異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

12.拗ねるも慰めるも

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「ところでツカサ君……あれっ、なんか元気ないなぁ。どったの?」

 不意に振り返ったブラックが、俺の様子に気付いて首をかしげる。
 ゲッ、やばい。元気のない顔とか言われてる、完全に顔に出てたのか。

 こんな風に何か言われたいがために考えてたんじゃないのに、これじゃ面倒くさい構ってちゃんじゃないか。違う、違うからな。俺はそういうんじゃないんだっ。
 変に心配されたくないと思い、俺はあわてて首を振った。

「ななななんでもないっ! 気のせい気のせいだっ、なあロク!」
「キュゥ~?」

 くそう、こんな風にバレるんなら考えなきゃ良かった。ごまかさねば。
 どうにかブラックの「気のせい」で済まそうと思い、殊更ことさら明るい声で否定すると、相手は不思議そうに眉根を寄せたものの――案外簡単に「そう?」とだけ言って引き下がってくれた。

 あ、あれ……なんだか今日は妙に素直だな……。
 まあ良い、ここで根掘り葉掘り聞かれたら、何を考えていたかバレちまうしな。

 ……ブラックの過去は知りたいけど、困らせたいワケでもないし、「お前の過去を全部知りたい!」とわざとらしくアピールしたいわけじゃないんだ。

 俺は「今のブラック」が良いんだから、過去なんて本当は関係ない。
 これはただの、嫉妬や拗ねだ。俺だってそれなりにブラックを大事に思っているのに、それでも蚊帳の外にされているみたいに思ってしまったから、今更こんな過ぎた事を思ってるんだよな。……前に「知らなくても良い」って結論を出したのにさ。

 そう思うと自分の子供染みたワガママが恥ずかしく思えて、顔に熱が溜まって来るのを感じつつも、それに耐えてしばらく黙って歩いた。
 とにかく今は手に入れた食料品の整理をしなくっちゃな。

 そんな事を再度決心していると、ブラックがまたもや振り返って来た。

「ねー、ツカサ君。僕の買って来たのも一緒に木箱に入れるから、部屋に来てよ」
「え? 今持ってるのが全部じゃないの?」

 顔を上げて相手を見やると、うなづきが帰って来る。

「遺跡調査だから、不足が有ったらいけないと思って考えられる限りの道具を買って来たんだ。でもちょっと色々買い過ぎちゃって……」
「んー……そんなら仕方ないか。でもお金は足りたのか?」

 そんだけ色々買ったって事は、かなりの金額だったはずだよな。
 大丈夫なんだろうかと首を傾げると、ブラックはニッコリと笑った。

「大丈夫だよ。シアンには先に小切手を貰ってるし、不足分は約束状を書いて、僕の金庫からお金を出すようにしてあるから」
「き、金庫ってアシ出てんじゃん!」
「うん。でも僕のお金でちゃんと払ったから心配いらないよ」

 そ……そういえばコイツ、昔取った杵柄きねづかでかなりの金をたくわえてるんだっけか。
 銀行のような場所にそりゃもうたくさん資産があるとのことで、出会った時はその金をチラつかせて俺に色んな物を買ったり、金で解決しようとしてたっけ……。

 要はそんだけお金持ちですって事なんだろうけど、でもそうやって軽々と金を使うのは小市民の俺からすれば心臓に悪い。
 そうやっていつか貯えが無くなっちゃったらどうするんだお前は。

「お、お前なぁ、貰ったお金の範囲内で買ってくれよ頼むから……心臓に悪い……」
「だってツカサ君が全然使ってくれないし、僕だって他に良い使い道も知らないんだもん。こんな時ぐらいは使わせてよ。ねっ」
「貯えが無くなっちゃっても知らないぞ」
「その時はツカサ君と一緒に稼ぐからいいもん。ツカサ君のつつましやかな路銀でも、ちゃんと旅出来てるし、心配ないって」
「お前ほんと一言多いな」

 そりゃあ普段は贅沢ぜいたくとは言えないし、毎回毎回分不相応ぶんふそうおうにお偉いさんと知り合ってうまいこと泊めて貰ったり出来ているだけで、そういう事が無ければ冒険者の中でも下の上みたいな生活かも知れないんだけども。だけども!

 でもお金って大事だし、冒険者稼業なんていつ何が起こるか分からないんだから、アンタのかせいだ分はアンタがちゃんと持っててほしいんだってば。
 それに……ブラックの昔の金に頼るなんて……なんか、ヤだし。男らしくないし。

「まあ、ホントに使い所ないし……心配しなくたって、こんなぽっちのはしたがね程度ていどじゃ全然減らないから安心してよ。ねっ、ツカサ君!」
「てめコラさりげに金持ちぶってんじゃねえぞオイ」
「だって本当のことだもーん」

 キイッ、普段はゴロゴロしてるくせにっ。
 でもいざって時にはやるから余計にムカツクんだよなあもう……。一番ヤなのは、そんなブラックにぐうの音も出ないくらいかなわない俺なんだけども。

 勝ち誇ったが如くニタニタと笑うブラックをどつき回したい気持ちになりつつも、俺はロクを撫でて必死に冷静さをたもちながら宿に戻った。

 ……色々ムカつくが、とにかく今は明日の準備だ。
 荷物を持ったままブラックの部屋に向かうと、俺達は早速荷物の仕分けを始めた。

「えーと、生鮮食品は【リオート・リング】の前の方に配置して……」
「ツカサ君お肉どんだけ買ったの。すごい量なんだけど。これたぶん多いよ?」
「じゃあそれ、使わなさそうな分はひとまず冷凍しよう」

 いつもの事ながら、何の装飾も無い普通の金の腕輪に見える【リオート・リング】を振って、その形を人が入れるぐらいに大きくする。
 とある事件で知り合いになった妖精王・ジェドマロズから感謝のしるしとして受け取ったこの【リオート・リング】は、俺がめながら振ると、俺が望んだ通りに輪が大きくなり、人が中に入れるようになるのだ。

 リングの中は天井が高い氷の壁に守られた部屋で、冷蔵冷凍庫として利用できる。しかも、調理などの加工をしていない素材そのままの物なら半永久的に保存が可能で、山のように大きなモンスターでさえ、俺が膨大ぼうだいな気をそそぎさえすればすっぽりと入ってしまうのである。
 さすがは時を止める能力を持つと言う、氷雪をつかさどる王様の腕輪だ。

 まあでも、あくまでもこれは冷蔵冷凍庫なので、間違って奥の方に物を放り込んでしまうとカチンコチンになってしまうし、さっきも言ったけど加工品は普通の冷蔵庫と同じレベルでしか持たないので、チートもの小説では定番の【インベントリ】とか【収納魔法】とは違うんだけどね。
 それでも、このリングがあるおかげで俺達はだいぶ助かっているのだ。

「うおー山の中で使うとさすがにさっぶい! ブラックお肉くれー」
「はいはい」

 リングの中に入り、ブラックに受け渡して貰いながら買った肉を奥に置いて行く。まるで倉庫作業員だが、本来の仕事はこんなに楽では無かろう。
 バイトの先輩が冷凍庫の作業員は二度とやりたくないと言ってたし、よく分からんけど凄く大変な仕事のはずだ。それを思うと、俺の肉保存作業など楽チンである。

 まあでも、丁度ちょうど良い所に置かないと肉が凍るので、これは俺のセンスが大事になる仕事なんだけどな!

「ツカサ君まだあるよぉ」
「よっしゃ持って来い。いくつかは冷蔵エリアにおいとこう」

 さくさくとリングに入れられる食料を置いて行き、最後に根菜っぽい野菜達を一番近くに置いて、俺はリングから出るとデカい輪になっているリングをつかんで振った。
 瞬間、リングは元の小さな腕輪に戻る。
 搬入作業は大変だが、出す時は中に入れた物を思い浮かべながら振ると勝手に出てくる機能も有るので、そこは楽なんだよな。

「よし、これで食料は完璧だ。……んで、ブラックは何を買って来たの?」

 そう言うと、相手はベッドのわきに置いてあった麻袋あさぶくろを軽々と掴んで持って来た。
 椅子に座る俺の目の前に、袋が置かれる。が、ドンと床が揺れたのを感じて、俺は思わずマジマジと袋を見つめてしまった。

 ……これ、そ、そんなに重いの……?

「とりあえず買って来たのは、ロープに蜜蝋に使い捨てのナイフ。それと鉄」
「てつ!?」

 なんでそんな物をと相手を二度見すると、ブラックは「おかしな事を言った覚えはない」と言わんばかりに不思議そうに首をかしげた。

「僕が居るんだから、縄を繋ぐ金具なら作ればいいでしょ。まあこれは予備だけど、持っておいた方がいざって時助かる事も多いからね」
「はぁ~……なるほど……。あれ、でも、双眼鏡とか方位磁石とか鍵開けの道具とか定番の冒険者道具は……」
「双眼鏡なんて【索敵さくてき】があれば不要だよ? 方位磁石も査術さじゅつで事りるし、鍵開けだって金の曜術師の僕に任せておけばいいじゃない」
「…………たしかに……」

 なるほど。そうか、曜術師って魔法使いだもんな……。
 特にブラックはSランク級である【限定解除級】なんだから、そりゃ道具に頼る事も無く冒険が出来ちゃうワケだ……査術ってのも、かなりの術者でないと自由自在に使う事なんて出来ないって聞くしなぁ。

 しかし、それはそれで冒険の醍醐味だいごみみたいなものが無い気がするんだが……。

「あとは、コレだね。他の奴にも渡すけど、ツカサ君は絶対持っててね」
「ん……?」

 何を取り出すんだろうと思って、麻袋を探るブラックをロクと一緒に見つめていると――――相手は、妙な石を取り出した。

「はい、これは収納せずに持っててね」
「それなに……?」
「ウキュキュ?」

 手渡された卓球のボールくらいもある大きさの意志は、赤紫色と青色が混ざった、マーブル模様の奇妙な石だ。これは何だろうかとブラックを見返すと、相手は口元をゆるめて同じ石を持った。

「これは【探知いし】というもので、自分の周囲の空気がおかしい時に光って知らせてくれる道具だよ。例えば毒霧がせまっていたら、光る事で教えてくれるんだ。大きさによって探知範囲が異なるから……これは大体、この部屋の二倍ぐらいの範囲なら探知できるかな」
「はぇえ……そんな道具があんのか……」

 そう言われると、なんだか凄い石に見えて来るのでゲンキンなものだ。
 でもこんな石、都会の冒険者の店でも見た事が無かったよな。いや、貴重そうな物だから、おいそれと出せない場所に保管してあったんだろうか。

 不思議がっていると、その疑問を読み取ったのかブラックが答えてくれた。

「この石は、普通は鉱山で作業をする奴が使う石だからね。ダンジョンとか森林では毒霧なんて滅多に出ないし、そういうモンスターも生息地が把握はあくされているから……そういう場所が近くにある店でしか出してないのさ。それに、こういう専門的な鉱石は出したってバンバン売れるってモンじゃないからねぇ」
「なるほど……でもこれ、高かったんじゃない?」
「そうでもないよ。需要が少ないけど良く採れるって石は、大体安価なもんさ。……でも遺跡の調査となると、罠も多いからね。今回は必要だと思って買ったんだ」

 そう言えば、この世界では遺跡とダンジョンは違うんだっけ。
 ダンジョンは【ダンジョンのあるじ】がきちんと存在する場所だけど、遺跡はそう言う物が存在してなくて、モンスターが出るような遺跡は【空白の国】の遺跡くらいで、そちらにはあるじと言える存在が居ない事も多いらしい。

 まあそもそも【空白の国】って言うのは、この大陸の歴史に記されていない古代の国や建物などの総称で、超古代のオーパーツが存在するような特別な場所だから……罠だって存在してもおかしくはないんだけど。
 あれ、てことは……その【サウリア・メネス遺跡】も【空白の国】関連なのか?

「なあブラック、今回の遺跡って【空白の国】なのか?」

 そう問いかけると、ブラックは緩んだ顔を引き締めた。
 急に真面目になった顔にドキリとするが、相手は俺を気にせず眉根を寄せた。

「それは……ちょっと判断が難しいかな。だけど、あのクソ貴族が持って来た図面を見ると、どうも普通の遺跡じゃないような感じに思えたからね。用心は何重にしても悪いモンじゃないから……一応ね」
「そっか……」

 ブラックがそうまで言うなら、気を付けなくちゃいけないよな。
 俺も冒険者とは言えまだペーペーだし、何より薬師としても修行中の身だ。今回は回復薬の材料の調達もまだ出来てないし、いつも以上に気を引き締めないとな。
 だって、本格的な遺跡の調査なんて久しぶりだし……今回は、今までの所とは少しおもむが違う感じだったし。

 そう思いつつ、ぎゅっと【探知石】を握る俺に、ブラックは不意に立ち上がり――――何を思ったか、俺のわきに手を差し入れて抱き上げて来た。

「わっ、わっ!? な、なにやってんだお前っ」
「んもぉ~ツカサ君たら可愛いんだからぁあっ! そんなに心配しなくたって、僕が守ってあげるから心配いらないってばっ」
「ぎゃふっ」

 抱き上げられたと思ったら、そのままベッドに雪崩なだれ込まれてぎゅうぎゅうと腕で体を絞められる。ぐ、ぐるじい。なにしやがるっ。
 慌てて逃げ出そうとするが、ブラックは俺に抱き着いたまま髪の毛に顔をうずめて、ずりずりと何度も頬擦ほおずりをして来た。いでででやめろっ無精髭ぶしょうひげっ、ヒゲがチクチクと頭に刺さって痛いんですけどっやめろ!

「キュゥッ、キュー」
「ほ、ほらロクショウもやめろって……」
「ごめんねえロクショウ君、僕もツカサ君と遊びたいんだよぉ。だから、申し訳ないんだけどクソ熊の所に行っててくれるかな」

 バカめ、そんなおためごかしに俺の可愛くてかしこいロクショウが……。

「キュー!」
「ああっロクショウの素直でカワイコちゃん!!」

 賢いけど純粋なのがアダになってしまった……そうだ、俺の最高に可愛いロクは、人を疑う事など知らないピュアで天使のようなトカゲヘビちゃんだったんだ。
 ああっ、いつまでも可愛く居て欲しいと思った結果こんな事になっちまうとは!

「えへへぇ、ツカサくぅぅん」
「わ゛ーっ! 頼むからヒゲでじょりじょりすんのやめてくれってばあ!」

 ほおに無精髭だらけの頬を擦りつけられてジタバタと暴れてしまうが、ブラックはと言うと、ニコニコと上機嫌で悲しむ事もしない。
 それどころか、俺が暴れるとブラックはさらに腕の力を強めて来て、俺の足にデカい筋肉質の足を絡めてきやがる。

 もういい加減やめろ、と、声を荒げようとした所で……ブラックは、俺の耳に吐息を吹き込むように低い声でささやいて来た。

「えへ……ツカサ君をやっと独り占め出来たぁ……」
「え……」

 思っても見ない言葉に、相手を見上げる。
 と、ブラックは蕩けたような顔でにへらと笑った。

「ここに来た日からずーっと誰かが一緒に居たから、ツカサ君を独り占め出来なくて僕すっごく悲しかったんだよ……? ツカサ君の恋人は僕なのに、あんなクソ貴族と一緒に出掛けちゃうし、セックスだって怒られちゃうし……」
「そ、そりゃアンタが好き勝手やるからだろ……」
「そりゃ好き勝手するよ。だって今までツカサ君と離れ離れになってたんだよ……? 大好きな子がこの世界にいない時間を味わわされたんだから……そのぶん、いつもよりたっくさん甘えるのは当たり前でしょ……?」

 そう、言いながら、ブラックは俺の目をじっと見つめて来る。
 菫色すみれいろの綺麗な瞳がうるんでいるように思えて、無意識に息をんだ俺に……ブラックは、切なそうに眉根を寄せてひたいにキスをして来た。

「んっ……」
「だから、少しぐらいは二人きりでイチャイチャさせてよ……ね……?」
「…………う……」

 ……ずるい。
 そんな切なげな顔をしてそういう事を言うなんて、本当にずるい。

 だけど、そう言われてしまうと俺は何も言えなくて。

 ブラックがこの世界でどんな思いで待っているかを考えると……俺が今までずっと考えてモヤモヤしていた事よりも、そっちの方に胸が苦しくなってしまって。

「ツカサ君……」

 トドメと言わんばかりに切なげな声で名を呼ばれてしまえば、拒否なんて出来ようはずも無かった。

「……ちょ……ちょっとだけ……だからな……」

 とりあえず、食料品は調達したし……きちんと収納したし……。
 だから、ちょっとの時間だけなら……。

「ふはぁっ、ツカサくぅぅうん!」
「わ゛ああああさっそくジョリジョリするうううううう」

 許した途端にまたもやヒゲで攻撃されてしまったが、自分で認めたことを今更ダメとは言えず……いや、まあ……いいか……。
 ブラックだって、さびしかったんだもんな。

 俺だって、ちょっとした会話で大人げなくねて、危うくブラックにバレそうになってたんだから……今日ぐらい、好きにさせてやるか。
 どうせ明日はこんな風にじゃれたり出来ないんだから。












 
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