異世界日帰り漫遊記!

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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編

  知れば知るほど2

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 職人っぽいお爺ちゃんにラスターが頼むと、お爺ちゃんは拒否する素振りなど微塵みじんも見せずに即オッケーしてくれた。やっぱり騎士団長の威光は強いらしい。
 なんにせよ、楽に見学できるってのはありがたい。

 虎の威を借る狐と言うことわざがほんのり頭の中をよぎったが、まあ毎回そんなもんだと思いつつ、俺はラスターと一緒に工房へと入れて貰った。
 カウンターだけがポツンと置いてあった部屋と違って、工房は凄く広い。

 ピザ釜のような設備が有って、その反対側には外から引いた水を常に流している石造りの水場が有る。水場は子供用プール程度ていどの大きさで、中には石のような物がゴロゴロと転がっていた。
 色々な道具が壁に掛けられているけど、その二つの設備が最初に目を引くな。
 だけど、あの光る鉱石は全然見つからない。

 どこにあるんだろうかと思っていると、お爺ちゃんは水場に近寄り、石のようなかたまりを取り出した。ゴツゴツしていて、大きい手でも中々に持ちにくそうな石だ。
 不思議に思っていると、お爺ちゃんはその石を俺に見せてくれた。

「この石は太陽の明るさを嫌うんでな。普段はこうしてオラ達の曜術で土にくるんで、日光から隠しておるのよ。光がある中であつかうと、熱を持ち過ぎて破裂するでな」
「はっ、破裂!?」

 びっくりしてちょっと後退してしまったが、ラスターとお爺ちゃんは笑って俺に「心配いらない」と石を振って見せる。う……ううむ……確かに、土でコーティングされているおかげか、ちっとやそっとじゃ破裂しなさそうだけども。
 でも、なんで破裂するんだろう。
 普段から自分で光ってるから、内部に熱がこもるのかな。

 すっかりただの石になった鉱石を見つめていると、お爺ちゃんはきびすを返した。

「まあ、そんな危ない物のままじゃ売りモンにはならんでな。今から良いように加工するんだ。誰にでも安全にあつかえるようにな」
「えっと……炉に入れたりするんですか?」
「ハハハ、そりゃ普通の金属の方だな。ワシら土の曜術師には金属は扱えんよ」

 そう言いつつ、お爺ちゃんは水の中に石を戻すと、部屋に光を取り込んでいた窓を閉める。しっかりと鎧戸よろいどを閉じカーテンまで閉めて部屋を真っ暗にすると、炉の中の炎だけが部屋を明々と照らすようになった。

 あんまり気温とか気にしてなかったけど……良く考えてみると、この部屋ちょっと熱いな。赤い光だから、余計にそう思っちゃうんだろうか。
 しかし、窓を閉め切って何をするつもりなんだろう。
 首をかしげていると、ラスターが俺の肩を叩いて来た。

「ツカサ、これをかけろ」
「これ……サングラ……ええと、色眼鏡?」
「今から強い光が見えるからな」

 そうか、目が焼けちゃうんだな。素直に眼鏡を掛けると、ラスターがお爺ちゃんを指さした。気付かぬうちに、お爺ちゃんは炉から何かを取り出そうとしている。
 あれは、真っ赤に焼けた石だ。
 何をするのかと思っていたら、その熱そうな石を鉄のトングのような道具でつかんで、石がゴロゴロしている水場へと持っていき……。

「わっ、ばっ爆発するのっ爆発しちまうんじゃないのあれ!?」
「落ち着けツカサ、心配はいらん」
「ああああ」

 だって、あの石って熱を持ち過ぎたら破裂しちまうんだろ!?
 どう考えてもこれって破裂させるための儀式じゃん、ヤバいやつじゃんか!

 逃げた方が良いんじゃないかとラスターのそでを引っ張るが、相手はピクリとも動かない。それどころかうるさい俺の肩をがっちり抱き、その場に固定してしまった。
 いや待って頼む待ってくれどう考えてもこれ破裂したら逃げられないって!
 ああああ石がっ、真っ赤に焼けた石がもう水場にぃいい!

「――――っ!」

 今まさに、赤くなるほど熱された石が水場にひたされる。
 思わずその場で踏ん張った瞬間、水場から強烈な青い光が流れ出た。

「うあぁあああ……ぁ……ああ?」
「だから心配はいらんと言っただろう」

 思ってたより、目に痛い光じゃない。っていうか……綺麗……?
 じゅうじゅうと石が冷やされて悲鳴を上げているが、しかしもうもうと湧き上がる湯気の間からは、幾筋いくすじもの青い光がサーチライトのように立ち上がっている。
 湯気の間で揺れる光は、まるで海の底の光みたいで……本当に綺麗だった。

「ふわ……これ、どういう……」
「通常、強烈な熱や光を受けると鉱石は爆発するが……ああして土や岩などで包んで水の中で蒸し焼きにすると、どういうことか内部の水の曜気が抜けて行くんだ」
「へー……ってことは、あの石って水が中に入ってたの?」

 それならああやって海の中みたいに光がゆらゆら揺れているのも納得だ。
 だけど、鉱石の中に水が入ってるって不思議だな。
 そんな俺の疑問を読み取ったのか、ラスターは詳しく説明してくれた。

「あの鉱石は、地下水脈に近い場所で生まれ、水を吸って発光する特殊な鉱石でな。そのため、内部に水の曜気が圧縮されているんだ。……だから、炎の曜気が起こす熱や日光に熱されると内部の水の曜気がふくらみ暴発してしまう。しかし、土の曜術師が外側を土で包み水の中で熱する事によって、溜まってしまう水の曜気を活性化させ、完全に外へと押し出す事が出来るんだ。これを【迎え水】という」
「そんな鉱石の加工の仕方があるのか……」
「この鉱石だけに通用する技法だな。必ずこの方法で加工しなければ、俺達が知っている安全で有用な商品にならんらしい」
「はぇえ……」

 本当にファンタジーの世界って何でもアリだなあ。
 いや、でも、そういや似たような話を聞いた事が有るな。
 俺が聞いた話は、婆ちゃんが塩干しされた干物から余分な塩を抜く時にする「迎え塩」っていう料理の技法だったんだけど……あれっ、料理? 料理なのこれ。

 微妙に関係ない事を思い出したせいで変な解釈になっちまったが、とにかくこれが伝統の技法って奴なんだろうな。

 そんな事を考えていると、温められた水はすぐに流れて冷たくなり、それにつれて鉱石が放出していた青い光は消えて行った。完全に消えたことを確認して、色眼鏡を外すと、お爺ちゃんは笑いながら石の一つをまた持って来てくれた。

「ほれ、これで完成だ」
「え……も、もうなんですか?」
「そう簡単なものでもないぞ、ツカサ。包む土の厚さは原石によってことなるし、熱のかたも一つずつ違う。こればかりは、土の曜術師の中でも熟練の職人級でなければ行えない仕事なのだ」
「はえぇ……簡単に見えてもすごい技術なんだな……」

 アレか、寿司の技術みたいなもんか。いや何でさっきから食い物。
 とにかく単純な物ほど自分のカンやセンスが重要になるから、よっぽどの熟練者でなければあつかい切れないんだろうな……。

 素直に関心して何度も頷く俺に、お爺ちゃんは何故だか気を良くしたらしく「へへっ」と笑い、ラスターを見やった。

「今時のボウズにしちゃあ解ってるな。団長様、いい連れをお持ちで」
「フッ、まあな。俺が選んだだけの事はあるだろう」

 いや何の話してるのアンタら。
 頼むから俺を置いて行かないでくれと顔を歪めていると、お爺ちゃんは頭を掻き、片手に持っていた石の塊に何やらフッと息を吹きかけた。
 すると、簡単に石は割れて――――中から出て来たのは。

「あっ……! これって……!」

 まだ粗削あらけずりでゴツゴツしているが、ほんのりと空色が含まれた透明度の高い不思議な宝石。この宝石の色には見覚えが有って、俺は咄嗟とっさにお爺ちゃんの顔を見た。
 すると、相手は肯定するかのように深く頷く。そうか、やっぱりそうだったのか。

 これは――――俺達冒険者には必需品の石……水琅石すいろうせきなんだ。

 【水琅石すいろうせき】というのは、水を垂らすと電灯のように強く発光する消耗品の石だ。蝋燭ろうそくよりもかなり高いが貴族や冒険者の間では必需品となっていて、いたるところで使われている。旅をする人間なら、必ず一つは所持していた。

 実際、俺もブラックもかな~りお世話になっていて、この石のおかげで暗い場所でも平気で歩く事が出来るので、いつでもバッグに水琅石のランプを忍ばせている。それくらい、本当に素晴らしい冒険者グッズなのだ。
 しかし、そんな貴重な石がまさかこんな風に製造されているとは思わなかった。

 宝石っぽいから、そのまま地面から生えているのかなと想像してたんだが、水琅石は職人の手で加工された品物だったんだな。そりゃ高価なはずだわ。

「なんか……いつもお世話になっとります」

 こんな必需品の職人さんなんて知らずに失礼な事をしてしまった。思わず腰を低くして頭を下げると、お爺ちゃんは快活に笑った。

「はっはっはっ、構わんよ! むしろ、オラ達職人の仕事を見たいと言ってくれて、こっちが感謝だわい。何せ、土の曜術と言えば不人気の代名詞だからなあ」
「確かに……いやでも、家を作ってくれたり道を綺麗にしたりしてくれるし、えんしたの力持ちって感じで凄いですけどね……」

 クロウも土の曜術が使えるけど、アイツ凄いもんな……。
 ある村では無数のレンガを宙に浮かせて次々に家の基礎を作ってたし、とらえにくさでは一番とも言われる土の曜気をとらえて地面を隆起させたりしてたし……。
 熟練になりさえすれば、物凄い術だと思うんだけどなぁ。

 真剣にそう考える俺の気持ちだけは伝わったのか、お爺ちゃんは本当に嬉しそうな顔をして、俺の頭をポンポンと叩いた。

「そう言ってくれるだけで、今日はうまい酒が飲めるってモンよ。気ぃ使ってくれてありがとなあ。……お、そうだ。小さくて売り物にならんのだが……おれい代わりだ。良かったら持って行ってくれ」

 嬉しそうに言いながら、お爺ちゃんが差し出して来たのは……ザルの上にこんもりと乗った、小石のような水琅石の山だった。
 わー、キラキラしてとっても綺麗~……って、ええ!?

「えっ、え!? いやでも水琅石って高いしこんな……っ」
「貰っておけ。クズ石は一日二日しか持たないし、このバルサスでは必要が無いモノだからな。あとは放置して気が抜けるだけだ。ビンに入れて持っておくといい」
「あ、あぁあ……ありがとうございます……」

 そっか、水琅石って放置してたら使えなくなってしまうのか……。
 いつもランプのガラスの中に入ってるから何も思わなかったけど、そういや替えの石を買う時も、お店の人が小瓶や箱から取り出して入れ替えてくれてたっけ。
 つくづく不思議な石だな、水琅石……。

 まあそれはともかく。勿体もったいない事になるんなら喜んで貰っておこう。正直、水琅石なんていくつ持ってても足りないし、このくらいの小石なら扱いも手軽だ。いざって時に目くらまし代わりにもなるかも知れないからな。
 これは棚から牡丹餅ぼたもちだなと思いつつ、お礼を言いながら俺は小さなザルいっぱいの綺麗な小石をビンに詰め込んだ。
 そんなみみっちい俺の横で、ラスターが思い出したようにお爺ちゃんに問う。

「ああ、そう言えば……ここ最近、見慣れぬものが来た事はあるか?」
「え? あー……そうすねえ……商隊の用心棒が新しい奴に変わってたなあってのは見ましたが、それ以外は気にならなかったですなあ。最近は冒険者達も街の店などで買うようになりましたから、ここに来る冒険者も知った者ばかりですわ。他の鉱山も同じだと思いますがねえ」
「そうか……他に変わった事はあるか?」

 問いかけると、お爺ちゃんは少し考えて――――それから、これは自分の思い違いかも知れませんがと言ってから語り出した。

「半月ほど前から、地震のような大地のうねりを感じるんでさぁ。……しかし、その揺れは同業者しか感じていないようでしてなぁ……。女房には、仕事のし過ぎだって笑われちまったんですが……」
「そうか……いや、万が一の事があっては困るからな。貴重な情報に感謝する」

 一笑に付さないのがまた真面目だ。
 ……ほんとコイツってわけわかんないよなぁ。
 貴族以下の国民を「下民げみん」とか言うくせして別に嘲笑あざわらったりもしないし、ちゃんと会話を成立させている。そもそも傲慢ごうまんさをまるで出していない。
 俺達と話す時はまるで違うけど、なんであんな風になるんだろうか。

 仕事だから丁寧とか?
 それにしたって豹変し過ぎじゃないですかね……まあ、市民に優しくフレンドリーな貴族様って奴のほうが、俺としても好ましいとは思うけども……。

「ツカサ、詰め終わったか? いくぞ」
「えっ、あ、うん。あの、ありがとうございました」
「良いって事よ。また欲しくなったら遠慮なくおいで」

 ううっ、お爺ちゃん良い人過ぎる。
 再び深く礼をして感謝すると、俺はラスターについて工房を出たのだった。
 ……それにしても思わぬところで良い物を貰ってしまった。
 でもこれ、ダンジョンが有る街で廉価版れんかばんだって言って売れば、結構いいカネになると思うんだけどなぁ……。クズ石と言っても一日二日は持つっていうんだし。
 今更ながら、貰って良かったんだろうか。

「それにしても……お前は本当に不思議な奴だな」
「え? な、なにが?」

 水琅石の事を考えていて話を聞いていなかった。
 慌ててラスターの方を見ると、相手は歩きながら続けた。

「植物園ではしゃいでいると思ったら、お前の属性でもない鉱石に目を輝かせたり、別属性の仕事を興味深そうに見学したり……」
「それって不思議なことなのか?」
「ああ、曜術師は普通、別の属性に興味を持つ事など無い。自分よりも格下の相手をわざわざ確認しに行ったりしないだろう」
「え゛……そう言う感じなの……。いやまあ、そう言えばそうか……」

 曜術師ってヤツは、基本的に違う属性とは仲が悪いんだっけ。曜術の威力には感情や欲望なんかが深く関わっているから、みんな我が強くてソリが合わないんだよな。
 他の奴の仕事に興味が無いのも仕方がないのかも知れない。

「どうせなら、この俺の栄光に満ち満ちた騎士団長の仕事にも興味を持って欲しいんだがな。職人の仕事には興味が有って、未来の夫が行う仕事には興味が無いとは正妻としてあまり良い事とは言えないぞ」
「いやだから何で正妻とか言うかな!? 違うっつってんだろ!」
「ハハハ、まったく照れてばかりだなお前は」
「だー!!」

 ほらすぐこうやって調子に乗る!
 なんでコイツは他の奴らと話す時みたいに真面目にやってくれないんだ。
 いや真面目に話してくるラスターってのも何か怖いけども!

 何と言っていいのか解らず思わず口をつぐんでしまうと、ラスターは急に黙り俺の事を見つめて来た。そうして、やけに真面目な顔をして。

「……まあ、元気そうで良かった」
「え……」

 思っても見ない事を言うラスターに思わず戸惑ってしまうが、相手はヤケに真剣な様子で俺を見つめて来る。……睫毛まつげが凄くながい。今まで気にもしていなかったが、良く見ると女性並に睫毛がばさばさだ。イケメンてみんなこうなのか。

 息を呑んだ俺に、ラスターは微笑んできた。

「お前はピルグリムから帰ってまだ少ししか経っていないのに、立て続けに嫌な事件に遭遇してしまっただろう。だから、ピルグリムでの事を思い出してしまって、気が滅入っているのではないかと思ったが……杞憂きゆうだったようだな」
「ラスター……」

 もしかして……見学させてくれたり鉱山に入っても何も言わなかったのって、俺が落ちこんでないかと思って元気付けようとしてくれていたのか?
 だから、今日もなんだか妙に優しかった……とか……。

「…………」

 じっと見つめ返すラスターは、いつもと違ってなんだか……その……。
 ぐ……ぐぅう……や、やめろ、やめてくれ。
 そんな真剣な顔で俺を見ないでくれ。いつもの傲慢ごうまんモードに戻ってくれってば。

 普通にイケメンっていうか、こんな風に凝視されると……いつもみたいに、ギャーギャー言えないじゃないか。それに、俺を気遣きづかってとか、そんな。

「しおらしいツカサも可愛らしいな。それでこそ俺の正妻だ」
「っ……! だ、だから……正妻じゃないって……」

 違うって言ってるのに、コイツはもう。
 いい加減にしないと怒るぞと言いたかったのだが……何故か、いつもみたいに強い声が出て来なかった。











※またもや遅れてしまってすみません…!。゚(゚´Д`゚)゚。

 
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