってのもそうなんだろうけど……まあ、どっぷり心酔するとそれこそ盲目的になっちゃうから、たまには疑問に思ってもいいよな。

 そんな余計な事を考えながら、俺はラスターの背後から離れず果実に近付いた。

「うーん? なんか見た事有るような……」

 そう。ラスターの背中から覗き見た果実は、どうも見覚えがある。
 もしかすると俺が知っている果物なのではないかと思い、目をらしてみるが……やっぱりよく分からない。

 キラキラ光る陽光のような謎の光のおかげで、木漏れ日がそこかしこに現れているせいか、少し高い場所に有る果実の詳細が見づらい。

 なんにせよ食べられれば嬉しいんだけどなぁと思っていると、俺の肩に乗っていたロクショウが「まかせて!」と言わんばかりに飛び出した。
 そうか、そういえばロクショウは毒の有無が分かるんだっけ。弱毒とは言え毒蛇のダハだったから、何の毒かは分からないものの有害かどうかを教えてくれるんだ。

 ああ、本当にもうロクったら頭も良いし可愛いしめっちゃいい子……!
 こんな相棒を持って俺は幸せだなあと思っていると、ロクが果実の一つにカプリとかじりついた。が、何だか不思議そうに首をかしげて、かぷかぷと食べ進め実の中に頭を突っ込んでいく。皮が厚いのかな?

 ふとそう思った視線の先で、ロクの頭が突っ込まれている果実からポタリと何かが染み出してきた。これは……果汁か何かだろうか。
 しかし毒かどうかも分からないので近付けず様子を見ていると、やっとロクが頭を離して「キュー!」と嬉しそうな声で鳴いた。どうやら毒は無かったみたいだな。

 パシビーほどではないが、ロクもお気に召したようだ。
 ということは、多少甘いって事か。それなら安心して食えそう。
 だけど……ロクが飛んで行ったのなら、あの果実はちょっと遠いかな。手を伸ばすだけでは届きそうにないぞ。ラスターでも無理そう。

 いっそのこと木登りして採って来るか? 俺、木登りは得意だしな。
 それに、こういう時ぐらい役に立たないと。俺ってば今のところ良いとこゼロなんだから……ちまちました点数かせぎだが、俺だって男らしいところを見せてやらねば。
 そう思い、俺はラスターの背をつついて問いかけた。

「なあラスター、俺が登って取って来ようか?」
「むっ?! ツカサ、お前、木に登れたのか?!」
「たのか、って……何その意外そう通り越してビックリした顔……」

 思わず半眼になると、ラスターは気まずそうに視線をらしてほおいた。

「い、いやすまん……そう言えばお前もメスである前に男だったな……」
「なんだその変な言い方!」
「それよりお前、服がそんな事になっているのに大丈夫なのか? 変な植物に触れて肌がかぶれたらどうする」
「あ……うーん……でも、ラスターがかぶれるより俺がかぶれたほうが良くない?」

 そうした方が後処理も楽で済むだろうし、何より時間経過で体が回復する俺の方が、試すのにちょうどいいのではなかろうか。

 ラスターもこの庭の植物は知らなくておっかなびっくりしているみたいだし、毒見役が先にいただくのが世の中の道理という物だろう。ラスターがいないと低レベルな俺が一人で攻略しなきゃいけなくなるし……そんな事になるよりも、俺が倒れてラスターが無事な方がよっぽど効率的だ。
 それは相手も解っているのか、散々悩んだ挙句あげくにやっとうなづいてくれた。

「本来なら、お前が持って来ている食料だけでも良かったんだが……今後の研究のためにも、どうしても種が採取できそうな物が欲しくてな。……すまんが、頼む」
「あ、そういうこと! んじゃ尚更なおさら持って帰らなくちゃな」

 ただ単に夜食の足しに果実を取りに行こうって話じゃ無かったのか。
 いやまあそうだよな。ラスターも見た事が無さげだった植物ばっかりだし、そりゃ調べるために持って帰りたいとも思うだろう。
 なにより、ラスターは国や民の為に使う予定の薬草の温室まで作ってるんだ。これが新たな国の利益になるかもしれないんだから、見逃す手は無いよな。

 よし、そうなったら何としてでも取らねば。
 俺は一応ラスターに周囲の安全を確認して貰うと、その果実がみのっている樹が巻き付いている太い気に足を掛けて登り始めた。

「よっ……ほっ……なんだけっこー楽じゃん」

 謎の果実の木が巻き付いているおかげで、足場が出来て簡単に登れるぞ。
 これなら靴を履いたままでも余裕だなと思いするすると登ると、背後から小さな声で「猿だ……」とかいう呟きが聞こえた。うるせえ田舎じゃこれが標準じゃい。

「キュキュー」
「おっ、ありがとなロク」

 ロクショウも俺が登りやすい場所を見つけて、逐一ちくいち教えてくれる。
 そのおかげもあって、俺は難なく木の大きな枝の部分まで辿たどく事が出来た。
 細くなる枝の先には、あの見覚えのある果実がどっさりと垂れ下がっている。落ちないように気を付けながら進まなきゃな。

「ツカサ、俺が下で待っていてやるからいつでも落ちて来てかまわんぞ」
「いや俺が取りに行った意味なくなるだろ!? ちょっと待っててってば!」

 そうは言うがやはり心配らしく、ラスターは俺がいる枝の近くをうろうろする。
 ええいお前も心配性だな。いやさっきの事があるから無理ないか。
 でも、俺に任せてくれたんだから少しは安心して欲しいもんだ。俺だって木登りには自信があるから名乗り出たんだし……よーし、こうなったら完璧にやってやる。

 俺は木の太い枝をしっかりと太腿ふとももはさみ、体重の掛かりを気にしながら、ゆっくり枝の細い方へ体を進めて行く。すると、枝は徐々にしなり、下へと落ちて行った。
 でも案外耐久性があるのか、曲がっているのに折れそうな音は聞こえない。

 ロクは俺に負担ふたんをかけまいと果実をもぎ取ろうとしているが、どうもトカゲヘビのままでは力不足らしく、頑張っても果実は枝から離れなかった。

「お、おいツカサ、無理はするなよ」
「わかってますって! もーちょっと……」

 段々と近付いてきた。手を伸ばせば、もう届く距離だ。
 しかしこの果実……マジで何かに似てるんだよなぁ……。

「よっ……と……。おっ、取れそう」

 手を伸ばした先のは、テニスボールくらいの大きさの楕円形だ。
 遠くではぼんやりとしか分からなかったが、色は鮮やかな焼きイモって感じの赤紫の色をしていて、表面はツヤツヤしていた。
 一つもぎ取ってみると、手にはひんやりとしてすべらかな感触が伝わってくる。

 軽く指で押してみたが、どうも柔らかい。でも、なんだかちょっとゴムっぽいな。
 ロクが相当顔を突っ込んでいたが、やっぱり皮が分厚いのだろうか。

「まあとにかく、数個貰って行くか……」

 検証用にいくつかあった方が良いだろう。
 そう思い、鈴なりの果物の中から具合の良さそうな物を選んで、腕に抱えるくらいの果実を採取し、さて降りようかと尻で後退して慎重に戻ろうとした。のだが。

「ああっ、危ない! やはりダメだ、木の実はこっちに落とせツカサ!」
「えー? いや大丈夫だって、俺は木登り名人……」
「いいから落とせ!」

 大丈夫だと言っているのに、ラスターは頑固がんこだな。
 いやまあ、手で支えてないのは、ハタからみて危なっかしいんだろうけど……仕方ないか。木の実は下に落として安全に降りる所を見せよう。
 そう思い、草が深そうな所に木の実を投げようとして、少し体をひねった、と。

「うおっ!?」

 太腿に汗を掻いていたのか、ずるりと体がかしぐ。
 咄嗟とっさにバランスを取ろうとしたが、体が意識に対応できない。

「ツカサ!」

 ラスターの声が聞こえたと同時、俺の体は大きく動き、体が嫌な感じで浮いて――

「うわあっ!!」
「おぐっ」

 一瞬の浮遊感が有ったと思った刹那、大きな音が聞こえて、体が何かに思いっきりぶつかった。う、うぐぐっ、一気に衝撃が……っ。
 ……けど、思ったより痛くない。
 地面に落ちたと思ったんだが、草で助かったのかな。

「いてて……」
「うぐ……だ、大丈夫か……ツカサ……」

 下から妙にくぐもった声が聞こえる。
 うわっ、そ、そうか、ラスターが下敷きになっちまったんだ。
 俺は慌てて体を起こすと、馬乗りのような形になった事にギョッとしてしまった。
 お、思いっきり全体重かけて落ちてんじゃねーか! うわー俺のアホ!!

「ごめんラスター今どけるから!」

 そう言いながらどこうとする俺に、ラスターが目を開いてこっちをみやる。
 すると、相手はいつもの自信満々な顔ではなく――俺の友達がするみたいな毒気の無い驚いたような顔をして、ある一点を翠色の目で凝視して来た。
 釣られて俺もそっちへ視線を移すと……そこには、ラスターの腹の上にのっかっている、下着が丸見えになった俺の大開脚している股が…………

「つ……ツカ、さ…………」
「あ、ごめん。お見苦しいものを……」

 さすがに同性の股を押し付けられるのは遠慮したかろう。
 改めて「すぐにどける」と言い、離れようと腰を上げると、ラスターはその動きを目で追って、小さく「ひぐ」と息を呑んだ。
 何事かと思ったが、相手は何も言わない。
 それどころか目を丸々と見開いて、だけど何やら苦しげに眉を寄せて眉間みけんに大きなしわをいくつも作っていて……今まで見た事が無い顔をしていた。

「ラスター?」

 思わずそのままで問いかけたと、同時。
 ラスターの顔が一気に赤く染まり、そうして――――相手の綺麗ですっと通った鼻の末端から、ゆっくりと赤い物が伝った。

「うわっ、は、鼻血!? 大丈夫かラスターっ!」

 あわてて退こうと腰を浮かせ、ラスターの体をまたいだ状態の片足を上げるが、それを見ていたラスターの鼻からまた鼻血があふれ出る。

「なっ……な……なっ……!?」

 本人も何が起こってるのか解っていないようで、顔を真っ赤にしたまま鼻からだくだくと赤い血を流している。うわこれマジでヤバいんじゃないの、なんかこう、脳震盪のうしんとうとかになっちゃってるんじゃないの!?

「ら、ラスター落ち着いて!! とにかく下を向いて鼻血が溜まらないようにして、え、ええと、そんでこれ回復薬とか効くのか!?」

 ど、どうしよう。もしかしたら曜気不足のせいで体が弱ってるのかも!?
 じゃあ俺が曜気を分け与えた方が良いんだろうか。そう思い、咄嗟に手を伸ばそうとすると、ラスターは我に返ったのか俺から離れて、そのまま体を反転させて背中をこっちに見せて来た。

「ラスター!?」
「い、いいっ、大丈夫だ! このくらいの鼻血、なんとも……っ」
「いやでもアンタ、体に異常が起こってるかも……」
「何でも無い! たっ……頼むから……っ少しこのままにしておいてくれ……」
「……?」

 なんだか背中を丸めているが、本当に大丈夫なんだろうか。
 だけど、強引に状態を見るのもお節介だと怒られそうだしな……いやしかし、あの鼻血が重症の証だったらヤバいだろさすがに……。

 でも今強引に触りに行くのも怒らせちゃうよな。
 曜気って遠隔で送ったり出来たっけ、ああっこうなるなら試しておくんだった!

「キュ~」
「あっ……そ、そうだ! なあ、ロク……この回復薬だけでも、ラスターに持って行ってくれるか?」

 俺はダメかもしれないけど、ロクからなら薬を受け取ってくれるかもしれない。
 そう思って小瓶を渡すと、ロクは合点がってん承知しょうちとばかりに小瓶を自分の体でクルクルと巻いて、器用にラスターの方へと持って行った。
 すると、ラスターは少ししぶったようだが受け取ってくれたらしい。

「キュゥ~?」
「っ……! だ、大丈夫だから気にするな!」

 しっしと追い払われて、ロクショウはアタマをかしげながらも、水の中を泳ぐようにうねりながらこちらへ戻ってくる。
 すると、ロクショウは頭を左右に振りながら両手で胸の下の方を抑えた。

「キュキュー?」
「ん? なにそのポーズ」

 ロクショウは手で胸の下を抑えたまま、足の方の部分を前にクイクイと動かす。
 なんのジェスチャーかよく分からないけど、まあ可愛いから良いか。

「キュゥ~」
「お使いごくろうさま。ラスターが落ち着くまで木の実でも食べて待ってようぜ」

 本格的な夜食は、ラスターが落ち着いてからだ。
 そう思いつつ、俺は見覚えのある木の実をナイフでサクサクと切って開く。
 すると、思っても見ない中身が出て来て――――俺は、やっとこの木の実に対する既知感の正体を知って「あっ」と声を出した。

「そうか! これ、に似てるんだ!」
「ンキュ?」

 むべってなあに? と言わんばかりに可愛い大きな目をしばたたかせるロクショウに、俺はスッキリした心地で答えてやる。

「ムベっていうのは、俺の故郷の果実なんだ。中身がこんな風にゼリー……えっと、じゅるじゅるになっていて、甘くておいしい木の実なんだよ」

 ムベというのは、アケビのような山の果実だ。
 中身はこれ系のゼリー状の中身の果物と同じで、種が多くてちょっと食べにくい。皮も厚くて、可食部分は少ない食べ物なんだよな。
 けれどムベはアケビみたいに実が自然と開く事は無いので、野山に分け入る猟師のお爺ちゃんとかがたまに持って来てくれたっけ。

 ガツンと甘いってワケじゃないけど、それでも控え目な甘みで俺は好きだ。
 ちょっとすすって黒い種を吐き出すと、ロクも分厚い皮に守られたゼリー状の中身をちゅうちゅうと吸い、美味しいと言わんばかりに口の周りを舌で舐めた。

 やっぱり味もムベっぽいな……なんだかちょっとなつかしい。

「これ食って、ラスターも元気に……なってくれるかなぁ……」

 うーん、怪しい。俺の世界の物に似てるんなら、魔法の効能とかなさそう。
 すくなくとも“回復量(大)”みたいなのは期待できなさそうだな。

 それよりも、やはり俺が直接気を送り込んだ方が手っ取り早い。
 だけど、ラスターは素直に受け取ってくれないだろうし……。

 うーむ……回復薬に気を込める事が出来るんだから、それなら食材にも込める事は出来ないのだろうか。それが出来れば、ラスターに勘付かれずに大量の気を渡せると思うんだが。

「…………ちょっと練習してみるか」

 幸い、ラスターはきちんとこのみたいな実を確認していない。
 今の内にいくつか多めに取って確認してみるか。さっきの騒ぎのおかげで、ちょうど良いくらいに熟していたらしい木の実が一緒に沢山落ちてくれてるし。

「よーし……コッソリ取って持って行こうぜ」
「キュー!」

 いまだに背中を丸めて硬直しているラスターを見ながらも、俺とロクショウはコソコソと木の実を採取して、出来るだけバッグに押し込む。
 数分作業していたのだが、ラスターの具合は物凄く悪かったのか、俺達が木の実を拾い終わっても数分ずっとその姿勢で動こうとはしなかった。

 …………その後、やっと振り返ってくれた時は、いつものラスターだったけど……でも、本当に体は大丈夫なのかな。
 ラスターもあれでなかなかガンコだからな。体調や精神が厳しくなっても、絶対に弱音は吐かないだろう。

 こうなったら、何とかして体を回復させてやらないと。
 だって、ラスターに鼻血を噴かせてしまったのは俺のせいなんだし。













※普通は男に圧し掛かられても何とも思わないんですよ、何とも

 
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