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海洞ダンジョン、真砂に揺らぐは沙羅の夢編
9.あしもとよりしのびよる
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可愛い真っ黒な空飛ぶトカゲヘビちゃんが、さっきからしきりにモフモフわたあめのペコリア達の周りをパタパタ飛び回り、ヘビ特有の長い首を傾げている。
「キュ~?」
「クゥ~?」
その首を傾げながらの可愛い声に、ペコリア達三匹も同じように首……っていうか上半身を動かして右にコックリ左にコックリしていて物凄く可愛い。
四匹は暫く首を動かして遊んでいたようだが、ついにペコリアの一匹がロクショウを捕まえようとピョンと飛んで、ロクが嬉しそうに三匹の上を旋回し出した。
「キュッキュー!」
「クゥ~!」
はぁあ癒される……そうだね、広くて豪華なお部屋に来たら、遊びたくなっちゃうよねえ、柔らかいベッドでぽいんぽいんしたくなっちゃうよねぇええ!
……じゃ、じゃなくて。違う違う、俺は和んでいる場合ではないのだ。
ゴホンと咳を一つ零して、俺は改めて自分のバッグの中身を確認した。
フチの装飾が豪華な広い丸テーブルに出した薬瓶は、昨日「重くてダンジョンに持って行けないから」とねぐらに置いて来た分を含めて二十本。いつも通りに作った回復薬は、その中の五本くらいしかない。師匠が取り寄せてくれた聖水も実は使い切ってしまっていて、後は追加の分を待つしかない状態だ。つまり、これが尽きたら後が無かった。
今はレイドも落ち着いているらしいけど、もし症状がぶり返したら、回復薬が効くかどうかも判らない。そうなってしまえば、今度こそアイツは……。
「…………いざとなったら、チートの力を借りるしかないか……」
声にならないぐらいの声で呟いて、眉を寄せた。
――――以前、俺は【黒曜の使者】の力で、何度か危ない状態だった人を助けた事がある。その症状は“呪い”だったり純粋に怪我だったり……色々だ。
とはいえ、俺は何かを認識してソレを発動した事は少なくて、ほとんどが奇跡の力ってヤツか、他の奴に手伝って貰ってようやくできたような有様だった。
つまり、俺は【黒曜の使者】のチート能力を完全に理解し生かし切れていない。
あれから色々旅して来たのに、結局今まで制御出来ないまんまだったんだ。
それを思うとどうにも不安で、俺は溜息を吐いてしまった。
「…………はぁー…」
そうなんだよ、そこが問題なんだよ。
この世界は「想像力」と「意志」で魔法……曜術が発動する。それは曜気や大地の気を操る【黒曜の使者】も一緒だ。信じる力が望む結果を生むのである。
つまり、逆に言えば――今の自分に自信が持てなければ、望んだとおりの結果を顕現させる事が出来ないと言う事で……。
…………そうなんだよなぁそこが問題なんだよ!
だって、今の俺は修行中で、しかもワリと自分の情けなさに落ちこんでるんだ。
まだ初めて半月も経ってないけど、しかし初めて数日で自分の低レベルさを物凄く思い知り、いまさら「こんな簡単な事を今やっと出来るようになってるのか」と言う己の矮小さにどうしようもなく鬱々としている。
つまり自信がない。自信ゼロなのだ。
まあ、それもこれも俺の実力不足が悪いんだけど……でも、そうなるとこの異世界の前提が重くのしかかってくる。
この世界は「想像力」と「意志」の世界。……ということは、自分を弱いと感じている現在の状態では……チート能力がうまく発動できないかも知れないのだ。
今までは強く願う事で“創造”してきた奇跡も、自分を「未熟」だとしか思えなくなっている現在の俺では起こせないかも知れない。
そもそもの話……今までが上手く行き過ぎていたのかも……。
前までは「祈ればチートでなんとかなるかも!」なんて軽く考えて能力を使ってたけど、全回復なんてよく考えたら不条理にもほどがある。
いや、まだ何も知らず「イメージで魔法が使える世界凄い!」なんて思ってたからこそ、アレでも大丈夫だったんだろうな……。修行を始めてから、俺はその信じる力すら萎んでしまっているから、そうは思えなくなってしまっているけど……。
……本当に、どうしよう。
昨日あんなに自己嫌悪したせいもあって、余計に自分の実力が疑わしい。
例え俺が“全てを望む事が出来る”チート能力を使いこなせたとしても、絶対に彼を治せるという自信がなければ――――己の力を信じられないことが一つでもあれば、今まで起こしていた奇跡は二度と起こせなくなってしまう。
そんな俺の逡巡が、レイドを回復させると言う意志に影響してしまったら……俺の最後の砦すら瓦解しかねん。
「はぁ……ホントにどうしよ……」
テーブルに寝そべるが、どうすれば良いのかなんて考えもつかない。
この世界の仕組みを知った時、想像する力で魔法が使えるなんて凄く素敵な世界だなぁって思ってたけど……今となっては途轍もなく厳しい世界にしか思えないよ。
こういうのって、考えれば考えるほどドツボに嵌るんだよなぁ……。
だってさ、意志って、普通の人なら簡単に揺らぐもんじゃん。誰もが主人公みたいに絶対的な自信を持っているワケじゃないし、初志貫徹できるワケでもない。
ずっと自分の力を注視して自信を保ち続けるなんて、そんな芸当が出来るのは何年も実力を積み重ねてきた人か、本当に一握りの人だけだろう。
チート能力を持ってるくせに使いこなせない俺がそうなんだから、自信が無い子が曜術師の素質を持っていたとしたら地獄だろうな……はぁ……。
でも、いざって時にはやらなきゃいけない。
その時までに自分を信じられるだろうか。……そう思うと、学校でやる発表の時間以上に胃が痛くてキリキリと音でもなりそうだった。
「あぁああ……どうしよう……」
「おーいツカサ君、一応挨拶はして来たけど……ってどしたの行儀悪い」
ああ、ブラックがクロウと一緒に帰って来た。
二人には、館の主である街長さんに挨拶に行って貰ってたんだよな。本当は一緒に行きたかったんだけど、相変わらず動けない状態なので部屋で待っていたのだ。
ホントこういう時は妙に紳士なんだよなあ、こいつら。
「ツカサ、体がまだ痛むのか」
「あ、ううん。それは段々と和らいできたんだけど、ちょっと思う所があってな」
「それはどうでも良いんだけどさぁツカサ君」
「どうでも良いってなんだオイ」
俺を軽く扱うのもいい加減にせえよなと睨むと、ブラックは肩当て付きのマントを器用に解いて外套掛けに預け、俺の隣に椅子を引いて来て座った。
クロウも俺の目の前に座る。一気に周囲がオッサンで埋め尽くされて、その濃さに白目を剥きそうになったが、その前にブラックが俺の肩を抱いて来た。
「うーん、ツカサ君なんか元気ない? キスする?」
「ばかっ! つーか『どうでもいい』の先は何だよ、話せよ!」
座るなりアホな事を言い出すヤツがあるか。
話すなら早く話せと怒ると、ブラックはいつものだらしない笑みを浮かべつつ、肩を抱いていた手を俺の腰に這わせ……おい、殴るぞ。
「いやさあ、街長の所に挨拶に行ったんだけど~……その時にちょっと、変なことを聞いちゃってさあ」
「ヘンなこと?」
腰を撫でるブラックのオッサンくさい手を軽めに抓りながら返すと、相手は何故かニヤリと嫌な笑みを浮かべて俺を見下ろした。
「この街に伝わる昔話なんだけどぉ……聞きたい?」
「な、なんだよ……今回の件になにか関係してんのか?」
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弟子、どんだけ不実なんだよ……。
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「シムロのあまりの惨状に、ついには国まで動き出して……とうとう弟子はシムロに連れ戻されてしまったんだけど……」
「だ、だけど……?」
ゴクリと唾を呑み込んでブラックの顔を見つめると、相手は薄笑いを浮かべて――
「ウミヘビになった青年に丸呑みで食われて、その直後に討伐された……いや、青年ともども地獄にまっさかさまになっちゃったんだってさ」
至極面白そうに、簡単な言葉で終わらせてしまった。
「………………」
「で、その時に討伐されたウミヘビの腹が変化して出来たのが今の“海洞ダンジョン”だって話だよ」
なんか……なんつうか……色々と救えない話だな……。
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いやでも、ダンジョンが出来たおかげでそれからの数十年はシムロの街も栄えたんだろうし、悪い事ばっかりでもなかったのかな。
モンスターが湧き出てくるのは危険だけど、結局お金にはなったんだしな。
ある意味めでたしめでたし……なのか?
でも、どうしてこれでブラックはニヤニヤしてたんだろう。
不思議に思い首を傾げると――――ブラックは俺の肩を再び抱いた。
「でもね、そういう場所だからか……ダンジョンには言い伝えがってさ」
「い、言い伝え?」
「それがねぇ~? あのダンジョンにはぁ、実は美しいウミヘビ青年の呪いがずうっと掛かっていて……奥へ行けばいくほど魅入られて、取り込まれちゃった弟子みたいにドロドロに解けてコープスになっちゃうらしいよぉ~!?」
元は美しい青年の腹の中だった海洞ダンジョンには、呪いが掛かっているって?
それのせいで、俺達までコープスみたいなゾンビになっちゃうって?
………………ハハハ、いやいやいや御冗談を。
「ば、馬鹿だなあブラックったら! それなら今頃冒険者全員コープスだろー!」
「ツカサ、声が震えているぞ」
「うるしゃいクロウ!」
おいコラお前ら何をニヤニヤしてるんだ、クロウも面白げな雰囲気ヤメロ!
あのなっ、俺は怖くないんだからな、怖くないから震えてないんだからな。それに、そんなの流石にこの世界でも迷信に片足突っ込んでるだろ。
呪いでコープスになるなら今頃とっくにそんなヤツが出て来てるし、住人達だってもっと怯えていても良いはずだ。それもないんだから、そんなの昔話だよ。
そりゃ、こ、この街は冒険者達が来るまで夜は明かりも無くて真っ暗だったし、何か故意に静かにしてるような感じはしたけど……し、師匠だって「夜は外に出るな」とか言ってたけど…………いやでもそれは俺達を用心させるための言葉だし!
夜が静かなのは田舎あるあるだ、何にも怖い事なんてないんだ!
だから、そんな子供だましで怖がるわけが、俺が、こ、怖がるわけが……。
「あれ、どしたのツカサ君、怖くて震えちゃったぁ~?」
「ちっちがわい! ションベン行きたくなったの!」
だからこの手を離せ、とブラックの手を強引に振り払って、さっさとトイレに向かおうと思い立ち上がろうとした……のだが。
「っ……~~~~~っ!」
まだ体が筋肉痛で、上手く動けない。我慢しようにも、さっきの話で体がゾクゾクしてしまって、ヘンな所まで活性化してしまい最早尿意は抑えられなくなっていた。
や、ヤバい。このままだと漏らす。絶対に漏らす!
「どしたのツカサ君、おしっこ行くんじゃなかったの~?」
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上から目線も嫌だけど下から目線もすんごくムカツク。
ああもうだけど我慢が出来ない。こ、このままだと絶対にヤバい。
俺の筋肉痛の体ではトイレまで間に合わない!
く、くそう……こうなったらもう……背に腹は代えられない……。
「…………つ……つれて、って」
「え?」
ブラックが盗賊みたいな下品な笑みを浮かべたまま見上げて来るのに、俺は怒りを我慢しながらも、再度震える声で呟いた。
「か、厠まで連れてって……!」
…………仕方ない。俺は筋肉痛なんだから仕方ない。
これは怖いから一緒にトイレに付いて来て欲しいんじゃないぞ、マジで体が筋肉痛で動かないから頼んでいるだけで、何もやましい所など一切――
「あはっ! ツカサ君たら、やっぱりさっきの僕の話が怖くて、一人でおしっこ行けないんだ~! ううんもう可愛いんだからぁっ」
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訂正しようとするけどもう遅い。
ブラックは勢いよく立ち上がって、今度は俺を見下ろしながら満面の笑みでドンと己の胸を叩き「任せなさい」と態度で示してきた。
「大丈夫大丈夫恋人の僕にぜ~んぶ任せて! ツカサ君のお世話は僕が隅から隅まで余すところなくやってあげるから!」
「う、うわああ!」
返事を言う暇もなく再び軽々と抱え上げられ、俺の体はテーブルから離れて行く。
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「くっ、クロウ助けてくれっ!」
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さあ行って来い、と親指を立てて送り出されてしまい、俺はクロウの予想外の答えに目も口もポカンと開けたまま硬直して動く事が出来なかった。
……いや、だって。そんな返答帰って来ると思いますか普通。
「さーツカサ君、僕がお世話してあげるからねぇっ!」
「あああああぁ……」
もうこうなってしまっては逃げられない。
せめて、廊下で誰かに出くわしたりしませんようにと願うぐらいしか、俺に出来る事はなかった。
→
※めっちゃ遅れて申し訳ないです…_| ̄|○
あと次の回は小スカ(といってもトイレですが)ちょっとあります。
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