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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編
腐竜の生贄2
しおりを挟む「ぶ、ぶち込んでくれってナニ言ってんのさツカサ君! いくら死なないからって、そんな気軽に死のうとしないでよ!」
「ち、違う違う! だからあのほら、俺ってさ、前にクロウを呪いから助けたコトが有っただろ!? その時に使った【アクア・ドロウ】と回復薬を合わせれば、レイドとブランティを分離させて弱体化できるかもしれないって思って!」
ブラックは一瞬「なんのことだ?」と言わんばかりに顔を歪めたが、クロウがすぐさま「そういえば」と言わんばかりに声を漏らす。
「確かに、そういうこともあったな。アレも【呪い】だという話が本当だとしたら、ツカサの術も効果があるかも知れん」
「だよな! だからさ、二人には俺があの腐れ龍の口に入るまでサポートを……」
と、二人を交互に見ながら協力をお願いしようとしたのだが……ブラックが何だか泣きそうな怒ったような顔になって、いきなり肩を掴んできた。
「もおっ!! それ何回目だよ! なんでツカサ君はそう何度も何度も敵に特攻して自分で全部収めようとするのっ!? バカみたいに弱いザコのくせに一人前の顔してバカじゃないの、なんで無茶ばっかりして僕に傷付けさせようとするんだよ!!」
「えっ……」
思っても見ない言葉に瞠目した刹那、背後から影が掛かって――突然、視界が横にぶれるのを感じた。それと同時、横に何かが飛んで来たのに反射的に視線が向く。
急に目や鼻を刺激する臭いを帯びた強い風が吹いて、離れた俺達が転がるのと同時に、今さっきまで居た場所には……腐れ龍の溶解液がぶちまけられていた。
「あっ……ぁ……」
背後からの攻撃を、ブラックが察知して避けてくれたのか。
気が付けば俺はブラックに抱かれ、クロウも片腕で師匠のローブを掴んですぐ傍に移動していた。ロクショウもちゃんと俺の腕の中に居る。
だけど、安堵しようとする俺の顎を捕えて強引に自分の方を向かせたブラックは、何とも言えない感情が入り混じった表情に顔を歪めながら、至近距離で叫んだ。
「ねえほら、危ないでしょ、危ないってわかるでしょ!? なのに、なんでツカサ君は後先考えずに死ぬような危ない事するのさ!! 弱い君に任せて戦う僕の気持ちが解る!? 首切ったり大蛇の腹に呑ませる僕の気持ちツカサ君わかるでしょ!?」
やけに必死で、ヒステリックに喚き立てるブラック。
急に泣きそうな顔でそんな事言われたので、さっきまでの勢いを失くして妙に冷静になってしまい、俺は目を瞬かせながらついツッコミを入れてしまった。
「でもアンタ、俺に嬉々として毒のませたじゃん……」
飲ませたよな、猛毒。結構お前も俺が死ぬような事させてるし、あん時も生き返るからいいけど……とか何とか言ってたじゃないか。アレはなんだったんだ。
そう言うとブラックは「ウッ」と声を出して困ったように眉を下げたが、しかしよっぽど退きたくないのか、涙ぐみながら俺に再度訴えて来る。
「そっ……それは、僕のためだし別にいいんだもん……。と、とにかく、世界で一番愛しい婚約者の気持ち考えてよぉっ! そんなの、ツカサ君ならしたいと思う!? 第一僕になんの得もないし僕のための行為でもないってのに、こんなのって理不尽だよっ、ツカサ君は僕のモノなのに他人の為に殺されるとか許せないぃいい!!」
「おいおいおい最後本音! ほんね!!」
最初は「俺の事を心配してくれてんのかな……?」って、ちょっと……いや本当に、ほんのちょ~っと一ミリぐらいドキッとしたけど、何だこのオチは!
ブラックの野郎、結局自分の都合じゃねーかクソが!
……いや、落ち着け、ここで怒っても何にもならない落ち着け俺。
「うおおっ!」
またもや腐れ龍の溶解液が襲って来たが、ブラックとクロウは俺と師匠をしっかり守って跳び回ってくれている。この時点でもう感謝して然るべきだろう。
確かに俺は弱い。素早さ知力体力時の運全部最低レベルだ。高校生のクイズ大会に出ようと予選にすら行けないに違いないのだ。
そんな俺を、それでもブラックは助けてくれている。
俺だって活躍したいって気持ちはあるし、男として自分で騒動のケジメをつけたいけど……だからって、俺が無茶をして誰かを心配させるのは違うよな。
俺が逆の立場だったらどう思う……なんて言われたら、やっぱり俺だってブラックの事が物凄く心配だし、危ない事はして欲しくないって思う。
出来る事なら、俺がチートでありとあらゆるものから守ってやりたかった。
だって、ブラックが俺を恋人だと言ってくれるように、俺だってブラックの事が大事で、だからこそこの世界に戻って来たいって願ったんだから。
そう。大事なんだ。
大事だから、今まで焦って強くなろうとしてたんだよ、俺は。
ブラックを守るために、早く他人や害悪を退ける力が欲しかったんだ。
一番守りたい相手を、俺が胸を張って守ってやりたかったから。
もう、ブラックが誰かに疎まれてる姿なんて、ブラックの腕が無くなっちまう光景なんて……みたく、なかったから。
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だからこそ、せめて大事な人だけは悲しませないために――――寄りかかって、ちゃんと話をするべきだったんだよな。
その人が本当は何を望んでいたのか、心に刻むためにも。
「ツカサ君……?」
「……ごめん。ちょっと俺、最近先走り過ぎたわ」
そう言うと、ブラックは嬉しそうに顔を緩めた。
さっきの剣幕が嘘みたいに、そりゃもうふにゃっと。
「つかしゃくん……っ」
「……でも、アイツの腹の中からレイドを取り出さないと……」
「一緒に殺すんじゃダメ? そしたら僕、一瞬でやったげるよ?」
「ダメ!! なんも解決しねーじゃねーか!」
ハッキリ言い切ると、ブラックは表情を思いっきりほころばせて笑った。
まるで、俺に怒られる事が嬉しいとでも言わんばかりに。
そうして――――笑いながら、面白そうな声で俺に問いかけて来た。
「…………僕に、あの腐れ龍をどうしてほしい?」
他人に退治をお願いするなんて、格好悪い。俺は、そう思っていた。
だから頑張ったけど、結局俺は修行の成果も見せられなかったし、ブラックに頼る事になってしまった。でも……だからって焦る必要なんてないんだよな。
これがブラックの望みで、今の俺が一番に「してやれる」ことなんだ。
ブラックは、嘘をつかない。実力も言葉も何もかも、俺にだけは真っ直ぐだ。
俺を心配していたって、俺をザコだのなんだの言わなくて良い事まで言っちまう。
でも、だからこそ……。
「……頼む、アイツの腹からレイドを取り出してくれ」
俺は、自分の心の声にすら惑わされずにブラックを信じる事が出来るんだ。
「ツカサ君がそう望むなら、なんでも叶えてあげる」
そう言って、ブラックは俺の頬にキスをする。
拒否する暇も無いくらいに軽く掠め取って、ブラックは俺の体を優しく離した。
「まあ、このくらいどうってことないけどね」
俺に背を向けて嘯きながら、再び銀光を散らす剣を抜く。クロウもそれに並んで、少し不機嫌そうにブラックに呟いた。
「お前ばかりずるいぞ。オレもツカサからご褒美をもらうからな」
「はぁ? ふざけんなクソ熊。手伝う余地すらないくらい一瞬で終わらせてやるわ」
その余裕に、俺は思わず笑った。
二人を守らなきゃと思うべきなんだろうけど、もう気を張ってそんな事を思わなくてもいいと二人の背中が告げていた。
そうだよな。無理に頑張らなくたって良かったんだ。
俺の男としての意地なんてタカが知れている。それに半月にも満たない修行で全て身に着くんなら、俺は間違いなく漫画の主人公だ。でも、そうじゃない。
俺は現実のしょうもない普通の高校生で、それ以上でもそれ以下でもないんだ。
けれど、ブラックとクロウは「それでいい」と言ってくれる。
なんの含みも無く、俺に「寄りかかって良い」と言ってくれている。
だから……俺がやる事は、自分一人で解決しようと焦る事じゃない。独りよがりに何もかもを捨てて一心に進むことなんて、二人は望んじゃいないんだから。
俺はただ、待てばいい。二人が苦しいなら、その時助ければいいんだ。
だって、ブラックとクロウは……この世界で一番、信頼できる奴らなんだから。
「遅い!!」
――いつの間にか、ブラックが高く跳び上がっている。
空を見上げなければならぬほど高く飛んだブラックは、剣を今にも腐れ龍の喉元に振り降ろそうとしていた。
それを、クロウがサポートするように横っ腹から蹴りを入れている。
一瞬で起こったその光景にやっと音が追いついて来て、クロウの蹴りによって沸き起こった轟音がその場に響いた。
ビリビリと大気を振動させ、吸い込んだ空気が音の衝撃に耐え切れず詰まる。
だが、その音に耳を塞ぐ暇すらなく――――ブラックが、剣で龍の首を薙いだ。
「――――――!!」
瞬間、腐れ龍の首から噴水のように溶解液が溢れだし、周囲一帯におびただしい量の液体が撒き散らされる。しかし、ブラックは剣の風圧で器用に液体を裂くと、そのまま落下する力を利用して龍の腹を上から下へと斬り降ろした。
――――壮絶な音が、鼓膜を破らんほどに地を揺らす。
思わずロクショウの小さな頭を挟んで耳を塞いだ俺だったが、ブラックとクロウは凄まじい咆哮に物ともせず、倒れ込んだ龍の腹に着地していた。
……あとには、なにもない。
ただ、溶解液に溶け始めた龍の体がそこにあるだけだった。
「は……はは……ほんと一瞬だ……すげーやほんと……」
こんな奴らがパーティーにいるんだから……そりゃ、敵うワケないよな。
改めてこんな実力差を見せつけられたら、なんかもう、今まで「休め」と怒られるぐらいに頑張っていたのが馬鹿らしくなっちまったよ。
……でも、これで良いんだよな。
大事なのは、急いで強くなる事じゃないんだから。
「あ……あぁ……ブランティ……!」
横から、師匠の震えた声が聞こえる。
あっ、そうだ。まだ話は終わっちゃいなかった。ブラック達にレイドを連れて来て貰わないと、俺が【アクア・ドロウ】を使えないじゃないか。
思わず近付こうとした俺の目の前で、ブラックが何やらクロウを指さしている。
それにクロウが何かを言っているようだったが、ブラックはうざったそうに手で「シッシッ」と払うようなしぐさを見せるだけだ。
それに、クロウは何故か嬉しそうに熊耳を動かしていたようだが……俺が確認する前に、熊さんはいきなり倒れた龍のどてっ腹に思いっきり拳をめりこませると、そのまま両手でメキメキと嫌な音を立てて腹を強引に引き裂……って、ええええええ!
ぎゃー! いやー!! スプラッタいやあああああ!!
「ひぃいいいい……っ、いっ、あ……れっ、レイド!!」
腹の奥まで手を突っ込んだクロウが、デカい塊を引き摺り出した。
いや、それは塊ではない。間違いなくあれはレイドだ。何か粘液っぽい物で全身がぬめっているが、五体満足で救出できたらしい。
しかし、その体を見て俺は身を乗り出した。
「…………ん……!?」
なんか、レイドの体がぶれている。
いや、あれは体がぶれているんじゃない。何かぼやけてるんだ。良く見ろ俺。曜気を見るように目を凝らせ。
目を細めて、視界の精度を高めながらレイドのぐったりした体を見やり――俺は、その体に揺らぐものを認めてブラック達に叫んだ。
「ブラック、クロウ! まだ終わってない、やっぱり呪い解けてないって! 早くこっちにレイドを持って来てくれ!!」
レイドの体から、ブランティが放っていた「黒を散らした紫色の光」が揺らめいているのを完全に見取って、俺は慌てて二人に言う。
そんな俺の様子に二人は顔を見合わせたけど、素早く戻って来てくれた。
「ツカサ君、呪いが解けてないって言ってたけど……そんな事もわかるの?」
「ム、ツカサはオレの呪いを解いてくれたんだぞ。分かって当然だろう」
クロウの信頼が厚くてありがたい。
まあ正直この禍々しい光が呪いなのかどうかは分からないけど、今はそう言う事にしておこう。だって、この光を見てると「このままじゃいけない」って何か脳みそが訴えて来るし……どう考えても、放置して居て良いモンじゃないもんな。とにかく、レイドを早く解放してやらないと。
そのままレイドを地面に降ろして貰い、俺は横たわる相手に近付いた。
「どう?」
ブラックに聞かれて、俺は唸る。
「うん……やっぱ消えてない……。俺の術が効くかどうかは未知数だけど、とにかくやってみるよ。それでダメなら別の手を考えるさ」
そう言うと、ブラックとクロウは何故か嬉しそうに口元を歪めた。
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