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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編
31.何も出来ないのであれば
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【核】となる主が死んだダンジョンは、ただの洞窟に戻るのだと言う。
その話の通り、海洞ダンジョンからはコープスが消え去り、最下層に存在した肉の壁も、海底に沈むただの洞窟に成り果てていた。
そこにはもう、クレーシャさんやブランティが居たと言う面影すら見当たらない。
一層二層に居た、この洞窟に迷い込んで来ただけの可愛いモンスターが戯れるだけの場所になってしまった。
この海洞ダンジョンは、もう二度とダンジョンとして機能する事は無い。
それを思うと、今後の色々な不安が頭の中に浮かんだが……ブラック達はシビアなモンで、街の住民達がどうにかするしかないだろうと耳をほじっていた。
でもそういうものなんだよな。俺達が悩んだってどうしようもない。外様の冒険者が何を言っても、結局決めるのは街の人達だ。その人達自身の問題なのだ。
いっちょ噛みしただけの俺達が口を挟むような問題では無かった。
けど……カーデ師匠の事だけは、そう思いきれないんだよな……。
だって、師匠は不義理をした事を謝りたいとあんなに後悔して、いつもの師匠とは思えないほど取り乱していたのに……ブランティは、結局その謝罪を聞く事も無く、この世界から消えてしまったのだ。
それは、ある意味一番残酷な仕打ちだろう。
「謝っても許して貰えない」じゃなく、もう「謝ることすら許して貰えなかった」なんて、事実を突きつけられた側からしてみれば地獄だ。「お前はそう言う人間なんだな」と相手が納得して、認識が固定されてしまう事がどれだけ恐ろしいかなんて、言い表しようも無かった。
――――だけど、謝って許して貰おうだなんて、ムシが良過ぎる。
俺の頭の中の冷静で利己的な部分が言う。その言い分は、正直わかる。
ブランティはそんな事なんて思ってなかっただろうけど、でも、そういう怒りって誰にでもあるよな。俺だって、お前が悪い癖にってスゲー怒って怒鳴り散らしたい時も無くはない。自分が傷付いて苦しんだ時間を謝罪一つで帳消しにしようと思うのが許せなくて、失ったものを思うと憎しみが消えなくて、首を振ってしまうんだ。
謝罪なんて「許されたい側」が心を軽くしたいから言うんだからって。
……でも、そう思われる側になったら、それは凄くしんどい。
「許されたいんだろ?」と言われると、その気持ちが無いなんて言えなくて、自分が更に薄汚く思えてしまい、苦しくてたまらなくなる。本当に謝りたいのに、許されなくて当然と思っているのに、そんな甘さが自分にあるのではと考えてしまうんだ。
そして、それを相手に感知されるから、もっと許して貰えなくなる。
「許してもらえる」と思っている自分に気付いて、よりいっそう己に腹が立つ。
こうやって堂々巡りになって、卑屈になって、捻じ曲がって行ってしまうんだ。
そうなってしまうと……もう、抜け出せない。
師匠みたいに、謝るべき人が突き放したままで消えてしまったら、そんな苦しみを抱えたままで死ぬまで生きて行く事になってしまうんだ。
……それは「許す人」が望む事でもあるのかもしれないけれど。
………………。
はあ、どうして上手くいかないんだろうなぁ……。
俺が言うこっちゃないけど、人間関係って難しいよなぁ。
誰もがブラックみたいに「怒ってどうぞ」と言えるくらい心が強ければいいんだが、小市民で他人の評価を気にしてしまう俺は、どうしても人の事を窺ってしまう。
だから、恩義ある人が苦しんでいたら、ついつい首を突っ込んでしまいそうになるワケで……あぁ……でも、俺が何言ったって師匠の心は救われないしなぁ……。
師匠は帰って来る時もずーっと無言で、街の長と今後の事を話すからってそのまま振り切るようにして離脱しちゃったし、俺達は俺達で【呪い】が解けたレイドや冒険者や街の人達を介抱する手伝いで忙しかったしで、けっきょく慰めの言葉のひとつも師匠に掛ける事が出来なかったよ。
まあそもそも、ペーペーの俺が何言ったって薄っぺらいだけだし……それに、師匠もデリケートな問題にズカズカ踏み込んでほしくないだろう。
こうなってしまったら、もう時間に解決して貰うしかない。当分は修行も出来ないだろうし、俺なりに自主練とかしなきゃな。
出来ない事を嘆いていても仕方がない。でも、もし俺達の所に帰って来てくれるんなら、その時は精一杯気遣うつもりだ。
俺には、そのくらいしか出来ないし……今の俺が出来る事と言えば、師匠の教えを忘れないように、毎日鍛錬を続けるってコトだけだ。
とはいえ……今日は倒れた人達の看護とか、警備兵の人達に事の顛末を話したりと対応にてんてこまいで、修行する暇も無かったんだけどな。はぁ。
すやすや眠ったままのレイドの容体も気になったけど、今日は流石に色々とあって疲れたので、俺達も旧治療院に一旦引き上げる事にした。
「…………はぁあ……疲れた……」
「キュ~」
ぼすんと干し藁詰めのベッド倒れ込んで、俺は寝心地が微妙に悪いマットレスの上で暫く死んだ魚のように動かなくなる。
ロクショウは飛びながら俺を不思議そうに見ていたが、なぜ疲れたのかを話すワケにはいかない。なんたって、ロクはいい子だからな。緊急時に自分だけ寝ていた……なんて事を知らせて、曇らせるような真似はしたくないのだ!
何故ロクショウがあそこまでグッスリと寝ていたのかは分からないが、たぶんアレもブランティの仕業だったんだろう。それを責めるなんて俺には出来ん。
何故ならロクはとってもいい子で世界一可愛いヘビちゃんだからな!
なので、何も言わずに大丈夫大丈夫と突っ伏していたのだが、それを後から入って来たブラックが呆れたようにつっこんで来た。
「んもー、ツカサ君たらだらしないなぁ。寝るならせめてベスト脱ご? ほらほら」
「お前はベストだけじゃなくて全部脱がそうとする気だろ。やめろ」
この疲れ切った状態で何かを求められても、俺には応えられんぞ今日は。
そう言いつつブラックを見上げると、相手は「えぇ~」とあからさまに悲しそうに顔を歪めた。そりゃあもう、見せつけるのが前提と言わんばかりに。
「ツカサ君、今日は僕の事いっぱい癒してくれるって言ってたのにぃ!」
「お前な……後頭部殴打されて拉致られて必死で曜術使いまくった俺に、それを言うのか……。鬼か。鬼なのかおまえは」
「ツカサ、オレもごほうび欲しいぞ」
「クロウまで!!」
いやそりゃアンタらも疲れてるのは解るけど、今日は頼むからやめて下さいよォ!
慌てて起き上がると、ブラックとクロウはションボリと眉を下げて見せた。クロウは熊耳をここぞとばかりに伏せやがる。ちくしょうてめえら調子に乗りやがって。
そうはいかないんだからな、と眉間に皺を寄せていると、ロクショウがマットレスの上に降りて来た。
「ウキュ~、キュー……キュゥッ、キュ?」
俺の様子がよっぽど心配だったんだろうか。二足歩行で、俺の方へ歩いて来る。
しかし、マットレスにはスプリングなんて無いので、歩く度に大きな足が沈んで、あわあわしていて……クッ……かっ……可愛すぎる……!!
「ああんロクったらそんな頑張ってる姿可愛すぎるぅう!」
「キュー!」
「んんんんん無限に癒されるぅうう」
目の前までヨタヨタと歩いて来てくれた可愛すぎるロクを思わず抱き締めて、狭いベッドの上でゴロゴロしてしまう。ああもうたまらん、すっ、スリスリしてやるぅ。
「癒されたんなら僕達も癒してほしいなぁ」
「ムゥ」
「今日は無理!! 死ぬぞ俺が!」
労う気は有るので今日は勘弁しろと言うと、ブラックもクロウも渋々従ってくれたようだった。ホッ、これでとりあえず今日はゆっくり寝られるな……。
安堵しながら、それぞれの寝床に座るオッサン二人を見ていると、不意にクロウが敷物の上に寝転がりながら呟いた。
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「うーん……。俺が見た限りの話でしかないけど……ブランティはシムロの街が嫌いだったみたいだから、最終的にシカマビトを操って滅ぼす気だったのかも……」
「それにしては、随分物分かりが良く昇天したな」
不思議だ不思議だと熊の耳をピコピコさせながら転がるクロウに、不覚にも可愛さを感じて「ん゛ん゛っ」とか変な声で唸ってしまったが、そんな俺を白けた顔で見ながらブラックは自分のベッドに寝転んだ。
「そんなの、倒した今じゃ分からないだろ。あんな迷惑な事をしでかしたんだから、狂っててマトモな状態じゃ無かったんだろうし……。だから、ああも支離滅裂な言動をして、勝手に昇天したんじゃない? 僕達が考えたって無駄だよ。ムダムダ」
「まあ、そう言われるとそうだけども……」
「それより、ツカサ君の修行はどうなるのかな~? もう修行とかやんなくて良いんなら、さっさとこんなシケた街から出ようよ~。長閑な村にでも滞在して、セックス三昧……ゴホン。ゆっくり休めるところに行こうよぉツカサく~ん」
なんかブラックがゴチャゴチャ言ってるけど、反応したら負けだ。
耳を塞いでロクに守って貰いつつ、俺は改めて今日の事を思い返した。
ブランティの過去の夢の事や、彼の豹変ぶり……そして……師匠が良かれと思ってしでかしてしまった事や、真実を聞いてもなお恐ろしいほど穏やかな表情をしていた……彼の最後のことを。
「…………やっぱ、違ったのかな……」
俺は、ブランティの変わりようから「ブラック達に一度倒されて正気に戻った」のだと解釈して、だからカーデ師匠に「騙された怒り」をぶつけなかったんだと思っていたけど……そう言われたら、あの時のブランティも正気じゃ無かったのかと不安になって来る。
……でも、記憶の夢の中のブランティは、優しそうでとても誠実に感じた。
クレーシャさんへの深すぎる愛情も伝わって来た。
最後のあの表情はとても生きた人間のする表情ではないと思ったけど……だけど、クレーシャさんに対して嬉しそうに言葉を呟いていたブランティは、狂っているようには見えなかったんだけどな……。
本当に狂ってたのかな。もしそうだとしたら、誰も救われない。
カーデ師匠だって更に傷付いてしまうんじゃないんだろうか。
思わず眉を歪めた俺を見たのか、クロウは寝転んだままで俺に語りかけて来た。
「人の心など、他人が完璧に推し量れるような簡単な物ではない。オレもツカサも、そのことを良く知っている。……真実がもはや分からないのなら、好きに解釈して、飲み込んで口を噤むくらいで良い。部外者が出来るのはそれだけだ」
「……そうだな。ありがと、クロウ」
そうだよな。俺もクロウも、それで一悶着あったんだもんな。
結局、どう考えて足掻いたとしても、なるようにしかならないんだ。ならば、自分なりに無理矢理でも解釈して納得するしかない。
だから、師匠も自分の力でこの結末を受け入れるしかないんだろう。
……何も手助けできないのは、やっぱり悔しいんだけどさ。
「つーかーさーくんっ」
「のわっ」
急にベッドが沈んで、背後から抱き締められる。
不穏な声が近付いて来たと思ったら……またブラックに抱き締められていた。
ああもう今日風呂も入ってないんだぞ。お互い汗臭いんだからやめろ。
頼むから寝かせてくれと背後に手を伸ばして顔を引き剥がそうとするが、ブラックは俺の手を躱して首のところに顔を寄せて来た。
「んん~。今日は何も出来ないんだから、これぐらい許してよぉ」
「だ、だから汗臭いんだって……」
「それが良いんじゃない……ツカサ君も僕のニオイ嗅いで良いんだよ?」
「バカッ!!」
女子の汗なら嗅いでも良いが、自分のやオッサンの匂いなんて嗅いでられるか。
いくら恋人がオッサンでも、それやったらもう俺変態だからな!?
そこまで行きたくねえんですよ俺は!
頼むから離してくれよと必死でもがきつつ、抜け出そうと四苦八苦していると……いつの間にか目の前にクロウまでやって来ていた。だーもーっ、これみよがしに指を咥えて見つめてくるんじゃねえ!
なんでこのオッサン達、わざとらしいのを隠そうともしないんだよぉお!
「オレもツカサの汗の匂い嗅ぎたい……」
「嗅がなくて良いんだってば!!」
「キューッ、キュー!」
ロクショウが俺が困っているのを見かねて「やめなさい!」と言わんばかりに空を飛んで中年二人を威嚇してくれるが、しかし徐々に顔を近付けて来るクロウは物ともしない。ブラックに至っては、もう俺の肩口に顔を埋めて「すーはー」とか聞きたくない呼吸音をキメている。
マジでやめろやめてください。風呂に入らなかった俺が謝るからやめて!
「ムウゥ……オレもツカサと一緒に寝る……」
「わっ、わああやめろって!」
のしり、とベッドに乗り込んできたクロウは、鼻息を荒くしつつ、そのまま俺の胸に顔を突っ込んで来ようとする。と、ベッドが大きく軋んだ。あっこれヤバい。
慌てて俺は押し返そうとしたのだが――――
「うおっ!?」
「ぎゃああっ!?」
クロウがベッドに全体重を掛けた瞬間、ベッドが木の幹を裂くような音を立てて……ついに、崩壊してしまったのだった……。
………………まあ、いつかこうなる予感がしてましたけどねえ!
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