異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

28.腐竜の生贄1

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 だけど、俺が思った事が本当に正解だとするなら、ここに連れて来られた時に夢で聞いた「師匠」の声は、カーデ師匠のものだってことになる。

 認めたくなくて思い出すけど……どうも、声が似ていたような気もしてしまう。
 そう考え始めると、どうしようもなく疑念が湧いて来てしまった。

 だって、材料が有り過ぎるんだ。
 あの荒れ果てて放置されていた薬草畑の場所を知っていたのも、師匠とブランティが作った畑だったからってコトになるし……ところどころで不思議だなと思った言動だって……過去に居た弟子――――ブランティさんのことがあったから、そういう風な言い方をしてたんだって思うと、色々とスッキリしてしまう。

 ……だけど、カーデ師匠はブランティの師匠だったという証拠を直接見せつけられても、俺は納得出来なくて理不尽な衝動が込み上げて仕方なかった。

 ――――いや、納得したくなかったんだ。
 だって、もし本当に、師匠がブランティの師匠だったとしたら……あの二人の仲を引き裂いたのは、間違いなく師匠だ。師匠がクレーシャさんの親と結託けったくして、あんな事を画策かくさくしてしまったから、二人の気持ちがこじれてクレーシャさんが人間をやめる原因になってしまったんだ。

 それって、間違いなく「悪い事」じゃないか。
 良かれと思ってした事だって、相手をしかる気持ちでやった善意の行為だって、結末がバッドエンドになってしまえば、もうそれは「原因」でしかない。
 どれだけ言いつくろっても…………最悪の結果を招いてしまったという事実は、変える事が出来ないんだ。

 頑張って「そうじゃない、きっと理由があったんだよ」と思い込もうとしても……あの夢を……いや、あの「過去の記憶」を見てしまった後では、師匠をかばう言葉すら思いつかなかった。

 なにより、先程さきほどまで俺を熱心に見ていたブランティが、今度はカーデ師匠に激しい怒りを向けているのを見れば、どう相手を擁護ようごしようと思っても何も考えつかない。
 ただ、二人の姿を見ているしかなかった。

『お、前のせいデ……クレーシャが死んダ……僕は、愛しイ人ヲ失った……!!』
「許せ……許してくれブランティ」
『許ぜる゛がァアアア゛ア゛!! お前のセイ゛ッ、ぃ゛ッア゛ッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』

 溶けかけた顔が、下顎したあごを胸の下まで開く。
 目も口も真っ黒につぶして怨霊のようになったブランティは、恐ろしい声で叫びながら首をガクガクと動かし、体をふくらませた。

 思わず「あっ」と口を開けた俺達の目の前で、その体は黒が散る禍々しい紫の炎に包まれて二倍にも三倍にも膨れ上がり、空を目指すように縦に伸び始める。
 ……これは一体……何が起こってるんだ?

 透けた黒鱗が浮かび、首が伸びて巨大化した顔は馬のように細くとがり、巨大な目玉がぎょろりと回転して現れる。そのおぞましい目が発する光に照らされた、腐りかけの龍のような体は、徐々に肉を増し、透明さが失せるそのさなかに――――

「あっ!!」

 のどの部分から腹へとなにか……いや、俺が見た事のある男の姿が落ちて、完全に体は皮膚で覆われてしまった。

「今の……」
「レイドとかいうヤツだな。生きてたのか」

 ブラックが言うのに、クロウが余計なひと言を付け加える。いや、俺だって今まで気が動転しててレイドのコトを忘れてたから、強くは言えないんだけど……。
 だけど、これでハッキリした。というか、まだ人の形が残ってて良かった。レイドは、まだ生きている可能性がある。早く助けてやらねば。

 しかし、俺の喜びとは裏腹に、ブランティは大きな口を開けて牙をいた。
 もう、人だったころの面影はない。
 体が所々ちて、まるで出来そこないの龍のような姿になったブランティは、今や言葉すら発する事も出来ず、空気を震わせるような声を上げて叫んだ。

 何を言っているのかすらもう理解出来ない。
 なら、もう、たおすしかないのか。

「……この場合、人族からモンスターに変化した……でいいのか?」
「ムゥ、それにしては腐ったような不味まずい臭いしかしなかったがな。人族の美味そうなニオイとはほど遠いような気が」
「だーもーお前らもうちょっとまじめにやってくれよ頼むからあ!!」

 今すげー緊迫してんですけどっ、俺も俺で結構色々動揺してるんですけど!?
 なんでアンタらそう他人事みたいに話を……いや他人事か!
 このオッサンども、ブランティとクレーシャさんの話なんて一ミリも興味ねーし、師匠が原因だったってのも正直どうでもいい事だもんなー! あーちくしょー!!

「ブランティ……お前……そんな……!」

 俺が勝手に憤っているのを余所に、師匠がふらふらと立ち上がる。
 そんな師匠を飛び出た目でぎろりと睨み付けたブランティは、大きく口を開けて、のどの部分を目に見えるほどに膨らませ……――――って、これまさか……!

「師匠逃げて! 師匠!!」
「あっ、ツカサ君!」

 気が抜けていたブラックの腕を振り解いて走り寄るが、師匠は動いてくれない。
 ただ、異形になってしまった弟子を見上げて手を伸ばすだけで、逃げようともしてくれなかった。……駄目だ。このままじゃ、ヘタすると師匠が死んでしまう。

 そう思って必死に駆け寄る俺だったが。

「んもぉお……ツカサ君の八方美人! あんなクソジジイ放っておけばいいのにっ」

 横から急にそう聞こえたと思うと、俺の体が腰から急に浮き上がった。
 いや、これはそうではない。ブラックに抱え上げられたんだ。
 しかし何かを言うひまも無くブラックは駆け出すと、俺の数倍速い足ですぐさま師匠の所に辿たどき、そのまま師匠のローブの首根っこをつかんでその場から飛び退く。

 刹那、師匠が居た所に形容しがたい吐き出すような音が聞こえて、その一帯の床に黄味が強い黄土色の液体がぶちまけられた。

「うえぇっ!?」

 振り返った俺の目に、地面に広がったおかしな液体が煙を立てているのが見える。数秒も置かずそれらが地面を溶かすように地中にめり込んで行ったのを見て、アレは【溶解液】なのだと一瞬で理解した。

 あの場所に居たら、師匠は一瞬で溶かされていただろう。
 そう思うとゾッとせざるをえなくて、俺は震えてしまった。

「チッ、重いなジジイのくせに……オラッいつまでもほうけてんじゃねえよ!」

 俺以外の奴には乱暴な口調になりがちなブラックが、師匠を放り出す。
 どしん、と尻餅をついたカーデ師匠は、未だに何が起こっているのか解っていないようだった。さもありなん、今のはホント数秒のことだったし……。

「ねえツカサ君~、もう面倒だからあの腐れ龍みたいなの倒して良い? どうせ首んトコを切れば死ぬだろうし、サクッとやっちゃっていいよね?」

 さっきとは違い、俺を優しく降ろしながら鬱陶うっとうしげに言うブラックに、待ってくれと言おうと思ったのだが、師匠が俺の言葉をさえぎった。

「やめろ!! アレはワシの弟子だ、殺してはならん!!」

 老人とは思えない俊敏さで立ち上がりブラックに突っかかるが、ブラックは冷めた目で師匠を見ながら冷静にしわだらけの手をはらった。

「アレが、人族の弟子に見えるって? 頭おかしいんじゃないのお前。それに、師匠なのに殺されかけてるし……アイツからすりゃもう師匠とすら思ってないだろ」
「だ、だが……しかし、私は……私は、アイツにあやまらねば……っ」
を? どうせ謝ったって今更遅いだろ。それに、謝って許される事だったら、アイツもバケモノになんて変化しなかったんじゃないのか? お前の自己満足で謝罪したとして、許される保証でもあるのか。謝罪で全てが治まると思ってるのか?」
「っ…………それ、は……」

 師匠は、言いよどむ。
 確かにブラックが言う通り、謝ったって許されない事はある。
 それが取り返しのつかない事であればあるほど、発端ほったんの相手が何をしようが怒りに油をそそぐことにしかならないのだ。

 なにより……理性を失ってしまったような相手では、もう……。

「だ、だけどブラック。まだ何か、ブランティをしずめる手段があるかも……」
「ツカサ君もお人好しだなぁ……僕達にそんな手間のかかる事する理由がある? 前も、その前もそうだったけどさ、結局僕達は傍観者なんだよ? 別に関わらなくていーじゃないか!」
「う……うぅ……」

 そう言われると、ぐうの音も出ない。
 確かに、今回の事は俺に直接的に関係は無いことだ。
 師匠に教わっていて、ブランティにクレーシャと間違われた。それ以外で俺が関係する点なんてどこにもない。ブラックが面倒臭がるのも仕方がないことだった。

「っていうか、今回もツカサ君は拉致されたじゃないか。僕凄く心配したんだよ!? だから、もう余計な事に関わらずに殺そうよ。もうたくさんだ。ツカサ君だって僕を心配させたくないでしょ……? ね……?」
「で……でも……」

 それでも、助けられる手段が有るかも知れないじゃないか。
 ……そう言いたかったけど、ブラックのうざったそうなあきれ顔を見ていると、俺のワガママのように思えて言えなかった。

 確かに、ブラック達や現在のシムロの住人達からしてみれば……第三者の迷惑な火の粉をかぶったに過ぎないワケだし……今ここでたおしてしまえば、シカマビトを必死で押さえている警備兵の人達やシカマビトの呪いにかかった冒険者達も救える。

 すべてが大団円で終わるじゃないか。
 俺達が、今ここでブランティを斃さない理由なんて何もないんだ。

 でも……ブランティの気持ちや、師匠との禍根を思うと、どうしても俺はこのまま彼を斃す事に頷けなかった。それが、俺のワガママなのは分かっていたけど。

「さ、ツカサ君も解ったよね? じゃあちゃっちゃと殺して帰ろうか」

 無言になったのを「受け入れたのだ」と思ったらしいブラックは、俺の肩を軽めに叩いて、再び銀光を散らす剣を抜いた。
 こうなってしまうと、もう止められないのか。
 そうほぞむと……すぐそばで、自分の物ではない泣き声が聞こえた。

「私が……私が……嘘を……嘘をつかなければ…………」
「師匠……」

 泣き声を含んだ声音に振り返ると、師匠は再び地面にひざをついてうつむいていた。
 深く後悔して、土下座でもしかねないような姿だ。
 しかし、師匠はそんな自分の姿に構わず独白を続けた。

「優秀な弟子を、性別に負けぬ立派なその姿を評価した己の自尊心を、私は失いたくなかった……笑われるのを恐れた……私は、結局自分のために……っ」

 そういえば……過去の記憶でも、同じような事を師匠は言っていた。
 もしかして、ブランティさんって……俺と同じ「メス」なのか?

 メスって確か、オスよりも曜気を使うのが苦手クソとか何とか言ってたっけ。そのせいで、学ぶ事に関してはちょっと下に見られるみたいな話があったような。
 そうすると……師匠が俺を最初に煙たがったのも、それにしては俺に対して優秀だとか色々目を掛けてくれたのも……ブランティさんのことがあったからなのか?

 だから、俺に対して今まであんな風に、寂しそうな目をしてたのか……。
 ……カーデ師匠は、俺の中にブランティさんを見てたんだな……。

「おい、オレを置いて行くな。あとコイツもだ」
「っ、く、クロウ。あっ、ロク!!」

 ゆっくりとこちらを向き始める「腐れ龍」となったブランティの首下を恐れもせずに走って来て、クロウは俺にロクショウを手渡してくれた。
 ブラックに抱き締められて分かれてしまってたんだっけ。ああごめんよロク、一人ぼっちにしちゃって……!

 抱き締めるが、そんな場合でないのは俺も知っている。
 どうにかしなきゃ。ブラックとクロウが完全にブランティを倒してしまったら、彼も師匠も救われない。なにより、このままではいけないのだと……俺の中の言い知れない「何か」が、ずっと訴えて我慢が出来なかった。

 でも、俺に何が出来るってんだ。
 ブランティは毒に犯されているワケじゃないから、俺の血を撒いたって効果なんぞ無い。攻撃をしても、彼を斃してしまうだけでなんの解決にもならないのだ。

 俺の未熟な拘束も今となっては使えない。唯一効果が有りそうな回復薬も、この場に居るブラックとクロウのぶんだけでは全身にかからないだろう。
 そもそも、呪いを掛けられた本体はレイドだ。あの腐れ龍の体の中にいては、薬が届かない可能性もある。そもそも、効果だって怪しいものだ。

 ダンジョンのボスに、俺の回復薬が通用すると思えない。
 よしんば通用するとしても、それだって完全に浄化できるわけじゃないはずだ。

 なにか。何かないのか。
 あの人を斃して消滅させるんじゃ無く、せめて、せめて苦しまない方法は。
 そう思い、無意識にクロウの背中を見て――――俺は、今まで抱いていた既知感の正体を一気に思い出し、大きな声を上げた。

「あーっ!!」
「なっ、なにツカサ君ビックリしたなぁ!」

 俺の声に振り返ったブラックとクロウに、俺は慌てて近寄る。
 そうして、必死に二人の上着のすそを引いた。

「呪いっ、呪い解く方法あった! 思い出した!!」
「え?」
「ブラック、クロウ、頼む。俺を、回復薬と一緒に、あの腐れ龍の体の中に思いっきりぶち込んでくれ!!」

 回復薬の力と、もう一つ。

 かつて【呪い】に掛かったクロウを助けたあの術……
 【アクア・ドロウ】があれば、ブランティを浄化できるかもしれない。












 
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