異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

22.呼捜

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 第八層。

 階段を下り、またもやあの陰鬱いんうつな廃虚の通りが出て来るのかと思って辟易へきえきしていたのだが――――ブラック達を出迎えた風景は、思ってもみないものだった。

「なんだ、これは……」

 熊公が無表情のまま、なにやら驚いたように呟く。
 だが、その声に応える者は誰も居ない。

 うるさい二人組も、あれから押し黙ったままの嫌味な老師も、何も言わずにただ目の前に広がる光景を見続けていた。
 ……さもありなん。
 第八層は、今までブラック達が歩いていた道と全く違っていたのだから。

(まったく……どうなってるんだ? これは)

 目の前に広がっているのは、人外魔境……と言いたかったのだが、そう断じる事が出来ていれば、ブラックとて戸惑ったりはしていない。
 文字通り「想定外」の姿で現れた第八層は、一言で言えば「普通」としか言いようが無かったのである。もう、それ以外に言いようが無いほどに。

 しかし、ダンジョンに「普通」の風景があるなんて、それこそ奇妙だ。

(……第八層に、ニセモノのシムロの街が作られてるとか……誰が考えるってんだ)

 思わずそう吐き捨ててしまうが、現実はくつがえらない。
 何度見ても、自分達の目の前には街の入口が鎮座している。その先には、青い海を背景にして立ち並ぶ、緩い下り坂のシムロの家々が広がっているのだ。

 いくら「なんでもあり」のダンジョンとは言え、この異様さはめなかった。

(しっかし……草原や空だけでなく、街や海まで作るとはねぇ。ツカサ君が見たら、すっごく喜びそうだけど……僕的には気持ち悪いとしか言いようが無いな……)

 異形の存在が作り出した、人族の文化を嘲笑あざわらうかのような幻。
 何十年もかけて作り上げたものを、たかがモンスター一匹の妄想でこうやって一瞬のうちに再現されてしまう。それは、どんな理由であろうがただの侮辱でしかない。

 積み上げて来た物の真髄を知りもせず猿真似で表現されるなどという行為は、普段人族への仲間意識など無いブラックですら、いきどおりを覚えずにいられぬことなのだ。
 例え腹の中の幻想とは言えど、人族の姿を捨てたモンスターが軽々しく人族相手に見せつけて良いシロモノではない。

 過去の記憶を現実にしてしまうほど故郷に執着していたと言うのなら、モンスターになどちなければ良かったのだ。
 本当に、バカにしている。
 例え相手がそう思っていなくても、ブラックにしてみれば充分な挑発だった。

(ダンジョンを造ったモンスターが今も生きているなら、一太刀浴びせたいくらいだな。こうやって『自分は故郷を強く思っている』なんて見せつけること自体、同情を誘う女々しさが溢れ出てんだよ。……クズが……。憎たらしくて殺したくなる……)

 だが、その憤りは、自分勝手なものだとブラックも自覚している。
 人の感情や許容量なんて人それぞれだ。ツカサのように何もかもを許してくれる人がいる反面、ブラックを抱えきれなかった者だっている。何人も知っている。
 何が殺意の琴線に触れるかなど、それこそ個人の心の問題でしかないのだ。

 だからこそ、ブラックも、この「女々しい記憶」に殺意を覚えるほど怒っている。
 選択肢など無数に存在したはずの男が、今もこうやって穏やかな過去を思い出せるほどに恵まれた相手が、それでも己を憐れんでいる事に嫌悪を覚えているのだ。

 ――――僕の過去に比べたら、お前は充分すぎるほど恵まれているのに。

 そんなことを、思って。

「……ともかく、進むぞ。早くせにゃ、シカマビトになった奴らが戻れなくなる」

 白髭老人がそう言うのに、やっと他の者達も動き出す。
 ブラックも一旦いったん怒りを抑えて、門へと近付いた。

「…………」

 階段を下りてすぐに見える、やけに綺麗なシムロの街の門。
 触れてみると、なんとも生々しい感触だ。

 今まで「ダンジョンのあるじ」が作り出してきた幻を散々見て来たが、この幻は今までの物とは格別と言える。第八層は、廃虚の通りに感じた杜撰ずさんさが嘘のように、現実の街と全く変わりのない出来栄えになっていた。

(…………まあ、自分の暮らした街なら当然ともいえるが……)

 考えている間に、それぞれが街の中に入り出す。
 どうやら調査をしようということになったらしい。
 あの老人の言う事には「こんな階層は今まで見た事が無かった」とのことで、何かいつもとは違う事態が起こっているのだと知れた。

 どうやら、本当に【麗しのきみ】とやらは死んでいないのかも知れない。

 外の「ほんもの」とは違い、妙に真新しい町の中を歩きながらも、ブラックは空や街の構造物を見て、うなりながら腕を組んだ。

「うーん……」

 怒りを完全に抑え込んで冷静になると、今度は疑問がふつふつ湧き上がって来る。いくつかの建物や通りの具合を見て、ブラックは小首をかしげた。

(変だなぁ……。街の何もかもが、上の廃虚群とは比べ物にならないくらいしっかりしてる……。ていうか、しっかり、かな。そりゃまあ、中に入ればハリボテだったりするけど……それでも、いくつかの家は内部までしっかり再現されていたし……これはどういう事なんだ?)

 それぞれに分かれて街の中を調査しているようだが、やはりみな「人のいないシムロの街」の再現度の高さに驚いているようだ。
 コープスも存在していないようだし、どうもこの階だけ様子が違う。

 まるで、誰かが故意にこの場所を「安らかな場所」にしているようだった。

 (ダンジョンの主……【麗しの君】とやらが、望郷の念でこの街を造り出したのか? 最下層に近い場所にシムロの街が出現したとなると、この望郷の念はそれだけ強いということなんだろうか)

 【麗しの君】が抱いているいくつかの強い望みが積み重なって、この海洞かいどうダンジョンを形作っているというなら、階層ごとにガラッと様子が変わるのもうなづける。
 廃虚の集落の作りが甘いのも、記憶ではなく「望み」だったからなのだ。

 ……しかし、だとしたらそれもそれでせない。
 あの「廃虚の大通り」が長く続いた時から考えていたが――もし、このダンジョンがまだ生きていて、ダンジョンの主が記憶をなげうごめいているのだとしたら、どうして廃虚の集落がああも長く続いたのだろうか。

 願望が階層として具現化しているのなら、何層も廃虚を作り出す理由が解らない。

 聞いた話では、かの【麗しの君】という男は、商館の一人息子――つまりは、裕福な存在だったはずだ。昔のシムロはダンジョンが出来た頃よりも貧しかっただろうが、それでも商館が置かれていた事を考えると、貧しい漁村には思えない。
 おそらく、貿易などで一定数儲けが出ている、小規模だが栄えた街だったはずだ。

 だとすれば、周辺に廃虚の街が有ったとしても、なに不自由のない暮らしをしていた彼には関係がなかっただろうし、ここまで街の詳細を覚えているのであれば、そちらの思い出か……もしくは、憎き「弟子」に関する幻で階層を形作るのが普通だ。
 あんな空虚な想像と、確固たる街の記憶をこんな風に重ねるはずもない。

(それに……あのホウキグサ……ツカサ君はススキって言ってたっけ……あの草原も、この街や廃虚の前に出て来るのが不自然過ぎる)

 何か思い入れがあった場所だとしても、どういう物なのか疑問だ。あの草原は廃虚よりも上の階層なので、そのくらい弱い「望み」がある場所ということになる。そうなれば、また廃虚の階層の存在意義が解らなくなってしまうのだ。

 望郷の念が強すぎるのなら、むしろ廃虚ではなく街の階層が多くなるのが真っ当なのではなかろうか。そう思うと段々疑念が湧いて来て、ブラックは顔をしかめた。

(望郷の念と弟子への憎しみだけで動いているのだとしても、こんな風になるもんかねぇ……。どうにも変だ。なんとも納得がいかない)

 このダンジョンは元々……とある「弟子」を喰らい、さらなる憎しみに沈んだために創造された、かの【麗しの君】の憎悪の象徴であるはずなのだ。
 心の中の穏やかな風景を具現化するなんてことが、ありえるのだろうか。

(まさか、もう弟子のことは憎んでおらず、望郷の念が……ってこともないよなぁ。まだコープスは出現しているし、シカマビトなんて作るぐらいには、何かを強く望んで外にまで進出してきたワケだし……)

 またもや矛盾だ。
 ダンジョンのあるじは何かを望んでいる。だから動いているし、こうやって昔は存在していなかった階層を造り出しているのである。

 だとしたら、この階層にも何か意味があるのかも知れない。
 人を取り込んで操ってまでげたい、なんらかの「望み」の手がかりが。

「みなさん、あの、どうでしたか……?」

 イデッサとかいう女僧侶が、噴水の広場へ戻ってくるのが見える。
 方々に散っていた奴らが戻って来ているのを視認し、ブラックも噴水へ近付いた。

「ひ、人はいませんでした。だけど、モンスターすら居ないなんて……本当に、この階層は何がどうなってるんだか……ここは、本当にシムロの街なんですかね……?」

 典型的な曜術師の格好をしているホーディーという気弱そうな男が、つえにぎりつつ恐々こわごわと問う。その質問は誰もが抱いていたが、答えられる者などここに居ようはずもない。返答出来ずに全員が閉口してしまったが――その空気を物ともせずに、熊公が冷静に口を開いた。

「人族のニオイはしない。人の多さから考えて、ガラグール採取の依頼でこの階層に来た冒険者達も居たと思うのだが……その残り香すらなかったぞ。この街は、もしかすると新しく出来たものではないのか」

 獣人の嗅覚で感じた確かな証言を疑うことなく、余分な二人は目を丸くする。

「あっ、新しく!?」
「や……やはり、だ、だ、ダンジョンの主は復活して……っ!」

 そう。ダンジョンに新しい部屋や階層が出来ると言う事は、そのダンジョンが生きていると言う事に他ならないだろう。
 普通の洞窟ならありえない事だが、モンスターや魔族があるじであれば、ダンジョンの中身など無限に変化するものだ。変化して考えられる事と言えば、それしかない。

 だとすると、標的は確かに存在するし、シカマビトとやらも救える道が見つかったと言えるのだが……この規模の「改装」を行う相手となると、いささか不安だ。

(一つの階層を丸ごと変化させるレベルの相手なんて、モンスターの中でもかなりの強敵じゃないか。ツカサ君がいないとちょっとキツいかもな……)

 勝てない、なんて事は無いが、一日で終わらないかも知れない。
 この余分な弱小冒険者が二人も居ては、全員生存で帰るという約束を守る事の方に苦心して攻撃がおろそかになりかねなかった。

 そんなことを言うと後からツカサに怒られるので、言えるはずも無いが。

「とにかく……次の階層への階段を探すぞ。早くここを出なければならん」

 言いたい事も言えずに口を歪めているブラックを余所よそに、今度は老人がしゃしゃり出て次の行動を指示しだした。
 まあ確かにそれはその通りなのだが、命令されるとやる気がなくなる。
 またサボッてやろうかなと思っていると、何やら熊公が近付いてきた。

「ブラック」

 一言だけ名前を呼び、相手は目だけで「こっちへ来い」としめす。
 何故こちらが駄熊ごときの命令に従わねばならないのだと思ったが、やけに真剣な表情だったので、ブラックは仕方なく一緒に行動してやることにした。

「…………あいつらは付いて来ていないようだな」

 そう呟くと、駄熊はブラックの方を向いて何やら真剣な雰囲気で眉根を寄せた。

「なんだよ。何か気付いたのか?」

 この熊公が自分を呼ぶのは、大抵たいていに気付いた時だ。
 自分を「二番目のオス」と言っているだけあって、ブラックに対しては群れの配下という態度を崩さない。妙な相手だが、そこらのオスよりかは信頼には足る相手だ。
 しかし、何に気付いたのだろうか。
 片眉を寄せるブラックに、相手は常に獣耳を動かしつつ口を開いた。

「あのカーデとか言うツカサの師匠……ここにきて、何だか妙な動きをし始めた」
「……ほう?」
「この街のことを『昔のシムロ』だと呟いていた。それから様子がおかしくなって、階段ではない何かを探しているような感じだったぞ」

 見てきたように言うが、この男は全て獣人の五感で感じていたのだろう。
 本気を出せば、隣の部屋で何をしているかすら相手には聞き取れてしまうのだ。
 ツカサには言っていないが、毎晩の夜の営みとてこの男には聞こえている。その事を考えれば、疑いようのない証言だろう。

「だが……何を探していた? 階段ではないという根拠は?」

 そう問いかけると、目の前の獣人は真剣な表情で目を細めた。

「誰かを探すように、頻繁に呼びかけていたんだ」
「…………誰を探してたって?」

 端的に言い返すブラックに、相手は――――静かに、答えた。



「ブランティという名前の、誰かだ」













 
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