異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

29.呪縛が解かれる時

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 よく分からないけど、俺を信頼してくれているってことなんだろう。

 あからさまに態度に出されると照れ臭いけど、そうやって俺を信じてくれるというのは素直にありがたい。でも気楽になり過ぎるのもダメだ。気を引き締めなくては。
 俺は改めて気合を入れると、仰向あおむけに寝かせられているレイドを見た。

 ……やっぱりあの禍々まがまがしい炎みたいなオーラっぽいものが揺らいでいる。
 これって、まだブランティは消滅してないってことだよな。

 腐れ龍は倒して貰ったけど、そもそもブランティは怨霊のような存在なのだ。実体のあるものをたおしても、彼自身にはダメージがいかないだろう。
 それに、ダンジョンコアと同一であるブランティに何かあったら、このダンジョン自体になんらかの変化が起こるはずだ。それもないということは、ブランティは無事で、攻撃の余波によって行動不能になっているのかも知れない。

 レイドが「ブランティ」の姿から戻ったのだって、きっとそういうことなんだ。
 だったら、レイドの姿に戻っている内に何とかブランティを分離させないと。

「つ、ツカサ……そいつは何じゃ、ブランティと関係があるのか」

 俺が色々と考えていると、師匠は放心状態から快復したのか、ちからなく四つん這いで俺達の方へと近寄って来た。そして、レイドを見て師匠は意気消沈したかのように眉を下げる。よく解らないけど……ブランティのことをそれだけ気にしてたのかな。
 でも、師匠には悪いけど彼を目覚めさせるわけにはいかない。

 話をするにしても、レイドから分離させないと。
 それに……最悪の場合、本当にブランティを斃さなきゃいけないかもしれない。
 師匠だってその事は解っていると思うけど……大丈夫、だよな?

 もしかして止めようとするのではないかと思ったが、師匠は今までの溌剌はつらつさが嘘のように急に老けた様子でその場に座り込むと、力なく肩を落とした。

「……ブランティ……やはりお前が、このダンジョンの主だったのか……」
「麗しの君とやらが作り出した幻影かもしれないぞ」

 クロウの言葉に、師匠はゆっくりと首を振る。

「いくら耄碌もうろくしておっても、自分の弟子を間違えたりせん。それに……あの子なら、愛しい者に対してあんな顔など向けた事はなかっただろう。クレーシャがダンジョンの主人だったとしても、大事な者にあのような形相はさせないはずだ」

 言われてみれば、そうかもしれない。
 もし俺がブラックの分身をつくり出したとしても、誰かを憎むように仕向けたりなんて考えもつかない。ていうか正直、分身で何をするかなんて思い浮かばないけど……とりあえず、ブラックとして普通に接するような気がする。

 例え分身だろうが、誰かを憎悪したり悲しんだりするような顔はしてほしくない。
 相手が恋しくて作り上げた虚像なら、尚更なおさら理想の存在で居て欲しかった。
 自分のために憎ませて殺させようとするなんて、そんなの俺は嫌だ。

 それに……あの過去の記憶の中でブランティの事を一番に思いやっていたような彼が、こんな酷いことをするとは思えなかった。
 ……まあ、モンスターになったんだから、心境の変化で色々と狂ってしまったっていう可能性もあるけど……でも、それならこんなに綺麗な街を作れるんだろうか。
 自分が愛していた頃の街を作って恋人に暴れさせるなんて、俺は理解出来ない。

 それがその人の恋だと言ってしまえばそれまでだけど……違っていてほしい。
 俺がそんな事を願ったって、しょうがないんだけどさ。

「……とにかく、今から呪い……っていうか多分ブランティ……さん、を分離できるか、試してみます。えっと……前にやった時って……」

 あの時は、手元に【黒籠石こくろうせき】っていう、曜気を無尽蔵に吸い取って内部に保管する事の出来る特殊な鉱石で呪いを封じ込めたんだっけ。
 でも、今ってそういうアイテム持ってないよな、俺って。
 残った呪符じゃどうしようもないしなぁ……うーん、どうすれば……。

「ツカサ君?」
「う、え、ええととにかく回復薬を飲ませてみる」

 ブランティが復活してからじゃ遅いんだから、迷っているひまはない。
 やるって言っちゃったんだから止められない。あ、当たって砕けろの精神だ!
 クロウにレイドの体を起こして貰って無理やり口を開くと、俺は少しずつ回復薬を飲ませた。ある程度ていどは効果があると良いんだけど……と思っていると、レイドの体が金色の温かい光にうっすらと包まれ始める。どうやら薬は劣化してないみたいだな。

「おお……」

 師匠の声が聞こえると同時、レイドをおおっていた禍々まがまがしい光が散って行く。
 と――その一部が、どんどんレイドの体の中心部分に集まって来た。

「えっ、え」
「どしたのツカサ君」
「いや、あの……さっきからレイドの体を包んでいた変な光が、どんどんレイドの体の中央に集まって来てて……」

 ブラックに言うと、相手は不思議そうな顔をして首をかしげた。
 やっぱり、ブラックやクロウ達には光が見えてないのか。

「僕にはよく分かんないけど、話を聞いてるとやっぱりその変な光が元凶っぽいね。【アクア・ドロウ】で吸い出してみる?」

 そう言うブラックに、クロウが待てと言わんばかりにてのひらを出してくる。

「オレは分かるぞ。……と言っても夢現ゆめうつつの状態だったからさだかではないが、昏倒こんとうした時、心の臓から急に苦しいのが抜けて行く感覚が有ったのを覚えている。そのことを考えると、呪いは己の身を守るために、宿主の体の一番重要で奥深い場所に隠れるのではないか」
「ふーん? まあ、集まるのは好都合だけど、そのあと排出して大丈夫なのかねぇ。そもそも、アイツが抜け出たらまた別の奴に憑依したりするんじゃない?」

 ブラックの言う事ももっともだ。俺もそこをどうしようかと思っていたんだけど……たった今、レイドの様子を見てやっと解決方法が見つかった。

「それなんだけど……みんな、こっちの薄めてない回復薬を飲んでくれないか。俺の回復薬じゃ浄化みたいなのはムリっぽいけど、でも、呪いが【大地の気】の光に弱いなら障壁ぐらいの効果はあるんじゃないかな」

 だろうとか言い過ぎて信憑性ゼロだけど、しかし今はこうするしかない。
 残りの回復薬を師匠から貰って全員に渡すと、俺は息を整えて禍々しい光の球体がざわめいている所に両手をかざすと――静かで清らかな水の曜気をイメージしながら、その手からあふれさせた。

「おお……」

 ブラックとクロウの声が聞こえる。
 視界の端で、俺や二人の服がゆっくりと下からの風に揺れているのが見えた。
 ――――これは凄まじい威力の曜術を使う時に現れる風だ。

 膨大な曜気を使う大きな術は、同属性の曜気しか見えない曜術師でもその術の光を視認する事が出来るようになるという。最近、俺が【黒曜の使者】の能力を使う時に必ず現れるようになった不可解な魔法陣も、ブラック達には見えているようだった。
 そう、これはそれほどの曜気を使うことなんだ。

 失敗した、なんて事は許されない。
 だから一回で決める。絶対に、レイドを救わなければ。

 そう強く重い、息を吸いこんで――――俺は、呟いた。

「呪縛と化した哀れな魂を切り離せ――――【アクア・ドロウ】……!」

 刹那、周囲の音が消える。と、俺が放っていた水の曜気が青い光で形作られた無数のつたへと一気に変化し、襲い掛かるように俺の腕に巻き付いて来た。
 その蔦は腕を駆けのぼり、俺の首元まで到達する。

「――――っ」

 ざわざわと体内の血がざわめくような嫌な感覚を覚えながらも、俺は強く歯を喰いしばりレイドの心臓の所でわだかまっている禍々しい光を睨んだ。
 その意志に呼応するように、魔法陣が放っている野であろう真下からの青い光が俺を照らす。驚き周囲を見やるブラックや師匠達を横目にして、俺は指を軽く曲げ患部の遺物をつかむようにぎこちなく動かした。

 すると、俺の手から沸き出す蔦の何本かが小さな葉を震わせて、俺の手の代わりをするかのように標的へと伸びて行く。
 絡みついて行く青い光の蔦に禍々しい光は抵抗するように揺らめいていたが、俺が爪を食い込ませるほどに拳をにぎると、ついに光が浮き上がった。

「っ……!」

 汗が噴き出す。
 これだけの事で何が大変なのかと自分でも思うが、何故かレイドからその光を切り離す行為が、今までのどの行動よりも重く苦しいものに思える。
 今にも目がくらんで倒れてしまいそうだったが、俺は息を殺して一気に手を引いた。

「う゛っ、ぐうぅ……っ!!」

 満身の力を込めて、両手を握り一気に光を釣り上げる。
 ――――瞬間。
 バチバチと電気で痺れたかのような凄まじい音が耳の奥で聞こえて、その反射的に体を震わせるような刺激に俺は思わず後ろに倒れた。

「ツカサ君!?」

 ブラックの声が聞こえて、一気に腕を覆っていた蔦と地上の光が消える。
 それと同時に、禍々しい光が俺達の頭上に浮かび上がった。

「か、回復薬飲んで……っ」

 俺の言葉にハッとしたブラック達は、封を切って一気に薬を飲む。
 と、浮かび上がっていた光は俺達を見て彷徨ったようだったが、徐々に光の強さを取り戻し、ゆっくりと広がって行った。

「あっ……」
「な、なんだこのモヤモヤしたの!?」

 俺を抱き起しながら、ブラックが頓狂とんきょうな声を出す。
 あのぐらいの強さになると、他の人にも見えるようになるのか。

 だけどそれは同時にブランティの復活をも意味している。ブラックの腕の締め付けが強くなったのを感じて、俺は緊張感に息を呑んだ。
 しかし、その光は誰かに付きまとうことなくゆっくりと人の形になった。

『ァ゛……ア゛ァ゛……ぁ……』

 形容しがたい呻き声を上げて、ゆっくりと光が人の形になって行く。
 それと共に、地面が急に隆起し割れたかと思うと、そこから何かの欠片かけらのような物が浮き上がって人の形になった光に急に吸い付いて行った。
 その欠片が色を持って人の肌になり、服になって……気が付けば光は、人間の形――いや、このダンジョンの主である……ブランティになっていた。

「お、ぉお……ブランティ……お前……!」

 まるで本物の老人のようにしゃがれた声でブランティに手を伸ばすカーデ師匠に、相手は薄らと目を開けると視線を寄越した。

『…………何故ですか』
「え……」

 目を丸くする師匠に、ブランティは表情のない顔で再度問いかけた。

『何故、僕とクレーシャを騙したんですか』

 その言葉に、師匠は目を見開いて言葉を失くす。
 だが、ブランティはただ言葉を続けた。

『僕は、クレーシャが僕との婚姻をあきらめて、別の方と夫婦に成るのだと聞きました。だから、彼との未来を断ち切って、僕は一人前の薬師になろうとした。……だけど、クレーシャがモンスターになってしまったと聞いて……クレーシャの父に、頼むから鎮めて欲しいと頼まれて……だから、貴方とこの街に戻って来たんです。なのに……クレーシャは、僕が不実を働いたと思って怒り狂っていた。人々を苦しめていた』
「…………」
『僕が、悪かったんですか?』

 その表情には、怒りも苦しみも見えない。
 ただ、静かに師匠に問いかけているだけだった。

 けれども師匠は反対に凄く苦しそうな顔をしていて……涙ながらに、土下座をするかのような格好で地面に突っ伏した。

「すまん……すまんかった、本当にすまなかった……っ! 私は、お前をどうしても一人前の薬師に仕立て上げたかった。そうせねばと私自身が思い込んでいた……お前達の幸せなど、なにも考えていなかったんだ……」
『だから、私にクレーシャの手紙を渡さず、クレーシャに私が不実を働いたのだと……私が別の者と婚姻を結んだなどと吹き込んだのですね』

 何もかもを知っているように話すブランティは、もしかしたらクレーシャの腹の中で彼と同化した事で、記憶を読み取ったのかも知れない。
 だけど、その表情には怒りなどみえず、ただ淡々としていた。

 ……どうして、そんな穏やかな表情で話が出来るんだろう。
 話していることからすれば、彼にとっては許せない過去だろうに。半狂乱で俺を追って来た時は、そんな顔なんて出来ないほど……狂っているように見えたのに。

「ブランティ……っ」
『…………話して下さい。すべてを』

 急に、周囲の景色が色褪いろあせたような気がする。
 だけど、師匠はブランティに土下座をしたまま、何も見ようとはしなかった。










 
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