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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
14.ベタなラブコメのやつ
しおりを挟む「メシが出来たぞー」
ラスターが用意してくれた敷き布の上で大人しく待っていたオッサン達は、俺達が到着するよりも先に良い匂いを嗅ぎつけていたのか、全員がこちらを見て今か今かと待っている。ラスターも何だか胡坐をかいた膝を浮つかせていた。
その様子が何だかおかしくて少し笑いながら、俺は皿代わりの布に包まれた昼食を全員に手渡した。すると、ブラック達はいそいそとパンと具ののズレを整えて、すぐさまかぶりつく。パンは浅黒い雑穀パンだが、焼いて日が経ってない物なので、それほど食べづらさはない。
予め作って冷やして置いた麦茶も渡すが、そんな事も気にせずにブラック達は一心不乱にメシをパクついていた。
お、おい、大丈夫なのか。ちゃんと美味いのかな。
あまりに無言で食べるもんだから、ちょっと不安になってしまう。いや、美味しいから一心不乱にって事も有るかも知れないけど、でも三人ともただ単に腹が減ってたからがっついてたのかも知れないし……ま、まずかったかな。
「キュー!」
「ん、そ、そうだな」
俺が食べるまで待ってくれてるのか、ロクショウは自分の分に手を付けていない。そ、そうだな。ボーッとしてるとせっかくのメシが冷めてしまう。
もう覚悟を決めようと思い口を開けて、思いきりパンに噛みつく。と。
「…………んん!」
なんだ、なかなかウマいじゃん!
甘いソースってどんなもんだったかなと思ったけど、柿の持ち味が生きたまったりとして独特の深みがあるソースの風味が、ニンニク……の変わりのイワニオイタケの刺激的で濃い味付けとハーブ代わりの野草の風味をうまく包んでいる。
ちょいと挟んでおいた炒めたタマグサがいいアクセントだ。
少しパサついたパンも、ソースと肉のお蔭で柔らかくなっているし、脂肪が少なくサッパリしているヒポカムの肉の物足りなさを、ソースが補ってくれている。
欲を言えばレタス的な物とか、あとバターとかトマトとか醤油とか……ともかく色々あったらより完璧なサンドイッチが作れたと思うんだけど、まあ今更材料が限られている事を嘆いても仕方がない。
俺はけっこうイケるけど、ブラック達やシアンさんやロクは、このサンドイッチを美味しいと思ってくれているんだろうか……。気になってチラッとシアンさんの方を見やると。
「えっ完食」
「とても美味しかったわ。ツカサ君は本当にお料理上手ね」
ニコニコと笑いながらハンケチで口を丁寧に拭っているシアンさん。
その優雅な仕草にドキドキではあるが、しかしあの、ほんのちょっと目を離した隙に完食って、シアンさん一体どうやって食べたんです。
いや、まあ、深くは考えまい。考えたらダメな気がする。
頭を振って、俺は恐る恐るシアンさんに聞いた。
「あの、味とか大丈夫でした?」
「美味しくなかったのでは……」的な感じで聞いちゃうと、シアンさんが「美味しかった」と言ってくれた言葉を無視してしまう事になるので、柔らかく聞いてみる。
シアンさんは慈愛に満ちた人なので、孫を褒めるように褒めてくれたって可能性もなきにしもあらずだからな。緊張しながら聞くと、シアンさんはフフフと笑った。
「そんなに心配しなくたって大丈夫よ。私達、料理が美味しくなかったらすぐに顔に出ちゃうの。だから、気を使っているワケじゃないから安心してね」
「うう……なんかすみません……」
そこまで見抜かれてしまっていたとは情けない。
俺ってばやっぱり感情が顔に出ちゃってるんだろうか。俺としてはいつもキリッとポーカーフェイスなつもりなのに、どうしてこう……いや、誤解されるよりはいいんだろうけどさ。
そんな事を思っていると、ブラックとクロウが詰め寄って来た。
「ツカサ君おかわり!」
「オレも、もっと喰いたいぞツカサ」
「えっ、え、えっと……じゃあ、パンは駄目だけど残ったローストヒポカムを……」
台の上にまだ置いてあるぞと指差すと、ブラックとクロウは瞬時に立ち上がって、そのまま調理台の方へと駆けて行ってしまった。
…………美味しかった、のかな……?
だったら良かったけど……。久しぶりの料理だったし、色んな料理を作れるほどの材料は無かったから、ちょっと不安だったんだよな。
ブラックとクロウが喜んでくれてるなら、まあいいか。
「キュキュー!」
「ロクも美味しいか? そりゃ良かったぞ~」
お口を大きく開けてぱくぱくとローストヒポカムサンドを食べるロクショウをデレデレとした顔で見ながら、俺もサンドイッチを食べきった。
と、ちょうどラスターも食べ終わったのか、フウと息を吐いて麦茶を飲む。
「む、うまいなこの茶。炒った麦か」
「へへ、安いし俺も好きだから常備してあるんだ。もっといる?」
「ああ貰おう」
膝歩きで近寄って、リオート・リングを振り、腕輪の中に置いていた麦茶が入っている素焼きの水差しを出す。本当は蓋が出来るビンとかのほうが良いんだろうけど、中々高くてな……。
回復薬のための瓶だって、実際そう安い物でも無いのだ。
なので、出来るだけ小さかったり細かったりする物を買い、使い回しをしたり……まあそれはどうでも良いが、これだと本当にピクニックだな。
そんな事を思いつつラスターに渡すと、相手は当たり前のように受け取ってコップに口を付けた。
「……あ、そうだ。デザ……食後のお菓子も有るけどいる?」
「ほう? そんなものまで作っていたのか。ツカサは良妻賢母だな」
「ツマでもねーし母でもないんですが!! そう言う事言うと食わせねえぞ」
「はっはっは照れおって。そんなに俺に構って貰いたいのか」
「だーっ、違うっての! もういいからさっさと食え!」
んっとにコイツはああ言えばこう言う!!
まあでもどうせ全員分あるから食わせないワケには行かないんですけどね!
ラスターだけ食べられないとか俺が嫌だからねチクショウ!!
我ながらワケ分からん矜持を持ったなと思いつつ、「デザート」の一皿を取り出すと、スプーンを取り出してラスターへと寄越した。
もちろん、シアンさんとロクにも出してやる。
「あら、お皿の上にカップが乗ってるわね」
「まさかカップを喰えというのか」
「いやいや違うんですよこれが。大丈夫そうだけど、ちゃんと固まってるかなー?」
そう言いながら、カップを取り上げてみると。
「キュゥ!?」
「おおっ、なんだこれは……!」
「これは……橙色の……パシビーの煮凝りかしら?」
「にこごり! いえっあのっ、いやまあ合ってるっちゃあそうなんですけど、そうでなくてコレはえーと……プリンというお菓子の一種です!」
シアンさんの言う和風かつおかず感あふれる言葉に変なツッコミを入れてしまったが、気を取り直して俺は皿の上の濃いオレンジ色の物体……いや、ちょっと不格好な台形になったプリンの説明をした。
「これは、ぎゅ……バロメッツの乳とほんの少しの蜂蜜を加えて混ぜて冷やしたものです。俺の世界では柿っていう果物を使うんですけど、普通のプリンとは違って柿を混ぜるとたったそれだけの材料で固まっちゃうんですよ」
「普段はそれだけで固まらないの?」
「ええ、それこそ煮凝りみたいに固めるための材料がいるんです。この世界で言う、パフの花の粉……パフ粉だとか、海クラゲの粉末とか……。あっでも、粉を使わないプリンもあるんですけど、それには卵が必要なので……こんな風に凝固するような事って滅多に起こらないんです。だから、コッチの食材で上手く出来るかなと思ってたんですけど、味が似てたから成功したみたいっすね」
とりあえず食べてみて下さいと勧めると、シアンさんとラスターは特に警戒もせずにパシビープリンにスプーンを入れた。
「おおっ、かなり柔らかくて力を入れずともスプーンが入るな! こんな上等な料理は久しぶりだ。まさかこんな場所で食べる事が出来るとはな」
「本当ねえ……なんだかこんな果物みたいなお菓子があるなんて驚きだわ」
エッ、もしかしてこういう感じの果物がどこかに存在するんです……?
プリンの木とかあるんだろうか……そう言えば、純白の砂糖とかも鉱石として産出されるとか何とかって話だったよな。ふぁ、ファンタジー過ぎる。見たい……!
ちょっとドキドキしつつ、ラスターとシアンさんが口に入れるのを見守っていると……一口咀嚼した途端、二人の目が見開いた。
それと同時にロクがパシビープリンに顔を思いっきり突っ込む。
「な、なんという果実そのままの甘さ……しかも初めての食感だ……」
「冷たくて、つるんとした喉越しが良いわねぇ……! 甘いけど、冷たい事で控え目になっていて食べ飽きないわ」
「キュー!」
好感触! やったぜ。
ていうかロクがプリンの中に頭を突っ込んで、バクバク食べてる。ちっちゃい頃に夢みたようなことをしてる!! 可愛い!!
思わず和んでいる内に、二人はすっかりパシビープリンを食べてしまった。
おお、やっぱりこう言うデザート系はすぐに無くなっちゃうんだな。でもそれだけラスターとシアンさんに満足して貰えたって事なんだなと思うと、つい嬉しくなってしまった。
プリンってこの世界の人的にはどうなんだろう……と考えていたので、とりあえず一発で受け入れて貰えて良かったよ。
全部完食してお腹が丸くなってしまったロクの頭を撫でていると、ラスターが不意に俺に問いかけて来た。
「ところでツカサ、お前は食べないのか?」
「え? ああ、だってまだブラックとクロウが食べてないから……。俺は、あいつらが戻って来てから一緒に食べるよ」
そうじゃないと、ブラックもクロウもダダこねて数時間は引き摺ってネチネチ言うからなぁ……。うん……。下手すると一週間はつつかれるし。
その場面を想像してちょっと呆れてしまったが、何故かそんな俺を見てラスタ―の方が呆れたような顔をしていた。
「どうしてお前はそう無駄に中年を甘やかすんだ。肉の塊を奪い合って、浅ましくフガフガしているような幼稚な中年だぞ、あいつらは」
「だってそういう奴らだし……」
「そうやってお前が甘やかすから、あいつらも調子に乗るんだ」
なんだなんだ、今日はやけに突っかかって来るな。
不思議に思ったが、しかしラスターの言い草にはちょっと俺も納得がいかなくて、ムッとしながら言い返した。
「俺達だけで食べちゃって、ブラックとクロウ二人だけが後からモサモサ食べてるのなんて、見てる方もなんかイヤじゃん。美味しい物だし、俺だって喜んで貰いたくて一生懸命作ったのにさ。そうなるくらいなら、俺は待って一緒に食べるよ」
「…………」
な、なんだ。
なんで凝視して来るんだよ。やめろ!
そうやって顔がイイ事をアピールしてこなくていいってば!
「……そ、それよりさ、遺跡はいつ入るんだ?」
何だか今の問答が急に恥ずかしくなってしまってつい話題を変えると、ラスターはいつもと違う不機嫌そうな顔になって腕を組んだ。
「ふん……。出発は夕方だ。そのまえにあの岩の下にもぐる」
「なんだよ急にぶっきらぼうに」
「…………口をゆすいでくる」
そう言いながらさっさと立ち上がり、ラスターは離れて行ってしまった。
……なんで急に不機嫌になるんだよ。俺、別に変な事言ってないよな?
「どうしたんだ、アイツ」
「キュー?」
ロクと一緒に首を傾げながら眉をしかめた俺に、シアンさんはクスクスと笑った。
「本当、みんな可愛いわね」
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