異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

20.記憶の夢

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   ◆



 目の前に、長い黒髪をなびかせた人が立っている。

 潮風に吹かれていると言うのに、相手の髪は重たさも無く、絹糸きぬいとのようにさらさらと揺れていた。

 ……そうか、ここは港なんだ。
 誰かの背の向こう側に広がる海がとても綺麗で、まぶしくて思わず目を細めてしまう。いや、まぶしいのは、目の前にいる人の黒髪だろうか。港に寄せ来る波が反射する光が髪に当たって、キラキラと輝いていた。
 …………誰だろう。細くて、手もすべすべしてそうだけど、女の人じゃないよな。

 でも、髪を後ろでまとめるバレッタには綺麗な青い宝石がはまっていて、とっても綺麗だった。多分、きっと、振り返った彼の顔もとても美しいのだろう。
 綺麗な刺繍がほどこしてある中華風のドレスのような服は、男だと言うのに細身の彼の後ろ姿にぴったりだった。

『ブランティ様、見て下さい。私の古い血族はこの海の向こうにいるのです』

 嬉しそうに言いながら振り返るのは――――誰が見ても長い黒髪が似合うと感じるだろう、女性的な美男子だった。

 ほんとうに、綺麗だ。
 体の細さが女性とは異なるという事を見抜けなければ、美女と見紛みまがう。
 目は愛らしいと言うよりも美女のように切れ長で睫毛まつげもハッキリしていて、小さな鼻と大人しめの小さな口は男とは思えない。首だって俺よりも細いし……あごも男とは思えないくらいだ。少々背が高めの美女だ――と言われても納得できる、常に微笑みを浮かべたような人だった。

 そんな彼女……いや、彼が、俺に話しかけている。
 だけど、俺は彼の事は知らない。それに、ブランティって誰なんだ。
 俺の名前はツカサなんだけどな……いや、もしかしてこれって夢なのか?

 だとしたら、これは俺が「ブランティ」って人の役になった夢なんだろうか。まあそりゃ、誰かになり替わる夢なんて数えきれないくらい見たけど、でもこんなにハッキリとしていて、まるで実体験しているような夢なんて初めてだ。
 そういや、こんなに色々考えられる夢ってのも珍しい……明晰夢なのかな?

 戸惑っている俺に、彼は長く広いそでを風にはためかせながら、自分の視界目一杯に広がっている水平線を右から左まで指で辿たどった。

『正確に言えば、私の先祖の国はこの真っ直ぐ先ではありません。ですが、この道は国を分かつ山にとらわれる事は有りません。必ず、分けへだてなく、他の大地と広がっているのです。……それを考えるだけで、私は心が満たされる気がします』

 まるで子供のような無邪気な笑顔で微笑む彼は、男の俺でもドキリとしてしまう。
 いくら綺麗でも、男にときめくなんてどうかしてる。今日の俺はヘンだぞ。でも、どうしてこんな風に思うんだろう。
 もしかして、ブランティって人がドキドキしてるんだろうか。

 不思議に思っていると、彼は振り返り、きぬのドレスのすそをふわりと浮かばせながら俺の方へと近付いてきた。そうして、少し紅潮した頬で嬉しそうに俺の手を取る。
 すべすべしてて、暖かくて、カサついたところなんて一つも無い手。

 とても、綺麗な手だった。

『ブランティ様、私はいつまでも待ちます。海はどんな大陸にも繋がる道です。この空だって、あなたさまの旅の空に繋がっている……だから、長い旅が終わったその時には……私と、婚姻を結んでください』

 ドキドキしている。自分じゃなくて、この「ブランティ」という人が、彼との触れ合いにドキドキしてるんだ。
 でも、この気持ちはイヤなものじゃない。凄く温かくて、苦しいけど気持ち良くて……目の前にいる人を見ているだけで、ただ満たされるみたいで。

 ……俺が、ブラックと一緒にいる時みたいで……。

『クレーシャ、待っていて下さいますか』

 自分で喋ろうと思ってないのに、口から勝手に声が出てくる。
 でも、俺よりも少し年上の男の声みたいだ。
 さわやかで誠実そうな声の主……ブランティの言葉に、クレーシャと呼ばれた綺麗な男の人は嬉しそうにうなづいた。

『お待ちしております。あなたさまの事を。たとえ、この身が滅びようとも……』

 愛しい、と、俺じゃない「俺」の気持ちが湧きあがってくる。
 きっとこれは、ブランティさんの気持ちなんだろう。クレーシャという彼の事を、心の底から愛しているんだ。そう思うからこそ、男に「美人」だなんて思わない俺にだって、彼をと思う事が出来ているんだろう。

 他人をそう思わせるほど、ブランティさんの愛は深かったんだ。

 ――――深、かった?

 ……あれ、どうしてそう思うんだろう。

『子供を、持ちましょう。僕達の愛の結晶が、いつかこの海を越えて、貴方の故郷に辿たどくかもしれない。連綿れんめんと続く未来が、そうやって続いて行く……。今まで鍛錬の事にしか目を向けなかったけれど……そんな未来もあるのですね』
『ええ、きっと愛は永遠です。一つの道だけが答えではありません。二人なら、二つの道も転ばず歩くことが出来る。……だから、私があなたを幸せにしてみせます』

 クレーシャさんの手に包まれたブランティさんの手は、太く無骨だ。
 彼とは全く正反対だけど、それでも二人はきっと心の底から通じ合ったんだろう。

 …………いいな。
 そういうのって、本当に素敵だよな。

 「自分を信じてくれてる」と心底思えるほど相手を信じられるから、幸せなんだ。

 そして、そうやって信じている相手も、自分の事を同じように想ってくれているのが解るから、涙が出るほど嬉しくなる。
 だから、俺の事を想ってくれている相手を幸せにしたいって思えるんだ。

 きっとこの二人もそう感じてるんだよな。
 だから、相手の幸せを考えて会話をしているんだろう。

『クレーシャ……愛しい、クレーシャ…………』

 この体の声が聞こえる。
 だけど、その呼び声は相手には届いていないようだった。

 ……変だな。クレーシャさんはこんなに近くにいるのに。
 俺……じゃなくて、ブランティさんにこんなに微笑んでくれてるのに。
 でも、次第にその声すらもぼんやりとして来てしまった。

 そうして、何だか視界が暗くなってきて……――――
 あれ……なんだ……なんか、急に眠くなってきた……。

『――――』

 …………声が聞こえる……。
 真っ暗な中で、クレーシャさんとは違う声が聞こえた。

『……まだお前の修行は終わっていない。恋や愛などという煩悩ぼんのうに惑わされて、修行をおろそかにするつもりなのか? お前に私の全てを教えるのは間違いだったか』
『いっ……いえ違います、そうではありません! 僕は、彼としっかり約束をして、旅を続けようと……』
『その甘ったれた気持ちがならんと言っておるんだ!! ハァ……これだから母子ははごはイヤなんだ……。好意を向けられればすぐに発情しおる』
『そっ、そんな事はありません! 私達は潔白です、婚姻の約束をしただけです!』

 必死に、ブランティさんが食い下がっている声が聞こえる。
 だけど彼が必死になればなるほど、相手は激昂したようだった。

『それが腑抜ふぬけとると言っておるんだ!! いいか、あの男の事は忘れろ。後の事は私があやつの父親となんとか話をつける。お前は二度とあの男に会うな!!』
『あっ……そ、そんな、師匠待って下さい、師匠!!』

 なにそれ、酷いよ。
 どうして会っちゃいけないんだ。どうして好きになっちゃ駄目なんだ?

 旅をするからか。それが修行のさまたげになるからなのか。
 好きな人が出来たからって、なんだってんだよ。ブランティさんだって、恋をして腑抜けるような半端な気持ちで修行を続けてきたワケじゃないだろ。
 彼は今まで真剣に修行をやってたんじゃないのか。なのに、どうして誰かを好きになっただけで、ダメになると決めつけて突っぱねるんだ。

 約束があるから頑張れる人だっているのに。
 ダメかどうかは、やってみなくちゃわからないじゃないか。なのに、どうして。

『クレーシャ……っ……く…………』

 ああ、ブランティさんが泣いている。
 可哀想に。とても辛かっただろう。

 ほんとうに、かわいそうに…………――――






「――――――は……」

 息が、口から漏れるのに気付く。
 すると、ひたいに小さくて冷たい何かが当たったのを感じて、俺は無意識に手の甲でひたいゆるく擦った。どうやら、何かの水滴が当たっていたらしい。

 どういう事だろう……と思っていたら、今度は俺の腹の上で、もぞりと何かが動くような感覚が来た。ひどだるいけど、なんだかこの感触は覚えがある。
 ぼやけた視界でゆっくりと仰向けの腹を見やると……そこには、円形の黒いモノがあって、ちょっと動いていた。黒いもの。黒い……もの……。

「ハッ! ろ、ロク!」

 自分の言葉で一気に思い出して、俺はロクを抱えながら勢いよく上体を起こす。
 慌てて確認したが、ロクは眠っているみたいで鼻孔から息が漏れていた。
 どうやら怪我とかはしてないらしい。ホッ……良かった……。

「でも……えっと……」

 どこだここ。暗いな。
 家の勝手口かと思って周囲を見たが、当然ながら違うみたいだ。

 目をらして闇に慣れようとすると、徐々じょじょに周囲の様子が分かって来た。

「ここ……洞窟……?」

 薄暗くて、しの岩壁に囲まれている小さな部屋。
 真正面にはぽっかりと空いた通路口のような穴があるが、特に変な所はない。大人一人ひとりなら楽々通れるほどの穴だし……いや、つーか何で俺洞窟にいんの?

 しかし、洞窟にしてはみょうだな。暗いなりに周囲が見える。
 もしや光源があるのかと天井を見上げると。

「わっ……なっ、なんだこれ……」

 井戸の底から空を見上げたような、上へと続く高い天井。
 その天井の先には、小さな窓が有って星空が見えていた。ただし、その星空はゆらゆらと波打っていて、星がまたたいているようにも見える。
 変な空だなと思っていたが、俺はピンときた。
 アレは多分、水底みなそこから空を見上げている光景なのだと。

「とすると……ここってもしや、海洞かいどうダンジョンとかそういうたぐいのところ……?」

 しかし、こんな場所なんて見たことが無い。
 もしかしたらダンジョンとは別のトコなんだろうか。だとするとヤバいぞ。
 地図も土地勘もないし、何より俺には普段使いのバッグがない。道具がなければ俺はただのアホな異世界人だ。

 俺一人でここから脱出するなんて、ちょっとしたムリゲーでは。
 いやいや待て、あきらめるのは早いぞ。俺は超再生能力を持つチート異世界人なんだ。何度だってチャレンジできるんだから、やってみなきゃわからんだろう。

 なんにせよ、このままだと寝たまんまのロクが危険だし……それに……。

「俺……たぶん、誰かに殴られてここに連れて来られたんだよな……。なんか変な事に巻き込まれてるかもしれないし、さっさと脱出しないと」

 そう、俺は昏倒する前、後頭部に激しい痛みを受けたのだ。
 恐る恐る患部を触ってみると、やっぱり俺の髪の一部は液体のりが付着ふちゃくしたみたいに固まっている。これは血だ。かなり強く殴られて、俺は出血したんだろう。

 ……とは言え、完治してるっぽいのでなんか自分で自分が恐ろしいが……。
 ご、ゴホン。それはそれとして、俺をこんなに強く殴る時点で相手には絶対に殺意が有っただろう。最悪、俺は捕まったって何されたって無事だから良いけど、そんな奴がいるかもしれない所にロクショウを置いておけない。

 いくらロクが強くても、俺が人質に取られちゃ何にもなんないんだし。
 ……情けないけど、真実なんだから仕方ない。

 ともかく、何が起こってるのか解らないけど、なんとかして脱出しないと。
 
「っ……たたた……でも、出て良いのかな……」

 ここに放置してるのは、何か意味があるんじゃないだろうか。
 いや、放置してるって事は他の事に掛かり切りになってる可能性もあるんだから、今の内に逃げた方が良いのかなぁ……。

 うーむ、どうしよう。こういうのってゲームの選択肢でめっちゃ悩むんだよなあ。
 大人しく待ってた方が楽なルートに行ける時も有るけど、逃げなきゃ即座に殺されちゃうって時もあるし……どっちが正解なんだろう。

 でも、ロクの安全を考えるなら、どっか隠せる場所を見つけた方が良いよな。
 ここにはロクを隠せる場所が無いんだから、行動しないと。

「よしっ、行こう。……絶対守ってやるからな、ロク……」

 眠ったままのロクショウのあごを撫でて、俺は立ち上がろうと足に力を入れる。
 と――――

「っ……!?」

 ドクン、と、何故か洞窟全体が脈打ったような気がした。

「なっ……なに……!?」

 気のせいなのだろうか。
 慌てて周囲を確認するが、なにもない。

 やっぱり錯覚だったのかな、なんて思っていると。

「あ……ぁ゛…………」
「!?」

 入口の方から声が聞こえて振り返る。
 するとそこには、首をだらんとかしげる……死人しびと真似まねたモンスターが立っていた。












 
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