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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
15.隠したものの
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「よし、そろそろ時間だな」
懐中時計のような物を取り出して何やら確認したラスターは、改めてあの謎の小岩を見やった。まだ日暮れ前には少し早いが、聞くところによると「夕方に遺跡の前に到着していないとダメ」ということなので、今がちょうどいいのだろう。
でも、それなら最初から遺跡の中に入って待機して居ればよかったのでは。
なーんて事を思ってしまったのだが、シアンさんが言うには「夕暮れに近い時間でなければ“遺跡への道を開く仕掛け”が発動しないの」と言う事で、俺のとても簡単な疑問は速攻で解決してしまった。ですよね、俺より頭のいいシアンさんとラスターが考えてないワケないですよね……は、恥ずかしい。
己の浅はかな疑問に恥を掻いてしまったが、しかしそんな俺の反省にも気付かず、ラスターは草原にポツンと置き去りにされている小岩に近付いた。
俺達も同じように近付くと、岩はブラックやクロウが座るのには丁度良い高さ……俺の腰より上ほどの高さがあって、やけに綺麗に削られている感じなのが分かった。
つまり俺の方が足が短……違う。忘れろ俺。
ともかく、岩自体は「なんか妙につるっとした感じだなぁ」と思ったんだけど……反対側の方を見やると、地面に接するギリギリのところに何か独特な紋様が掘られているのを見つけた。
「あれっ、なにこれ」
「古代文字らしいが、資料がなくてな。詳しい事は解っておらん。ともかく、そこの下衆中年二人。この岩を西の方向へ一回、東の方向へ一回、それぞれ回せ」
「は? 命令? ふざけんなクソ貴族」
「ムゥ。オレに命令して良いのはツカサだけだぞ」
恥ずかしげもなく年下のラスターにメンチ切りをするブラックと、もう良い年齢のオッサンなのにぷくーっと両頬を膨らませて腕を組むクロウに、思わずどっと疲れた溜息が漏れる。何をやってんだお前らは。
しかしラスターは気にせず、それどころ腕を組んで更に居丈高に背を反らす。
「今回の指揮権は俺にある! それに、この中で一番体力と余力があるのは、お前達中年だろう。今後の事を考えてお前達がやるべき仕事だ。己の成すべき事を成せない男は、ただただ情けない物でしかないと思うがな」
「上から目線で言いやがって……」
「まあまあブラック落ち着きなさい。何もラスター様だって無鉄砲に言っている訳じゃないというのは貴方にも分かるでしょう? それとも、ツカサ君にさせる気?」
えっ、俺選択肢に入ってたんですか。
いやいやそうじゃない。俺だってやれるぞ。こんな小岩の一つや二つ余裕でバシッと回してやるんだからな。目に見える筋肉はついてないけど、実は俺のにはインナーマッスルが授けられているのかも知れないし!
「…………チッ、わかったよ。やりゃあいいんだろやりゃあ」
「ムゥ……仕方ない……」
「な、なんでそこで急に納得しちゃうんだよ!」
おいっ、それじゃまるで俺がやるのは不安って言ってるみたいじゃねーか!
ふざけんじゃないぞとギャンギャン言おうとしたのだが、しかし二人は気にせずに軽々と岩を回してしまった。……手が早えぇな。
二人掛かりでやったからか、まるで岩がスポンジみたいに軽々と動いたが……これは俺がやってそうなったもんだろうか。ま、まあ、深く考えないようにしよう。
そんな事を思っていると、回転させられた小岩が急にガクガクと震え始めて、ゴゴゴゴゴなんて音を立てながら下へと降りて行く。
すると、どういう事か俺達の居た場所も急に地下へと沈下し始めた。
「なっ、なに!? なになになにこれ!」
「ああんツカサ君僕こわ~い」
「ドサクサにまぎれてやめんかお前はーっ!」
抱き着くなっ、お前こういうの怖いとか絶対ないだろ!
ブラックを引き剥がそうとするが、全然離れてくれない。っていうかまあ当たり前に力量が違い過ぎるから、俺がどう頑張ろうがブラックを引き剥がせないんだが。
それでも今くっついている場合じゃないだろうと顔を両手で離していると、俺達の周囲まで含めた長方形の形の地面がようやく止まった。
「こういう仕掛けだったのか」
クロウが見回すのに倣って首を左右に振ると、地層が重なった断面の下に鈍く光る灰色の石壁があるのが見える。真正面には、奇妙なレリーフがついた入り口が静かに鎮座していた。
「えっと……一本足の竜……?」
こちらを向いて前足と後足を出し、体を意図的に排除しているレリーフは、パッと見では妙に不気味で入るのを躊躇ってしまう。
だがラスターはそんなレリーフなど気にせずに、水琅石のランプを灯すと、俺達に「来い」と手でジェスチャーをした。
……正直ちょっとあのレリーフの下を通りたくなかったが、ロクが「いくぞ!」とばかりにフンスフンスしてたので、その可愛さに和んでなんとか突入出来た。
「…………中は暗いな……」
カツコツと音が響く通路は、どこをみても岩づくりの通路で明かりなどない。
ラスターが掲げるランプにほんのりと光る通路は、かなり老朽化しているらしく、ところどころ岩が欠けていたり、隙間なく積み上げられたはずの岩壁に少しばかり隙間が出来ているような部分も有った。
俺達が旅の途中で遭遇した古代遺跡は、ほとんどの物がなんらかの術のお蔭で綺麗に保たれていたり、ポチッとボタンを押したらすぐに稼働できたりする所が多くて、そう言う意味では真に「異世界らしい超古代の遺跡」だったのだが……ここの遺跡はそうでもなさそうだ。
劣化を防ぐ術が掛かっていないから、こんな風に壁がボロボロになってしまったんだろうか。遺跡も年代が近ければ廃墟だし、対策して無いってんならそりゃあどこもかしこも崩れちゃうよな……。
剣と魔法の異世界と言えど、保護しようとしなければ物は失われていくのだなぁ、なんてガラにもなく考えてしまったが、不意に前の方から風が吹いて来たのを感じて俺は遥か遠くの暗闇を見やった。
「ツカサ君も感じた?」
隣でそう言うブラックに頷くと、もう片方の隣にいたクロウが鼻を動かす。
「風が向こう側から吹いて来ているな。外に出るのか?」
呟くクロウに、シアンさんが振り返って小さく笑った。
「時が来れば判るわ。さ、もう入り口よ」
そう言って前を向いたシアンさんの向こうには、電灯のように眩く明るい水琅石のランプでも照らせないほどの暗闇が広がっているのが見えた。
なんだか先が見えなくてゾクッとしてしまうが、ラスターが迷いなく進んでいるという事は、あの闇の中に目的地が有るのだろう。
いや、しかし、こんな場所に入って行った人は凄いな。
だってこんな暗くて何も見えないところなんて、おば……ゴホン。
ちょっと歩が遅くなってブラックとクロウの後ろに付くようになってしまったが、しかしこれは怖いとかじゃないんだからな。俺は後衛だから、何が有ってもすぐ行動できるように考えて動いているだけなんだからな!
「ム……何も見えんな……」
「夜目が効かないってことは、本当に日が差さない暗闇なんだろうね」
変な事を考えていた俺の両隣で、オッサン二人が真剣に呟いている。
そういえば、ブラックは異様に目が良くて暗い場所でもすぐに動けるし、クロウは獣人だから平気で暗いとこも歩けるんだっけ。
そんな規格外の二人が「見えない」と言ってると言う事は……この先は、どれほど真っ暗なんだろうか。日が差さない場所なんて、どう考えても恐ろしい。
じめじめした感じじゃない事だけが救いだけど……なんて思っていると、ラスターが掲げていた明かりが急に壁に反射しなくなった。
いや、これは――――いつのまにか俺達が「暗闇」に入ってしまっていたのか。
でも、別に足元がヘンな感じになってる訳でもないし、空気も別にカビ臭いだとか体に悪そうな反応は無いな。
しかしなんというか、感覚でしかないんだけどさっきの通路とは違う気がする。
通路に居た時は閉塞感が有ったんだけど、風が時々どこかから吹いてくるせいか、解放的と言うか周囲に壁があるような感じがしないと言うか……。
「ラスター、ここで声出しても大丈夫?」
問いかけると、相手はランプを床に置いて頷いた。
「ああ。危険は無い。ここで時間を待つ」
そう言ってラスターは黙ったので、とりあえず俺は大きな声を出してみる。
「わっ」
すると、周囲にほんの少し声が反響した。
ということは……ここは天井も空間自体も広い場所って事か?
「ふーむ、なんかひんやりしてる感じはするんだけどねえ」
「少し湿った感じがする……だが、水は無いようだな。流れる音が聞こえない」
ブラックとクロウも、自分なりにこの暗闇の空間を確認しているようだ。
やっぱりそれぞれに気付く事が違うんだなぁ……。でも、そのほうが色んな情報を知る事が出来るから助かるかも。ブラックだって「わっ」とかは言わないだろうし。
しかし、それだけ知る事の多い場所だってのに、どうしてこんなに暗いんだろう。
この世界の遺跡なら、どっかに電気のスイッチがあってもよさそうなモンだけど。
そんな事をぼけっと考えていると、ラスターが不意に「鍵」が入った箱を開ける。そうして、その中にある紫色の鉱石を持つとこちらに手渡してきた。
「もうそろそろだ」
「えっ、じゃあ……」
ついに遺跡を開く扉が現れるのか。いやこれもう俺達がその前にいるのか?
それともまさか、この暗闇の中で扉がオバケみたいにボーッと現れたりするのか?
い、いや、そんなまさか。っていうかこの暗闇の中でどうやって開けるんだ!?
思わず慌てたが、そんな俺達の目の前に白い一本の線が降りて来た。
「…………?」
でも、その白い糸のような線は間近には無い。
暗闇のせいで遠近感が狂うが、かなり遠くに存在するもののようだ。
だけど、なんでそんな所に糸が。そもそも、どうして俺達はそれを見る事が出来ているんだ。俺達の傍の明かりですら、遠くなんてまったく映せないのに。
そう思い、少し肌寒くなった俺達の前で、その白い糸は徐々に太くなっていった。
……いや、それは糸ではない。
その白い糸は輪郭をぼかして、どんどん広がって行く。
だがそのままの色ではなく、光はうっすらと暖かい色を帯びて――――その場を、一気に照らしだした。
「――――!」
そうか、あれは地上から入ってくる光だったのか。
頭の隅でぼんやりと思っていたが、しかしそんな事など最早目の前に現れた光景の前では些細な驚きにしか過ぎなかった。
何故なら、俺達の目の前には――――
まったく同じ形をした、二つの巨大な遺跡が鎮座していたのだから。
「こ、これが……サウリア・メネス……!?」
「正確に言うと、向かって左側の黄岩で造られた遺跡がサウリア、もう片方の暗色の岩で作られた遺跡がメネスという。発見された当初はそれぞれの遺跡の壁には、まだ鉱石が残っていたのだがな……盗掘者達に全て奪われてしまった」
そう言いながら、何故かブラック達を睨むラスター。
ま、まさか盗掘者って冒険者のこと……?
「あの、ぼ、冒険者が盗んでったんです?」
「……三割はそうだな。ただ、その時は今よりも無法者が多く、ギルドも整備されて間も無い時代だったので、盗賊だか山賊だかという状態だったらしいが」
ああ、なるほど……。
黎明期となると何事もごたごたしてるモンだよね。
でもブラック達とそいつらとは何の関係も無いどころか、年代すら違うような気がするんだが。……いや、ラスターなんかさっきからトゲトゲしてない?
昼食の時から機嫌が悪いけど、一体どうしたんだろう。お腹痛いのかな。
「ともかく、これから鍵を嵌め込むぞ。……だが、一つ問題がある」
「問題?」
問いかけると、ラスターは目を細めて俺達を見た。
「扉は、二つの遺跡に同時に鍵を嵌め込まなければ開かない。そして、扉を開放した瞬間、強制的に扉の中へと閉じ込められ、その後同時に作業をしなければ……戻る事も進む事も出来なくなる」
「それって……」
…………どういうこと?
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