異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編

12.自分が出来る事を一歩ずつ

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「イデッサさん、ホーディーさん!」

 ブラックに荷物のように抱えられながら、勢いよく部屋に入る。

 何が起こっていても驚かないぞと覚悟を決めたつもりだったのだが――――俺達の目に入って来たのは、思っても見ない光景だった。

「あっ……ツカサさん……!」

 無事な状態で立ちすくんでいるイデッサさんと、驚いたように尻餅しりもちをついて窓の方を見つめているホーディーさん。そして……カーテンがたなびく、ガラス戸も鎧戸よろいどすらも開け放たれた窓があった。向こう側は、暗い。月明かりなのか、薄ぼんやりと外の風景が見えているが、そこには誰の影も見えなかった。
 窓は緩い風に揺れてキイキイときしみながら動くだけで、他に音も無い。
 
 ……って、この状況ってもしかして。

「い、イデッサさん、レイドは……」
「そ……それが……目を開けて私達を見たと思ったら、急に窓を蹴破けやぶって、どこかに行ってしまって……」
「まっ、窓を蹴りで破るなんてとんでもないことですよ!」

 気弱な魔法使い、と言った様子のホーディーさんが、地面に尻餅をついたままなかば狂乱したかのように大声で付け加える。
 よっぽどびっくりしたんだろうな……声量が抑えられなくなりつつ震えている相手に同情しながらも、俺はイデッサさんに話を聞いた。

 ――――彼女の話によると、顔色も良く安らかに眠っていたレイドが、さきほど急に目を覚ましたらしい。二人は当然、仲間の快復に喜んだのだが……起きたばかりのレイドは何か変な事をブツブツ言ったかと思うと、唐突に窓から外へと出て行ってしまったのだそうだ。勿論もちろん、レイドを止めようとしたらしいが、しかし相手は予想以上の腕力でイデッサさん達を振り払い、止められなかったのだと言う。

 イデッサさんは、レイドにあれほどの腕力があるなんて……と困惑していたが……俺達は、嫌な予感に顔を見合わせた。
 だってさ、これってもしかしたら薬が効いてなかったって事じゃないの。

 やっぱりレイドは完全には治っていなくて、俺の薬がちゃんと効かなかったから、こんな事になっちまったんじゃないんだろうか。
 しかし、優しいイデッサさんとホーディーさんは俺が謝る前に「そうではない」とはげましてくれた。実際に顔色は良くなっていたので、何か別に原因が有るわけだし、そもそもこうなったのは自分達の原因だから……と。

 そりゃ、最初の事を考えたらレイドが妙な症状に掛かったのが……って思うけど、それを救うことが薬師の使命だったんだし、完治させられなかった俺に責任があるだろうし……なんだかもうわけないよ。
 例え別に原因が有って、イデッサさん達がなぐさめてくれても、俺が自分の役割を達成できなかったのには違いない。結局俺は役に立てなかったのだ。そう思うと、申し訳がなくて俺は頭を下げる事しか出来なかった。

 ……ブラックは「そんなに責任を考えるのはツカサ君ぐらいだよ」とは言うけど、俺の世界ではバイトだって責任を取らされるんだから仕方がないだろう。
 人間そう簡単に楽観的になれないし、一生懸命と言えるほどに真剣に作ったものが相手を満足させられなかったのなら、自分の無能さがくやしいと思うものなのだ。多分俺も職人気質に片足を突っ込んでると思うが、でも職人と言える域ではないよなぁ。

 なにもかも足りない自分じゃあ、一人前に職人気質なんて言えないか……。
 はぁ……レイドを治せなくて本当にイデッサさん達に合わせる顔が無いよ。カーデ師匠に知れたら凄く怒られるだろうな……見放されたりしたらどうしよう。

 色んな不安が重なってしまったが、とにかく今はレイドの行方を追う事を優先して、俺達は深夜の捜索を行う事にした。

 ……とは言え、灯りの少ない夜の街をなく探すのは、得策ではない。
 夜は危険が多いし、なにより見落としが必ず出て来るからだ。それに、俺のような自分じゃ動けない奴が探しに行くのも足手まといでしかないワケで……。
 ということで、俺はロクショウと部屋で待機することになり、レイドの捜索はペコリア達とブラックとクロウ、それにイデッサさん達で行う事になった。

 俺も捜索に参加したかったが、体の事を思うと仕方ない。
 正直歯痒はがゆかったけど、足手まといになるのなら付いて行く事は出来なかった。

「……でも、マジで役立たずだなぁ俺……」

 ベッドにごろんと寝転がって、ロクの下あごを指でこしょこしょしする。
 ロクは気持ちよさそうに尻尾を振ってくれるが、嬉しいのと同時に「こんな大変な時に自分は何をやってるんだろう」という気持ちが湧いて来て息を吐いてしまう。

 ロクと一緒に居られるのは嬉しいけど、やっぱりこういうのって男らしくないよな……ちゃんと動けないのもそうだけど、なんというか……俺にも責任があるのに、それを他の人に託しちゃっていいんだろうか。
 自分のケツは自分で拭くって決めたばっかりなのに、ホントだめだなぁ……。

「キュ~?」
「ん? あっ、何でもないぞ~大丈夫だからな~」

 いかんいかん、俺が落ちこむとロクが心配しちまうな。
 せめて人前でだけはキチッとしとかないと。

 俺はロクショウの小さな前足を両人差し指で持って握手しながら体を起こした。
 おっ、なんか体が軽いぞ。ようやく少しは動けるようになって来たかも。
 さっきこの勢いが戻っていれば付いて行けたんだけど……まあ、今更追いかけても遅いか。それより、多少動けるようになったんなら他に出来る事を探さねば。

「キュゥ?」
「んっ、どうしたのかって? いや、何か出来る事がないかなと思って……」

 言いながらベッドを下りて、少しだけふらつく足でバッグを取る。中に入っている薬は、やはりそれほど多くない。聖水も切れてしまった今、これで頑張るしかないのだ。しかし、俺の回復薬が効かないとなると……やっぱりチートの出番なのかなぁ。

 でも、今の自信喪失状態の俺でちゃんと使えるんだろうか。
 いくら体が回復して来たからとは言え――などと考えて、俺は首を振った。

「キュ~……」

 ロクが心配そうに肩に乗って来る。頭を指で撫でると、相手はほおに軽く擦り寄り、俺の事をしっかり見つめようとしてか首を伸ばして真正面から見て来た。
 その綺麗な緑青色の瞳を見て、俺はふと、ロクショウの昔の姿を思い出す。

「…………」
「キュ?」

 出会ったころのロクショウは、最弱のモンスターとも言われる「ダハ」だった。
 だけど、俺と一緒に旅をしてたくさん食べて眠って、頑張っている内に……あんなに大きな準飛竜ザッハークへと成長する事が出来た。今だって、俺達と一緒に旅をするために、本当の姿を小さな姿に変えて俺のそばに居てくれる。

 元のヘビの姿とは少し違うその体でも、一生懸命昔の姿に近付こうとして、努力を積み重ねているんだ。
 そう。ロクショウは、理想の姿にはだ遠くたって、理想に近付こうといつも俺のために努力してくれている。俺みたいにウジウジ人と比べたり責任に悩んだりせず、不格好でも一歩ずつ進んでいるんだ。

 ……そうだよな。ロクが俺のために頑張ってくれてるのに、そのロクと一緒に旅をする俺が弱気になっちゃ駄目だよな。ブラック達やロクショウを守りたくて、一人前の後衛で薬師になろうってのに、悩んでばかりで手を止めちゃ駄目なんだ。

 悩んでいても一歩踏み出しさえすれば、必ず進む事が出来る。
 ロクショウがいてくれなかったら、それすら忘れてドツボにはまるとこだったよ。

「よしよし……。ありがとな、ロク」
「キュー!」

 何に礼を言われたのかは、きっとロクには分からないだろう。
 だけど、前みたいに心で通じ合う事が出来なくても、お前は俺の大事な相棒だ。
 やっぱり俺は、ロクショウに助けられるだけじゃなくて、ロクショウの事も守ってやりたい。男として、大事な相棒としても胸を張れるようにならなくっちゃな。

 よし、元気が出た。
 こうなったら何としてでもレイドの事を元に戻さねば。自分の力に自信が無いのはもう仕方がない事だけど……どうにかできないかな。

 ――――考えて、俺は少し方向転換をする事にした。
 そもそも、曜術は基本的に自信喪失したら術の威力が失われてしまうモノなのだ。ならば、それを見据みすえて考えた方が良いだろう。

 俺だけじゃない。誰だって、自信を失って術を失敗する危険を秘めているんだ。
 ならば、自信を失わないように考えるんじゃなくて、失った時にどうすればいいのかを考えた方が得策かもしれない。
 見ての通り俺はコンプレックスのかたまりみたいな男なんだし、急に自信をつけろって言ってもそんなん自分が一番無理だって分かっている。すぐに変わる事が出来ないのなら、自分を納得させる理由か方法を見つけ出すしかない。

 だったら、ダメなりに足掻く方向に行った方が建設的と言えよう。
 うん。今までの俺は筋肉痛のせいでちょっと弱気だったな。でも、今の俺は動けるんだから、絶対に何か自分が納得できる解決法が見つかるはずだ。
 ロクショウに心配されないように、出来る事からコツコツ頑張ろう。

「うーむ、にしても何をやればいいかなぁ……。薬を作るのも難しいし、勉強だって師匠がいないとなぁ……。出来る事と言えば、師匠に等級分けして貰った回復薬を、どうにか見分けられるようになる修行くらいだけど……」

 そう言いつつ、俺はベッド近くのテーブルの上に三つの種類の薬を並べる。
 左から、粗悪品である回復量が少ない薬、一般的な回復量の薬、俺の本気の回復薬だ。粗悪品はあからさまに綺麗な青い色が薄く、透明度ばかり上がっているが、師匠が言いたいのはそういう“見分け方”ではないだろう。

「とは言え……なんか曜気を見てもそう言うんじゃないんだよなぁ……」

 椅子を持って来て座り、ロクと一緒に三つの瓶をジッと見つめる。
 しまいにゃテーブルにほおを付けてながめるが、やっぱり違いはよく分からない。
 俺はチート能力のおかげで、見ようと思って集中すれば大地の気の他に全属性の曜気を見る事が出来るが、今見ている回復薬にはそういうものは見えない。

 やっぱり目で見る物じゃないんだろうか……と思うけど、薬屋さんとかは【鑑定】を使う時に薬の瓶を振ったりしてちゃんと“何か”を見てるよなぁ。
 そこにヒントが有るような気がするんだけど、なにか今一つ足りない。

 きっとそれが解れば、一気に理解出来るような気がするんだけど……。

「あ゛ー……チート能力に【鑑定】とか【解析】とか有ったらなあ……」
「キュむ゛ー」

 テーブルに着けた頭を右左に転がす度に、ロクも真似して可愛い声を出す。
 俺が頭をあっちにこっちにと転がし両頬をテーブルにくっつけるのを見て、ロクもほっぺを思いきりテーブルにくっつけて見せるので、声の語尾がくぐもっていて凄くたまらん。
 いや、駄目だ、今は真剣に考えるんだ俺。

「でもなぁー、それは今更だし、今は自分の力で頑張りたいし……」
「ンキュむ゛ー」
「なにかヒントでもあればなー」
「キュキュむ゛ー」
「可愛いなあもう!」

 あー駄目だ考えられん中止だ中止!
 こんな可愛い生き物を無視して考え事なんて出来るかッ、解散解散!!

 こうなってしまうともうロクを構わずにはいられない。俺はすぐさまロクをだっこすると、そのまま柔らかいベッドに飛び込んだ。

「ロク~! このこの~~~!」
「キュッキュキュゥ~! キュッキュッ」

 お腹をこしょこしょしてやると、それがくすぐったいのかロクは体を波打たせてキュッキュと笑うように鳴く。それがもう可愛くて、俺はなごまざるを得なかった。
 ああ~、こんなに癒されてる場合じゃないのに~。
 いやでも俺は体を休めるために残されたんだから、今日はまあいいかぁ!

「今日はとにかく休んで、体調を万全に整えないとな。……にしても、レイドもすぐに見つかればいいんだけど……」
「キュウ~」

 まあ、熊の鼻を持つクロウと、人よりも嗅覚が鋭いペコリアが三匹もいるんだし、見つけられないって事はないだろうけど……しかし、一体どうしちゃったんだろ。
 ふと考えてみるけど、レイドの行動がよくわからない。
 薬が効いてないにしても、すぐに動けるなんてヘンだよな。

 やっぱり何か体に変化が起こったんだろうか。
 ……うーん、そこを考えるとやっぱし気になって仕方ない。早いとこ体が元の調子に戻ってくれたらいいんだけど……。

「まあなんでか急に体も調子よくなってきたし、このまま全快すればなぁ」

 そしたら、ねぎらいに温かいお茶をれるくらいは出来るかもしれない。
 常夏の国とは言えど港町なので夜は少し肌寒いし、ブラックとクロウも温かいお茶とかあったら嬉しい……よな?
 イデッサさん達もかなりあせってるだろうし、なんとか落ち着いて貰いたい。

 よし、決めた。
 今日はとにかくみんなをねぎらう方向に舵を切ろう。
 イデッサさん達の優しい気遣きづかいにもむくいたいしな。

 そうと決まれば麦茶の用意だ、と、再びバッグを漁ろうと上体を起こし――ふと、窓の方を見やって――俺は、固まった。

「…………え……」

 なにか、見えた。
 鎧戸よろいどを開けていたせいで、窓の向こう側が見える。今はただ真っ黒いだけで、外の景色なんて見えなかったはずなのに……どうしてだか、今、色が見えた気がした。

「…………」
「キュゥ……?」

 よく分からなくて、脳が処理しきれずそのまま動けなくなってしまう。
 だがロクショウは何か違和感を感じたのか、小さくて可愛いコウモリ羽をパタパタと動かしながら窓に近付いて行った。

「あっ、あっロクッ!」

 あわてて体を動かし手を伸ばしたが、ロクは俺の制止も聞かずに近付いて行く。
 何故だか猛烈に嫌な予感がして、少しる足でどうにか素早くベッドを下り、ロクを抱き締めて引き留めようとしたのだが。

「ギュッ!?」
「っ……ぇ……ッ!?」

 窓の外に、黒ではない何かの色が見えて、俺達は息を呑んだ。
 だって、そこに……窓の外に立って居たのは。

「なっ…………だ……だれだ、お前……!?」

 見た事も無い、青紫色の肌をした男だったのだから。











※遅れて申し訳ない…! 。゚(゚´Д`゚)゚。

 
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